△ 「双月祭」シーン6


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暗転の中、携帯の音が響く。
かなり鳴って、切れる。次に普通の電話の音がする。
受話器を取る音。ややあって。

阿部 「宮田さん…宮田さんてば!」舞台写真(海老沢)

溶暗。宮田、すごく不自然な格好でねている。

阿部 「入りますよ…ウワ!…寝てるのか?」
宮田 「ン…ウーン…」
阿部 「電話ですよ、桜井さんから。なんか急用だって」
宮田 「…僕じゃない…」
阿部 「僕じゃないって、他に誰がいるんですか、宮田さん!」
宮田 「(ガバッとはねおきて)ウワッ!な、なんだ夢か…びっくりした…」
阿部 「びっくりしたのはこっちですよ!ハイ、電話!桜井さんから」
宮田 「すンません」

桜井、表われる。

宮田 「もしもし」舞台写真(広安)
桜井 「さっきずい分携帯鳴らしたんだ。どうして出なかった?」
宮田 「ゴメン眠ってて気づかなかった」
桜井 「のん気なもんだな。こっちは徹夜で兵藤保を探してたっていうのに」
宮田 「それで?」
桜井 「一歩遅かった」
宮田 「ひょっとして奴らに…」
桜井 「呼び出されたんだろうな、まず間違いなく」
宮田 「そうか…」
桜井 「そうかじゃねえよ!いいからさっさと現場へ行って、兵藤が奴らと合流するのを阻止しろ!」
宮田 「…ああ…」
桜井 「何かあったらすぐ知らせるんだぞ」
宮田 「わかってる。じゃあな」

切る。
転。
樹に水をやっている真穂。
そこへ、一人の男(パンクロック系のド派手な男)が
ガムをかみながらやってくる。
男、じっと樹の切り株をみつめる。

真穂 「あの…」
「…」
真穂 「…どなたでしょうか?」
「…」

男、だれに言うともなく。

「―――これが、あの樹か。あんたの言ってた…」
真穂 「…」
「ざまァねぇ…ざまァねぇやな…」
真穂 「もしかして…」

男、ようやく視線を真穂に。

「…よく似てら…あの男を思い出すぜ…」
真穂 「じゃあ、やっぱり、お兄さん…」
「おにいさん?」

男、うすく笑って、ガムを若木へ吐きすてる。

真穂 「なにをするのよ!?」
「―――オレには妹なんか、いない。過去も、そしてこれからも。…忘れるな」
真穂 「…」

そこへ、やはり派手めなネーチャン到着。

「ちょっとォーおいてかないでよ」
「悪ィか」
「なにこの村。信じらんない、家も道もなんにもないじゃん」

女、真穂に気づく。ニッーと笑って。

「ヘロー」

真穂、ぎこちなく頭、下げる。
女、そんな真穂をじっと見て。

「この子が真穂って子でしょ!?エット、い、いり…いりまめ…」
「入神真穂」
「やっぱし!なんか似てるよ、目の辺りとかさ」
「うるせえ。お前、何ボケッとしてんだよ」
真穂 「え?」
「呼んだのはお前らだろ。早く案内しろよ」
真穂 「…はい…」

真穂、二人を連れて小屋へ。

「あんたの妹、なーんか暗くてヤな感じ…」
「オレの知ったことかよ」

小屋へつく。
真穂、2人を連れて小屋へ。
転。
真穂を探している聖子。

真穂 「聖子さん、あの…」
聖子 「どこ行ってたの(振り向いてギョッとする)な、なんなのこの二人…」
「おいおい呼びつけといて、なんなの、はないだろ」
聖子 「じゃ、この人がひょっとして…」
「コイツの、腹違いの兄貴さ…戸籍上、はね」
聖子 「それは失礼、兵藤保さん…」
「ストップ!そんなダサイ名前でオレのこと呼ばないでくれる?オレにはさー“カピバラ兵藤”ってゆーレッキとしたアーティスト名があンだからさー」
聖子 「カピバラ兵藤…」
「そう。知らねーの、“ザ・げっ歯類”ってバンド」
「ねェあたしのことも紹介してよ」
「こいつはキョーコ。東京で飼ってる」
キョーコ 「よろしくぅ」
聖子 「ま、まさかこの子まで、ここに?」
「当り前だろ」
聖子 「そんな話、きいてないわ」
「あっそ。じゃ、帰るか」
キョーコ 「うん」
聖子 「待って!言う通りにするから帰らないで!」
「最初から、そう言やあいいんだよ、オバサン」
聖子 「(怒りをこらえて)私の名前は女護ヶ島聖子、ここの責任者です」

間。

キョーコ・保 「変な名前」
聖子 「あンた達に言われたくないわ!!」
真穂 「聖子さん…」
阿部 「(小屋について)遅かったか…」
「なんだおめーら?」

アゴで宮田と阿部、さす。

宮田 「兵藤さんですね。初めまして、僕はこういう者です」

名刺出す。

「(口笛を吹いて)建設省のお役人かァ!」舞台写真(広安)
宮田 「こちらは阿部さん。ダム工事事務所で働いている方です」
阿部 「(ジロジロ見ながら)どうも」
「ど・う・も。で?あんたらが国側の責任者なワケ?」
宮田 「そうです」
「いくら?」
阿部・宮田 「は?」
「だったら共有権、いくらで買ってくれんの?」
宮田 「そうですね…坪2万としても…まぁ10万ってとこですか」
「(鼻で笑って)話ならねェな。オバサン」
聖子 「女護ヶ島聖子よ!」
「世話ンなるぜ」
宮田 「ちょ、ちょっと待ってよ」
「額が違いすぎンだよ。こっちは、500万出した」
宮田 「500万!」
阿部 「汚いぞ、金で釣ったのか!」
聖子 「汚くなんかないわ。兵藤さんの音楽的才能を高く評価して、そのバックアップをするためよ」
真穂 「…お金、もらえるから、来たんだ…」
「そ、残りの500万は、成功報酬、だよな?」
阿部 「成功報酬?」
聖子 「何でもないわ!…入神さん、何やってるの、早くお茶、お出しして!」
真穂 「…はい…」

引込む。

聖子 「さぁあなた達はさっさと出てって!」
阿部 「なんだと、てめえ…」
宮田 「しょうがないよ、阿部さん、本人の意志なんだから…」
聖子 「その通り」
阿部 「しょうがないって…何だよ、宮田さんが、宮田さんがしっかりしてくんないからっこんなことになっちまったんじゃないか!」
宮田 「…ごめん…」
阿部 「ごめんじゃないよ!何とかしてくれよ!それがあんたの仕事だろ!」
聖子 「ケンカなら他所でやってちょうだい。ホラ、ホラホラ!」

阿部、聖子たちをにらんでいるが、やがて走り去る。

宮田 「阿部さん!…保さん」
「カピバラ」
宮田 「カピバラさん、僕、また来ますから…話だけでも聞いて下さいね!」

宮田、阿部を追って去る。
聖子、ホッと吐息をつく。

聖子 「(周囲を見回して)兵藤さん、のこりの500万のことは、内密に、ね」
「何でだよ」
聖子 「計画のことは、他のメンバーは知らないの」
「別にかまわねぇよ、金さえもらえりゃ」
キョーコ 「ねーオバサン、テレビは?」
聖子 「ありません」
キョーコ 「どうしてェ?」
聖子 「電気がないんだから当然でしょ」
キョーコ 「電気ないの!?じゃお風呂は」
聖子 「ないわ」
キョーコ 「トイレは」
聖子 「外でして」
キョーコ 「明かりは」
聖子 「ロウソクとランプ」
キョーコ 「電話は」
聖子 「携帯」
キョーコ 「ケータイどーやって充電すンのよ?」
聖子 「それは、そこの発電機で…」

保、おもむろにエレキギターを発電機につなぐ。

「電気、あるじゃん。早く言ってよ聖子ちゃん」
聖子 「何するの、やめて!」舞台写真(広安)
「キョーコ、逆エビ」
キョーコ 「ハーイ」

キョーコ、聖子を羽交じめ。
その間に保、エレキをひく。

キョーコ 「キャーカッコイー、カピィー!!」
聖子 「あああ、貴重な電気が…」
真穂 「あの…私またガソリン買ってきますから…」
聖子 「そういう問題じゃないわ!」

そこへ。

ポエット君 「―――うるさい」
聖子 「ポエット君!」
「誰だお前」
聖子 「ちょうどいい所へ!さぁポエット君、あいつらをやっつけておしまい!(byドロンジョ様)」
キョーコ 「ポエット君?」
聖子 「そうよ!ファイティング・ポエット君、偉大なる同志よ」

間。

キョーコ・保 「変な名前」
聖子 「だからあンた達に言われたくないって!!さぁ早く、ポエット君!」

ポエット君、ずいと一歩前へ。

「やる気かよ、面白ぇ…」

保、ケンカのつもりでポーズ。
すると。

ポエット君 「馬鹿だ/馬鹿だ/てめぇらみんな大馬鹿だ/血祭りの朝に/光り輝く金色の脳髄/熟れて滴る爛れた果実/馬鹿だ/馬鹿/俺たちはみな/明日に到りつけない屍体」

保、エレキ弾く。
ものすごい音量の絶叫とギターの音。
耳をふさぎ苦しむ残りの三人。
しばらく戦いがあり、双方、息切れして止める。
にらみ合う二人。

「…なかなかやるじゃねェかお前…」
ポエット君 「…お前もな…」
「ヒステリックなババアの集まりかと思っていたが…こんな」
ポエット君 「こんな?」
「バカがいるとはな」
ポエット君 「ロックなどうるさいだけだと思っていたが…けっこう」
「けっこう?」
ポエット君 「―――腰に来る」

くいっ。
二人、目を見合わせ微笑み合い、指と指を。by E.T.

聖子 「…信じがたいけれど…どうやらあの二人に、友情が芽ばえたようよ…」
キョーコ 「ミジンコと火星人の間に友情が芽ばえたようなもンよね…」
真穂 「なんですか、それ…」
「気に入ったぜ!今日はとことん飲もう!キョーコ、一の蔵!」
キョーコ 「しかも幻の酒と言われる大和伝!」

保、ポエット君、キョーコ、さっそく飲み始める。

聖子 「(吐息)とりあえず、成功、と言えるかしら…(チラッと3人を見てげんなりする)」
「おい聖子ちゃん、あんたもこっち来て飲めよ」舞台写真(海老沢)
聖子 「けっこうです。私、アルコール類は一切口にしませんの」
「そう言わずに、そらイッキ・イッキ」
保・キョーコ・ポエット君 「イッキ・イッキ・イッキ・イッキ・イッキ…」

聖子、勢いに押されて飲み干す。
ヤンヤヤンヤとはやしたてる3人。

「なんだー飲めるじゃん聖子ちゃーん」
キョーコ 「ホラ、もう一杯」
聖子 「…」
キョーコ 「?どしたの?ねぇ…」

聖子、泣き始める。

聖子 「あたしだってねぇ、好き好んでこんなところ、来たんじゃないわよ…でもダムに…ダムに沈めちゃいけないって思ったから…だから…」
キョーコ 「うあー…泣き上戸だった…」
「わかった、わかったから、な、今日は俺たちの歓迎会ってことで、楽しくやろうや、な」

3人、聖子をなだめる。
そのスキにそっと真穂、抜け出す。

キョーコ 「あ、ちょっと…」
「ほっときな」
キョーコ 「でも…」
「どこに行くか、わかってる」

真穂、樹のところへむかう。
人影。

真穂 「誰?」
宮田 「…やあ」
真穂 「戻ったんじゃなかったんですか?」
宮田 「阿部さんに、すっげぇ怒られちゃったよ…僕がしっかりしてないから、こんなことになるんだ、って…」
真穂 「…」
宮田 「霞ヶ関にいる同期からも怒られた…当り前だよね…ホント、役立たずだもんな、僕…」
真穂 「そんなこと…私に言っていいんですか?」
宮田 「え!?あ…そうか…(笑う)」

間。

宮田 「ねえ、真穂さん。君、昨晩【あの場所】に、いたよね」
真穂 「…なんの話です?」
宮田 「とぼけないでくれよ。あれは、夢なんかじゃない…時間が経てば経つほど鮮明になる“記憶”…そう…まさに“記憶”の中に、僕らは居たんだ」
真穂 「…」
宮田 「教えてくれ。あの子が…何者なのか‥あの“記憶”が…なにを意味するのか…」
真穂 「…」
宮田 「君、前に言ったよね。この樹には守り神がまつってあるって…ひょっとしたらあの子が、その…」
真穂 「守り神なんかじゃないわ!」
宮田 「…真穂さん…」
真穂 「あの子は守り神なんかじゃない!いつも私の側にいて災厄を運んで来るだけの…その証拠に父さんだって母さんだって、あの子は守ってくれなかった…」
宮田 「…」
真穂 「宮田さん。犬神って知っている?」
宮田 「少しは。犬神の霊が、人に取り憑き、取り憑かれた人間は心身に異常をきたす…」
真穂 「その犬神を操ると言われているのが犬神使い…私の一族です。―――もっとも、生き残っているのは、私だけだけど」
宮田 「だって、君の兄さんが…」
真穂 「この力は、女にしか表われないの。だから入神の女は、どこの村でも嫌われた…犬の血が入ると言われて誰とも結婚できず…そのうち災いを起こしてその村から追われていく…」
宮田 「ナンセンスだよ!火星に探査機が降り立ち、インターネットで世界中と会話ができる、そんな時代に一体何を…」
真穂 「時代なんて関係ないのよ宮田さん。人は誰でも自分の見たものを、信じ、恐れ、排除する…どんなに時が流れても、人の心の奥底にひそむ恐怖心は、消えないわ…」
宮田 「…なにか、あったのか?」
真穂 「…」
宮田 「…貴子ちゃんが言っていた…“私もあの子と会ったことがある”って…」
真穂 「…帰って下さい」
宮田 「何か関係あるのか、あの子と君と貴子ちゃんの間に…」
真穂 「お願い、帰って!!」

間。

真穂 「…私に、近づかないで…」
宮田 「…」
真穂 「…私は、もう、誰とも友だちには、ならない。…そう決めたんです」
宮田 「…」
真穂 「…私には、そんな資格は、ないもの…」

真穂、顔を伏せる。
宮田、真穂の肩に手をのせる。
ビクッとふるえる真穂。

宮田 「…そんな風に、思わない方がいい」
真穂 「…」
宮田 「君は君として生まれ、生きている…」
真穂 「…」
宮田 「この宇宙の中では、それはひとつの奇跡なんだよ」

宮田、静かに去る。
一人佇む真穂。
そこへ。

キョーコ 「あんたもなかなかやるじゃない」
真穂 「見てたんですか!?い、いつから…」
キョーコ 「ダイジョーブ、今、来たとこだから。けどさ、これじゃまるでロミオとジュリエットじゃないの」
真穂 「そんなんじゃありません」

去ろうとする真穂。

キョーコ 「待ってよどこ行くのよ」
真穂 「私の勝手でしょう」
キョーコ 「戻ろうよ、夏とはいえ夜は冷えるんでしょ」
真穂 「放っといて下さい」

キョーコ、ニッーと微笑む。

真穂 「…何がおかしいんですか」
キョーコ 「そっくり。あんたとカピィ、そういう強情なとこ」
真穂 「そんなことありませんよ」

キョーコ、ポイと包み投げてよこす。

真穂 「…これは?」
キョーコ 「宴会の残り。大したもんじゃないけどさ、食べなよ」
真穂 「…」
キョーコ 「先、戻ってるから。たぶん今夜は徹夜で飲むだろうけどね」

去りかけるキョーコ。

真穂 「あの…キョーコさん」

キョーコ振り向く。

真穂 「…ありがとう」
キョーコ 「お礼なら、カピィに言いな」
真穂 「え?」
キョーコ 「あんたがここにいるって教えてくれたのは、カピィなんだから」
真穂 「…どうして…兵藤さんが…」
キョーコ 「兄貴のカンなんじゃないのォ。アニキの」

キョーコ、手を振って去る。
一人残った真穂にわずかな明かり。
真穂、声にならない声で呟いてみる。
“オニイサン”と。

暗転。

(作:中澤日菜子/写真:海老沢直美・広安正敬)

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