1999年8月のミステリ


大密室
新潮社 1999年作 
感想
「海の底で西洋の棺桶が有刺鉄線で縛られている」という脱出物マジックショーのような装丁が面白い。中に入っているのはミステリ作家か? 「密室」をお題に7人の作家による競作集。
帯に書かれている「脳天を直撃するスリル、眩暈の果てのカタルシス」・・・・はありませんでしたが、この難しいテーマに挑戦した作家の皆さんに拍手!(話持ち込まれて何人くらい断ったんだろう。)

  「壺中庵殺人事件」 有栖川有栖
     真っ正面から挑戦した気概は評価するが、その分オーソドックス。壺をかぶせた理由もパンチ不足。
  「ある映画の記憶」 恩田陸
    クリスティの某短編を思い出す話で雰囲気があった。
    私もアーロン・エルキンズ著「古い骨」の冒頭のシーンを読んだときには映画「青幻記」を思い出したな。
  「不帰屋」 北森鴻
    頑張っている密室物。が、「納豆の都市伝説」は聞いたことがないぞ。
    「だいたい大阪人は、食べ物粗末にしません。納豆は腐った豆やからそっと脇によけるかもしれへんけど、
     お膳ひっくり返すのは東京人の星一徹だけ。デマ」との意見あり。
  「揃いすぎ」 倉知淳
    回想しているおじさんと回想中の登場人物のキャラが同一人物とはとらえにくかった所は減点だが、
    話は自虐的で「使用中」と同じくらい面白かった。
    が、コノ話「密室内の不可能殺人」としての前提が抜けているのと違う? 
  「ミハスの落日」 貴井徳郎
    う〜ん。
  「使用中」 法月綸太郎
    私はこの作品を一番買う。最初は、「『大密室』で「トイレ」かいな」と可笑しかったが、考えるとあそこは、
    男の人にとっては「大」の「密室」なわけで、このアンソロジーに一番ふさわしい話ではないかと真面目
    に思ったりする。
    ロアルド・ダールの「南から来た男(あなたに似た人)」は、映画「フォールームズ」の第4話タランティー
    ノ作品に出てきた。映画の中でこの作品はヒッチコック劇場でピータ・ローレ(「M」)とブレイク前のスティ
    ーブ・マックィーンが演じていたとの話があったと思う。見てみたい。ラストも原作通りのブラックさなのだ
    ろうか。
  「人形の館の館」 山口雅也
    異色作。

閑話休題、あるいは「密室モノ」に関する所感(この項、さぼてん男口調)
ミステリ、特に「密室モノ」を書く際に最も恐ろしいのは「昔の作品のパクリ」と言われる事ではないだろうか。
そんな批判を避けるためには、「密室モノ」と大上段に振りかざさず「ちょっと気の利いた話」に逃げるか、あらゆる密室モノを読破するしかないのかもしれない。
もちろん、あらゆる密室モノに精通すれば新たな密室モノが書けるわけでもなく、むしろ、培った知識に引きずられて評論家化するケースの方が多いのではないか。そうなると、(昔、「一億総評論家」という言葉があったが、)本格ミステリ作家が総評論家化しかねない。
実際、ミステリマニアが高じて本格ミステリ作家になった人が多いから、機会があれば、つい評論を書きたくなる気持ちも分からないではない。しかし、私としては、評論よりも、昔の作品と似ていてもいいから面白い小説を書くことに力を注いでほしいと思う。(一方で、プロの、きちんとした、評論家の出現も期待している。小説を作る側の中途半端な評論が一番始末が悪い。)
おすすめ度★★★1/2
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不思議の国の悪意 The Case of the CONSTANT GOD
ルーファス・キング作 創元推理文庫 1958年作 押田由紀訳
感想
明るく太陽が輝く土地・フロリダが舞台の「悪だくみ」の話です。伏線の張り方と小道具の使い方が巧みでした。
あっと驚く意外性満載というわけではありませんが、オモシロイ。好みの短編集。

  「不思議の国の悪意」 Malice in Wonderland
      一種オカルトのような雰囲気を放つ。
  「マイアミプレスの特ダネ」 Miami Papers Please Copy
    映画
「影なき男」のような、おしどりコンビ物。
   「極楽特急」のようなソフィスティケイト・コメディ、楽しい。
  「淵の死体」 The Body in the Pool
    定番の話ですが、ピカ一の作品。
  「想い出のために」 To Remember You By
    ナポレオンでもありましたね。
  「死にたいやつは死なせろ」 Let Her Kill Herself
    これも「マイアミプレスの特ダネ」と同じく映像っぽい話。
  「承認せよ−さもなくば、死ね」 Agree−or Die
    「チュウしている」という訳に思わず笑う。
  「ロックピットの死体」 The Body in the Rockpit
    自分に危険だったモノが一転有利に働くというみごとさにうなってしまったゾ。
  「黄泉の川の霊薬」 The Pills of Leth
    2番目に好きな作品。単純でかつ皮肉の利いている所がイイ。
おすすめ度★★★★
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名探偵の肖像
二階堂黎人作 講談社NOVELS 1999年作
あらすじ
アルセーヌ・ルパンの冒険、鬼貴警部のアリバイ崩し、ヘンリー・メリヴェール卿の密室犯罪への挑戦の3作品を含む新本格作品集。
プラス、30頁にわたる芦辺拓氏との対談「地上最大のカー問答」、さらに40頁にもおよぶ「ジョン・ディクスン・カーの全作品を論じる」付き。
感想
  「ルパンの慈善」
    う〜ん、まあこんなものか。
  「風邪の証言」
    う〜ん。
  「ネクロポリスの男」
    これが一番面白かった。この連作は読みたかった。いわゆる「本格読み」ではない事の証明だな(笑)
    シルベスター・スタローンとウェズリー・スナイプスの映画「デモリション・マン」を思い出しながら読む。。
  「素人カースケの世紀の対決」
     トリック至上主義者ってこういう人達なのかな? 「愛があれば、何をしてもいいんかいっ。」と、思う。
  「赤死荘の殺人」
    真面目な人なんでしょうな、作者は。ヘンリー・メリヴェール卿物を書くには、作者のユーモアのセンスは足らないように、思う。

「地上最大のカー問答」に、二階堂氏が「カーはリアリティのある作家なんだ。」と何度も繰り返しているのが面白い。あんなに色々論じなくてもヘンリー・メリヴェール卿の造型ひとつとってもわかるんと違うかな。昔読んだ時、H.M卿はチャーチル首相もこんな貴族だったのかなと思わせる尊大な御仁でした。
昔の話とされていましたが、「クロフツ=本格=人間や社会を描いていない=幼稚な小説である」という図式に、いまもまだ捉えられているのはトリック至上主義者の方々ではないかと思う。

「ジョン・ディクスン・カーの全作品を論じる」は興味深く読ませていただきました。
カーの作品は、「時計の中の骸骨」 「帽子収集狂事件」 「夜歩く」 「赤後家の殺人」 「盲目の理髪師」 「皇帝の嗅ぎ煙草入れ」 「三つの棺」読んでた。
おすすめ度★★1/2
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プレード街の殺人 THE MURDERS IN PRAED STREET
ジョン・ロード作  ハヤカワ・ポケットミステリ 1928年作 220頁 森下雨村訳
あらすじ
ロンドン市内のプレード街で霧雨の夜、八百屋のトーヴィが刺し殺される。それから次々プレード街で起こる殺人事件。
感想
「ミステリマガジン読者が選ぶ復刻アンケート」第六位の作品。ミッシング・リング物か。
訳の文体といい時代を感じさせる。まぎれもない古典ですな。古い作品としては、当時の庶民の暮らしぶりがうかがえるストーリーと人物描写で意外に飽きさせない。
犠牲者に同情するものの、一見無差別な殺人の動機は現代においても陳腐化していない。 また、殺人者の屈折した複雑な性格もよく描かれていた。
前編の6つの連続殺人と後編の解決編の2部構成なのは、最初から名探偵を登場させない趣向でよくできていると思う。
おすすめ度★★★
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くたばれ健康法! /ボディを見てから驚け! What a body!
アラン・グリーン作  創元推理文庫 1949年作 274頁 井上一夫訳
あらすじ
密室殺人モノ。全米5千万人の信者を持つ健康法の教祖マーリン、朝食に降りてこない彼を不審に思い義弟が部屋まで見に行くと、背中を撃たれて死んでいた。
感想
31頁目、健康法の教祖様が殺されて発見されるシーンで、ピカッ!。 この小説だったのね。 このトリックはあまりに有名過ぎるため、こういう人多いかもしれない(^^)。
とはいえ、ユーモアたっぷり、特に健康法教祖の義理の弟アーサーの愛情と皮肉に満ちたモノの見方は笑える。

    誰も疑っていなかったのに、アーサーの息子カールが
  「ぼくが犯人じゃないことを、いいたくて来たんだ。」と、わざわざ自分に疑惑を持たせるようなおバカなマネをした時、
  「それは、よかった」アーサーは言った。
  「私もみんなに声明しときたいことがある。
          私がゆうべノックス砦を破って金塊を盗んでこなかったことははっきりいえる」

訳者あとがきにある「トリック推理小説」っていう言い方、いいね。「本格推理小説」ならまだしも「本格ミステリ」なんて言い方するから「ミステリのコア」なんぞと思ったりするんとちゃうかな。それは単に「『あなたのコア』にすぎないのと違うの」っていいそう。
おすすめ度★★★
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五百万ドルの迷宮 Out on the Rim
ロス・ローマス作 ミステリアス・プレス 1987年作 490頁 菊池光訳
あらすじ
マルコス政権崩壊後のフィリピンが舞台。クビになったばかりのテロリズム専門家・ブース・ストーリングズは、正体不明の人物からフィリピン新人民軍指導者・アレハンドロ・エスピリトを五百万ドルでつって香港に亡命させろと雇われる。ブースは、40年以上前、太平洋戦争中アレハンドロとともにセブ島で日本軍と戦ったという過去があった。
感想
入り組んだ話でした。さらっと読めそうで、実に難しい。じっくり読んだのですが、すべてを把握できたか自信がない。
「フィリピンの5人の仲間」の思惑が絡み合い、なかなか動き出さないコノ話をどう結末つけんのかなあと思っていたのですが・・・・さすが。
余韻もいい。
5人組紅一点のジョージア・ブルーは、レネ・ルッソ(「リーサル・ウェポン3」「ゲット・ショーティ」「身代金」)か、映画「ゲーム」の女の人がぴったりくると思う。
おすすめ度★★★1/2
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