バレンタイン・キッス・2 祥子と祐巳     by墓堀節子(すぺさる・さんくす)

 放課後の薔薇の館で、祐巳は祥子さまに向かって小さな包みをさしだした。
昨日とおととい、デパートを三軒はしごして、思案した挙句にきめたバレンタインチョコだ。
「お、お姉さま、これをもらってください。」
 普段よりも緊張した面持ちと、ぎくしゃくとした祐巳の動きに、くすりと祥子さまは笑って手を伸ばし、そのまま祐巳のチョコをささげ持った両手を包み込んだ。
「!!」
 祥子さまの白くて暖かい手のひらが、自分の両手を包み込んでいることに、祐巳は心臓が突然跳ね上がるのを感じた。
 
 2月14日、バレンタインデー。冬の夕暮れの柔らかい光が窓からレースのカーテン越しに差し込んで、二人を照らしている。祥子さまは祐巳の手からそっとチョコの包みを受け取ると、小さく、そして花のように微笑んで「ありがとう。」と言った。

「ありがとう、うれしいわ。祐巳。」
 そして、祐巳の左手を取り上げ、自分の唇を寄せた。
 ふわりと、ほんの少しだけ暖かくなる祐巳の指。ちょうど左手の薬指。
 祐巳の目に映る祥子さまは、肩や頬にきらきらとした光の粒をまとっているようで、いつもよりいっそう神々しさを増している。祐巳は動けなかった。
 
 最近は、義理チョコというものが氾濫しているし(もちろん、祐巳のチョコは本命であるが。)いつも御世話になっているお姉さまへ、感謝の気持ちをこめて・・・・などと考えながら、それでも一生懸命選んで、なんて言って渡そうか、お姉さまはどう思うだろう、やっぱりもっと大きいのにすればよかったかも・・・等々、考えつづけて眠れないまま朝を迎え、緊張して一日を過ごし(昼食時には、志摩子に心配され)今この瞬間、その緊張が頂点に達したためであろうか。頭が真っ白。ひざはのりで固めたようにびくともしない。

「祐巳?だいじょうぶ?」
「あ・・・え・・・・う・・う・・。」
 目を白黒させている祐巳を祥子さまはゆっくりとのぞきこむ。手を引いて、ゆっくりと壁際の長いすに祐巳を誘って腰を落とさせた。
「びっくりするじゃない?どうしたの?具合悪いの?」
「・・・いえ!だ・・だいじょうぶです。」
 祥子さまは流しへ向かい、一杯の水を汲み、祐巳へ手渡した。
「お飲みなさい。」
「あ・・ありがとうございます!」
 受け取ったコップを煽り、祐巳は大きく息をついた。
 ようやく、普通に呼吸ができるようになったが、でも左手だけが熱い。
 今でも、そこに祥子さまの唇が触れているような、そんな気持ちがして、再び祐巳は真っ赤になった。
「祐巳。」
「!はい!」
 呼ばれてあわてて顔を上げる。そこには、隣に腰掛けた祥子さまの心配そうな目があった。
「も、もう大丈夫です!!」
「いやだった?」
「え?」
 祐巳としては予想外のことを言われたが、祥子さまは小さな声で続けて問うた。
「キスをしたのはいやだった?」
「!!いっいえっ!いやじゃないです!!」
「よかった。」
 祥子さまは祐巳の渡したチョコの包みをひざに乗せ、リボンを解いてそれからはっとしたように
「あけてもいい?」
 と聞いた。祐巳はこくこくとうなづきながら、その祥子様の様子がまるで小さな女の子みたいで、不覚にもかわいいと思ってしまった。
(お姉さまがかわいいだなんて、私はなんて失礼なことを・・・。)
 さっきから心臓がはねっかえりになったままで、ただでさえ苦しいのに、ますます息ができない。 
 祥子さまは包みをあけ、一粒のチョコをつまんで自分の口の中に入れた。
「ありがとう。祐巳。」
「いえ、そんな・・。」
 祥子さまが口を開くたびに、甘いチョコレートの香りが広がった。
 それから、祐巳の口の中にも、小さなチョコレートを放り込んでくれた。
 祐巳の口の中で、ゆっくりと溶け出すちいさな塊。
「私ね、昨日から、いえ、おとといのその前から緊張していたのよ。」
「えっ?」
「あなたが私にチョコレートをくれるだろうかって。」
 戸惑う祐巳に、祥子さまは続けた。
「私個人的には、バレンタインなんて気に留めてなかったのよ。結局のところ、菓子業界の陰謀っていう説だってあるしね。」
「は・・はい。」
 そのことなら、祐巳も知っている。日本にバレンタインディやホワイトディを定着させたのは、売上向上をもくろむお菓子屋さんだっていう話。
「でも、今年はね。すごくどきどきした。こんなことは初めてだわ。」
「お姉さま・・。」
「すごく、どきどきして、もらえなかったら悲しいなとか、でもそんなこと考えるのって傲慢かなとか・・。でも祐巳がチョコを渡してくれて本当にうれしかったの。・・・だから、キスしちゃった。ごめんね、祐巳。」
 祥子さまはほんの少しだけ赤くなって、チョコの包みをごそごそとかばんにしまって立ち上がった。
 祐巳の耳が真っ赤に染まったそのとき、ばたばたと大きな足音がして、白薔薇さまがドアをあけて入ってきた。

「やあ、ハッピーバレンタイン!あれ?ほかに誰も来てないの?」
「え・えぇ!」
 祐巳が答えると、白薔薇さまはふーんと気のなさそうにこたえて、それからにやりと笑った。
「チョコレートのいい香り。この香りを胸いっぱい吸い込んで、どうぞ御二人で甘い時間を過ごされますことを。おじゃまでしたーー。」
「白薔薇さま!!」
 祐巳の声に白薔薇さまは、にゃははとわらって付け加えた。
「知ってるかい?祐巳ちゃん。チョコレートって言うのは媚薬なんだよ。」
「えっ?」
「じゃ、これから私はその媚薬の回収にいってくるからねー。」
 あっという間に白薔薇さまは階段を駆け下り、消えた。

「・・・・・あのひとは・・・。」
 祥子さまが深いため息とともにつぶやいた。それから振り返り「お茶でも飲む?」と流しへ向かった。
「あっ!私がやります!!」
 祥子さまの手から、やかんを取り上げてお湯を沸かし始めた祐巳は、まだ動悸が収まらずにいた。
 白薔薇さまの言うとおり、チョコレートのせいだろうか?
 それとも?
 祐巳はすぐ後ろに立っている祥子さまの顔を見るのが恥ずかしくて、怖くて、ただただ「はやくお湯沸いてー」ということだけに意識を集中させようとしていた。
 やっぱり今日も眠れそうにない。
 ただ左手の薬指だけが熱くて。

終わり


読む順番によって感想も変わってくるのではないでしょうか・・・
聖と志摩子     (聖と)蓉子前編   (聖と)蓉子後編


あとがき?まえがき?(ぶしこからのめーる)

さてさて、こうしてパソの前に座ったはいいが、どうしようかね(笑)
なんだか、長い文になっちゃったよ。
文才がないと、縮めることができないーーーー(泪)
ま、穴埋めにでも使ってくれぃ。
はかほりでした。

コメント  toぶしこby紫姫

ありがとう!!心の友よ!!!
一応、読みやすいようにレイアウトしたんだけど、不服があったら申し立ててくれい。
しっかし、多分あんたは祥子×祐巳派だと思っていたけど、やっぱりそうだったんだねぇ・・・
そして、いつの間に、こんなリリカルなものが書けるようになったのかしら・・・
やっぱり・・・・・・・かしら。
(あいかわらずの軽い感じで、もう1歩乙女チックに徹しきれないところが、また君の魅力だけど)
次回作、期待してます。


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