バヤデルカ(レニングラード国立バレエ)

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04年1月28日(水)

東京文化会館

 

作曲: L.ミンクス

台本: M.プティパ,S.フデコフ
振付: M.プティパ (改訂:V.ポノマリョフ,V.チャブキアーニほか)
演出,改定振付: N.ボヤルチコフ

美術: V.オクネフ

指揮: アンドレイ・アニハーモフ  管弦楽: レニングラード国立歌劇場管弦楽団

 

ニキヤ(バヤデルカ): スヴェトラーナ・ザハロワ     ソロル(騎士): ファルフ・ルジマトフ

ガムザッティ: オクサーナ・シェスタコワ     大僧正: アンドレイ・ブレグバーゼ

ドゥグマンタ(ラジャ): アレクセイ・マラーホフ     マグダヴィア(苦行僧): ラシッド・マミン

黄金の偶像: ロマン・ミハリョフ     奴隷: イーゴリ・フィリモーノフ

太鼓の踊り: エカテリーナ・エフィーモフ, アンドレイ・マスロボエフ, デニス・トルマチョフ

マヌー(壷の踊り): タチアナ・クレンコワ     アイヤ: ユリア・ザイツェワ

ジャンペー(ヴァリエーション): オリガ・ポリョフコ, スヴェトラーナ・ギリョワ

グラン・パ: ユリア・カミロワ, イリーナ・コシェレワ, スヴェトラーナ・ギリョワ, タチアナ・ミリツェワ

3幕幻影の場ヴァリエーション: タチアナ・ミリツェワ, オリガ・ステパノワ, イリーナ・コシェレワ

 

ザハロワとルジマトフの『バヤデルカ』を見るのは3回目でした。1回目の感想はこちら,2回目はこちら。読んでいただくとわかりますが,まあ絶賛と言ってよろしいか,と。
で,今回はですねー,「楽しかったわ。全然感動しなかったけどー」という感じ。

なぜ感動しなかったかというと,要因の第一は,もっと大切なダンサーができた結果,「ルジマトフ=感動」という私の中の条件反射が崩れたことでしょうな。
そしてもっと大きい理由は,ザハロワが輝きまくっていて,私には全然ニキヤに見えなかったこと。
楽しくはあったからいいですけどー。

 

いや,正直言って,ザハロワには困惑しました。

踊りは,それはもう美しかったです。たいへんたいへん美しい。見事なプロポーションとよくしなる身体,腕も脚も首も優美でどこまでも伸びていく感じ。情感もあるし気品もある。プリマの貫禄と存在感もすばらしい。だから,彼女が悪かったわけではない。

でも・・・私が見たかった「身分違いの恋ゆえに死んでいく舞姫」じゃないんだわ。まるで「プライド高すぎが災いして死んでしまった女王様」に見えて,全然哀れをもよおさないんだわ。

たとえば,大僧正から言い寄られるシーン。
崇高な聖職者と信じていた人の邪な思いに対する驚きとか困惑は表現していたと思いますが,目上の人を拒絶しなければならないことへのためらいとか遠慮のようなものが全くない。「Нет!」の一言ではねつけるだけ,という感じ。ふーむ,どうやらここの神殿では大僧正より舞姫のほうが偉いらしいですなー。

それから,ガムザッティとの対決の場。
ソロルとの婚約を伝えられてまずショックを受けるという様子がなくて,いきなり反論するの。しかも,その様子が,なんというか「勝ち誇ったような」感じに見えるのですわ。ふーむ,どうやらここの国では藩主の娘より舞姫のほうが偉いらしいですなー。

いや,まあ,この辺はプリマの華だからよいとしましょう。哀れに見えても主役に見えなければ話になりませんし,それがあるからこそ,登場シーンなどでの「神に仕える崇高な身」という趣が出たのだとも言えますから。
でも・・・細かい話かもしれないけれど,細かいけれど全体の印象を左右する部分が,全然私の好みではありませんでした。

まずですね,1幕2場の奴隷のパ・ド・ドゥです。
これは,ニキヤが事情を知らないままに,神の代理人としてガムザッティの婚約に祝福を与える宗教的な踊りだと理解しているのですが・・・この最後に(祝福の象徴である)両手に持った花をぱっと投げたので唖然としました。
あのー,違うと思うんですけどー。この花ははらはらと落とすべきものだと思うんですけどー。これじゃせっかく自分で作ってきた宗教的な雰囲気ぶち壊しだと思うんですけどー。

そして,婚約式での踊りの始まり。
ここでのニキヤは舞姫として婚約を祝う踊りを強いられるわけですよね。ところがザハロワは,登場したとき実に派手にベールを脱ぎ捨てる。いや,ドラマチックで効果的はあるのですが・・・その効果というのが,(少なくとも私に対しては)もしや嫌がらせのため自分から婚約式に乗り込んできたのか? という印象を与えるもので・・・その結果ここから始まる哀切きわまりないソロ(←実に美しく見事)が,「あてつけがましい女だなー」と見えてしまいました。

 

で,一方のシェスタコワがまたすごい。

初めて見たころはソロルに夢中になってしまった世間知らずのお嬢さまだったのに,見る度に,ガムザッティらしいガムザッティというか,ソロルの気持ちなど眼中になくただ自分のほしいものを求める高慢なお姫様になってきている感じ。
これに関しては,「だから悪い」とは言えないと思いますが,初めて見たときの可憐なガムザッティがたいへん個性的で印象的だったので,「なんか普通になってつまんないなー」と思ってしまうのですわ。
でも,踊りに関しては,彼女,とてもよくなっておりますね。2幕のグラン・パでの安定した優美さと輝きはたいへん見事でありました。

えーと,で,どう「すごい」のかですが・・・ニキヤとの対決シーンも迫力がありましたが,まあ婚約式での笑顔が怖いのなんのって。ニキヤ登場の衝撃で突っ立っているソロルに落ち着き払って「どうぞ,こちらにおすわりになって」と勧めるし,蛇の件でニキヤに糾弾されたあとも,全然動じる様子なくソロルに向かってにっこり〜と微笑みかけるし。
うう,縦ロールのヘアスタイルも愛らしく,おとなしいお嬢さまにしか見えないだけに,とっても怖かったですー。

 

おかげで,ルジマトフ@優柔不断男に初めて同情できましたよ。気の強い女二人に挟まれてしまってこりゃ進退窮まるだろうなー,どっちを選んでももう一方にたたられそうだよなー,いや,結ばれたほうとだって幸せな生活は送れないんじゃないかなー,なんて。

でも,あとから考えたのですが,同情できたのにはもう一つ理由があって・・・ここまでのルジマトフがとてもおとなしい人に見えたからのような気がします。
というのは,この日の彼はなんだか地味だったのですね。よく言えば落ち着いた大人の雰囲気だったのですが,悪く言えばオーラが出ていないというか存在感が薄いというか。

冒頭の登場シーンなんて「え? なんで? 体調悪いの?」と思いましたもん。まあ,キーロフのポノマリョフ版や今回のボヤルチコフ版でのソロルの登場はそもそもおとなしめの演出ではあるのです。つまり,跳躍を見せたりしないで,王子登場シーンなどでよく見られるように,歩いて舞台に入ってくる。が,しかし,ルジマトフが演じれば,その登場は威厳と覇気に満ち,戦士というよりむしろ将軍の登場であることがすぐわかる・・・のが常だったのですが,この日は普通の主役の登場に見えました。

その後のニキヤとの逢引のシーンも,なんだかおとなしかったです。いつもは,翳のある容貌と切なげな感情の表出で悲劇の予感を作り出してくれるダンサーだったのに,(身長差が少なくてサポートが少々きつそうに見えたせいもあるかもしれませんが)恋を謳歌するザハロワに仕えているような感じで・・・。

いや,それはもう美しくはあったのです。一つひとつの動きやポーズがほんとうにていねいで柔らかくて美しい。「なんて美しい人なのかしら〜」とうっとりはしました。調子もよいようで,婚約式のグラン・パでのヴァリアシオンなどは,最近としては珍しいくらいの安定。かつての迫力や鋭さはないけれど,やわらかーく跳んでやわらかーく着地して,ほんとうに美しかったです。
でも,逆に言えば,美しく踊っているだけで,戦士らしくもなかったし,ニキヤとの刹那的な恋に賭けているようにも見えなかったわけ。いや,「だけ」ですませては申し訳ないくらい美しかったとは思うけれど・・・。

で,そういう,極端に形容すれば「きれいなだけのダンスール・ノーブルのソロル」風だったから,今まで見たときと違って,主君の命令に逆らえないとか,魅力的なお姫様に引き合わされるとそっちに傾いてしまうとか,そういう優柔不断も無理ないかなー,と思えたのかも。
もし,そういう効果を狙っていたとしたらまんまとルジマトフに乗せられたわけですが・・・うーん,どうなんでしょ。

 

さて,花篭の踊りを経て,蛇に噛まれたニキヤは大僧正に渡された解毒剤を手にソロルの視線を求めます。そして,ルジマトフ得意の「情けなく顔をそらす」の場。
いやー,ほんとにうまいよねえ♪ なんだってこんな演技がこんなに上手なんでしょー。タイミングといい身体全体から発する苦しげな雰囲気といい完璧だわ。何回見ても感心するわ〜♪♪

そして,ザハロワは薬を投げ捨てました。
私は3年前に彼女がやっていたようにソロルを求めて差し伸べた手から薬が落ちるとか,あるいは絶望して手から力が抜けて薬が落ちるとか,そういうほうが好きなのですが・・・去年新国立劇場で踊ったときも投げ捨てていたのよね,彼女。解釈が変わったのかもしれませんが,むしろ最後にニキヤが神殿を崩壊させる演出の場合は「恨みながら死んでいった」という演技を採用しているのかもしれませんねー。
・・・と分析して自分を納得させようとはするものの,やっぱりそういうニキヤは好きになれんよなー,まるで「私を拒むなんて許せないわっ」と憤死したように見えるよなー,とは思いました。

 

影の王国は美しかったです。

ザハロワは,ベールの踊りが元気がよすぎるのではないかとか言いたいこともあるのですが,そもそも影の王国の後半は音楽も勢いがありすぎるし振付もバレリーナのテクニックご披露だから,まあしかたないのでしょうねえ。ええ,見事でした。

一方のルジマトフは,この幕ではいつもの「ルジマトフ風」オーラも出ていましたし,長年培った芸風を全開で見せておりました。ルルベの多用とかアラベスクのバランスとか上半身を大きくそらす決め方とか・・・。
うん,やっぱり彼のソロルはすばらしい。美しいわ〜。彼こそ私の知る限り最高のソロルだわ〜。

一番「おおっ」と思ったのは,寝台から起き上がった直後,山の中腹でポーズをとるザハロワに合わせて,見事に同じポーズを見せたことです。こういうのは初めて見たような気がするんだけど・・・違うかな?
で・・・これは実は反則だろうと思います。ほんとうは悔いるように詫びるように頭を垂れるポーズをとるべき場面でしょ,ここ? ニキヤと同じポーズをとるのになんの意味があるわけ?? と,例えばこれがマラーホフやツィスカリーゼであったら私は文句を言うと思いますが,ルジマトフだから誉めることにします。すみません。
はい,それはもう美しかったです〜♪

ただ,この場面での二人の美しさは,それぞれが美しく踊っているという美しさで,二人の間の愛が感動を呼ぶような種類のものではなかったと思います。言い方を換えれば,私には二人の間に対話があったとは思えませんでした。
この版の演出からすれば,この場面は,ソロルが夢の中でニキヤの幻を見るだけだとも言えますから,それもいいのかもしれませんが,以前この二人で見たときは,確かに愛とか,あるいは後悔と許しがあったと感じただけに,今回そういう雰囲気が感じられなかったのは残念でした。

 

そして,ニキヤは去り,ソロルは結婚式へと向かいます。
この日,ルジマトフは,衣裳は着替える時間がないから影の王国と同じなのですが,なぜか2幕の白いターバンをかぶって登場しました。・・・これ,ヘンだよぉ,ファルフ。「式」だから改まってみたのかもしれないけれど,絶対ヘン。(泣) こんな中途半端なコト,お願いだから二度としないでね。

ええと・・・そのターバンの件とそもそもキーロフの青い衣裳だからガムザッティの真紅の衣裳との釣り合いが今一つなことを除いては,この場面のルジマトフはすばらしかったです。
魂は影の王国に置いたまま儀式に臨み・・・甘い音楽に乗せて,ニキヤもガムザッティも目に入らないまま身体だけは段取りにしたがって動き・・・そして,ついに我に帰る・・・。この後の神殿崩壊のことはさておき,ここまでのルジマトフを見せてくれるだけでボヤルチコフ版はすばらしいっっ♪ と誉め称えたくなりますわ〜。

ザハロワも非常によかったです。今回の彼女については「女王様」すぎるのが気に入らなくて↑で延々と文句を言っているわけですが,この場面に関しては,「復讐の女王」になってもらって結構なわけです。美しい動きと存在感で見事だったと思います。

結局,私にとって今回の舞台は,愛の物語としての感動はなかったですが,ルジマトフを鑑賞するという意味ではもちろん楽しめるものでした。
ザハロワは期待とは違っていたけれど,単に私の好みとは違う風に成長してしまったというだけで,3年前よりずっと立派なバレリーナになっていたとは思いますから,ま,しかたないですよね。

 

印象に残るのはブレグバーゼの大僧正。このバレエ団での上演の度に見ていますが,以前よりずっとよかったです。
「老いらくの恋」というにはもう少し若いですが,とにかくニキヤのことだけ考えているんですよね。ほら,ニキヤが死んだのになぜ平然と結婚式を執り行うのだ? って言いたくなる人もいるじゃないですか。でも,この人は,ひたすらニキヤに執着している。結婚式への行進のときもニキヤの死を嘆いている雰囲気だし,最後に一人生き残った場面も,残った神の火を求めてそこに現れたのではなく,白い一筋の布となって昇天したニキヤを追ってここに来たのだなー,という感じの演技でした。この場面の大僧正の行動に納得できたのは,今回の彼が初めて。(まあ,だからと言って,この版の結末に納得できたわけではないですけどー)

それから,太鼓の踊り(インドの踊り)の3人がよかったです。特に,エフィーモワのパワフルさが印象に残ります。
黄金の偶像はミハリョフでしたが,さすが跳躍が高いですねー。もっと決めてほしいと思うところもありましたが,私は王子よりこういう役のときの彼のほうが好きです。

「困ってしまいました」なのは,ソロルの部下たち。私は気付かなかったのですが,コール・ドではなく主役級のダンサーたちが出ていたそうで・・・そのせいでしょうかね,なんだって各自勝手な方向を向いて各自勝手なタイミングでお辞儀(あ,例のこの作品特有のお辞儀ね)をするのだ? という感じでした。

今回は,影の王国がコール・ドもソリストもとてもよかったです。
静謐な動きで坂を下りてくる幻想的なコール・ド・バレエはまさにソロルがアヘンで見た幻の場面への導入としてすばらしかったですし,ソリストも3人とも白いバレエにふさわしい美しさ。堪能させていただきました〜。

(04.2.13)

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