△ 「ニライカナイ」青の時代:その3


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第3アテンション。4人を含む番号が呼ばれる。

男2 「呼ばれましたね、ようやく」舞台写真
男1 「ええ」
女2 「良かったわ、大して待たなくて」
男2 「さあ、行きましょうか」
男1 「とうとうこの星ともお別れか…」

3人、席を立ち歩き始める。
女1、3人と反対の方向へ。

男2 「そっちじゃありませんよ」
女1 「…海を見てきます」
男1 「今から!?」
男2 「アナウンスがあったんですよ、行かなくては」
女1 「どうぞ行って下さい。…私は…」
女2 「どうして?」
女1 「…」
男1 「時間は…」
男2 「まだしばらく大丈夫ですが…」
男1 「(頷いて)ひとりで平気ですか。良かったら話してみませんか」
女2 「話せば少しすっきりするかもしれないし…」
女1 「…」
女2 「ね?」

女2、微笑む。その人の良さそうな微笑みにつられ、女1、ゆっくり拳を開く。
その手の中には、水をつめた小さなガラスの小壜。

女2 「これは?」
女1 「私の、『形見』です」
女2 「水…ですか、それとも他の…」
女1 「海水です。私の島を囲む海の…そして私の夫が消えた海の、水」
男2 「どういうことですか」舞台写真
女1 「…夫は、漁師でした。小さいけれど自分の船を持った。…沖縄の古い言葉で漁師を『海人(うみんちゅ)』といいますけれど、夫はまさにその名の通り…海とともに生きてきた海の人だったんです…小さな島の暮らしは、時に退屈だったけれど…私は、幸せでした。朝早く、港であの人を見送る…穏やかな海面に光が弾けて、桃色の波の上をあの人の船がすべってゆく。銀の鱗を光らせた飛魚が船と一緒に朝の海を走って…そして夕間暮れ、雲が金色に輝き出す頃、あの人が帰ってくる…遠い水平線の彼方から、夕日に照らされた海の道を…青い青いひとすじの道を…それが私の人生。それがいつまでも続くと信じていた…あの『大異変』の起こるまでは」
女2 「…変わりましたものね、海の生態系は、何もかも」
女1 「…それでも夫は海へ出て行きました。周りが次々と漁を諦めて、生きるために島を出ていった後も、夫だけは船を捨てなかった…日が射さない朝、真っ暗な海へ漕ぎ出していく。毎日毎日…でも小魚1匹獲れない日が何日も何ヶ月も続いて…夫は口数が段々少なくなり…港に座ってぼうっと海を眺めている時間が長くなりました」
男2 「わかります。多くの人があの時期、ひどい鬱状態に悩まされていた」
女2 「今までの世界が一変してしまったのですもの、当たり前ですよ」
女1 「…私は、あの人が好きだったんです。例え『海人(うみんちゅ)』でなくとも、あの人さえいてくれればコロニーであろうと何処であろうと生きていけた…でも、あの人は違った。あの人は、最後まで『海の人』であろうとした…」

女1、手で顔を覆う。男1、その肩に手を置き。

男1 「何があったんです?」
女1 「…ある朝、珍しく上機嫌で起き出して『今日こそは魚を獲って帰る。夢を見たんだ、ニライカナイの夢』…」
女2 「ニライカナイ?」
女1 「沖縄のずっと南に在る、神々が住むという伝説の国…」
女2 「楽園伝説ね…」
男2 「御主人は…その地に向かったのか」
女1 「…一晩経ち、二晩経ち…いくら待ってもあの人は戻っては来なかった」
男1 「じゃあ御主人は…」
女1 「ニライカナイにいます、今も」
男2 「しかし、それは…」
女1 「わかっています、あれは伝説の島。でもね、でも…遠い海の彼方から、私を呼ぶ声が聞こえる、そんな気がするんです…『俺はここにいる。いつか必ず迎えに行く。だから待っていて欲しい』」
女2 「…」
女1 「『あの島で、待っていて欲しい』と…」
女2 「だから、この星に残ろうと?」
女1 「馬鹿げていると思います、自分でも。だからここまできてしまった…そしてここまできてもなお…私は迷いつづけている」

間。
再びアナウンスが響く。
顔を見合わせる3人。

女1 「行ってください、どうぞ。私のことは気になさらずに」
女2 「でも…」
女1 「…海を見ながら考えてみます、もう一度。その時間が欲しいんです」
女2 「…」

3人、目を見交わし頷く。

男1 「わかりました。我々は先に行っていますよ」
男2 「宇宙船が出るのはあと1時間と30分後です。その時間だけは忘れないで」
女1 「ありがとう」舞台写真

女2、女1の手を握り。

女2 「待っていますから…一緒に行きましょう」
女1 「…」
女2 「歩けるところまで、歩きましょう」

女1、微笑むのみ。

男2 「行こう」
女2 「…ええ」

3人軽く会釈する。女も会釈を返す。3人、去る。
女、その背中に。

女1 「…蜜柑」
女2 「え?」
女1 「…とっても美味しかった…ありがとう」

女1、その場を離れ、外へ。

(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)

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