16日目                 出会い  お接待

2017年4月29日   晴     4:47〜16:38   42.9Km    87,582歩    BH 鶴島

 宿が取れなくて宇和島市街泊

   
   
宇和島真珠で財を成したと思われる立派な民家が見られる。今はそれほどでもないと宿の人は言っていたが、養殖いかだは多数見られた。志摩のリアス式海岸とは異なり四国と九州から海藻が漂うように細く伸びる半島が作る湾が適しているのかもしれない。当然ながら半島の付け根は山である。いくつかをトンネルで越える。旧道を整備したと思われる人専用トンネルがいくつかあった。まっすぐ長いのが特徴である。昔のトンネル技術の精だろうか。今のトンネルは上下左右に曲がる長いもので、入り口から出口が見えるものは少ない。
今日のコースはロングだが、ハードなのは松尾峠だけと予測していた。ところがスタート直後の柏坂からいくつもアップダウンで、なかなか松尾峠に差し掛からない。少し辟易としていたら、遍路道の前方から軽トラックがやってきた。すれ違いができないので、私は道の外に待避して、軽トラに進むように合図をした。結構だという素振りをして、運転手が降り、荷台から荷物を降ろした。その後、「少し行くと接待所があるから休んで行きな」と言われた。
その接待所は自宅の一部(広縁)を開放しているので、靴を脱いで上がるようになっている。「さて、コーヒーをいただこう」と思っていたら、先刻の運転手が現れた。ここのご主人である。若い女性も一緒に出てきた。孫娘と思っていた彼女コーヒーを入れてくれた。しばらくすると彼女は出て行った。会話の様子からデーサービスの人らしい。デーサービスを受けている独居老人がお遍路に接待をしているのである。接待を受けた人がメッセージを残しているが、外人が多く「何が書かれているかわからない」と笑っていた。デーサービスの人もそこまではサービスできないのだろう。立ち去るときに、近くの障害者施設の人達がお遍路さんに渡してくださいと作った折り鶴を戴いた。地域の人たちとも交流のある好々爺である。私の靴の硬貨を見つけ、『どういう意味があるのか』と尋ねる観察力や好奇心も旺盛である。いつまでも元気に接待所を続けて欲しい。
松尾峠を越え、宇和島市内の今夜のホテルに荷物を預け、41番を目指す。ホテルに戻るには、17:05発の列車を逃すと、遅くなるので、ピッチを上げる。務田駅に向かう名古屋の人と少し話をした後、参拝を済ませ、務田駅に着くと、先ほどの名古屋の人も列車待ちをしており、再び話をする。昨日までツアーに参加していたが、今日から一人で歩き始めたそうだ。歩き遍路しては、気になるほどの容積である。重量もかなりありそうだが、自宅で何日もトレーニングしてきたから大丈夫と話す。それでも今日は電車を乗り間違えて43番.42番、41番と回ったそうだ。途中食べ物屋がなく、空腹に耐えかね、ようやく40番の門前で大盛りのソバを食べたそうだ。
ホテル近辺に手ごろなレストランがなく、宇和島駅近くのお好み屋に入る。女将が一人で切り盛りしているが、ほぼ満席である。関西のお好みはやはりおいしい。味と量に満足した。