1999年7月のミステリ

闇をつかむ男 Evidence of Blood
トマス・H・クック作 文春文庫 1992年 523頁
あらすじ
犯罪ノンフィクション作家のキンリーは、故郷の町で幼なじみが死んだ事を知る。葬儀に駆けつけたキンリーに、亡き親友レイの一人娘セリーナは「パパに何が起きたのか調べて欲しい」と頼む。
感想
「予想された結末」とも思えるし、「意外な真相」とも思える。それは、話の運びが不自然ではないからだと思う。米国南部の小さな町の人達の描き分けも秀逸。
ひとつひとつ丹念に証拠を集め、分類し推理し真相に迫っていくという展開で、地味ながら上質のミステリが味わえます。

「緋色の記憶」「死の記憶」は、事件の当事者の回想であり、読む方もその痛みを感じて辛い。一方この本は第三者的立場から50年前の事件が再構成されていきます。感情移入が少ない分読みやすい。が、やはり一筋縄ではいかない作者です。この結末を後味悪いととるか、そうでないかは分かれる所だと思う。私は悪くなかった。

「闇をつかむ男」って邦題、そういう話なんかな? 賛成できない。
おすすめ度★★★★
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黄金色の祈り(こがねいろのいのり)
西澤保彦作 文藝春秋 1999年 
あらすじ
老朽化して取り壊される中学校の屋根裏から白骨死体が見つかる。側にはアルト・サキソフォンが置かれており、他殺か自殺なのか。
そして物語は、7年前の中学の吹奏楽部のクラブ活動に遡る。
感想
マジに受け取っていいんかな、この話。読者が「思春期のトラウマ話」なーんて思ってたら、後ろ向いて舌だしてるって事ないやろなあ。
かくも信じられないのだ、私にはこの作者が。
復讐物でもあるんだな。自分の人生が「死に体」になった人物の。
一人称で進んでいく話の運びの巧みさには素直に感心しました。ここに書けない英国の某有名作品を思い出す。ストーリーの重さと暗さに埋もれがちですが、単純明快な謎解きも鮮やかでした。
第二部の海外留学中の生活は赤裸々でリアル。ぎゃっと叫んで逃げ出したい実体験を血を吐くように書いているようにも、思える。
が、この主人公はアメリカ留学中に母国語と違う言語で詩が書けるようになる程の人物なん。しかも30半ばでプロの作家になるという。りっぱやん。どこが失敗の人生やねん。私は自慢かと思った。
まあ他人にはどう見えようとも、自分自身にとっては違うという事か。作者が自分の過去の何を総括して、黄昏の40代に入ろうとしているのか。謎だ。小説書きに飽きてきた自分を叱咤しているのであろうか。
おすすめ度★★★1/2
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緋色の記憶 The Chatham School Affair
トマス・H・クック作 文春文庫 1997年 1997年度アメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞(エドガー賞)
あらすじ
ニューイングランド、コッド岬の小さな村にチャタム校があった。校長の息子で当時15歳だったヘンリーは、半世紀以上も前に起こった事件を回想する。父の学校に新任の教師がやってきたあの夏、そして悲劇が起こる春、自分の人生もまた閉じてしまう。
感想
 
「死の記憶」は、「起こったことはわかっているが、何故?の探求」と思って読者は読み進む。反対にこの本は「原因はわかっているが、何が起こったのか?」の謎を知るために読む・・・と思っていたが、両方ともまだその奥には扉があってという巧みな技です。人物造型がみごと。「死の記憶」に比べ、より文学的になっている。

人というのは、それぞれが持つ恐れや願望から”真実”を歪めて見てしまうんだな。それがその人にとっての”真実”となり、そのずれが人と人の関係に様々な溝や闇を作り出すんだな。そしてその闇から”妄想”という怪物が生まれる事があるんだな。
おすすめ度★★★1/2
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クリムゾンの迷宮
貴志祐介作 角川ホラー文庫 1999年
あらすじ
気がつくと、そこは見知らぬ土地だった。見たこともない景色だった。深紅の岩山に囲まれている。何故ここにいるのか? ここはどこだ?
感想
面白かった。不気味。
RPGをした事がないさぼてんには、ゲームそのものがとても興味深い。
ただ、現実と非現実の境目がはっきりしていない。そしてラストがモノ足らない。
しかし、”迷宮”という題と作中繰り返される主人公の言葉「今までの人生、考えるという事をしてこなかった。」から、結末の作者の意図は明らかだと思う。
おすすめ度★★★★
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漂流教室 (by さぼてん男)
梅図かずお作
  あらすじ
学校もろとも未来に飛ばされた子供たちを次々と悪夢が襲う。正気を無くした大人たち、怪虫、ペスト、未来人間…。子供たちは絶望の中で、お互いに傷つけ合い、時には殺し合って、サバイバルの道を探っていく。
感想
かつて少年サンデーに連載されていた幻想怪奇SF名作で、つねづね入手したいと思っていたところ、本屋に文庫版が揃っていたのを見て、衝動買い。 全6巻を連続2回、通読してしまった。奇妙な現象に一定の説明はあるものの、子供なりの考えということもあり、必ずしも合理的ではなく、それがため幻想味が強調される。
思うに、大人と子供とが混ざって気持ち悪い漫画家として、梅図かずおと松本零士がいるが、松本零士の場合は子供じみたおっさんの気持ち悪さに対して、梅図かずおの場合は、大人の仮面を付けた子供のグロテスクさからくる気持ち悪さではないかと思う。漂流教室に限らず、梅図作品に共通する、あの、しつこい悪趣味さは、実は梅図かずおがいつまでたっても子供であるためではなかろうか。
作家論はともかく、この作品で印象的なのは、次の2点である。第一に、「よくこんな悪夢を次々と考えつくなぁ」。第二に、「この、お母さんの常軌を逸したパワフルな愛情が恐いなぁ」
物語全体が主人公の少年の日記を映像化したものであるという設定が寓意的。現代に日記が送り返された時点で、我々には少年のその後を知る術はなくなってしまう。彼らが置かれた状況は圧倒的に絶望的だが、ほんの少しだけ希望も残されている。
彼らがどうなったのかは永遠の謎となり、物語が終わったあと、実は我々が彼らに取り残されたのだと気づく仕掛けになっている。うむ、鮮やか、と感心した次第である。
おすすめ度★★★★1/2
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