トップページ > ページシアター > ニライカナイ > 青の時代:その2 【公演データ】
第2アテンション入る。
男2 「あと少しだね」
女2 「ええ」
男1 「コロニーか…いったいどんな生活が待っているんでしょうね」
男2 「どちらのコロニーです?」
男1 「東部11区。あなたがたは?」
女2 「南部3区…残念ですね、同じだったら良かったのに」
男1 「ええ。あなたは?」
女1 「…」
女1、答えない。気まずい間。
それを壊そうとして。
男1 「そうだそうだ、まだ私の『形見』をお見せしていませんでしたね」
女2 「いいんですか?」
男1 「勿論ですとも」
男1、包みをほどく。現れたのは『赤い女の肖像画』。
男1 「私の『形見』はこいつです」
男2 「へえ…ちょっといいですか」
男2、絵を受け取って眺める。
女1も視線を絵へ。
男2 「綺麗な赤…あ、いや、女の人を描いた絵なんだけど、赤がとても印象的なんだ。深くて鮮やかで…ごめんうまく説明できないや」
男1 「私はこの絵を眺めているのが好きなんです」
男2 「どなたが描いた絵なんですか?」
男1 「久保田晃という画家が、昭和の大戦直後に描いた絵です」
二人、首をかしげる。
男1 「松浦東聖という画家はご存知ですか」
男2 「ああ、ほら学生時代に」
女2 「美術館で見たね」
男1 「久保田晃は、その松浦東聖の弟子でしてね。戦後の一時期、かなり活発に画壇で活躍した画家なんですよ」
男2 「へえ…
男1 「私は浜松で小さな画廊を経営してましてね。この絵も、その関係でだいぶ前に仕入れたものなんです。コロニーに移ることが決まって、他の絵はすべて処分したんですが、どうしても…これだけは手放せなくてね…」
女2 「高価な絵なんですか?」
男1 「(笑って)とんでもない。それどころか引き取り手のいない絵ですよ、これは」
男2 「そうなんですか。僕は綺麗な絵だと思いますけど」
女1 「(じっと見つめたまま)…でもこの女の人、とても悲しそう…」
男1、驚いて。
男1 「あなた…なんでそう思うんです?」
女1 「なんとなく…そう感じるだけですけれど」
男1 「そうですか…」
男2 「このモデルの女性は誰なんですか?」
男1 「この絵にはね、不思議な話があるんですよ」
女2 「どんな?」
男1 「この絵のモデルは、久保田の許婚…のちに彼の妻になった女性だったんです」
男2 「ああ、許婚ですか」
男1 「違うんですよ。確かに描かれたときは許婚の顔だった…ところがね年月が経つうちに…女の顔が変化していったんです。全く違う女の顔に」
男2 「ええ!?」
女2 「嘘でしょう、そんなこと…」
男1 「いいえ、本当の話です。証拠もありますよ。ほら、これが描かれた直後、とある美術雑誌に載った同じ絵の写真」
男1、古びた切り抜きを出してみせる。
男2 「本当だ…全然違う」
男1 「ね。信じ難いけれど事実なんです。描いた久保田自身にも勿論理由はわからなくて…早々にこの絵を手放し、その後は一生涯目にすることはなかったといいます」
女2 「不思議な話…」
男2 「で、結局、誰なんですかこの絵の女性は」
男1 「さあ…」
女2 「描いた本人にもわからなかったのかしら」
男1 「一説によると、久保田自身はこの女性が誰だかわかっていたといいますね。ただ知っていたとしても頑として話さなかった…そうして100年以上の時が流れ…今ではもう調べようがありませんよ」
男2 「でしょうね」
男1 「そんな因縁じみた絵なものでね、あっちの画商、こっちの画廊とたらい回しにされて…私の手元に来たときは、もう屑同然の扱いでしたよ」
女1 「…そんな屑同然の絵をどうして選んだんですか、『形見』に」
男1、絵を手に取りじっと見つめながら。
男1 「さあねえ、どうしてでしょう。自分でもよくわからんのですよ。だけどもさっき、あなた、言ったでしょうこの絵を見て…『とても悲しそうな顔をしている』って」
女1、頷く。
男1 「実はね、私も同じようなことを感じたんです、初めてこの絵を見た時。…ああ、このひとは苦しんでいる、長い長いあいだ、たった一人で…行き場のない悲しみを背負って…」
女1 「…」
男1 「何の根拠もないのですが…でもねえそう思うと、この絵の女が哀れで…(笑って)気がついたらこの絵をしょって、ここまで来てました」
女2 「そうだったんですか」
男1 「いや、つまらない話をしてしまいましたな」
男2 「とんでもない」
女2 「いい形見を選ばれましたね」
男1、絵を包み直そうとする。その絵に向かって。
女1 「さようなら」
男1、一瞬吃驚するが、笑顔になる。
女2 「さようなら」
男2 「さよなら」
男1 「…ありがとう」
(作:中澤日菜子/写真:広安正敬)