△ 「双月祭」シーン1


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ラジオの音がきこえてくる。
それに合わせて下手くそな口笛。エンジンの音。
溶暗。
舞台上には3人の男。軽ワゴン車の車内。
運転席には阿部英俊、
後部座席に、ぼんやりしている宮田健一と桜井康志。
ラジオ、終わる。次の曲かかる。阿部吹けなくて止める。

阿部 「すンませんねぇ、遠い所で…」
桜井 「いえ別に」
阿部 「道も悪いし…」

といったとたんにバウンド。スリップ。カウンター当てて
立て直す。(もちろんマイム)

桜井 「お見事」
阿部 「慣れてますから。待ってて下さいよ、もう少しで舗装路に…よし入った」

一転してなめらかな運転。

桜井 「ああ、工事用の道路ですか」
阿部 「ダム工事のために、最初にできたんです。それまでは、さっきみたいなジャリ道しかなかったから…できた時は感動したなー」

ラジオの曲。今度は吹けるらしい。口笛を吹く阿部

桜井 「何ボッーーとしてるんだよ」舞台写真(海老沢)
宮田 「いや…なんか懐かしくてさ…」
桜井 「そうか。お前の初仕事だったんだよな」

間。

桜井 「何か気になることでもあるのか。村に近づくにつれてどんどん無口になってるぞ、お前」
宮田 「…10年前の、最後の村民投票の日…」
桜井 「それが?」
宮田 「何でもない。ちょっと感傷的になってるだけだよ」
桜井 「…フーン…ま、いいけどさ」

ワゴン車、止まる。

阿部 「お疲れ様でした。ここが俺ン家です。貴子!おーい、帰ったぞ、たかこー!」

声に呼ばれて、女が一人出てくる。身重。
阿部の妻、貴子である。

貴子 「こんにちは。初めまして。遠いところをわざわざ…」
桜井 「こちらこそ。ごやっかいになります」
宮田 「阿部さん、奥さんいたの!?しかもおめでたなんて…やだな、知ってたら頼まなかったのに…」
阿部 「ヘーキヘーキ。もう安定期だしさー、気にすることないって」
貴子 「そうですよ、どうぞお上がり下さい。あ、荷物お持ちしましょうね」
宮田 「と、とんでもない!産気づいたらどうします!?」
阿部 「大丈夫ですよ、そんなこと…」
貴子 「そうそう、主人なんて未だに布団の上げ下げ、やらせるんですから」
桜井 「それはひどいんじゃないの」
阿部 「貴子!余計なこと言うな!さっさとお茶持ってこい!」
貴子 「はーい」

貴子、去る。

宮田 「いやーかわいい方ですねー奥さん」
阿部 「とんでもない」
桜井 「ヘンな気起こすなよ」
宮田 「馬鹿!おいくつなんですか、お若く見えますけど」
阿部 「19です」
宮田・桜井 「へ?」
桜井 「阿部さんは?」
阿部 「30です」
桜井 「犯罪ですよ、それは」
阿部 「良く言われます」
宮田 「じゅっ、じゅうく…俺が30の時、15で、20の時5つで、15の時はタネ…アワワ…」

宮田、卒倒。

阿部 「ここらじゃよくあることですよ」
桜井 「都市部ではあんまり見ないですね」
阿部 「失礼ですが、お二人は?」
桜井 「二人とも独身です。34にもなって、おはずかしい限りです」
阿部 「いやー気楽でいいですよォ、独りの方が」

貴子、お茶運んで来る。宮田、受けとって。

宮田 「…ありがとうタネ…」
貴子 「は?」
桜井 「たわ言です、気にしないで下さい」
貴子 「はぁ…」
阿部 「お二人の部屋は2階です…」
桜井 「あ、僕はけっこうです。事務所に顔出したら帰りますから」
阿部 「そうなンすか。建設省から二人来るっていうから俺、てっきり…」
桜井 「仕事がまるきり違うんですよ。宮田は中部地方建設局の調査官だし、俺は…」
宮田 「霞ヶ関のエリートだもんな」

間。

桜井 「嫌味ったらしい言い方をするなよ」
宮田 「何せあたしゃ地方局の下っ端役人ですから」
阿部 「あのォ…」
桜井 「あっスミマセン、気にしないで下さい。僕たち、いっつもこんな感じなんです」
貴子 「仲が良いんですね」
宮田 「予備校時代からのつき合いだから…」
桜井 「15年近くになるか」
貴子 「すごーい」
宮田 「こんなに長いつき合いになるとは」
桜井 「思わなかったよな」

一同笑。

貴子 「まさにくされ縁ですね」舞台写真(海老沢)

間。

阿部 「すすすみませんすみません、コイツ本当バカでモノしらなくて…」
宮田 「いいんですよ阿部さん」
桜井 「先にオチをつけなかった我々が悪いんです」
阿部 「いやもう本当にスミマセン…」
桜井 「じゃ俺、そろそろ行くわ。阿部さん、しばらくの間、宮田をよろしくお願いします」
阿部 「ハイ。あ、事務所まで、ご案内しましょうか?」
桜井 「いや、歩いて行けます。…じゃ、頼んだぞ宮田」
宮田 「…」
桜井 「…あんまり気分の良い仕事じゃないのは良くわかる、けどな…」
宮田 「仕事に、良いも悪いも、ないだろう。特に俺のような仕事はな」
桜井 「…失礼します」

桜井、去る。
なんとなく弛む空気。

宮田 「肩、こりました?」
阿部 「エエ…いや、そんなことないっすよ」
宮田 「ムリしなくて良いですよ。妙に威圧感があるんですよね、アイツ…」
阿部 「それがエリートつうもんですかねェ…」
宮田 「はは。…俺にはないですもんね…」
阿部 「エエ…い、いやそんなことないっすよ!」
宮田 「それじゃ我々も行きましょうか」
阿部 「え?来て早々に?」
宮田 「そのためにわざわざ来たんですから」
阿部 「わかりました。貴子、ちょっと宮田さんを連中のところに案内してくる」
貴子 「はい(小さな包みを渡す)…気をつけてね」
阿部 「あ、そうだ、これ頼まれてた奴」
貴子 「ありがとう、何?」

小さな包みを開ける貴子
中からは赤ちゃん用の小さい靴下

貴子 「また買ってきたの!?これでもう30足目よ」
阿部 「いいじゃないかいくつあったって、また買ってくるよ」
貴子 「もう…」
宮田 「いいお父さんになりますよ。行ってきます」
貴子 「行ってらっしゃい。…荷物、お部屋に上げておきますね」

貴子、荷物を持って去る。

宮田 「すみません。…良い奥さんをもらって、阿部さん、幸せですねー」

宮田、阿部、再び車中の人。

阿部 「いやー何しろまだまだガキで。ご迷惑おかけすると思いますが、ひとつよろしくお願いします」舞台写真(海老沢)
宮田 「こちらこそ…ところで(紙をめくりながら)こちらに頂いた報告書によると、彼らが村に住みついたのは…エート…」
阿部 「3週間程前です。最初に気づいたのは村の96になるトメさんで」
宮田 「96のトメさんが、またどうして…」
阿部 「そのトメさんは、毎朝、昔、自分ちがあった方角にむけてお経あげてるんですわ。で、ある朝、いつものようにナンマンダブと唱えていると…」
宮田 「煙が上がっているのが、見えた」
阿部 「で、村の若いモンが様子を確かめに行って…」
宮田 「彼らと、遭遇した、と」
阿部 「(首肯して)いきなり手ひどい歓迎を受けたらしいっす」
宮田 「えっ!暴力行為を受けたんですか!?」
阿部 「イヤイヤイヤ…あ、着きました。ここからしばらくは、歩きです」

宮田、周りを見回す。

宮田 「…これが、あの入神村…」
阿部 「―――の、なれの果て、です」

間。

宮田 「見事なまでに…なにもなくなってますね…」
阿部 「でしょ?バクダンが落ちたみたいっスよねー」
宮田 「バクダンって…阿部さん平気なんですか、自分の村なのに…」
阿部 「平気も何も、ここにダム作るって決めたのは、お役人のあんたたちでしょうが」
宮田 「…そうですよね…すみません馬鹿なこと言って」
阿部 「気にしないで下さいよ。俺なンか、感謝してるんですから」
宮田 「感謝?」
阿部 「ええ。だって本当なら、高校出たら残れませんよ、こんなド田舎の村なんて。仕事はないし、刺激もないし…けど、俺らは運よくダム工事の仕事にありつけたし、豪華な家も建ててもらえた。村は補償金で観光客目当ての施設を作り、そこでの仕事があれば若者も都会へ出ていくこともなく…」
宮田 「故郷で家庭が持てる」
阿部 「だから俺、正直、理解できないっすよ、奴らのことが」
宮田 「ここに住みついた…ええと…環境保護団体ザ・グリーン・レボリューションズ?」
阿部 「そうです。村民自身が、これでいいって言ってることを、どうして他人のあいつらに、邪魔されなきゃ、ならねーんだ!」
宮田 「だけど、住みついてる3人のうちの1人は旧入神村の出身だそうじゃないですか。確か…えーと…」
阿部 「入神真穂」
宮田 「そうそう、知り合いなんですか?」

阿部、足を止める。

阿部 「…宮田さん」
宮田 「ん?」
阿部 「…自分が大切なら、入神真穂に近づかない方が、いい」
宮田 「えぇ?それ、どういう…アレ?」

立ち止まった宮田、数歩戻り歩き直す。

阿部 「?どうかしたんですか?」
宮田 「いや、ここからこう歩いた時の感じが、なんか見覚えあるんですよね」
阿部 「ここを、こう…」
宮田 「違う違う、こう来て、こう…」
阿部 「なんでだろ…あ、そうか10年前に来た時の…」
宮田 「エエ…10年前って、ここ、何があったんですか?」
阿部 「ちょっと待って下さいよ。うーん…」

少女があらわれる。
音。

宮田・阿部 「思い出した!公民館!!」
阿部 「そうだ、そうだよ、ここ公民館があったところだ」
宮田 「見覚えあるはずだよ。僕その当時、公民館に寝泊まりしててさ、毎日ここから歩いていってたんですよ」
阿部 「じゃ、この場所はまさに…」舞台写真(広安)
宮田 「公民館の出入口!ここをこう曲って廊下があって、ここがトイレ、そう、目の高さに窓があった!」
阿部 「廊下のとっつきに、和室がありましたよね」
宮田 「あったあった、僕、そこで寝起きしてたんです。毎朝、起きて、こう東向きの障子をあけ放つでしょ、すると隣の小学校の校庭に早起きの子供たちが―――」

子供の笑い声かすかに。
間。

宮田 「―――いるわけ、ないんだよなあ」
阿部 「10年も前の話ですからね」

間。

阿部 「宮田さん、ちょっとここで待っててくれます?」
宮田 「どうかしたんですか?」
阿部 「ちょっと…小便」

阿部去る。宮田、腰を下ろす。

宮田 「入神村の、なれの果て、か…」

宮田、目をつぶる。記憶の音、かすかに。
少女ゆっくり宮田の前に立つ。

宮田 「わ、びっくりしたあ!!き、君、いつからそこにいたの?」
少女 「…」
宮田 「入神…じゃない安西村の人?ここはねぇ、入っちゃいけないところなんだよ、だから…」

間。
気づく宮田。少女は、10年前の、少女だった。

宮田 「君…君あの時の子、だね?10年前のあの夜の…いや、でもそんなはずは…10年経ってるんだ…」
少女 「…」舞台写真(海老沢)
宮田 「ああ、ああわかった、君、お姉さんがいるでしょう、君にそっくりの…そう、きっと今頃20歳ぐらいの…」

少女、微笑む。

宮田 「何がおかしいの…」
少女 「戻ってきたのか」

間。

宮田 「―――え?」
少女 「愚かだ、やはり」

少女、去る。

宮田 「待って!」

宮田、追う。

(作:中澤日菜子/写真:海老沢直美・広安正敬)

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