2016年7月のミステリ 戻る

特捜部Q−吊るされた少女− 
ユッシ・エーズラ・オールスン  吉田奈保子訳 ハヤカワポケットミステリ 2015年
あらすじ
自動車に飛ばされた少女は、木の上で逆さ吊りになっていた。発見した警察官は迷宮入り事件に憑りつかれ17年間独りで捜査を続けていた。
その警官は自分の退職日に同僚の前で頭を打ちぬき、捜査はコペンハーゲンの特捜部Qに託される。
カール・マーク警部補率いる特捜部Qは、カールを筆頭に得体のしれない秘密めいたアサド、本当に双子なのか多重人格なのか不明なローセ、無駄に背の高い代わりに脳ミソがちっちゃいゴードンという変人ぞろい。
感想
「檻の中の女」 「キジ殺し」 「Pからのメッセージ」 「カルテ番号64」 「知りすぎたマルコ」に続く、デンマークの作家による特捜部Qシリーズ6冊目「吊された少女」。 今回内面をぶちまけるのは新興宗教集団のナンバー2。
前作「知りすぎたマルコ」はロマのマルコの逃亡が主で特捜部Qの捜査は隅に追いやられていたけど、反転し本作「吊るされた少女」はQの面々の捜査が中心。書類や証拠の山をかき分け、多くの人々の話を聞きのたうちまわりながら一歩一歩真相に近づく。ところが遠くにあると思っていた事実は足元にあった という驚き。
新興宗教の教祖の内面はまったく語られない。語るほどの中身はないという事か。
「特捜部Q」シリーズの事件は悲惨やけど、カールの辛口のユーモアが好き。アサドがかわいい。ローセが有能過ぎ(勇猛果敢で独特のファッションセンスのこんな女になりたかったわ)
お薦め度★★★1/2 戻る

ゲルマニア GERMANIA
ドイツ推理作家協会賞新人賞受賞
ハラルト・ギルバース 酒寄進一訳 集英社文庫 2012年
あらすじ
1944年6月6日の連合軍ノルマンディー上陸目前の時代、ベルリンで物語は始まる。
ユダヤ人であるために身分と資産をはく奪されユダヤ人アパートに住むリヒャルト・オッペンハイマーは夜中にナチス親衛隊に拉致され猟奇殺人の犯人を見つけよとの命令を受ける。猟奇殺人「ゲオルグ・カール・グロスマン」事件にかかわった元刑事に白羽の矢がたった。断る事などもってのほか。解決しても口封じされかねない。前門の虎、後門の狼。
オッペンハイマーがまだ収容所に送られていないのは妻リザがアーリア人だから。捜査の傍らベルリンから脱出する機会をうかがう。
感想
1940年8月から始まったベルリン空襲。1944年6月になると夜間だけでなく昼間も空爆され街はがれきだらけ。
探偵小説の形をとり第二次世界大戦末期のベルリンとナチ、国防軍、ヒトラーユーゲント、市井の人々を描写する。戦局が危いにも関わらずアーリア至上主義、アーリア人の生産(生命の泉:レーベンスボルン)、帝都ベルリン大改造計画「ゲルマニア」とナチの妄想は限りがない。内部では権力闘争、足のひっぱりあい。V2ロケットを「報復兵器」と名付ける姿は隣国の独裁者のよう。
オッペンハイマーの娘が幼くして亡くなったのにも「ユダヤ人として生きるよりもよかったかも」と思ってしまう過酷な時代。
爆撃でSS(親衛隊)将校フォーグラーとオッペンハイマーは地下室に閉じ込められ、ふたりでブレヒトの「三文オペラ」のレコードを聴く場面がいい。
非情なSS将校であるフォーグラーが、「自分たちSSには捜査の技術と経験がない。力では無理」と悟るかしこさと権力闘争に生き残る知恵があり、夢想家として天王山の前線に身を投じ時代に殉ずるある種魅力的な人物に描かれている。
お薦め度★★★★ 戻る