2000年7月のミステリ

この町の誰かが A DEATH IN TOWN

ヒラリー・ウォー 1990年 創元推理文庫 法村里絵訳 353頁
あらすじ
人口1万人のこじんまりした町、コネティカット州クロックフォードでベビーシッターのアルバイトをしていた高校生が死体で発見される。安全で住みやすく他の町がうらやむような仲良しの”私たちの町”の住人達は、流れ者の犯罪だと思いこもうとするが・・。
感想
全編、町の人々の証言や記録で構成されているという意欲作。定番ながらオチもいい。
この小説はクルーゾー監督の「密告」を思い出させる。疑心暗鬼が悪意を生みだし、心の底で蓋をされていた偏見がフツフツ沸き出してくるという情景を浮かび上がらせる手法が鮮やかだ。犯人の打ち下ろしたハンマーは被害者を一撃したが、1万人が刺す針も同じくらいの打撃を人に与えるという事なんだな。

熱の入った解説は若竹七海氏。人々の赤裸々な心の内を読むというのに、覗き見的な罪悪感・・のようなものを感じながらも読むのがやめられない。おまけに、町の人々が自分とは無関係な人間と感じられない所に居心地の悪さも感じるのよ。
おすすめ度:★★★★
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黒いスズメバチ Black Hornet

ジェイムズ・サリス 1994年 ミステリアス・プレス 鈴木恵訳 228頁
あらすじ
ロサンゼルスのワッツ暴動目前、マーティン・ルーサー・キングもロバート・ケネディもマルコム・Xもまだ活躍していた頃の1965年11月のアメリカ・ニューオーリンズ。月曜日、若い白人の男が高所から狙い撃ちされ路上に倒れる。一日おいた水曜日、非番のバスの運転手が額の真ん中と胸を打ち抜かれる。土曜日、ドイツ人の観光客が歩道で倒れる。どうも白人ばかりを狙う連続狙撃魔が表れたようだ。
感想
恐らくこれは男の小説だと思う。さまよいたい、漂っていたい、地に足つけたくないという。読んでいると、アルコールで霞がかった目とブルースが泣く頭でけだるいニューオーリンズをゆらゆら漂っているように感じられる作品。暴力的なシーンもあるのですが、痛くない。麻痺しているよう。それでも俺にはしなければならない事があるという男の物語。読む人が読んだら、たまらない小説ではなかろか。

メキシコ・オリンピックの陸上の表彰台でアメリカの黒人選手ふたりが拳を握って手をあげているのをTVで見ていた。日本人で子供だった私には何がそんなに問題なのかちっともピンときませんでしたが、アメリカはそういう時代だったんですね。
おすすめ度:★★★1/2
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美濃牛 MINOTAUR

殊能将之 1999年 講談社NOVELS 527頁
あらすじ
人里離れた洞窟の中に癌が治る「神秘の泉」があるという眉唾物の特集のため、信州の山奥に取材にいかされるふたり。フリーライター、カメラマンは楽じゃない。村に着いてみれば、村一番の名士の家族が殺されていく。
感想
8ページに及ぶ参考・引用参考文献付きの力作。横溝正史氏へのオマージュというかパロディがあふれかえっていて、きまじめだった前作「ハサミ男」よりも遊びの部分が多いのは結構なのですが、ちょっと長すぎやしない? 犯罪に巻き込まれる羅堂家の一族の誰よりも、近所の世話役出羽と村長の藍下の方が印象深いのは何故? クリスティの「アクロイド殺人事件」の麻雀のシーンのように句会でそれぞれの隠された個性がでてきて犯罪解決の糸口になるのかと期待しておったのですが...。そうなんだな、あの一番よかった句会のシーンに羅堂家からひとりしか出席していないって所が不思議なんだな。殺される人々は人形のようだ。作品は色々楽しめるケーキバイキングのようでメインデッシュの印象が薄い。登場人物が多くどこに焦点があっているのかよくわからず散漫な印象もうけますが、蘊蓄満載でミステリマニアには期待たがわずの一作、と思う。
おすすめ度:★★★
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