ボツワナの歴史
独立以前
- 長い間、サン族(ブッシュマン)が広く分布
- 紀元1600年頃、ツワナ人が南アフリカ地域から移動
- 1820年頃から、イギリス人宣教師が到来
1847年には、イギリスからリビングストンが家族と共にボツワナへ来て、住民の生活指導や医療等と共にキリスト教の宣教を行った。族長のセチェーレはリビングストンを慕ってキリスト教に改宗したが、やがて、飢饉による娘の死や住民の反発により、リビングストンは5年後にボツワナを去って奥地に進んだ。その後、彼はビクトリアフォールズを発見して世界的に有名になった。一方、ボーア人がボツワナに侵入してきたとき、セチェーレが率いる住民たちはリビングストンに教えられた銃を用いて撃退に成功。現在でもリビングストンはボツワナ国民に尊敬されている。
- 1885年 周辺国からの侵略を防ぐため、3賢人が交渉し、イギリスの保護領となる。
独立後
- 1966年、独立してボツワナ共和国となる。初代大統領は、セレツェ・カーマ氏。
セレツェ・カーマ氏は、英国留学時に知り合った白人女性と恋愛結婚し、一時は両家親族に反対されたが、その後認められ、ついにはボツワナの初代大統領となった。
他のアフリカ諸国に見られるような独裁制はとらず、穏健な政策を推進し、複数政党制の民主主義を進め、独立の翌年に発見されたダイヤモンドによる収益を教育・医療・インフラ整備に重点的に活用し、また、汚職防止にも力を入れて、アフリカでは最も腐敗の少ない国となって経済成長を記録した。
- 1967年、世界有数のダイヤモンド鉱脈が発見された。
ダイヤモンド生産は、現在のボツワナの中心的産業になっており、GDPの3分の1以上、国の歳入の半分以上を占めている。
現在の100プラ紙幣には、露天掘りされるダイヤモンド鉱山と、ダイヤの選別作業をする人の写真がデザインされている。
- 2009年、第4代大統領に、イアン・カーマ・セレツェ・カーマ氏(初代大統領セレツェ・カーマ氏の子息)が選挙で選ばれて就任。
現在では、ボツワナは南部アフリカで最も政治的経済的に安定し、治安のよい国とされている。
現在の10プラ紙幣には、現在の大統領の写真がデザインされている。