「双月祭」プロローグ 「双月祭」プロローグトップページ > ページシアター > 双月祭 > プロローグ 【公演データ】
場内暗転。
ややあって、舞台上にひとすじの光。光の中に男。
上手には男もう一人。下手にはうなだれたいく人かの人々。
宮田 「納得できません」
局長 「…」
宮田 「なぜ、綾部川ダムの建設が、決定したのですか？」
局長 「…」
宮田 「堆砂、塩害、巨額の水没補償金、そして何よりも多大な環境破壊―――ご存知ないのですか、局長、あの森には貴重な動植物が少なくとも―――」
局長 「わかっている、そんなことは。綾部川ダムの調査報告書は全部目を通した」
宮田 「だったら何故…」
局長 「現場の判断は、あくまでも現場の判断だ。それ以上でも、以下でもない」
宮田 「…」
局長 「我々には、できることと、できないことがある。―――わかるな？」
宮田 「…あの森のことは、あきらめろ、と？」
一転。
宮田 「さて皆さん、納得して頂けましたでしょうか？」
宮田、下手にむかい。
宮田 「治水、潅漑、そして何よりも電力供給。このダムができることにより、多大な恩恵が皆さんにもたらされるのです」
村民 「…」
宮田 「移転に際しましては多額の補償金が支払われます。移転先となる安西村には、最新設備の整った住宅をご用意させて頂きます。また、ダム建設事業に関しては、地方の方の雇用を第一に考え…」
入神総一朗 「（ポツリと）祭が、できなくなっちまうな…」
宮田 「え？」
入神祐子 「あなた」
入神総一朗 「―――もう二度と、祭は、できない、と言ったんだ」
宮田 「できますよ、入神さん。安西村にはちゃんとお社も…」
入神総一朗 「宮田さん。私等の神はお社になんか、祀られちゃいない」
宮田 「では、何処に？」
総一朗、ゆっくりと指をさし。
宮田、かぶりを振る。
宮田 「―――あの森は、沈むんです。全ては村のためですよ」
入神総一朗 「村のため、御国のため…官僚の好きそうな言葉だ」
入神祐子 「あなた！」
宮田 「何と言われようとも、それが我々の判断です―――おわかり頂けますね？」
入神総一朗 「…あの森のことは、あきらめろ、と？」
再び転。
局長 「どこへ行く？」
宮田 「仕事に戻ります。調査を、いくつも抱えておりますので」
局長 「キャンセルだ」
宮田 「は？」
局長 「他の調査官に代わらせる。君には他にやってもらいたい仕事が出来た」
宮田 「他…というと…」
局長 「入神ダムを覚えているか？」
宮田 「もちろん。入省して最初に担当した案件でしたから…」
局長 「あのダム工事に、ちょっとした問題が起こった」
宮田 「ですが、入神ダムはもう１０年も前に本体工事が始まって…」
局長 「工事は終わった。あとはもう水を入れるばかりだ。だが、その“問題”のために進められずにいる」
宮田 「ハア…しかし何故僕が？」
局長 「君の“初仕事”だからな」
転。
宮田 「それでは、村民の皆さんの決を取りたいと思います。仮称・入神ダムの建設に対して賛成の方」
手がポツポツと上がる。
宮田 「結構です。では、反対の方」
１本上がり、ひと呼吸おいてもう一本。
総一朗と祐子の手である。
宮田 「保留の方」
手は上がらない。
宮田 「賛成多数として、入神ダムは建設決定、入神村は廃村となります。ご協力、ありがとうございました」
宮田、深々とお辞儀。
人々、一人、また一人と去っていく。
宮田、フッーと大きな吐息。
と、席の片すみに、少女が一人、残っているのに気づく。
宮田 「どうしたのお嬢ちゃん。お父さんやお母さんは？」
少女A 「…」
宮田 「お名前は？村の子だよね、村のどの辺？」
少女A 「…あの樹も、沈むの」
宮田 「ん？何が沈むって？」
少女A 「…家の裏にあるブナの樹。大きな、大きな樹…」
宮田 「う…ん、そうだね…。あのね、ダムができるとね、みんな沈んじゃうんだよ、家も木も…だからみんな、早く新しい村へ移るの」
少女A 「樹は、動けないよ」
宮田 「そうだね…。その木、どれ位大きいのかな」
少女A 「…おうちの、３倍くらい…」
宮田 「そんなに大きいの。そしたらねー、大丈夫。沈む前に、伐るから」
少女A 「…伐る？」
宮田 「大きな木がダムの底にあるとね、そのうちくさって浮いてきて、危険だし、汚いんだよね。だから伐っておくの。もちろん木だけじゃなく、家とか電柱とかも…」
少女二人 「伐るのか、あの樹を」
いつの間にか少女の後ろに、
もう一人の少女が立っている。
宮田 「あれ？いつのまに君…」
少女、宮田の手を振り払って。
少女 「愚かだ」
宮田 「え？」
少女 「―――愚かだ。お前たちは」
転。
（作：中澤日菜子／写真：海老沢直美・広安正敬）