トップページ > ページシアター > Postscript > 第四場
バーのシーン続き。中年男シルエットのまま降板する。上下からあかね、と藍現れる。後方のスクリーンには、夜の歌舞伎町などの映像が人の目線で撮影された絵が映る。音は雑踏の音。舞台シーリング明るくなり。あかね、タクシーを拾おうとするそぶり。同時に藍、ミドリの様子をうかがいに近づく。
藍 「ちょっと、ミドリ大丈夫。」
ミドリ 「大丈夫、大丈夫。少し休めば平気だから。」
藍 「じゃちょっとここに居てね。タクシー拾えたら呼びにに来るから。」
ミドリは酔いつぶれてベンチに座っている、という設定。藍、舞台中央のミドリの後ろを過ぎ、あかねのいるところに戻ってくる。
あかね 「ミドリどう?」
藍 「ちょっと休んでるって」
あかね 「ミドリもだらしないわねぇ、接待でお酒は慣れてるなんて言ってたのにねぇ。」
藍 「ねー、でもなんか今日はやたら飲んでたよ、あの子」
あかね、タクシーに必死で手を振る。行き過ぎるタクシー。
二人、車に向かってファッキューのサイン。
あかね 「…さすがに週末のこの時間じゃ捕まらないわね…」
藍 「ねえ、いっそのことミドリの居るベンチで少し、時間つぶさない。」
あかね 「そーねー…。(あかねちらっと時計を見て。)命日は過ぎちゃったけどまぁいいか。」
藍 「ねっ、そうしよう!あたしそこのコンビニでなんかあったかいものかってくるから。」
あかね 「うん。ミドリ、風邪引いてないかしら?」
藍 「先行って、様子見ててよ。ね。」
あかね 「ん。あ〜それからついでになんかお酒もかってきて」
藍 「あんた、まだ飲むのぉ…、分かったわよ。何でもいいわね。」
藍、その場からハケようとする。ハケの手前で何かを思い付いたように携帯で電話をかける。留守電を聞いているらしい。何かちょっと考え込むようにうつむいて、思い直して下手よりはける。
あかね、ミドリの居る場所に向かう。途中でロッカーとそれに支えられてもたれ掛かるように歩いてくる、2人づれの男とすれ違う。2人はどう見てもミスマッチな感じ。すれ違い様にあかねとぶつかる。
ロッカー 「あ、スミマセン。」(見かけによらず礼儀正しい人らしい)
あかね 「いえ、大丈夫です。」そそくさと去ろうとする。
ロッカー 「あのぉどこかでお会いしませんでした。」
あかね 「ナンパですか?私急いでますんで。」
立ち去ろうとする、あかね。その時、もたれ掛かってる男が不意に喋る。
男 「…うーん…あかねの馬鹿ヤロー…むにゅむにゅ…」
ぎょっとするあかね、男は、草剪であった。
ロッカー、打って変わって、汚い言葉で。
ロッカー 「てめー、黙ってろ。この上、ごちゃごちゃ言ってると公園でバラバラ死体にすっぞ。」
あかね 「何、物騒なこと言ってんですか」
ロッカー 「いいんですよ、気にしないでください。あ、大丈夫ですって、ホントにバラバラなんかにしないですから、す巻きににして、レンイボーブリッジから放り込むくらいにしときますから。」
あかね 「ちょっと、ちょっとぉ。」
ロッカー 「冗談ですって。ひどんですよこいつぅ、こっちがねバンドの打ち上げでそこの焼き鳥屋で飲んでたら、いきなり割って入って、わめき散らしやがって、挙げ句の果てに捨てられた女のことを、ネチネチ話すもんだから、うちのリーダー切れちゃって…、ぶん殴ろうとしたんで、やっとの思いで収めたんですよ。そしたらこいつ、金、ぜんぜん持ってなくて、俺が全部代わりに払ったんですよ。」
ロッカー、草剪の頭、どつく。あかね、目を伏せる。
ロッカー 「その上、勝手にピンサロ入ろうとして、店先ですったもんだしてたら、“これもん”のにーちゃんに、俺の財布の中身全部ふんだくられたんですよ。こんな奴、東京湾にす巻きで当然ですよね。」
うなずく、あかね。
草剪 「す巻は、いやだっす〜っ、う〜ん…」
ロッカー 「てめーは、黙ってろっ」
あかね 「…じゃ、あたし、向こうで友達が待ってるから。」
草剪 「あかねのばかやろ〜!!」
ビクっと反応するあかね。
ロッカー 「???あんた、ひょっとして…」
あかね 「じょ、冗談じゃないわよ、あたしは関係ないわよ。だいたい、ネチネチ知らない人に話すなんて男らしくないわよ。」
ロッカー 「あんたが、こいつを捨てたカマトトさんだったんだ。」
あかね 「なによ、そのカマトトって!」
ロッカー 「いや、ワリーワリー、こいつの愚痴にさんざ付き合わされたもんでよ…。おっ、そうと判れば話は早い。―――じゃ、こいつよろしくなっ」
去ろうとする、ロッカー。思わず手をとり、行かせぬあかね。
あかね 「ちょっと、待ってよ。こんなの置いてかないでよ。あんた、同情したからこいつと付合ったんでしょっ。だったら最後まで面倒見なさいよねぇ。」
ロッカー 「他人の痴話げんかには口出さないのが、俺の信条なんだ。」
あかね 「痴話げんかってあたし達、別になんでも無いのよ。」
ロッカー 「その辺はお互いに話し合ってよ。」
あかね 「あんた全然人の話し聞いてないでしょ!」
ロッカー気にせず去ろうとする。
あかね、かまわず2人をミドリをいる方向に引きずっていく。
ロッカー 「ちょっと、ちょっと…」
ミドリのベンチの近くにつき、その場に、へたり込む草剪。ちょっとムッとして煙草に火を付けるロッカー。呼吸を整えているあかね。
ロッカー 「で、この後、どうする訳、あかねさん。」
あかね 「気安く人の名前、呼ばないで!」
草剪 「…う〜ん。あかね、おまえザケンなよぉ…う〜ん。」
あかね 「だから気安く呼ぶな!ミドリ!」
まだへたり込んでいる、ミドリ
あかね 「(諦めて)ちょっと、待っててよね。いま、もう一人来るから。」
ロッカー 「…で、もう一人きたらどうだっての?」
あかね 「あたしとこの人が何でもないんだって証明してもらうからっ!」
ロッカー 「そんなの、そいつとつるんでるかもしんないじゃん。だいたい…」
そこへ、藍、戻ってくる。藍、一瞬考えて、そのままきびすを返し、逃げようとする。
あかね 「ちょっと!藍、逃げんな。」
セリフとともに藍を捕まえる、あかね。
藍 「ちょっと、ちょっと、分かったわよ。それよりあいつら何。」
あかね 「あたしだって良くわかんないんだよ。だけど、ほら見て。」
藍 「誰?知り合い?」
あかね 「さっきのバーにいたでしょ。」
藍 「あ〜あ、あんたにヒドイこと言われてた男の子。」
あかね 「別に、ひどい事なんて言ってないわよ!」
ロッカー 「何ごちゃごちゃやってんだっ。じゃ、俺、行くから。」
あかね 「ちょっと待ちなさいよ。」
藍 「で、そっちの派手なおじさんは誰?」
ロッカー 「誰がおじさんだ、デカ女!」
藍、ロッカーを睨む。
藍 「何あいつ、あんたの友達?」
あかね 「ち、違うわよっ。なんか良くわかんないけど、あの勘違いやろうといっしょにお酒飲んでたらしくて、それで偶然あって、話が捻じ曲がってややこしい事になりそうだから、きっぱりと藍に、あたしとあいつは何の関係もないんだって、言ってもらおうと思って連れてきたの。」
藍 「はい?」
あかね 「だぁ・かぁ・らぁっ!」
藍 「わかったっ。とりあえず“関係ない”って事を言えばいいわけね。」
うなづくあかね。藍、ロッカーの方に向き直って。
藍 「そういう訳で、この子とあたしとは何にも関係ないから。じゃ!」
去る藍。唖然とするロッカー。すかさず藍の手を掴むあかね。
あかね 「“じゃっ!”じゃ無いわよ。藍、ここで裏切ったらあんたの中学時代の悪行、全部だんなにバラスわよ。」
藍 「わかったわよ。冗談の通じない子ね。」
藍、もう一度ロッカーに向き直って。
藍 「あたしも事情は良くわかんないけど。そっちの人とあかねとは、関係ないから。たぶん。」
ロッカー 「“たぶん”ってなんだ、“たぶん”って。」
藍 「あたしも詳しい事は良くわかんないの。」
あかね 「あっ、あんたね、話を余計ややこしくしないでくれる!」
ロッカー 「どうでも、いいけど俺よりもあんた達のほうが、まだこいつとは因縁深そうだな。じゃ、これよろしく。」
あかね 「何これ。」
ロッカー 「焼き鳥屋とピンサロの領収書。」
あかね 「ボッタくりのピンサロで領収書なんて書くの?」
ロッカー 「俺が書いた。」
あかね 「な、何であんたが書いたいかがわしい領収書をあたしが払わなきゃ、なんないの!」
ロッカー 「しょうがないだろ、なんか証拠残しとかなかったら、俺、一人で損するじゃない。」
あかね 「そんなこと知らないわよ。大体、あんたがこんな奴と付合うのがいけないのよ。」
ロッカー 「そんな寂しいこというなよ。こいつだって可哀相だろぉ。」
藍 「あかねはちょっと薄情かもしんない。」
あかね 「じゃ、あんた払いなさいよ!」
藍 「あたしはホントに関係ないもん」
あかね 「…」
ロッカー 「よろしくね♪」
あかね 「あたしだって、関係ないのよ!」
ミドリ 「そんなに取りたてたけりゃ、この人の酔いが覚めるまで待てば。」
固まったままの姿勢でいきなり会話に参加するミドリ。
藍 「大丈夫?復活した?」
ミドリ 「うん。大丈夫。なんか飲むもんある?」
藍 「あるわよ。お茶系がいい?それともお酒?なんちって。」
寒い。
ミドリ 「…温かいお茶ある。」
藍 「はい…」
ロッカー、あきらめたらしく、隣にどっかり座り込む。
ロッカー 「しょうがねーなー。」
あかねもその辺に座る。コンビニの袋からワンカップ出してふた空ける。
ミドリ 「あんたまだ飲むの?どういう肝臓してんの。」
あかね 「うっさいわね。あたしにだって飲みたい時があるのよ。」
ロッカー 「命日って訳か。」
あかね 「……!?」
藍 「何であんたがそのこと知ってんの!」
ロッカー 「こいつから聞いたんだよ。」
あかね 「なんでこの人が知ってるわけ。」
ミドリ 「あかねは話してないのよね。」
あかね 「当たり前でしょ。」
藍 「じゃ、どういうこと」
ロッカー 「俺は知らないよ。こいつが起きたら聞いてみんだな。」
3人 「…」
ロッカー 「しっかし、あんたらも律義だねぇ。もう10年も前に死んだ奴の命日、やったってしようがないだろ。」
3人 「…」
ロッカー 「俺なんか去年死んだじーちゃんの顔すら思い出せやしないぜ。それをまぁご丁寧に毎年毎年…」
遮るように
ミドリ 「毎年やってた訳じゃないわ。」
ロッカー 「へぇ、じゃなんで今年は集まる事にしたの。」
あかね 「たまたまよ。それにあなた何か勘違いしてるわ。“命日”って五郎君の命日の事じゃないのよ。ホントはあの日、アタシ達が死んだの。」
ロッカー 「乙女チックな、ヒロイズムって訳だ…自分達のせいでそいつが死んだと思ってる。」
藍 「ははっ。そんなんだったらまだ救いがあったかもね。…でもね、あたし達はあの時に確かに何かを失った。誰かが死ぬみたいに。だから命日でいいのよ。今年は、私が誘ったのよ。あなたには判んないかも知れないけど、あたし達こんな風にして、会ってるわけじゃないの。失ったものの一つは、あたし達3人の自然な関係ね。まぁ、あんな成り行きなっちゃえば、3人で会えば、あの事思い出すし、当然といえば当然だけど。」
ミドリ 「藍…」
藍 「だから、もうずっと会ってなかったの、あたし達。私は会社、勤めてないからたまには、飲みにも行きたいなぁっと思ったのよ。」
あかね 「もういいでしょ。あなたには関係のないことよ。」
ロッカー 「確かに、俺はこいつの愚痴を聞いただけ…。さてと、そろそろ帰るかな。」
あかね 「ちょっと、この人起きるまで待つんじゃないの。」
ロッカー 「冗談。こんなのに付合ってたら風邪引いちまうよ。」
ミドリ 「お金はどうするのよ。」
ロッカー 「このライブハウスに金、届けろって言っといてよ。」
チケットをあかねに渡す。
あかね 「Heaven's Door…変な名前。」
ロッカー 「あんたらにもチケットやるよ。」
ミドリにチケット渡す。藍に渡そうとするところでなくなる。
ロッカー 「悪い。ちょうど切らしちまった。代わりにこれもって楽屋きなよ。」
ロッカー、黒い名刺を渡す。
藍 「いらないわよ。」
ロッカー 「まぁそういうなって。じゃあな。」
ロッカー、藍に無理矢理渡し、去る。
あかね 「変な奴…。結局、こいつ押しつけられちゃったし…」
ようやく、目を覚ます草剪。
草剪 「う〜ん。あれ、ここどこ?」
あかね 「何処じゃないわよ。あんたって、何処まで人に迷惑かければ気が済むの。」
草剪 「あ、あれ、あかねさん?」
あかね 「なれなれしいわね。名前なんかで呼ばないで。とにかく、この領収書の金額、ちゃんとこのお店まで払いに行きなさいね。」
草剪 「はぁ…(領収書見る)5万円!!」
あかね 「詳しい事は、そのライブハウス行って聞いて頂戴。」
草剪 「ここって。」
草剪、チケット見る。
草剪 「この住所ってこの公園の場所ですよ。」
ミドリ 「えっ…ホントだ。インチキな奴ねぇ。」
あかね 「…あんた、何で命日のこと知ってたの?」
草剪 「命日?命日って誰の命日?」
3人、しばし、考え込む。
照明フェードアウト。町の雑踏響く。
(作:川村圭/写真:池田景)
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