青木タカオ
ちょっくら・おん・まい・でいず
7月だー。(7/20)

 
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10枚組CDR「30年ブレッド」発売中。('11年8月)

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・・次のLIVE・・
●8月30日(木) 「オン・ザ・道草アゲイン vol.126」
高円寺グッドマンにて マップPM8時〜(open7時半)  

(高円寺南口を出て右へ。アーケードのあるPAL商店街を左に見て、その先二本目の路地を左に入った右側の白いビルの二階)
   焼き鳥「大将二号店」の近くです。目の前にコインパーキングあり。南口から一分。1300円+ドリンク代
   出演 ●青木タカオ
兄弟 ●山下由(予定)



今日の更新
7/20最近の事  Twitter(毎日更新)

「夢」'18..7/20

  ここ最近、以前見たリアルな夢を思い出している。

 次々と。

 ひとつ思い出すと、また次もと。

 ここまで来ると、以前見たリアルな夢は、

 頭のどこかにストックされている。

 現実の出来事と区別するためなのかな。

 それにしても不思議なのは、

 何十年も前に見たリアルな夢は、

 そのままリアルに憶えているということ。

 現実だったとカン違いしないようにか。

 それは夢だったと憶えているためにか。


「富陽荘」18.7/7

 高円寺に15年住んでいてときの古いアパート

 「富陽荘」がとうとう更地になってしまった。

 1975年に建てたとは聞いた。僕が住んだのが1号室。

 1995年からだから、約20年ほど住んでアパートなのだ。

 僕の前に住んでいた人もながーく住んでいたという。

 他の部屋の人も長い。軽く30年は住んでいたんじゃないか。

 僕が越してきたときは部屋が全部埋まっていて、

 人気のアパートだった。銭湯からも一分だったし。

 個性的な家族が住んでいた。

 「富陽荘」の個性を作っていた。

 僕はその部屋でたくさんの歌を作った。

 高円寺の良い生活時間がそこにあった。

 幸せもあった。思い出も多い。

 パソコンを買ったのもこの部屋からだった。

 たくさんの文章も書いた。

 ここを引越してもう5年がたった。

 何度も訪ねたけれど、アパートはそのままだった。 

 今回、歯医者の帰りに、ふと気になって、アパートを訪ねた。

 一本道を歩いてゆくと、だんだんと更地になっているんじゃないかと思えて来た。

 着いてみると、更地になっていた。それも数日前に。

 もう何もそこにはなくなっていたけれど、これは。

 「富陽荘」の挨拶だったように思う。



「変なバスに乗っている」'18..7/1

  今回のライブでも、当日に新曲が出来た。

 前日から作り始めて、なんとか形になった。

 リハに入ってから、ギターアレンジなど作り

 本番ではなんとか。

 そしてライブの映像を観てみると、

 新曲がそれなりの形になっていて、

 ある程度アレンジも出来ていて、

 個性もある。

 ほんとに昨日からで自分が作ったのかと思う。

 ここ一年くらいの新曲はそうやって出来ている。

 ぼやーっとして、あせらないで、作り込まずに、

 仕上げている。

 数年前、僕はうまく新曲が作れなくなった。

 以前はどうにか形になっていたのに、

 また、そのバスに乗っているような気持ちがする。

 変なバスに乗っている。

 そのバスはなんとか知らず知らずのうたに形にしてくれるバス。

 僕は小さい頃から、音楽を聴いてきた。

 やたらめったらに。

 それでも、ひととおり知るべき事は頭に残った。

 詩の本に関しても。

 それは変なバスに乗っていたからだ。

 そう思える。


「エルビス・プレスリー」18.6/24

  ロックンロールの三大シンガーといえば、

 エルビス・プレスリー、ニール・セダカ、ポール・アンカとは言われている。

 ニール・セダカの楽曲は、今もよくテレビで流れていて、よく耳にするが、

 ポピュラーソングとしてのロックンロールとして、長く残っている。

 映像を観てもスーツを着て、品も良い。

 でも、ロックンロールってそうだったかな?なんて、ふと思った。

 ポール・アンカはボーカリストの面が強く出ているし。

 エルビスの映像を観ていると、やんちゃな感じがずっとあって、

 ロックンロールをずっと感じる。

 どんなポピュラーソングを歌っていても、我が道を常に行っている。

 エルビスは特別なシンガーだったとよくわかる。


「印象派」'18.6/18

  先日、レゲエクラブで、さまざまなレゲエアレンジの曲を聴いた。

 どれも原曲をわかるまで時間がかかった。

 クラシックの曲からロックンロールの曲、

 日本の歌謡曲も、無国籍にレゲエアレンジになっていた。

 その曲の良さがたくさん出ていた。

 絵画にも「印象派」というものがあるが、

 レゲエアレンジにも「印象派」がある。

 こうこう聴こえたイメージが、ひとつの曲になる。

 それでいい。無国籍でいい。

 レゲエアレンジはイメージが形になっている。


「名店そば」18.6/10

  25年も通った立ち食いそば屋が閉店した。

 それも二ヶ月も前に。

 最近それを知ったので、最後に食べる事が出来なかった。

 自分の知る限り、そこの立ち食いそばが日本一うまい。

 冗談ではなく、少し調べると「名店」と呼ばれていた。

 そして、他のどの立ち食いそば屋とも似ていない。

 あんな味のつゆを他に知らない。

  たぶんもう食べる事はないんだろうなぁ。

 もしかしたら日本一だったかもしれない。

 伝説になるのかな。

 思えば、もう食べられないと思える店が増えた。


「セッション」'18.6/3

 今回のライブで久し振りにバンドと一緒に歌った。

 お互いの曲を一曲ずつやったのだが、

 僕の曲のほうは、ノリも構成も含めて、合わせるのが大変だった。

 実際に合わせたのは当日のリハで、

 最初はどうなるかと思うほど、ノリがちがってしまった。

 僕もギターの弾き方を急遽変えた。

 バンドの方でも、僕のノリに合わせて、

 後にアクセントを持ってくるように変えてくれた。

 合わせるって大変だな。

 ずっとそんな事は忘れていた。

 お互いが、少し近づくとうまくゆく。

 それは当然だ。

 今までは自分のバンドでやっていた。

 メンバーは僕に合わせてくれていたんだね。



「マーチンD18」18.5/19

  サイモン&ガーファンクルのポール・サイモンは

 初期にマーチンD18のギターを使っていて、

 とても良い音をさせていた。

 そしてマーチンD18の魅力を沢山引き出してくれた。

 繊細なフィンガーピッキングと、そのままサムピックでのかき鳴らしストローク。

 それがなんともワイルドで、単純な弾き語りというよりも、バンドサウンドに近い。

 そのあと、ギルドギターやヤマハに代わり、同じピッキングで弾いても、

 あのマーチンD18で出していようなサウンドにはならなかった。

 とても人間くさい音。

 田舎道を裸足でかけるような音。

 私は思う。

 もしも妖魔がギターを持って出てくるとしたら、

 もしもそれがマーチンだったとしたら、

 きっとD28でもD35でもなく、

 D18だろう。



「二ヶ月半」'
18.5/13

  右目が網膜剥離になり、手術をしてから、

 ちょうど二ヶ月半がたった。

 三か月が要注意の期間で、半年無事ならば、

 ずっと大丈夫と言われている。

 昨日、ひと月ぶりに精密検査を受けた。

 ここを乗り切れば、なんとかなる。

 いろいろ心配な症状があるのだが、

 結果は「経過は順調」、とても良いとの事だった。

 とりあえず、ここまて色んな症状が出ていて、

 なんとか越えて来た。四月からの仕事の復活もあった。

 目をたくさん使うので心配だった。

 最初のの三か月はなんとか無事に辿りついた。

 こんなに嬉しいことはない。

 次は半年後に向けて。

 また無理をしないように。


「卓球」18.5/6

  今、テレビで世界卓球をやっている。

 僕は中学時代に卓球部だったので、

 観ていて、どこか血が騒いでくる。

 もう卓球をやめて、40年もたっているのに、

 まるで昨日のように感覚が戻ってくる。

 どうなっているんだろうね。

 色あせない感覚があるなんて。

 僕は中学時代、卓球にとても燃えたけれど、

 高校は続けなかった。

 それが原因かもしれない。

 いい思い出しかない。


「印象」'18.4/29

  カバーで歌っている歌がある。

 元々は青春ソングである曲だけど、

 僕は重々しく歌った。

 僕のアレンジを最初に聴いた人は、

 たぶん僕のほうがしっくり来るし、

 元々のオリジナルを聴いている人は、

 そちらのほうがしっくり来るであろう。

 不思議なものだ。

 それでも何回か聴けば、それも解消される。

 と思う。

 でもまあ、世の中はそういう事の繰り返しかなと思う。

 波のようにその中にいるんだなぁと思う。

 印象の中にいるだよなぁ。


「完璧にはいかない」18.4/22

  もう二ヶ月、眼医者に通っている。

 手術もしてからも二ヶ月がたった。

 いろいろとまだ症状も続いていて、

 なかなかに完治というわけにはいかない。

 場所を変えて痛みや、不自由な現象も起きる。

 眼科の先生にその度に説明している。

 先生は言う。

 「いろいろといじくっているんだから、

 なかなか完璧というわけにはいかない」

 と。

 その通りだと思う。

 今はそれとつきあっている。


「二ヶ月前」'18.4/15

  ちょうど二ヶ月前、右目が調子悪くなった。

 同じ夜の道を歩きながら、くらーい気持ちになっていた。

 あれからひと回りして、無事にまたその道を歩いている。

 ふと思えば、まるで同じ場所に戻ってきたようだが、 

 自分の中身がまるで違っている。

 いろんな事があった。

 一日は同じように過ぎているけれど、

 気持ちがちがう。

 生活はほぼ同じなのだけれど、

 強い誓いようなものがある。


「待合室」18.4/7

  週に一度は眼科に通っている。

 まさか自分がこんな眼科に通うことになるなるなんて思わなかった。

 手術後の昨日の眼科検診では、

 「もうだいぶ落ち着いたので、二週か三週間に一度でいいですよ」

 と言われた。

 清算を待って、待合室で座っているとき、

 眼の調子が悪くなり、最初に来た日の事を思い出した。

 同じようにここに座り、同じようにポスターを眺めていた。

 あの不安な気持ち。

 そして今日は完治して座っている。

 いつもと変わらない先生の声がそこまで聴こえている。


「仕事復帰」'18.4/1

 明日から、仕事復帰。

 どれだけこの日を待っていたことか。

 無事にここまでこれた。

 あと半年、無事ならほんと嬉しい。

 無理せず、がんばります。

 自分に拍手。


「復活ライブ」18.3/24

 右目の手術から一か月。

 やっと復活ライブが出来た。

 何げないことではあるけれど、

 僕にとっては大きな事だった。

 あのひと月前の気持ちがあって、

 なんとか無事に手術も乗り越えて、

 術後の自分の努力もあり、

 ライブ当日となった。

 まずこの日のために、がんばって来た。

 もう500キロくらいの旅をして来た気分。

  ここから二駅のところ。

 そこまで500キロあった。


「忘れない」'18.3/18

 眼の手術をして、もう三週間がたった。

 もう三週間なのか、まだ三週間なのか。

 以前と同じようにちゃんと見えているが、気持ちはちがう。

 あの失明するかもしれないと思えた時を忘れない。

 夜道を歩きながら、もっと暗い気持ちで歩いてときを。

 忘れない。


「右目の恩人」18.3/10

 一昨日、右目の手術をした医大に診察に行った。

 近くの眼科で紹介してもらって手術をしてもらったのだ。

 ほっておいたら失明となっていた右目。

 手術のエキスパートの先生を紹介してもらったのだ。

 手術は成功して、順調に回復している。

 むずかしい手術。忘れられない。

 病院の診察は、今日で終わる可能性があり、

 そうしたら先生に会うのは今日で終わりかもしれない。

 右目を助けてくれた右目の恩人先生。

 僕はしっかりと右目で先生を見ようと思った。

 右目の想い。

 忘れらない人。



「新しい世界」'18.3/3

  失明の可能性もあった右目の手術をして、

 一週間がたった。

 目の中にガスを入れてあり、

 二週間ほどで、それは上の視野から晴れてくる。

 手術のとき、目の中のレンズも変えた。

 見えるようになれば、以前よりもクリアに見えるはず。

 今、徐々に上のほうから見え始めているが、

 まるで新しい世界だ。

 少し青味がかって、二割ほど明るい。

 右目の驚いていることだろう。

 早く、復活したい。

 今、新しい世界が四割ほど見えている。


「右目」18.2/27

  四日前、右目の網膜剥離の緊急手術をした。

 ほっておくと網膜がはがれ、失明してしまう。

 一日も早い手術が必用だった。

 待ってほしいもない、ただ素直にそれに従うだけ。

 前日に入院し、手術の準備に入る。

 当日もただ、じっとその時を待つのみ。

 意外と時間は早くたつ。

 6人部屋病室で、その日は三人が手術室に向かう事になっていた。

 三人の内、私は三番目であった。

 あまり目は使えないので、音楽を聴いた。

 好きなボブ・ディランを。

 ひとりひとり時間が来ると、点滴をして

 「さあ、行きましょう」と、車椅子でつれていかれる。

 そして一時間ほどで帰ってくる。

 そして私の番。

 私の番。

 私は右目の事を考えていた。

 そしてきっと、左目も右目の事を思っていたはずだ。

 大事な兄弟だから。

 オペ室の前で待っていると、

 執刀医の先生がやってきて、

 私の車椅子を押して、連れてってくれた。

 それがなんともやさしかった事。

 局部麻酔だったので、言葉は全部聴こえる。

 先生のちょっとしたやさしい言葉がとてもやさしい。

 「もうちょっとですよ」

 もうちょっとなのだ。

 もうちょっと。

 右目よ、もうちょっとだ。


「眼への想い」'18.2/21

  原因は不明だが、

 突然に右目が網膜剥離となってしまった。

 それで緊急手術となるのだが、

 眼への想いがある。

 小さい頃から、ずっとがんばってくれた右目。

 そんなおまえが「助けて」って言っている。

 おまえのためなら、何でもしてやろう。

 おまえが「助けて」って言っているのなら、

 何でもしてやろう。


「カセット1本だけの気持ち」18.2/17

  友達に録音してもらって、

 聴き始める「たった一本のカセット」というものがある。

 もっと聴きたいと思ってもすぐには、レコードも買う事もできず、

 その一本のカセットを、ただ聴き続けるしかない。

 最後の曲を聴いたら、また最初に戻り。

 今でなら、インターネットもあり、沢山の情報も入るけれど、

 すべての情報が一本のカセットという時もある。

 先日、久し振りにその「一本のカセット」だけの気持ちを得た。

 特別なものだなぁと思う。


「カバー曲」'18.2/11

  先日のライブで、カバーを歌った。

 原曲は明るいモダンフォークという感じなのだが、

 私は重く歌った。

 港がテーマの歌。

 港に浮かび飛ぶカモメのように、大きくゆらぐように

 アレンジしてみた。

 想い入れたっぷりに。

 もともと曲は良いので、拍手も大きかった。

 たぶん、うまく伝わったのだろう。

 イメージもたっぷりに。

 僕の歌から聴いたみんなは、

 僕の歌から始まる。それでいい。

 恥ずかしくないアレンジだったと思っている。



「シングル盤」18.2/3

  小三の頃に買ったシングル盤を、

 ネット動画で久し久し振りに聴いてみたら、

 当時と同じほどのほぼ同じトキメキを感じた。

 当時は録音するすべもなくて、夢中になって2年間ほど

 シングル盤をかけたものだった。

 自分で買ったシングル盤って特別なんだなと思う。

 いつまでも色あせない。

 自分で買ったというせいもある。

 思い返してみると、今まで買ったシングル盤は、

 今もどれも好きだし、聴きあきない。

 この不思議。

 ほぼ個人的なおもい入れだとは思うが。

 買ったシングル盤は、その人にとって特別な宝の一曲だ。

 それでないかもしれないが、

 そうである場合もある。


「オールドタイム・ソングズ」'18.1/28

 小さな喫茶店で、ヨーロッパの古い音楽の演奏を聴いた。

 中世の頃の。

 それも古い楽器で。

 喫茶店には10人ほどのお客さん。あと数分で演奏は始まるだろう。

 BGMの音楽も流れているが、生演奏が始まれば、

 楽器の前に中世の頃から続く、その曲の精が現れるだろう。

 突然にそこに現れるのだ。時代も土地もすべて越えて。

 手品のように。

 曲だって、何百年も生きていれば、人格を持つだろう。

 この喫茶店にそしてもう一人の人が増える。

 白い透ける服をまとった西洋の人。

 次の曲が始まれば、またちがう曲の精が現れる。

 同じ西洋の人でも、また別の人。

 似ているようで、本人たちはまるで違うと云うだろう。

 そんなふうに生演奏のライブは続く。

 女性と男性が弦を叩いて、紡いで演奏していたが、

 それが布を織るように、曲の精を作りあげていたようだ。

 ここは日本であり、演奏者も日本人ではあるけれど、

 そんなふうにヨーロッパの古い曲の精を作り上げるなんて、

 なかなかに出来ない。

 二人とも深い音楽性を持っている。

 自分自分と常に言うわけではなく。

 僕らは音楽に個性を求めがちなので、

 古い曲を演奏しても、どこか自分が前に出てしまうだろう。

 古い曲の精はきっと現れないだろう。そんな手品が使えない。

 現代ではCDアルバムも沢山出ているけれど、

 実際の曲の精を呼び出すのは、

 生演奏だからだろう。


「SONG BOOK 2」18.1/21

 今、SONG BOOKを作っている。

 SONG BOOKのない人の。

 歌詞を書きとり、コードを探す。

 ノートにまとめてゆくと、まるで本人の歌詞ノートのようにもなってくる。

 それを歌うのは自分だけれど。

 歌のつきあいって、いろいろあるけれど、

 こういうつきあいもなかなか良い。

 手作りから手作りへ。


「生きていれば」'18.1/13

  年をとり、もうほとんど音楽活動をやっていないくても、

 生きていればと、思う。

 人の脳の構造については詳しくはわからないが、

 どんなに年老いても、ふと起きた朝に

 「ああ、弾き語りのアルバムを作りたい」とか、急に思うかもしれないと思う。

 ずっと、そんな気持ちがなくても。

 また復活する朝が来るような気がするのだ。

 何かのまちがいであっても。

 生きていれば。


「骨董市」18.1/7

  初詣に行ったら、神社で「骨董市」をやっていた。

 長い事生きているけれど、骨董市を回るのは初めてかもしれない。

 骨董は大好き。

 今日、お店を出していたのは、慣れた骨董店だったようすで、

 どれも魅力あるものばかりだった。

 見て回っていると、どれが本物で、本物でないかはあまり関係ないようだった。

 それを見て、いいなと思うもの。

 それを手に淹れて眺める、愛でる。

 それでいいんだな。


「2018年」'18.1/1

  今年になった。

 昨年はやっと、新曲を集中して作れたので、

 今年もその調子でいきたい。

 そのまた来年も。

 うまく作れなかった時期も、忘れるくらいに。

 それがいい、それがいい。

 すっかり忘れちゃえ、この先何年も。



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