トップページ > ページシアター > 双月祭 > シーン5 【公演データ】
少女、じっと二人に視線をそそぐ。
宮田、気づく。
宮田 「…やあ。また、会ったね」
少女 「…」
宮田 「…10年前のあの夜、僕と会って、10年後の今、少しも変らずにまた僕と会っている…」
少女 「…」
宮田 「…君は、一体、誰なんだ?」
少女、視線を宮田から外し、真穂に向ける。
真穂、びくっとして。
真穂 「…いるのね、そこに…」
少女 「…」
真穂 「…なぜ、表われたの?私が、聖子さんのことを憎んだから?仕返しをするために表われたの?」
少女 「違う」
真穂 「じゃ、どうして…」
少女 「私には、何も出来はしない。―――わかっているだろう?」
真穂 「…」
少女、再び視線を宮田に。
宮田 「…やっぱり、答えてくれないのか…でも、僕にも何となくわかってきたよ。阿部さんや村の人が、真穂さんを恐れ避けているのは、君のせいだ…そうだろ?」
少女 「…」
宮田 「でもなんでみんなはそんなに君のことを怖がるのかなぁ。君がユーレイだから?それともお化け?妖怪とか…」
少女 「私は、記憶だ」
宮田 「ようやくしゃべってくれたね…でも記憶って何だい?何の記憶だい?」
少女 「一つの種の、記憶」
宮田 「一つの種?」
少女 「その、最後の者が負う、重い、重い荷持―――それが、私」
宮田 「重い、荷物…」
真穂 「重い荷物よ、あなたは…」
少女 「…」
真穂 「お願い、私を自由にして…」
少女 「…」
真穂 「私をこれ以上、苦しめないで…」
少女 「ならば何故、この村に戻って来た?」
真穂 「…それは…」
少女 「悲しい思い出だらけのこの村に、何故戻って来た」
真穂 「…この村と森を、守りたかったから…」
少女 「…」
真穂 「…私が生まれた村」
少女 「…私が生まれた森」
宮田 「生まれた森?」
真穂 「私が見上げた空」
少女 「私が歩いた山」
真穂 「私が育てた樹」
少女 「私が渡ったせせらぎ」
二人 「そして私が追われた故郷(ふるさと)―――故郷、故郷!…追われるのは、もう嫌。逃げ出すのは、もう…嫌」
宮田ゆっくり口を開く。
宮田 「―――君は、誰なんだ」
少女 「…」
宮田 「何故、君は、ここにいるんだ…」
少女 「(ポツリと)一人で背負うのは、余りにも、辛い…」
宮田 「え?」
少女 「私は、記憶」
宮田 「…キオク…」
少女 「―――決して、癒されることのない、記憶」
音楽入る。
同時に影たち舞台上に。
その波に呑まれる宮田と真穂。
影1 「まだ?」
影2 「まだなの、父さん?」
影3 「もう少しだ。この峠を越えれば、見えてくる」
影4 「母さん、足が痛いよ」
影5 「しっかりして」
影4 「あの時撃たれた、足が痛いよ」
影1 「兄さん足がはれてる」
影2 「体も熱いわ、父さん休もう」
影3 「辛いだろうが、がんばるんだ。今、休んだらあいつらに追いつかれてしまう。あと少し、この峠さえ越えてしまえば…」
影2 「故郷があるの?」
影1 「本当にあるの?」
影2 「誰にも追われず」
影1 「誰にも傷つけられない」
影2 「そんな豊かで緑深い故郷が―――」
影3 「そうとも。さあ、だからもう少し」
影5 「もう少しだけ我慢して」
影4 「青空が見えた!」
影1 「あそこが峠だわ!」
走り出す5人。
影2 「故郷!」
影3 「探し求めた、故郷!」
立ちつくす5人。宮田と向い合う形に。
人間の話し声、笑い声。
木の伐り倒される音、山を崩す音。
影3 「(うめくように)―――人が、いる」
影5 「ここにも、人が、いる…」
影2 「樹は伐られ」
影4 「山は崩されて」
影1 「もう何処にも」
影3 「私たちの、故郷は、ない…」
宮田 「待ってくれ、そんなつもりじゃない、僕らは、僕はそんなつもりじゃなかったんだ!」
影2 「誰!?」
影1 「誰!?」
影5 「誰!?」
影4 「そこにいるのは誰!?」
鉄砲をかまえた男が、狙いを定めている。
宮田 「―――撃つな…」
影3 「逃げろ!」
影5 「逃げるのよお前たち!」
影1 「母さん、兄さんが!」
影2 「兄さんが!!」
宮田 「撃つなァァ!!」
銃声、響く。
逃げまどう影たち。
ゆっくり倒れる影4。
鉄砲をかまえた男、スローモーションで影4に近づく。
倒れた影4のそばにひざまづく影2。
宮田 「君は…」
影2顔を上げる。同時に少女も。
宮田 「真穂、さん?それとも―――」
男、鉄砲を真穂の額にあてる。
宮田 「やめろ…」
真穂・少女 「私は私」
男、引き金をゆっくりと引く。
宮田 「やめてくれ…」
真穂・少女 「決して、癒されることのない、私…」
宮田 「やめろ!!」
銃声。同時に暗転。
急速に暗くなる中、宮田、呟く。
宮田 「…僕じゃない…僕じゃないよ…」
全暗転。
(作:中澤日菜子/写真:海老沢直美・広安正敬)