予防原則が取り入れられている条約、国際協定、法律など

予防原則は、長い間はっきりした確定した定義がない、ということを理由に、特に企業か らは非科学的な方法論の典型のように言われてきました。しかし、定義が無いのは、初期 の法律のみであり、必ずしもコンセンサスは得られていないが、それぞれの条約や協定、 法律の中に定義はおこなわれています。
 例を挙げるなら、以下のように条約や法律、報告書等の中で定義が表現されています。 (外部のサイトへのリンクの項も参照)

a) オゾン層破壊防止モントリオールプロトコル(1987)では、「このプロトコルの 当事者は、(中略)・・技術的かつ経済的な考慮に注意を払いつつ、科学的知見の進展に基づ いて、オゾン層を破壊する物質の除去を究極の目的として、全地球的にその放出を公平に コントロールするために、予防的な方法を採用することによってオゾン層を保護すること を決定した。」と述べている。

b) PARCOM会議(1989)では、「陸起源の海洋汚染防止パリ会議」に調印をした当事 者は、(中略)・・最善の可能な技術と他の適切な方法を用いて、残留性があり、有害で、 体内蓄積がある物質の汚染放出源を削減することによって、パリ会議エリアの海洋エコ システムセイフガードの原則を受け入れる。これは、「このような物質が原因で、特に 確実な破壊や有害な影響が海域の生物にあると推測される理由があるときは、放出と影 響との因果関係を証明する科学的な証拠が存在しない場合にこれが適用される。」と決 定している。

c) OSPAR/PARCOM 勧告 (1992)では、ノニルフェノールエトキシレートの場合には、 「ノニルフェノールエトキシレートは多量にしかも広範に使用されている。水環境への暴 露が高濃度に及んでいること、ノニルフェノールエトキシレートが、生物体内に蓄積する ノニルフェノール様の残留性物質に分解されること、ノニルフェノールとそのモノ−およ びジ−エトキシレートのような分解生成物は水生生物に有害な作用を及ぼすこと、これら の物質は過去40年間使用されてきたにもかかわらず、連続使用の結果はよく知られていな いが、環境上の負の影響は観察されておらず、規制の急を要するわけではない事を示唆し ていること、が考えられる(原文どおりの訳)。そして、十分機能する代替品が洗浄剤(家 庭用、工業用)として入手でき、このまま引き続きその代替品の応用を見直しする約束が あることを考えると、陸起源の海洋汚染防止協定に調印している当事者は以下(削減プロ グラムのこと)に同意する。」となっている。下線の部分が、因果関係が科学的に明白では ないにもかかわらず、1995年までに家庭用洗剤、2000年までに工業用洗剤への使用の削減 を決定している点が、予防原則の適用に当る。

d) UNCEDの15原則(1992)では「環境を保護するため、予防的方策は、各国より、その 能力に応じて広く適用されなければならない。深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれ のある場合には、完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の 大きな対策を延期する理由として使われてはならない。」と記されている。

e)気候変動枠組み条約(1992)(抜粋)では、「当事者は気候変動を予期し、予防し、あ るいは最小にするために、また、その有害影響を軽減するために予防的方策を講じるべき である。気候変動に関する政策や方策が、最低可能な費用で全体の利益を確実なものにす るような費用対効果であるということに注意をはらう必要がある。かつ、これを達成する ためには、このような政策の方法には、異なった経済的脈絡に注意を払いながら、深刻な あるいは不可逆的な損傷の脅威がある場合、完全な科学的確実性の欠如をしてこの方策を 延期する理由に用いてはならない。」と述べている。

f) EUのマーストリヒト条約(1994)では、「環境に関する域内の政策は…(中略)・ 予防原則に基づくべきであり、また、予防的な対策が採られるべきであり、環境の破壊 は発生源が優先して改善されるべきであり、汚染者がその費用を負担すべきである、と いう原則に基づくべきである。」と規定している。

g) ウィングスプレッド声明(1998)では、@有害物質の使用と放出、資源の活用、お よび環境の物理的な変化は、人の健康と環境に非意図的に重大は影響を及ぼした。Aリス クアセスメントによる規制は十分に人の健康と環境を保護しなかった。B人間活動の基本 となる新しい原則が必要である。C有害物質の取り扱いをさらに注意深くする必要があり、 社会は人間活動のすべての活動に予防的施策を取り入れなくてはならない。Eしたがって、 予防原則が必要である。Fこの件に関し、立証責任は公衆ではなく、活動提案者が追うべ きである。G予防原則は対策を行わない場合も含めたすべての代替案について審査をすべ きである。と述べている。言い換えれば、予防原則の定義であるといってよいであろう。 特徴はリスクアセスメントを否定している点にある。

h) CEFIC(欧州化学工業協会)の政策文書(1995)では、唯一の定義というものは存 在しないが、と前置きして、一般的には以下のように定義されるとしている。CEFICは、こ の原則は成文化する性質のものより指導原則であり、代替品が用意されている場合に限定 すること、リスクアセスメントの中で組み込まれるもの、という立場をとっている。 「ある活動または製造物が健康または環境に対し、深刻で不可逆的な損傷の脅威の原因 となると信じるに足る十分な理由が存在するとき、その活動あるいはその製造物と懸念さ れる結果との間の因果関係の十分に確実性のある証拠が存在しなくても、その活動あるい はその製造物を削減あるいは予防する方策が講じられなくてはならない。」

i) Canada EPA定義(1999)では、「環境あるいは人の健康に対して、ある行為 が危険の脅威を引き起こす可能性があるとき、その原因と影響との確実な関係が科学的 に確立されていなくても、予防的措置が行なわれるべきである。」としている。

j)EUコミュニケーションペーパー(伝達文書)( EU連合 予防原則適用のガイドライン参照)では、「予防原則は、 科学的な根拠が不十分であったり、確定的でなかったり、不確実であったりする場合、 あるいは科学的な情報が欠如しているため詳細な科学的評価が行えない場合に適用さ れ、また、環境、人、動物、植物の健康に与える潜在的な危害がEUの高い保護水準に 合致しないかもしれないという心配が、予備的な科学的評価によって筋が通っている、 と評価された場合にも適用される。」と述べている。予防原則は、いくつかの分野にお いて、政策的に受け入れられたリスクマネージメント戦略となってきている。

k)EUによる予防原則ワークショップ(ワークショップ 前編 後編参照)では、「欧州の環境政策は、 EC条約172(2)条項にあるように、予防原則を基本にすべきである。欧州の文脈の中で、 予防(precaution)とは、人あるいは環境に害を与える可能性がある物質が存在するが 有害な影響についての決定的な証拠が(まだ)入手できない状況にあって、規制行為が 行えることを意味する。」としている。

                (文責 大竹)


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