トップページ > ページシアター > 双月祭 > シーン3 【公演データ】
暗闇の中、宮田を介抱する阿部と貴子の声
阿部 「宮田さん!しっかりして下さいよ、宮田さん!」
溶暗。
宮田 「う…ううーん…ここは…あれ?…俺…」
阿部 「宮田さん!」
貴子 「良かった…気がついて…」
再び阿部の家。
寝かされた宮田をとりかこむ阿部と貴子。
阿部 「大丈夫ですか?」
宮田 「…耳鳴りがする…目まいと…頭も少し痛い…」
貴子 「じゃあ、お水、お持ちします。冷たくておいしいですよ、山の水ですから」
宮田 「すみません」
貴子、去る。
阿部 「困ったことになりましたね…まさか、このままダムが中止になるとか…」
宮田 「それは…まずありえないでしょう。これは…あくまでも僕のカンなんですが…」
阿部 「はい」
宮田 「今になって、こんな行動を取るのには、何か別の目的があるような気がしてならないんです。調べてみなくちゃ、何とも言えませんが、幸い霞ヶ関にツテがあるし」
阿部 「桜井さんですね」
宮田 「彼にも探ってもらいますよ」
貴子、戻ってくる。
貴子 「お待たせしちゃって…おなか大きいと何するにも不便で」
宮田 「いつですか、予定日は」
貴子 「9月の6日です」
宮田 「楽しみですね。男の子がいいの?それとも女の子?」
阿部 「まぁ無事生まれてくれりゃどっちでもいいっす」
宮田 「貴子さんに似たら、かわいいだろうなー」
貴子 「まぁ」
阿部 「そんなことないっすよ」
宮田 「阿部さんに似たら、悲劇だろうなー」
貴子 「まぁ」
阿部 「そんなことないっスよ!」
宮田 「子どもといえば…今日、あそこで会ったあの子、どこの子だったのかな」
阿部 「子ども?」
宮田 「ホラ、入神さんに会う前に僕が追いかけてた女の子。いや実は、10年前の最後の村民投票の夜、そっくりな子に会ってるんです」
間。
宮田 「?どうしたんです?」
阿部 「…そんな子、いませんよ」
宮田 「え?」
阿部 「この村にはそんな女の子は、いません」
貴子 「…いるわ」
阿部 「―――貴子」
貴子 「私も、会ったもの」
阿部 「貴子!」
貴子 「(ハッと我にかえり)あの、私、今日は疲れたから先に休みます」
宮田 「貴子さん…」
貴子 「おやすみなさい」
貴子、逃げるように去る。
宮田 「どういうことなんですか?」
阿部 「…」
宮田 「“入神真穂には近づくな”。阿部さん確かそう言いましたよね」
阿部 「…」
阿部 「宮田さんには、きっと、わからない」
宮田 「え?」
阿部 「―――古い村は、どこでも必ず淀んだ“濁り”を抱えている…その“濁り”を理解できるのは、そこに生まれた者だけですよ。」
宮田 「いったい何の話を…」
宮田の携帯が鳴る。
阿部 「(去りぎわに)―――とにかく、近づくな。俺に言えるのは、それだけです」
去る。
宮田 「なんなんだよ、本当に、もう…(携帯に出る)はい、宮田です」
舞台上に桜井。
桜井 「もしもし、桜井だけど」
宮田 「おう、お疲れ様。名古屋着いたのか」
桜井 「いや、まだだ。今日、あのあとどうだったかと思って」
宮田 「どうもこうも…大至急調べてほしいことがあるんだ。連中のリーダー格の…ニョゴ…ヨゴ…何だっけな…」
桜井 「女護ヶ島聖子。直接行動も辞さない強硬派として公安からもマークされてる」
宮田 「そう、そいつが、10年前、収用したはずの土地の、未署名の同意書を持ってやがった」
桜井 「何だって!?」
宮田 「入神総一郎って男の同意書だ。なんかの手違いでそいつの同意書だけ取れていない」
桜井 「わかった。本省に戻ったらすぐ登記簿をあたってみる」
宮田 「すまない。お前だって忙しいのにな…」
桜井 「気にするな。これがいわゆる」
二人 「くされ縁」
笑い合う。
桜井 「じゃあな。また」
宮田 「ああ。お前も気をつけて」
切る。
桜井、笑顔をスッと引込めて。
桜井 「―――ドラマは順調に進行中、か…」
桜井側、暗転。
一方、ぼっーとしている宮田。
そこへ。
貴子 「あの…まだ、起きてます?」
宮田 「ああ…どうぞ」
貴子、おずおずと入ってくる。
貴子 「スミマセン、お休みのところ…」
宮田 「いや大丈夫。どうしました?」
貴子、しばらく迷ってから意を決して。
貴子 「…真穂ちゃんのこと、あんまり悪く思わないで下さい」
宮田 「は?」
貴子 「私、まだ入神村に住んでた頃、真穂ちゃんとよく遊んでたんです。本当の姉と妹みたいに仲良くて…。確かに今の真穂ちゃんがどんな人なのか、私はよく知らないですけど、子どもの頃の真穂ちゃんは、そりゃあ優しくて明るい子でした。だから、あの、あの…」
宮田 「落着いて。だったらどうして、あんな態度を…」
貴子 「それは…私の口からは、言えません。でもお願いですから、真穂ちゃんを、いじめないで下さい」
宮田 「いじめるとか、そういう…」
貴子 「遅くにすみませんでした。失礼します」
宮田 「ちょっと貴子さん…」
貴子、去る。その背中を見送って。
宮田 「…早く、名古屋に、戻りてぇよ…」
呟いて、障子を開ける。
外は美しい月夜。
その月夜に少女一人たたずむ。
少女、月を見上げる。同時に高く澄んだ遠吠えきこえる。
その声に真穂、飛び出して来る。
少女、真穂、そして宮田。
夜は、更けてゆく。
(作:中澤日菜子/写真:海老沢直美・広安正敬)