△ 「ニライカナイ」青の時代:その4


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暗くなる明かり。荒涼とした浜辺。
風が強く吹きすさぶ。
立ちすくみ、海を見詰める女1。

女1 「…寒い…」舞台写真

風の音強く。帽子が飛んでくる。
女1、拾い上げる。
顔の判別もおぼつかない薄闇の中、
駆けてきたのは智美。

智美 「ありがとう」
女1 「あなたの帽子?」
智美 「そう。とても大事なものなの。危なかった、海に流されるところだったわ」
女1 「(帽子を見ながら)…これと良く似た帽子をついさっき見たわ。でも…偶然ね」

智美、にっこり笑う。
女1、帽子を智美に手渡す。
間。
風だけが吹きすぎていく。

智美 「…この海の彼方に在るニライカナイ…」
女1 「え?」
智美 「答えは、出た?」
女1 「(戸惑って)あなた…どうして知っているの」
智美 「私もいたの。さっき、あの場所に」
女1 「じゃあ全部…」
智美 「(頷いて)聞こえたわ。それでとても気になって…」
女1 「追いかけてきたの?」

智美、頷く。

女1 「そんな、乗り遅れたら…」
智美 「私は大丈夫。あなたこそ…どうするつもり?」
女1 「…」

女1、智美の問いかけに背を向ける。
智美、その背中を見やりながら。

智美 「…あなたを見ていると、昔の自分を思い出すの。出口の見えない迷路に嵌まり込んでしまった頃の…」
女1 「変なこと言うのね。あなた、私より若いくらいなのに…」
智美 「(取合わずに)そんな時、ある人に出会って…出口に続く光が見えたの、ほんのひとかけらだったけど…その時の私には十分すぎるくらい明るい光だった」
女1 「…」
智美 「(笑って)でも歩き始めてみたら、大変な道だったのよ、これが…何度、もう止めようと思ったことか。だけどそのたびに思い出すの。…あの夏の午後の公園…うだるような暑さと、濃い緑の匂い…降り注ぐ蝉時雨とそして…」

間。
智美、手にしていた帽子を見つめる。

智美 「…あの人と、交わした、約束…」
女1 「…約束は果たせたの」
智美 「…(首を振り)与えられた時間が、余りにも短かったのよ」
女1 「じゃあ…」
智美 「…不思議ね。やれるだけのことはやったと納得していたつもりだったのに…こうして海を見ていると…悔しくて悔しくて堪らなくなる…」
女1 「あなたこれからコロニーに移るのでしょう?だったら何もそんな…」
智美 「私は、もう走れないのよ」
女1 「…」
智美 「バトンを、次のランナーに渡してしまったから」
女1 「…え?」

智美、帽子を女1が良く見えるようにかぶってみせる。

智美 「偶然なんかじゃないわ…同じ帽子よ」
女1 「…」

間。

女1 「…どうしてわざわざ来てくれたの?」
智美 「…光になれたらいいなあと思って…」
女1 「光…」
智美 「もうそれくらいしか、私にできることは無いから」
女1 「…」
智美 「行かないの?…行かなくて、いいの?」舞台写真
女1 「…馬鹿みたいだと思うでしょう。自分でもそう思うもの。滅多に手に入らない幸運を、自らの手で捨て去ろうとしている…」
智美 「…」
女1 「でも、駄目なの。今にもあの人が帰って来そうな気がして…こうして待っている私のもとへ楽しそうに笑いながら…ただいま…ただいまって…」
智美 「…」
女1 「どうして何も言わずにいなくなってしまったんだろう…!たった一言でいい、さよならが言えたら…私は…私は…」
「…そう思っているのは、あなただけではないはず…」

女1、智美、振り返る。
そこには佇む女の姿がある。

女1 「あなた…あの絵の…」
「さよならって声をかけてくださったあなたの気持ち…とっても嬉しかった…」

女、わずかに微笑む。

女1 「…ひとつ、聞いてもいいですか?」

女、頷く。

女1 「…どうしてあなた、あんなに悲しそうな顔をしていたの」
「…私はね、この世で一番してはいけないことをしてしまったんですよ…何だかわかりますか」

女1、首を振る。

「…愛した人を不幸にしてしまった…これ以上の罪はないわ…」
女1 「…」
「…さよならが言いたいと、あなた、さっきおっしゃった」

女1、頷く。

「…でも本当にさよならと言いたいのはあなたではなくて…ご主人の方ではないのかしら」
女1 「どうして!?だって消えてしまったのはあの人なのよ!私はあの人を待って、待ち続けて…」
「…今も、こうして立っている…」
女1 「…」
「…愛されていたのでしょう?」

女1、かすかに頷く。

「…だとしたら、ご主人の悲しみは、きっとあなたの何倍も深い…」
女1 「…」
「…自分が傷つくほうがどんなにか楽なことが、この世にはたくさんあるんですよ」
女1 「…」

女1、小壜を見つめる。
その女1の肩にそっと手をおく智美。

智美 「私たちは、もう歩けない。でも、あなたは歩きつづけることができる」
女1 「…」
智美 「あなたは『終わり』じゃない…たくさんの可能性を秘めた『始まり』なのよ」

間。

女1 「…行ってもいいの…」舞台写真
智美 「…」
女1 「…私、行ってもいいの…」
智美 「…」
女1 「お願い、答えて…あなた」

音楽柔らかに。
厚い雲がほんの僅か途切れ、差し込むひとすじの光。
光はみるみるうちに圧倒的な強さで広がって行く。
女1、目前の光景に息を呑む。
明るい午後の光に照らされて、そこには何処までも青く輝く海が、在った。

女1 「…海が…青い…」
智美 「ええ」
女1 「青い…青い…何処までも、青い…」
「…ええ…」
女1 「あ…」

女1、一歩前へ。
視線は海の彼方の一点に注がれている。

智美 「どうしたの?」
女1 「…あの人がいる…」
智美 「…」
女1 「ぼんやりと、だけど確かに見えるの…何処かの砂浜に…たくさん人がいて…みんな楽しそうに笑いながらこっちを見てる…ああ、とても幸せそう…その輪の中に…あの人がいて…」
智美 「…あの人がいて?」
女1 「…笑ってる…笑いながら…手を振って…今、何か叫んだ…」

女1、耳をすませる。
智美、女も。

智美 「…聞こえるわ」
「私にも、聞こえる…」
女1 「『待っている。ニライカナイで、待っている』…」
「『僕の目指した楽園で、』」
智美 「『君の未来で、』」
女1 「『待っている』…」

光が徐々に薄れていく。その1点を見つめながら。

女1 「…ニライカナイは『在る』ものではなく…『作る』もの…」
智美 「…」
女1 「…気づくのに、ずいぶんと時間がかかってしまった…」
智美 「大丈夫。まだ、間に合うわ」

女1、智美を見つめる。
智美、笑い返す。

智美 「言ったでしょう?あなたは、『始まり』なのよ」舞台写真
女1 「…」

世界は再び薄闇に戻る。
繰り返すのは、波の音だけ。
智美と女、静かにその場を離れ、
幕の後ろに去る。
二人が去ると同時に、
幕は彼女たちの色を投げかける。
小壜を見つめ、一度砂浜に置き、歩き出す。
しかし思い直して再び手に取る。
小壜に囁きかけるように。

女1 「いつか必ず戻してあげる…ニライカナイの海に」

女1、柔らかな笑顔で。

女1 「…賑やかで暖かい、ニライカナイの海に」

女1、去る。
舞台上には赤と緑と、そして青の光。
繰り返す波の音。

やがて、最初に現れたあの少女がやってくる。
手に小壜を握り締めて。
少女、砂浜に腰をおろし、新しい夜明けを待つ。
その、物語の大きな輪が繋がる一点に向けて、

幕は、
静かに、
降りる。

(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)

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