△ 「双月祭」シーン8


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口笛。カエルの歌。溶暗。
ごきげんな宮田、舞台上にあらわれる。
宮田に背を向けたかっこうで阿部。

宮田 「ただいま。アレ?貴子ちゃんは?」舞台写真(広安)
阿部 「…寝てます。具合悪いからって」
宮田 「そうなの?ゴメンうるさかったかな」

阿部の前を過ぎようとする。
阿部、その前に立ちはだかる。

宮田 「なに?どしたの、恐い顔して」

阿部、宮田の前に1枚の紙をつきつける。

宮田 「…よみがえれ入神村コンサート…?」
阿部 「…今日の午後、事務所にFaxされてきたんです。よく見て下さい、その下のところ」
宮田 「…(口の中で呟いている)友情出演、宮田健一…これは…一体…」
阿部 「あんた何考えてんだ!」
宮田 「何かのまちがいだよこれは」
阿部 「まちがい?」
宮田 「確かに練習はした、したけどそれは…」

ハッと気づく宮田。

宮田 「…ちくしょう…だましやがったなあいつら…」
阿部 「だまされたのはこっちの方だ!あんた、やつらの肩ばかり持っているじゃねぇか!」
宮田 「悪かった、謝るよ、軽率だった…」
阿部 「あんた達官僚はみんなそうだ!何かまずいことが起こればすぐ悪かったって言う」
宮田 「…阿部さん…僕だって本当に一刻も早く入神ダムを完成させたいと思っている…でもね、だからといって、実力行使はできないんだよ…」
阿部 「―――わかったぞ」
宮田 「は?」
阿部 「宮田さん、あんた…入神真穂に惚れたんだろ」
宮田 「なっなにバカなことを…」

阿部、出て行こうとする。

宮田 「どこへ…」
阿部 「入神真穂のトコへ行く。こうなりゃ俺が直接話つけてやる」
宮田 「待ってよ、まずいよ、そりゃ…」
阿部 「離せったら…」

そこへ。

貴子 「私が行きます」
宮田 「貴子さん…」
阿部 「具合悪いんだろ、お前は寝てろ」
貴子 「(ムリに笑顔を作って)大丈夫、少しねたらずい分良くなったわ」
阿部 「お前が行ったって何の解決にもならねぇ」
貴子 「そんなことないわ。だって―――私は、真穂ちゃんの、たった一人の友だちだったんだもの…」
阿部 「俺は反対だ。あの女に一歩たりともお前を近づけたくない」
貴子 「そんな…」
宮田 「それは言いすぎだよ、阿部さん」
阿部 「宮田さんは…宮田さんはヨソ者だからわかんねぇんだ」
宮田 「そりゃ僕はヨソ者だよ。けどね、ヨソ者だからこそ、物事を公平に見ることもできるんだ」
阿部 「…」
宮田 「入神真穂は、ごく普通の女の子だ。君たちが恐れているのは、単なる迷信にすぎない」
阿部 「…」
貴子 「ヒデさん…お願い」
阿部 「勝手にしろ!」

去る。
ほっとする貴子。
宮田と貴子側、暗転。

中央部に桜井。電話をしている。
電話の音、人の話し声、書類のめくれる音。
霞ヶ関の桜井のオフィス。桜井電話をしている。

桜井 「はい、桜井です。いえっ、とんでもございません。ええ、入神ダム問題ですね…はい、はい、え!?じゃあ正式に決定した。あったと…どこですかそれは…綾部川ダム…ああわかりました、そうか…あそこか…ええ、承知しております。はい、わかりました…はい、わざわざ有難うございました」

切る。
桜井、ガッツポーズ。
桜井、電話をかける。

桜井 「桜井だ、すぐに新幹線手配して。そう、名古屋まで」

去る。
中央部暗転。

切り株のそば。
真穂、ほうきでそうじをしている。

「今日は水はやらねえの?」舞台写真(海老沢)
真穂 「…さっきまで、雨降ってたし…」
「そりゃーそうだ」

ガムをかみながら近づく。
真穂、無意識に立ちはだかる。

「(笑って)安心しな、ガムはすてねぇよ」
真穂 「…」

再びそうじに戻る真穂。

「あの男が、この樹の話、してくれたことがあった…」
真穂 「…」
「樹齢何百年にもなる、入神の家の守り神…そして満月の夜、月に吸い込まれていく、一族の唄祭の話」
真穂 「…」
「―――その時、はっきり分かったんだ。あの男とオレの間には、決して越えられない何かがあるって」
真穂 「越えられない、何か…」
「お前なら軽々と越えられる何か、だけどよ」
真穂 「そんなことないわ、私だって…」

保、フッと微笑み、樹に腰かけ。

「…でもな…聴こえてきたんだ、オレにも」
真穂 「…」
「…オレはこの村になんか来たこともない。ましてやこの樹を見たこともない、なのに…。不思議だよな…こうやってここに立って目をつぶると…聴こえて来る気がするんだ…煌々と照る満月の下、唄う声が。…枝を震わせ、幹を揺らす祈りの声が…」

保、目をつぶり耳をすます。
少女、姿を表わす。
真穂も目をとじる。
きこえてくる、それは、大樹の記憶、祈りの歌―――

「…あの男が、聴いてた、音なのかな…」
真穂 「…父さんの、記憶…」
「…いいや、それとも―――」
真穂 「この樹の、記憶…?」

二人、樹のそばに佇み、遠い歌に耳をすます。
そこへ。

阿部 「ちょうどいい…二人しかいないぜ」舞台写真(広安)

あらわれる阿部、宮田、貴子。
少女、姿を消す。

貴子 「真穂ちゃん…」
真穂 「貴…ちゃん?」

真穂、顔色を変え逃げ出そうとする。

貴子 「逃げないで、話をきいて!」
「何だお前…」
貴子 「真穂ちゃんの幼なじみです。あなたが真穂ちゃんの…お兄さん?」
「戸籍上は、な」
阿部 「でも、土地の共有権は持っている」
「あ、またその話?そーゆーのは聖子ちゃんに言って。行こうぜ」
貴子 「待って真穂ちゃん。私、あなたに謝りに来たの」

驚く一同。

「謝る?」
貴子 「(少しずつ真穂に近づきながら)あの日のこと、どうしても、謝りたかったの」
真穂 「謝る必要なんかないよ…だって貴ちゃんは、悪く、ないもの」
貴子 「じゃあ悪いのは誰?真穂ちゃんを、家族を追いつめたのは、誰?」
真穂 「それは…」
貴子 「…ごめんね…」
真穂 「…貴ちゃん…」
貴子 「―――ごめんね…」

少女、真穂のうしろに表われる。

宮田 「あ…」

真穂、振り向き、恐怖にひきつる。

真穂 「…どうして…」
貴子 「いるの?あの子が、いるのね?」

貴子、一歩踏み出す。

阿部 「止めろ、近づくな!」
貴子 「私、今でも覚えてる…今にも枝から落ちそうな私に…あなたが差しのべてくれた、手の、温かさ…」

大きな枝の、ミシリ、ミシリと折れてゆく音。

真穂 「だめ…来てはだめ…」
阿部 「貴子!」
貴子 「…もう少し…ほんのもう少しで、つかめたのに…」
宮田 「なんなんだ、なんの音だこれは!?」
「音?」
真穂 「折れる…、…枝が…折れてしまう…」舞台写真(海老沢)

貴子、ゆっくり手をさし出す。

貴子 「―――また、私は、失うのね…」

枝の折れる音、どんどん大きく。

真穂 「貴ちゃん!!」

真穂・少女、手をさしのばす。
貴子、うすく笑って。

貴子 「―――私の手…いつもあとちょっとで、あなたに届かない―――」

3人の手が触れ合うその刹那。
枝、折れる音、大きく。
同時に、倒れる貴子。

真穂 「貴ちゃん!」
阿部 「貴子!しっかりしろ貴子!!」
「動かすな!待ってろ、今、人を呼んで来る!」

保、走り去る。茫然と立ちすくむ宮田。
真穂、ふるえる手で貴子にふれようとする。
阿部、その手を払いのける。

阿部 「触るな!!」
真穂 「…」
阿部 「その手で、触るな!!―――化け物め」
真穂 「…」

人々走ってくる。

キョーコ 「ヤダ、本当に倒れてるよ!」
阿部 「ちくちょう…ちくしょう!!」
「オレの車が一番近い、すぐ取ってくる。キョーコ、頼む」
キョーコ 「ハイヨ」

保、駆け去る。
3人、倒れた貴子を運び去る。
舞台上には、少女、真穂、宮田。
真穂、地面にしゃがみこんでいる。
宮田、ゆっくりと呟く。

宮田 「…君、なのか?」舞台写真(海老沢)
少女 「…」
宮田 「君が…」
少女 「私は、何も、しない」
宮田 「…」

少女、淋しげに、ほほえむ。

少女 「私には、何も―――できない」
宮田 「…」
少女 「…また―――助けられなかった…」
宮田 「…」

少女、去る。宮田、真穂の側へいく。

宮田 「…あとで必ず、連絡をする。だから、ここで待っているんだ」

真穂、反応しない。

真穂 「…」
宮田 「真穂さん!」

真穂、ビクッとして宮田を見上げる。

宮田 「…君は、何も悪くない。僕にはそれがわかる」
真穂 「…」
宮田 「―――僕にも、見えたんだ」
真穂 「…」
宮田 「貴子ちゃんの指の先に、君と、もうひとつの、小さな、温かな手が―――」
真穂 「…宮田さん…」

宮田、一つうなづいて、走り去る。
真穂一人。
暗転。

(作:中澤日菜子/写真:海老沢直美・広安正敬)

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