バレンタイン・キッス・3  (聖と)蓉子前編


 2月14日、セントバレンタインデー。薔薇の館の1階。館の2階からは祥子と祐巳ちゃんの幸せそうな声がもれてくる。がっかりしたような、ほっとしたような、複雑な心境。
(・・・一体、私は何を期待していたんだろう)
 蓉子は何となく上に行くのががためらわれた。
 右手に持った鞄の中には、蓉子の1番大切な人への贈り物、小さな赤い薔薇を1輪あしらったチョコレートのつつみが入っている。
(あの人が1人でいてくれたら・・・)
 なんて、そんな都合のいいことを、知らず知らずのうちに考えてしまっていたらしい。
(今日の私はどうかしてる・・・)
 なんだか情緒不安定気味だし、こんな時に、幸せなカップルたちを目の当たりにするのは精神的によろしくないだろう。
(・・・やっぱり帰ろう。)
 そう思って、静かに館を出て、歩き始めて程なく、向こうから蓉子が”今、1番会いたくて・1番会いたくない”人物が現れた。
「!?」
「あれ?帰るの?」
 聖はあからさまに”めずらしい”という顔をして問う。
(これは神様がくれたチャンスなの?それとも罰?)
 ・・・・・・判断がつかない。やっぱり今日は情緒不安定だ。もう、どっちでもいい!!
「はい!コレ!!」
 聖の問いには答えずに、乱暴に鞄の中からつつみを取り出す。勢いのあまり、小さな赤い薔薇は少し曲がってしまった。
「おっ、ありがと。」
(そんなに軽く受けとらないでよ・・・)
 それじゃあ、まるで私のチョコが、たくさんの中の1つだって言われてるみたいじゃない!!
「・・・言葉に気持ちがこもってない。」
「えっ?そうかなー、じゃあ・・・」
 一呼吸おいて、聖は少し真面目な顔をして続けた。
「ありがとう、蓉子・・・」
「・・・!」
 顔を寄せて、口づけようとする聖を、蓉子は手で遮った。
「!?」
 ”なぜ?”聖の顔にはそうかいてある。
「私、心(きもち)の伴わないキスは許さないことにしてるの。」
「はっ?何?これ以上はないくらいの愛がこもって・・・」
「それに、おかえしは来月のホワイトデーに、倍にしていただくし。」
 聖の言葉を遮り、毅然として言い切った。
「・・・そう、蓉子は何でも知ってるんだね・・・」
 聖は、少し首を傾けて、申し訳なさそうに苦笑すると、未だガードに徹していた蓉子の右手に軽く触れ、引き寄せ、静かに、うやうやしく・・・口づけた。
「気高い貴女に、敬意をこめて・・・」
 聖は静かに手を離すと、受け取ったつつみを左手に抱えて、館の方へ消えて行った。

 蓉子は泣きたかった。心の奥から何か熱いものがこみあげてきて、下を向いたら涙がこぼれてしまいそうで、なるべく上を向いて歩いた。
 今でもすごく聖が好きだ。この世で一番。妹である祥子よりも。でも、私は聖の一番じゃない。どうしようもないことだけど、まだ、それを割り切れるほど大人ではなかった。
 泣かない自分をほめてあげたかった。

終わり


読む順番によって感想も変わってくるのではないでしょうか・・・
聖と志摩子     祥子と祐巳   (聖と)蓉子後編


あとがき

あとがきといっても、この3と4は続いていまして、ほぼ同時に書いたので・・・
後編の方で語ります。


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