2022年8月のミステリ 戻る

アリスが語らないことは All the Beautiful Lies
創元推理文庫 ピーター・スワンソン著 務台夏子訳 2018年 422頁
あらすじ
大学卒業まじかのハリーは、父の後妻アリスから電話があり父ビルが亡くなったと知らされる。
急ぎハリーはメイン州の実家に戻る。
感想
前半は不穏な空気の中、お話は『レベッカ』の様にじわじわと進む。
後半は「せきすぎなんちゃう」と感じるほど畳み掛ける。
話にはいくつか「へえ〜そうやったんか」と思う所があるんやけど、一番作者の巧みな罠にはまったのはハリーが美少年だったこと。
アリスを説明するのにアイラ・レヴィンの「死の接吻」を使ってあるのもよかった。罪悪感のないひとなの。
面白かったけど、この本には弱点がひとつあると思う。
 
それはハリーの父親ビルのこと。このひとの行動がわからない。
解説の人も認識してはるみたいで、言い訳言及してはるけどウチは丸め込まれへんよ。変やん。
本に憑りつかれているはずやのに、アリスと再婚した理由がまずわからない。さらにややこしいことになる。
年取ると若さに惹かれるのか、大き過ぎる家を買ったためなのか、人というのは合理的な行動を取らない生き物なのか(そんなに複雑な人とは思えない)、それともメイン州というのは冷たく謎めいた土地柄なのか。
登場人物の内、一番魅力を感じたのはニューヨークの書店のロン・クラコウスキ。好きなものに囲まれ食べていけて幸せそう。
 
アメリカのメイン州はヨーロッパ人が侵略移住する前は、アルゴンキン語族のインディアンが住んでいたとか。
服のブランド「アルゴンキン」がネイティブ・アメリカンの族の名前だとなにかの本で知った時は驚きました。
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大鞠家殺人事件 おおまりけさつじんじけん
東京創元社 芦部拓著 2021年 356頁
あらすじ
明治三十九年(1906年)南海鉄道難波停車場前のパノラマ館で、船場の商家「大鞠百薬館」の跡取り息子大鞠千太郎おおまりせんたろうぼんが消息を絶つ。
大正三年(1914年)博労町の難波神社では「大鞠百薬館」の嬢さんいとさんの喜代江と番頭の茂助もすけの祝言があげられていた。
昭和十九年(1944年)大阪港天保山の桟橋には「大鞠百薬館」の長男大鞠多一郎おおもりたいちろうを戦地へと壮行するため親戚知人従業員が集まっている。
感想
大大阪時代の明治、大正、昭和の船場と「大鞠百薬館」の盛衰、そして大店おおだなで起こる神隠し、殺人事件の数々。
NHKのTVドラマ茂木草介作「けったいな人々」で話されていた船場言葉と共に、大時代おおじだいなお話を2段組み356頁堪能しました。よう書いてくれました>芦部拓
 
「船場は、大阪中央区(旧東区、南区)内に東西一キロ、南北二キロを締めるエリアで、江戸時代からの商業の中心地です。
北は土佐堀川、東は東横堀川、南は旧長堀川(現・長堀通り)、西は旧西横堀川(現・阪神高速道路)に囲まれ、かつては四十もの橋で外界と結ばれていました。」
 
今の地下鉄駅で言うと、肥後橋、天満橋、谷町六丁目、四ツ橋に囲まれたあたりかな。
昔の大阪の女の人にとって船場せんばという言葉はおおいなるステータスがあったらしく、義理の祖母は「(今は落ちぶれてますけど)船場の嬢さんいとさんやった。小町娘こまちむすめやった」というのがご自慢だったそう。従姉の2年前に亡くなったお姑さんも「船場の御寮人ごりょんさんやった」(蕎麦屋ですけど)と老人施設で自慢してはったそうな。
 
プロローグとラストの女三人のサバサバした雰囲気がぜんぜん違う。
映画解説の水野晴郎さんが、「映画が始まる前の解説は『寄ってらっしゃい、見てらっしゃい』の呼び込み」とゆーてはったのを思い出す。
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播磨国妖綺譚 はりまのくにようきたん
文芸春秋 上田早夕里著 2021年 235頁
あらすじ
「井戸と、一つ火ひとつび」「二人静ふたりしずか」「都人みやこびと」「白狗山彦しろいぬやまひこ」「八島やしまの亡霊」「光るもの」
の6篇の連作短編集
永享十一年(1439年) 室町幕府第六代将軍足利義教よしのりの時代、播磨国に薬草園あり。
薬草園は僧の呂秀りょしゅうが世話をしている。
兄の律秀りつしゅうは薬師、そして法師陰陽師。ふたりの元に日々相談が持ち込まれる。
感想
夜の闇が深かった時代、兄弟は薬師として人々の病を和らげ、一方現世に思いの残ったままの怪異にも手を差し伸べ耳を傾ける。
耳を傾けると言ってもこの世のものではないので、方法もわからず一筋縄ではいかない。
知識や経験を動員してひとつひとつ手さぐりしていくしかない。
年季の入った式神も近づいてくる。いいやつなんだかよこしまなヤツなんだか得体がしれない。
そういう理屈(ことわり)があるんだかないんだかのみやびで、もわもわした世界が楽しめる。
日本国は八百万(やおおろず)の神様もいたはるし、一方昔はこの世のものでもないものにもリスペクトし共存していたのかな、とちょっと悲しい。
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阿片窟の死 Smoke and Ashes
ハヤカワポケットミステリ アビール・ムカジー著 田村義進訳 2018年 344頁
あらすじ
1921年12月インドのカルカッタ。
ウィンダム警部はチャイナタウンの阿片窟で朦朧としていたところ、警察が踏み込んでくる。
慌てふためいて逃げる途中に、瀕死の男を見てしまった。
感想
「カルカッタの殺人」「マハラジャの葬列」に続くシリーズ3作品目。
マハトマ・ガンジー率いる独立運動で騒然としている中、英国王ジョージ5世の皇太子エドワード王子がまもなく訪問するカルカッタ。
エドワード皇太子(のちのエドワード八世)のインド訪問は、デビッド・スーシェのドラマ版ポワロ『愛国殺人』の冒頭にニュース映像で流れていた。
ドラマは1925年であり、独立運動で揺れる英領インド引締めのため皇太子は幾度か訪印されたみたい。
 
第二次世界大戦後1947年にインドが英国から独立する25年前、ここが俺の居場所なのかと悩む英国人のウィンダム警部とインド人のバネルジー部長刑事。
シェアハウスをしているふたりだが、育ちも国も文化も教育も支配する側とされる側と立場も異なる。それでもプロとして捜査にまい進する姿がいい。
重苦しいけど歴史とミステリ両方味わえるのも好み。
創作とはいえ、エドワード皇太子の能天気な後日談に笑った。王位を放り出した人やしなあ、さもありなん。
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