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薄暗い明かりのなか、後ろのスクリーンにコンピュータ画面。チャットをしている。“SUNDAY NETチャットルーム13”と表題が在る。いつもの間にかミドリと藍は降板している。あかね、黒子に衣装を転換してもらい同時に舞台中央やや下手よりに座りノートPCに向かっている。すなわち、スクリーンに映し出されているのはあかねのPCの画面である。(以下、あかねの打った文字)
あかね ▼こんばんは、イチ子です。
四郎 ▼おはようですよ、いち子さん
三蔵 ▼ほんまや、もうこないな時間かいな、またあした、仕事遅刻やで。
次郎 ▼三蔵さんて仕事なにしてんの
三蔵 ▼あれ、いうてへんかったっけ、わいの仕事は借金取りよ
あかね ▼ええー三蔵さんてやくざだったの???
三蔵 ▼まぁ、やくざみたいなもんやな
あかね ▼やくざみたいなもんってどういうこと
四郎 ▼三蔵さんは、お役人さんだよ。ほら、なんとか回収機構とかいうやつ
あかね ▼へ〜、じゃエリートなんだ人は見かけによらないね
三蔵 ▼なにいうてんねん、わてら顔合わせたことあらねんやんか
次郎 ▼それもそうだね、はははは
あかね ▼そう言えばオフ会やろうって云ってたじゃん
三蔵 ▼そやそや、わし今度、出張で東京いくんや、週末に東京でやるっちゅうのはどやろ
あかね ▼さんせー
次郎 ▼賛成!!そしたら俺も静岡から土曜のあさそっちにいくよ
あかね ▼四郎さんは大丈夫よね、確か東京だったよね
四郎 ▼多分大丈夫だよ。
三蔵 ▼なんやねん、たぶんって、わてが大阪からでていく言うてんやで
あかね ▼そうだよ、そうだよ
次郎 ▼ソースだよ
三蔵 ▼ふっるー!!!!!!!!!!
あかね ▼さっぶーーーーーーーーーーー
このあたりで、舞台下手に藍が暗がりに静かに登場する。藍、下着の上に大きな男物のシャツを着ている。光量はかなりくらい。
四郎 ▼わかった、わかった、ちゃんと空けとくから
三蔵 ▼そや、最初から素直にそおいうときゃ、次郎のくだらん駄洒落なんぞ聞かへんでもよかったのに
次郎 ▼そこまで云うか!
あかね ▼じゃあ、あたし場所予約しとく
三蔵 ▼OK!
次郎 ▼了解
あかね ▼四郎さん。場所探すのいっしょにやってくんない、あたし都心のお店ってあんあまり知らないのよ
しばらく間が在る。
四郎 ▼いいよ、いっしょに探そうか。都合のいい日メールしとくよ。
あかね ▼ありがとう、よろしくね
三蔵 ▼よっしゃ、決まりや。ほな、わしはもう寝るで
次郎 ▼俺も、そろそろ退散
あかね ▼そうね、あたしも。じゃあ四郎さんおやすみ
四郎 ▼おやすみ
上記の間、セリフはない。あかねは、しぐさでたのしげに。なおかつ、四郎に興味がある雰囲気を醸し出して。舞台中央から下手奥に。シャツ姿の藍、大きな枕に突っ伏している。同時に男(中年男)登場。だたし男にはほとんど照明が当たらず顔の判別がつかない。また男も始終、顔を客席に向けない。
中年男 「シャワー、あいたよ。」
藍 「…」
中年男 「具合でも悪い?」
藍 「…」
中年男 「さっきから機嫌悪いね」
藍 「あの、何で急にあんなこというの。」
中年男 「どういう意味?」
藍 「“だんなと別れてくれ、そして俺といっしょになろう。俺も女房と子供とは別れる”なんて、今時、火曜サスペンスにもそんなセリフ出てこないよ。」
中年男 「今時か。俺は正直な気持ちを伝えただけだ。」
藍 「正直ねェ…。40目前でこんなホテルで不倫してるおじさんの云うことじゃないわ」
中年男 「本気で嫌がってるんだ」
藍 「あなたと会えるのはうれしいわ。でもそれは…、なんて云ったらいいのかぁ、…略奪したいとかそういう気持ちじゃないの。あたしね、私も結婚していて、あなたも結婚していて、それでいてあなたとこういうことしたいの、いえ、したいと思ってた。」
中年男 「……」
藍 「……もう会わないね。」
中年男、黙っている。
藍 「これは私自身の問題なの。正直に言えば、あなたに会うことが楽しみなんじゃないの。あなたにあってそういうことをしている自分を感じるのがあたしにとって必要なの…。そして…」
しばらく間が在る。藍は言葉を続けることをためらっている。
中年男 「わかった。君には君の事情が在るのは当然だよ。OKもう会わないことにしよう。」
音楽はいる。藍、シャツを脱ぐといきなりレザーの女王様。中年男バスローブを脱ぎ捨てると緊縛されている。SM的なダンス。
ミドリ、2人の姿を冷ややかに見つめて、つかつかと藍に近寄り、藍の頬を張る。
音楽、唐突に止む。
藍 「(呟くように)馬鹿ね。相変わらず」
ミドリ 「馬鹿はあなたよ。さあ服を着て」
藍 「どうして」
ミドリ 「決まってるでしょう、ここから出て行くのよ」
藍 「嫌だといったら?」
ミドリ 「力ずくでも…」
言いかけたミドリの唇を藍の唇がふさぐ。中年男スーツを着て戻る。
中年男のうめき声だけが空間を充たす。
中年男 「もう戻れないの?」
2人はキスをしたまま、
中年男 「いいのこれで…。」
2人はキスをしたまま、
中年男 「何処にも逃げられず」
2人はキスをしたまま、
中年男 「誰にも理解されぬまま」
2人はキスをしたまま、
中年男 「私達はおちて行く」
2人はキスをしたまま、
中年男 「おちて行く、約束の地に」
2人の唇が離れる。
ミドリ、藍の首筋に手をかける。
ミドリ 「…あなたの首、あの頃と少しも変わらず、ひんやりとして気持ちいい…」
藍、微かな微笑みを浮かべる。
藍、舞台から去る。中年男、ミドリ。残される。無機質なあかり。
中年男 「それが、あなたが山下藍さんにかけた最後の言葉、というわけですね…。状況については、だいたい分かりました。」
中年男、ミドリをじっと見て
中年男 「えー、それで坂田さん、あなたはなんで山下さんにそんなことをしたんですかねぇ、いやー、ぶっちゃけた話、動機は、いったい何なんでしょう。山下さんが突然失踪した…。これは、山下さんのご家族から…、あー、だんなさんですね…、捜索願いが出てますから事実でしょう。そして、あなたが警察に自首をしてきた、これも歴然とした事実です。しかし、未だに死体は確認できないし、犯行現場もあなたは分からないという…今のままでは殺人事件として立件もできません…。」
中年男 「…あなたは、状況については、説明してもなぜそんなことをしたのか一向に話そうとしない…。あなたと山下さんは中学時代からの知り合いだったわけですよね…。いわば、幼なじみだ。そんな、大事な友達の首にどうしていきなり手をかけたりしたんです…。」
ミドリ 「……」
中年男 「ちょっと失礼」
中年男、内ポケットからやおら薬を出し、飲む。
ミドリ 「…藍のご主人は、心配してるんでしょうね…。」
中年男 「えー、そりゃもう。そりゃ、そうですよねぇ、山下さんは実家に帰ることや、友達と旅行することはよくあったそうですが…、必ず事前に連絡を入れるそうです。2日以上何の連絡も無く突然家を空けるなんて結婚して以来、ただの一度も無いし、今回の失踪の前にも家出を感じさせるような事は何も無かったそうです。まぁ、だんなにとっては何がなんだか分からないという状況なんでしょ。何も分からないから余計うろたえてしまう…。」
ミドリ 「藍は限界だったんです。そして私も…」
中年男 「…限界ですか…。限界なんて、あんまり簡単に自分で決めちゃあ、いけないことだと思うんですがねぇ…。いや、話の腰を折るつもりはないんです。続けてください。」
ミドリ 「…動機は、いえ、はっきりと動機といえるものは私も分かりません。ただ、藍を楽にしてあげたかった…、同時に私も楽になりたかったんです、たぶん…。」
やや間が在って、
中年男 「ずばり、言いましょう、坂田さん。我々は山下さんは死んでいないんじゃないかと考えてるんです。すべては、あなたの想像の世界の話、そうじゃないんですか。」
ミドリ 「どういう意味ですか…」
中年男、少しミドリを見て立上がり窓の外を見るように遠くを眺めている。
中年男 「…やはり、今日のところはこれで終わりにしましょう。」
ミドリちょっと取り乱したように。
ミドリ 「そうかもしれません。でも、だとしたら、藍の首に手を描けた瞬間の感触や藍の表情、藍のかすれた息使い、とても、とても現実感が在った、あれはいったいなんだったんでしょう…。」
中年男、ミドリのほうを振返って。
中年男 「…少し休んでください。」
静かにうなずくミドリ
ミドリ 「…分からないんです。私にわかるのは、ただ……」
舞台、2人がいる部分(中央)が暗くなり2人がシルエットになる。
(作:川村圭/写真:池田景)
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