△ 「双月祭」シーン4


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舞台上に、こわれたやかんを持つ真穂。
水が入っているが、どんどんしみ出してしまう。
早足になりかけた時。

宮田 「よっ。こんにちは」

真穂、立ち止まり、ややあって反転して逃げ出そうとする。

宮田 「逃げないでよ何もしないから。コレ、返しに来たんだコレ」

宮田が持って来たのは先日の赤い如雨露。
ぶつかって壊れたのを不器用に直してある。

宮田 「水、やりに行くんだろ。ないと不便だと思って。一応、直してみたんだ、使ってよ」舞台写真(海老沢)
真穂 「…」

真穂、動かない。
宮田少しずつ近づく。

宮田 「ね、ちょっと貸してよそのヤカン。水、どんどんもれてるじゃないの。意味ないよ、これじゃ。さ、貸しなって」

真穂、おずおずとヤカンを差し出す。

宮田 「サンキュ。あーあー穴だらけじゃんか。こっちの方が、ずっと…」

と言って如雨露に水をうつしかえるが、
ヤカンよりハゲシク水がもれていく。

真穂 「…」
宮田 「…。ごめんね。ヤカンの方が、マシだったみたい」

真穂、少しだけほほ笑む。

真穂 「…ありがとう。返しに来てくれて」
宮田 「いやー。親切のつもりが、かえって悪いことしちゃったね」
真穂 「いいんです。この如雨露が戻って来ただけで…」
宮田 「何か育てているものがあるの?」
真穂 「失礼します」

去りかける。

宮田 「待ってよ、ね、見せてくんない?」
真穂 「ついて来ないで下さい」
宮田 「僕に見られちゃまずいものでも育ててんの?」
真穂 「違います」
宮田 「あ、ひょっとして大麻!?」
真穂 「違います」
宮田 「まずいよ、それ法に触れるし」
真穂 「違います」
宮田 「大体体に悪いしさ」
真穂 「違います」
宮田 「どうせなら芋とかなすびとか…」
真穂 「私にかまわないで!!」舞台写真(広安)

間。

真穂 「―――村の人間に、言われなかったの?“入神真穂に近づくな。あの女は厄病神だ”って…」
宮田 「言われたよ」
真穂 「だったらさっさと…」
宮田 「でもこうも言われた。貴子―――旧姓石村貴子ちゃんにね。“真穂ちゃんは、私のお姉さんのような人でした。だから真穂ちゃんをいじめないで下さい”―――」
真穂 「…貴ちゃんが?」
宮田 「ああ。僕はこの村の人間じゃない。どっちの言い分が正しいのかわからない。だから自分で確かめることにしたのさ。君がどんな人なんだか」
真穂 「…ずいぶん正直に話すのね」
宮田 「苦手なんだ、隠し事とか、かけ引きとか。だから34にもなって地建の係長どまりさ」
真穂 「34なの?」
宮田 「若く見えるだろ、童顔だし…」
真穂 「もっとオジサンだと思ってた」

間。

宮田 「…ずいぶん正直だね、君も」
真穂 「苦手なの、お世辞とか、おべっかとか」

間。
ゆるむ空気。

真穂 「いいわ、ついて来て。でも静かにしてね、聖子さんに見つかると怒られるから…」
宮田 「わかった」

歩き出す二人。

真穂 「貴ちゃんは、元気ですか?」
宮田 「ああ。こーんな大っきいおなかでさ、よく働いてるよ」
真穂 「そうか…もうすぐお母さんになるのね…」
宮田 「幼ななじみなんだろ?たまには遊びに来たらどうだい?」

真穂、立ち止まる。

真穂 「これ…」
宮田 「これ、って…これが君の育ててるもの?」

真穂うなずく。

宮田 「切り株じゃないか、こんなの育てたって…」
真穂 「よく見て」

宮田、かがみこんで調べる。
大樹の切り株からは、若い木の芽が芽吹いていた。

宮田 「あ、ホントだ!細いけど…新しく、木の芽が出てるね」舞台写真(広安)
真穂 「…」
宮田 「ヘェーすごいなー、まだ生きてるんだ、この木…」
真穂 「…昔、うちの裏手に生えていたの。大きな大きなブナの木だった。」
宮田 「じゃ、やっぱり君は、あの時の!?」
真穂 「なんのこと?」
宮田 「10年前の村民投票の夜、僕に聞いたじゃないか、“この木を伐るのか”って…ホラ、覚えてない?」
真穂 「…そういわれれば…言ったかもしれない、そんなこと…」
宮田 「そうだよ、思い出したそーかー君があの時の…だったら、一緒にいたもう一人の子のことも…」

その時、風が鳴り、鈴の音が響く。

宮田 「な、何、今の音!」
真穂 「鈴の音。樹に巻いてある七五三縄の…」

真穂、鈴を手にとり鳴らしてみせる。

宮田 「七五三縄…じゃあこの樹は御神木?」
真穂 「(頷いて)入神の家の、守り神を祀っているの…昔むかし、ご先祖様が、遠くの村から追われて逃げて来て…ようやく到りついたこの村で、末長く暮らせるようにと祈りをこめて植えた…それがこの樹…」
宮田 「追われて、逃げてきた?」
真穂 「(無視して)昔、まだ入神の家が栄えていた頃は、この樹を囲んで盛大なお祭りがあったと父に聞いたわ。一族が輪になり…声を合わせ歌う…年に一度、満月の夜―――」
宮田 「森に棲む神と共に?」

真穂、怪訝な顔を向ける。

宮田 「君のお父さんが、そう言ってらした。思い出したよ、今になって」
真穂 「…父は、何か言いましたか?その祭について」
宮田 「いや、詳しいことは何も…その祭の名前すら…」

真穂、宮田を見つめて。

真穂 「双月祭」
宮田 「え?」
真穂 「双月祭って、言うんですよ」

携帯なる。

宮田 「あわわわわわわ」
真穂 「早く止めて!聖子さんに気づかれる」
宮田 「わかった、ちょっと失礼」

宮田、少し離れて取る。

宮田 「はい、もしもし」舞台写真(海老沢)
桜井 「宮田!良い報せだ、喜べ!入神真穂について調べてみたら、面白いことがわかったんだ、あのな、入神真穂にはな…」
宮田 「も、もう少し小さな声でしゃべってくれ」
桜井 「なぜだ」
宮田 「(小声で)本人が目の前にいるんだ」
桜井 「(〃)すまん。入神真穂には、実は腹違いの兄がいるんだ」
宮田 「本当かそれは?!」
桜井 「シー」
宮田 「シー」
桜井 「間違いない、ちゃんと認知されている」
宮田 「てことはつまり…」
桜井 「入神総一郎の遺産は、その兄貴にも分与される。もちろん、だからと言って真穂の持ち分が消えるわけじゃないがね」
宮田 「その兄とやらは、今どこにいるんだ?」
桜井 「今、全力でさがしている最中だ。見つかったらすぐ連絡するよ。じゃな」
宮田 「待った。その兄貴のこと…本人は、知ってるんだろうか?」
桜井 「わからんなそこまでは」
宮田 「そうか…ショックだろうな…」
桜井 「なに寝呆けたこと言ってんだよ。お前の仕事は、あのダムを完成させること!わかってんだろうな?」
宮田 「わかってるよ、じゃ、またな」
桜井 「ああ」

切る。
宮田、作り笑いをして。

宮田 「ごめんね。ちょっと役所からヤボ用で…」
真穂 「嘘」
宮田 「な、何を根拠に…」
真穂 「本当、下手くそね、隠し事」

宮田に構わず、真穂、若木に水をやる。

真穂 「汲み直してきたの。ガムテープ張ったら、とりあえず何とかなったみたい」
宮田 「熱心だね…いずれ水の底に沈んじゃうのに」

真穂の手が止まる。

真穂 「…沈ませないわ」
宮田 「無理だよ。ここまで出来てしまったものを今更…」
真穂 「沈ませない、この村と、この森と、この樹は、決して」
宮田 「君の気持ちはわかるけど…」
真穂 「わかってない!わかるわけないわ、あなたになんか」舞台写真(広安)
宮田 「わかるさ。けどね、このダムができれば、もう洪水に悩まされなくて済む。水不足も解消されるし、工業用水だって確保できる。その上―――」
聖子 「何千億円という税金がゼネコンに転がりこみ、業者と癒着した官僚もうるおう…と、こういう訳よね」
宮田 「ゲッ!!」
真穂 「聖子さん…」
聖子 「勝手にコソコソお役人と会うのは感心できないわね入神さん」
真穂 「すみません」

真穂、宮田のそばを離れる

宮田 「待ってよ真穂さん、もう少し話を…」
聖子 「ここでの責任者は私です。話をしたいのなら私を通してからにして」
宮田 「どうしてあんたの許可がいるんだよ!」
聖子 「入神さんはこの運動を始めてまだ日が浅いの。ですからあなた方の詭弁にだまされる危険性があります」
宮田 「詭弁て、あんたねぇ…」
聖子 「あーらあくまでも認めないつもり?じゃあ1つ1つ暴いてあげましょうか。まず、洪水に悩まされなくてすむ。あなた、確かにそう言ったわよね?」
宮田 「ああ言った、それがどうした?」
聖子 「洪水をふせぐためならば、こんなバカでかいダムは要らないわ。今ある堤防をわずか数十センチかさ上げすれば対応できるのよ」
宮田 「しかし、こちらで試算した水量では、堤防じゃとても防げない!」
聖子 「その試算自体怪しいものだわ。建設省主導の調査委員会が出したものですからね。2つ目の水不足、これもナンセンス。入神さん知ってる?水は足りてるのよ、ダムがなくても」
真穂 「え…」
宮田 「それは…でもこれからの人口増加を考えれば…」舞台写真(広安)
聖子 「だったらまず節水すべきよ。工業用水にしてもそう。企業側が排水をリサイクル利用すればいいのよ。しかもここ数年の不景気で、誘致していた工場が次々と進出をとり止めたというじゃないの。これでは何の意味もないわ」
宮田 「計画が持ち上がった当時と今とでは状況が違う!あの時は、本当に必要だったんだ…」
聖子 「でも今は必要ないと思ってる」

黙りこむ宮田。

聖子 「宮田さん。あなた、こちら側へ来ない?」
宮田 「は?なにを、あんた…」
聖子 「あなたの、綾部川ダム建設に関する調査書、読ませて頂いたわ。…あなた、心の中では、ダムの建設に疑問を持っているんじゃないの?」
宮田 「綾部川ダムと入神ダムは違う!このダムは、もう出来てるんだ、今さらどうすることもできやしない!」
聖子 「いいえ、できるわ。この入神さんには、ここに住む権利があるんですもの」
宮田 「その権利はな、真穂さん一人のものじゃなくて兄…」

言いかけてあわてて口をつぐむ宮田。

聖子 「兄?ちょっと、何の話?」
宮田 「な、何でもない。真穂さん、またね」

宮田、走り去る。
じっと考えこむ聖子。

真穂 「聖子さん…」

聖子、真穂の話を聞かず何事か考えているが
やがて口を開く。

聖子 「…入神さん」舞台写真(広安)
真穂 「はい」
聖子 「…あなた確かに一人娘なのよね、入神家の」
真穂 「…宮田さんが、兄ってもらしたことですか?」
聖子 「ええ」

真穂、もじもじして。

真穂 「…私、実は腹違いの兄が一人、いるんです」
聖子 「なんですってぇ!?」
真穂 「で、でも父は相手の女性とはすぐ別れたんです」
聖子 「その子は認知されてるの!?」
真穂 「は?リンチ?」
聖子 「ニ・ン・チよ!お父さんが自分の子だって認めたかってこと!」
真穂 「もちろん。だって父の子ですから…」

聖子、真穂の肩をゆさぶり。

聖子 「あなた、どうしてこんな大事なこともっと早くに話してくれなかったの!?」
真穂 「だって兄はこの村には来たことすらないんですよ。関係ない人間じゃないですか」
聖子 「大ありよ!その兄とやらには、この土地の共有権が発生するんだから!」
真穂 「だってこの土地は私たち一家のものですよ?」
聖子 「今の民法ではね、そういう子にも相続の権利が保障されてるのよ!」
真穂 「すみません」
聖子 「いいから!兄さんの居場所を教えてちょうだい?」
真穂 「呼ぶんですか!?兄を、ここに!?」
聖子 「当り前でしょう」
真穂 「でも…」
聖子 「お兄さんは何ていう名前、何やってる人なの」
真穂 「兵藤保、確か音楽関係の仕事してるって」
聖子 「芸術関係か、本部に連絡すればすぐだわ」
真穂 「あの聖子さん、やっぱり」
聖子 「これ以上迷惑かけないでちょうだい、いいわね」

聖子去る。

真穂 「…はい…」

口惜そうな真穂去る。
同時に、宮田、阿部の家へ着く。

宮田 「ただいまー、あー、づがれだー…」

貴子、水をもって表れる。

貴子 「お疲れ様でした。ハイ、お水」
宮田 「すいません(飲み干す)はぁ…うまい…もう一杯もらえませんか?」
貴子 「ハイハイ」

貴子、立って去る。
阿部、出て来る。

阿部 「おかえりなさい、どうでした?奴らは…」舞台写真(広安)
宮田 「例のニョゴガシマ先生に一席ぶたれたよ」
阿部 「何て?」
宮田 「いかにこのダムが無用の長物であるか。奴ら、けっこうよく調べてるよね」
阿部 「感心してどーすんですか!?それを論破するのが宮田さんの仕事でしょ?」
宮田 「そりゃそうだけど…ああやって言われると、このダムは、本当は、要らないものなんじゃないか、作るべきものではなかったんじゃないか、なんて、フッと…」
阿部 「宮田さん!」
貴子 「いいえ、必要です」

宮田、阿部、ふりむく。
そこには、コップを持った貴子。

阿部 「貴子…」
貴子 「どうぞ(ニッコリ笑ってさし出す)」
宮田 「ど、どうも…(受けとって、ひとくち含む)」
貴子 「(そんな宮田を見て)美味しいですか?」
宮田 「ええ、とても」
貴子 「なにせ地下150mから汲み上げる井戸の水ですから」
宮田 「地下水か!それで、こんなにうまいんだ」
貴子 「そう、おいしい地下水…でもね宮田さん、地下水と水道水の違いはおいしさだけじゃありませんよ」
宮田 「どういうことです」
貴子 「水道水は、蛇口をひねればいつでも水が出るでしょう?でもね、地下水は、涸れて一滴の水すら湧かなくなることもあるんです。真夏、地下水が涸れきってしまった時、給水車なんてものがない時代の人は、どうしたと思います?」
宮田 「…」舞台写真(広安)
貴子 「…口べらしに、家族を殺すんです。まずは老人から…そして次に幼い子ども…時にはわずかな水を巡って、村と村どうしの激しい争いもあったとききます」
宮田 「…」
貴子 「私には難しい理屈はわかりません。自然保護は大切だと思うし、官僚がどこかと癒着しているのはいけないことだと思う、だけど…そんなこと全てをおいても、この村に、いつも水が来ること…蛇口をひねれば必らず水が出ること…そんなささいなことが、私には大切なんです」
宮田 「…」

貴子、自分のおなかをなでながら。

貴子 「この子たちの世代には、水のない苦しみや辛さを、味わわせたく、ない―――それが、私の唯一の願いなんです…」
阿部 「貴子…」
宮田 「貴子さん…」
貴子 「ごめんなさい、宮田さんにむかってエラそうな口きいちゃって」
宮田 「いや、こっちこそ、軽率なこと言っちゃって…すみませんでした、本当に」
貴子 「そんな、謝らないで下さい」
阿部 「そうですよ、元はといえば宮田さんたちの地道な努力が、このダムを築いたんだから…」
宮田 「いや…僕はやっぱりダメな人間です…官僚にもなりきれず、かといって、現場の人間にもなりきれない…中途半端な役立たずだ…」
貴子 「ど、どうしようヒデさん、宮田さんがどんどん落ちこんでくよ!」
阿部 「バカ、お前がペラペラしゃべりまくるからだ!」
貴子 「ヒデさん、何ていうんだっけ、こーいうの…あ、そっか“穴があったら入りたい”!!」
宮田 「(さらに激しいイキオイで)ズブズブズブ」
阿部 「もういい!お前、向う行ってろ!」

その時、携帯が鳴る。

阿部 「(ホッとして)あ、宮田さん携帯!携帯鳴ってますよ!」
宮田 「…ハイ、宮田です」舞台写真(広安)

桜井、出る。

桜井 「おう俺だ。どうした、いやに暗いじゃないか」
宮田 「ちょっとね…ハハ…」
桜井 「それより例の件だけど」
宮田 「例の件って…あっー!!!」

桜井、びっくりする。

桜井 「な、なんだどうした?」
宮田 「見つかったのか?その男、見つかったのかよ!?」
桜井 「いや、まだだ。全力で探してるんだが…どうした?」
宮田 「…すまん桜井」
桜井 「?何が?」
宮田 「…奴らに、もらしちまった」
桜井 「何だってェ!?」
宮田 「いや、大したことは言ってない、あの子に兄がいるってことをちょっとだけ…」
桜井 「バカ!それだけしゃべれば充分だ!」
宮田 「…ゴメン…」
桜井 「ちくしょう、奴ら必死で探してるぞ、そうとわかったらこっちも増員かけなくては…」
宮田 「あ、俺も手伝うよ、なぁ…」
桜井 「(ピシャリと)お前にできることはない。やるべきことは本省(こっち)で全てやる。」

切る。

宮田 「ちょ、ちょっと待てよ桜井…」

プッープッー。

桜井 「(舌打ちして)役立たずが!」

去る。
立ちすくむ宮田。
同じく離れて、真穂。
やがて静寂が辺りをみたす。
宮田と真穂の中間に、少女、表われる。

(作:中澤日菜子/写真:海老沢直美・広安正敬)

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