△ 「双月祭」シーン3


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暗闇の中、宮田を介抱する阿部と貴子の声

阿部 「宮田さん!しっかりして下さいよ、宮田さん!」

溶暗。

宮田 「う…ううーん…ここは…あれ?…俺…」
阿部 「宮田さん!」
貴子 「良かった…気がついて…」

再び阿部の家。
寝かされた宮田をとりかこむ阿部と貴子。

阿部 「大丈夫ですか?」
宮田 「…耳鳴りがする…目まいと…頭も少し痛い…」
貴子 「じゃあ、お水、お持ちします。冷たくておいしいですよ、山の水ですから」
宮田 「すみません」舞台写真(広安)

貴子、去る。

阿部 「困ったことになりましたね…まさか、このままダムが中止になるとか…」
宮田 「それは…まずありえないでしょう。これは…あくまでも僕のカンなんですが…」
阿部 「はい」
宮田 「今になって、こんな行動を取るのには、何か別の目的があるような気がしてならないんです。調べてみなくちゃ、何とも言えませんが、幸い霞ヶ関にツテがあるし」
阿部 「桜井さんですね」
宮田 「彼にも探ってもらいますよ」

貴子、戻ってくる。

貴子 「お待たせしちゃって…おなか大きいと何するにも不便で」
宮田 「いつですか、予定日は」
貴子 「9月の6日です」
宮田 「楽しみですね。男の子がいいの?それとも女の子?」舞台写真(海老沢))
阿部 「まぁ無事生まれてくれりゃどっちでもいいっす」
宮田 「貴子さんに似たら、かわいいだろうなー」
貴子 「まぁ」
阿部 「そんなことないっすよ」
宮田 「阿部さんに似たら、悲劇だろうなー」
貴子 「まぁ」
阿部 「そんなことないっスよ!」
宮田 「子どもといえば…今日、あそこで会ったあの子、どこの子だったのかな」
阿部 「子ども?」
宮田 「ホラ、入神さんに会う前に僕が追いかけてた女の子。いや実は、10年前の最後の村民投票の夜、そっくりな子に会ってるんです」

間。

宮田 「?どうしたんです?」
阿部 「…そんな子、いませんよ」舞台写真(広安)
宮田 「え?」
阿部 「この村にはそんな女の子は、いません」
貴子 「…いるわ」
阿部 「―――貴子」
貴子 「私も、会ったもの」
阿部 「貴子!」
貴子 「(ハッと我にかえり)あの、私、今日は疲れたから先に休みます」
宮田 「貴子さん…」
貴子 「おやすみなさい」

貴子、逃げるように去る。

宮田 「どういうことなんですか?」
阿部 「…」
宮田 「“入神真穂には近づくな”。阿部さん確かそう言いましたよね」
阿部 「…」
阿部 「宮田さんには、きっと、わからない」
宮田 「え?」
阿部 「―――古い村は、どこでも必ず淀んだ“濁り”を抱えている…その“濁り”を理解できるのは、そこに生まれた者だけですよ。」
宮田 「いったい何の話を…」

宮田の携帯が鳴る。

阿部 「(去りぎわに)―――とにかく、近づくな。俺に言えるのは、それだけです」

去る。

宮田 「なんなんだよ、本当に、もう…(携帯に出る)はい、宮田です」

舞台上に桜井。

桜井 「もしもし、桜井だけど」舞台写真(海老沢)
宮田 「おう、お疲れ様。名古屋着いたのか」
桜井 「いや、まだだ。今日、あのあとどうだったかと思って」
宮田 「どうもこうも…大至急調べてほしいことがあるんだ。連中のリーダー格の…ニョゴ…ヨゴ…何だっけな…」
桜井 「女護ヶ島聖子。直接行動も辞さない強硬派として公安からもマークされてる」
宮田 「そう、そいつが、10年前、収用したはずの土地の、未署名の同意書を持ってやがった」
桜井 「何だって!?」
宮田 「入神総一郎って男の同意書だ。なんかの手違いでそいつの同意書だけ取れていない」
桜井 「わかった。本省に戻ったらすぐ登記簿をあたってみる」
宮田 「すまない。お前だって忙しいのにな…」
桜井 「気にするな。これがいわゆる」
二人 「くされ縁」

笑い合う。

桜井 「じゃあな。また」
宮田 「ああ。お前も気をつけて」

切る。
桜井、笑顔をスッと引込めて。

桜井 「―――ドラマは順調に進行中、か…」

桜井側、暗転。
一方、ぼっーとしている宮田。
そこへ。

貴子 「あの…まだ、起きてます?」
宮田 「ああ…どうぞ」

貴子、おずおずと入ってくる。

貴子 「スミマセン、お休みのところ…」
宮田 「いや大丈夫。どうしました?」

貴子、しばらく迷ってから意を決して。

貴子 「…真穂ちゃんのこと、あんまり悪く思わないで下さい」舞台写真(広安)
宮田 「は?」
貴子 「私、まだ入神村に住んでた頃、真穂ちゃんとよく遊んでたんです。本当の姉と妹みたいに仲良くて…。確かに今の真穂ちゃんがどんな人なのか、私はよく知らないですけど、子どもの頃の真穂ちゃんは、そりゃあ優しくて明るい子でした。だから、あの、あの…」
宮田 「落着いて。だったらどうして、あんな態度を…」
貴子 「それは…私の口からは、言えません。でもお願いですから、真穂ちゃんを、いじめないで下さい」
宮田 「いじめるとか、そういう…」
貴子 「遅くにすみませんでした。失礼します」
宮田 「ちょっと貴子さん…」

貴子、去る。その背中を見送って。

宮田 「…早く、名古屋に、戻りてぇよ…」

呟いて、障子を開ける。
外は美しい月夜。
その月夜に少女一人たたずむ。
少女、月を見上げる。同時に高く澄んだ遠吠えきこえる。
その声に真穂、飛び出して来る。
少女、真穂、そして宮田。
夜は、更けてゆく。

(作:中澤日菜子/写真:海老沢直美・広安正敬)

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