奈良は日本一の墨の生産地です。「ならまち」の古い町並みを歩いていると、墨の懐かしい、心が落ち着く香りがどこからか漂ってくるようです。

日本アロマテラピー協会の協会誌「Japan Aromatherapy」に、かおり風景100選「ならの墨づくり」のレポートを寄稿させていただきました。
このページには、
オリジナルの画像とリンクを添えて、そのレポートを再掲させていただきます。



奈良は「歴史の街」です。ここでは「日本最古の…」という言葉があふれています。奈良に引っ越して5ヵ月経った今はもう、いちいち驚いていた「日本最古」にすっかりなじんでしまいました。奈良は長い歴史を当たり前に感じとれる場所です。そんな奈良にはたくさんの伝統工芸品がありますが、その中のひとつが、古来より文房四宝のひとつして重宝されてきた「墨」です。

墨の歴史は古く、中国の漢の時代(BC206〜)の固形墨の前身である墨丸が発掘されています。日本へは1300年前の推古天皇18年に高麗僧の曇徴が製墨法を伝えたと日本書紀に書かれています。また、正倉院にも中国と朝鮮の墨が伝えられていますし、現在までに日本で発掘された最も古い墨書土器は2世紀末、邪馬台国の時代までさかのぼります。製墨法の伝来後、奈良を中心に、丹後・播磨・太宰府などでも墨がつくられていましたが逐次絶え、今では奈良で全国シェアの90%がつくられ、全国の書道家や水墨画家に愛用されています。

奈良市にある「ならまち」と呼ばれる古い町並みを歩くと、墨を扱う何とも風情のあるお店があちこちにあります。また「奈良市杉岡華邨書道美術館」という書道専門の美術館や、「奈良筆」という筆を扱う店もあり、やっぱり墨と奈良は切っても切れない長〜いおつきあいのようです。



ならまちにある最老舗の「古梅園


ますます奈良の墨づくりに興味が湧いてきた私は、薬師寺や唐招提寺に近い「西ノ京」にある「墨の資料館」を見学しました。ここでは、墨づくりの工程のパネルやビデオ、墨の原料や型入れ道具などの製墨過程の資料から、完成品としての各国の墨、さらにそれを使った書画作品が、とてもわかりやすく展示されています。老舗の墨製造元であり、奈良製墨協同組合の現在の組合長である「墨運堂」さんが平成6年に設立されました。

ちょうど季節もよかったようです。製墨は膠と松煙・油煙などの煤を練り合わせ、香料を加え、型に入れ成形し乾燥させるという工程を経ますが、膠は気温が高く湿気の多い夏場は腐りやすいため、墨づくりは10月から翌4月末までの寒季に限定されているためです。この資料館の2階で、練った墨を手で木型にはめ込む「型入れ」作業の実演を拝見しました。
(左下の写真は墨運堂さんのページからの拝借)


  

 

職人さんの手元から、墨に含まれる「竜脳」というお香や匂い袋のような心が落ち着く香りが…。その香りに、子どもの頃のお正月の書き初めで、お手本を見ながら一生懸命に筆を動かしたこと、先生に見ていただくときにすごくドキドキしたこと、そして、朱色の筆で丸をいただいたときの何ともいえずうれしかったことなど、懐かしい想い出が浮かび、思わず胸がキュンとしました。香りというのは何と不思議な力をもっているのでしょう!

現在はボールペンや鉛筆など筆記具も多様で、さらにパソコンも普及し、私もこの原稿をパソコンで書いています。昭和初期のピーク時には、奈良だけで44軒の製墨業者により2,265万丁の墨がつくられていましたが、平成14年には製墨業者は15軒、生産量は300万丁にまで減っています。長い年月を経てなお土器や木簡に記された古代の記憶を保つ墨と、東洋が世界に誇る文化である書道がこのまま衰退していってしまうのか…。

墨の香りに心を揺さぶられたせいか、何だか感傷的な気持ちになりつつ、このへんで筆を置く(?)ことにします。



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