心と疼痛
〜長生医学における疼痛と心身相関関係の考察〜

大村 和彦

Tはじめに

 PNIという略語を目にする機会が増えた。正式名称は精神神経免疫学。笑いが癌を治すというノ−マン・カズンズの「笑いと治癒力」を例に出すまでもなく、心と脳と自然治癒力の関係が注目されている。国立精神・神経センタ−精神保健研究所の川村則行心身医学部室長は「自己治癒の全ての情報は生まれた時からDNAに備わっているが、意識のゆがみや心理社会的ストレスによって自らその力を抑えつけている」と、心の状態がいかに治癒系に影響を及ぼすかをその著書に述べている。心の作用が身体に影響するという考え方はヒポクラテスの時代からあったといわれるが、こうした研究はまだまだ未知の領域といえる。しかし心が科学される時代の到来を感ぜずにはいられない。ここ数年の傾向として、大村基實が臨床で精神療法に費やす割合が明らかに増えている。修伽先生の講義も矯正テクニックやプラナ以上に精神療法に重きを置く。酒井先生も事あるごとに患者への説明の重要性を説いている。はたして長生上人の高弟たちの意図するものとは?

 我々が扱う疾病の90%をしめる筋骨格系疾患。私は長年これら全てを骨格の構造異常と考えていた。「優れた治療師」とは、卓越した矯正技術を持つ「優れた技術者」と信じて疑わなかった。明らかに脊椎の構造異常や物理的筋力低下だけでは説明のつかない症例が数多く存在し、年々増加しているにも関わらず、半ば強引に全ての症状をそこに当てはめようとすることは、出口のないトンネルで立ち往生するに等しかった。まさに八方塞がりの時、「私たちは背骨の直し屋さんになってはいけない」と語られた修伽先生の講義が私をその呪縛から解いた。それは「霊肉救済」という長生の基本理念を忘れ、誤った先入観に固執する私のような不出来な教え子の危機を、いち早く察知していたのかもしれない。

 自然科学的研究対象として「心身一如」の概念に取り組む、近年の医学的背景を踏まえ、また長生医学の若き研究者たちが、一人でも私のような愚挙を繰り返さないために、不勉強、経験不足は承知の上で、私の扱った症例の中から特に、無意識の精神的抑うつが、その症状に大きく関わっていたと思われる4つの症例を挙げ、心と疼痛の関わりについて検証し、私自身今後の警鐘としたい。

 

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