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ラ・バヤデール

(新国立劇場バレエ団)

象のイラスト

03年2月22日(土)・23日(日)・3月1日(土)・2日(日)

新国立劇場(オペラ劇場)

 

振付: マリウス・プティパ  改訂振付・演出: 牧阿佐美  アドヴァイザー: ボリス・アキモフ

作曲: レオン・ミンクス  編曲: ジョン・ランチベリー

指揮: エルマノ・フローリオ  管弦楽:東京交響楽団

舞台美術・衣裳・照明: アリステア・リヴィングストン  照明: 磯野睦

   2月22日  2月23日  3月1日  3月2日
ニキヤ 酒井はな スヴェトラーナ・ザハロワ 志賀三佐枝 宮内真理子
ソロル 山本隆之 イーゴリ・ゼレンスキー 森田健太郎 小嶋直也
ガムザッティ 真忠久美子 西川貴子 柴田有紀 西山裕子
ハイ・ブラーミン
(大僧正)
ゲンナーディ・イリイン 佐藤崇有貴
マグダヴェヤ   吉本泰久 奥田慎也 吉本泰久
黄金の仏像 マイレン・トレウバエフ 吉本泰久 グリゴリー・バリノフ マイレン・トレウバエフ
トロラグヴァ カール・テーラー 市川透 カール・テーラー
ラジャー(王侯) 佐藤崇有貴 ゲンナーディ・イリイン
アイヤ 堀岡美香
ジャンペの踊り 大森結城,前田新奈 遠藤睦子,斉藤希 大森結城,前田新奈
つぼの踊り  湯川麻美子 中村美佳 寺島ひろみ 寺島まゆみ
《パ・ダクション》
ブルー・チュチュ
川村真樹,楠元郁子,鶴谷美穂,丸尾孝子
《パ・ダクション》
ピンク・チュチュ
遠藤睦子,高橋有里,斉藤希,大和雅美 遠藤睦子,高橋有里,西山裕子,鹿野沙絵子 遠藤睦子,高橋有里,斉藤希,大和雅美
《パ・ダクション》
アダジオ 
陳秀介,奥田慎也 陳秀介,マイレン・トレウバエフ 陳秀介,奥田慎也
《影の王国》 
第1ヴァリエーション
前田新奈 高橋有里 中村美佳
《影の王国》  
第2ヴァリエーション
湯川麻美子 遠藤睦子
《影の王国》  
第3ヴァリエーション
大森結城 島添亮子

2月22日

思い出してみたら,酒井さんの全幕を見るのはなんと2年ぶりだったので,自分でもびっくり。初演のときももちろんニキヤを踊っていますが,私は見ていません。
烈しいニキヤだろうな,と予想していたのですが,優しく哀しいニキヤだったので,かなり驚きました。(そして,ちょっとがっかりしたりして)

各場面の雰囲気をそれぞれ表現していてよかったですし,技術的にも安定していました。特に,登場して最初のソロとか,2幕での悲しみのソロなどの抑えた感じが美しかったです。
それから,1幕の逢引シーンの幸福感がよかった♪ 山本さんとの全幕は初めて見たのですが,パートナーシップがいいですね〜。

 

山本さんは,こういう幸福な恋の雰囲気を作るのが上手なダンサーだなー,と感心。ただ,全体に「おぼっちゃんの不始末」の雰囲気とでも言いましょうか,ノーブルさが足りないので,後半,特に「影の王国」はあまり似合わないような・・・。でも,去年『白鳥』や『ジゼル』で見たときよりきれいに踊るようになっていたかな。3幕冒頭の悲嘆と苦悩の踊りの迫力には「おっ」と思いました。
(たぶん)初役ですし,立派な舞台だったと思います。

 

真忠さんは,1幕がとてもよかったです。
プロポーションがいいので,黄色(オレンジ色?)の長い衣裳がよく似合っていました。気が強そうな美人で華もあり,箱入りのお嬢さまの雰囲気。悪気はないんだろうけど,自己中心的なので,わがままで周りに迷惑をかけまくる困ったお嬢さんっていますよねえ。そういう感じ。ニキヤとの対決シーンも迫力があって上手でした。

2幕の婚約式は,なぜか登場から地味な雰囲気。ううむ・・・プロポーションがよすぎて,チュチュがあまり似合わないのかな・・・? 調子がよくなかったのか,技術面もかなり物足りなくて残念でした。

 

2幕,ニキヤのソロの間,山本さんのソロルは「落ち着きがない」系の演技なのですが。なんだか「以前の恋人が出てきて現在の恋人に対して後ろめたい」風に見えました。違和感はありますが,「ニキヤが気の毒」感が増すので,これも悪くないかも。

そして,毒蛇に噛まれた後の酒井さんのニキヤは,やはり抑え目の演技で,ガムザッティを指弾するというより,ことのなりゆきが信じられない様子。最後は,ソロルが顔を背けるのを見て立ち尽くし,その手から解毒剤が転げ落ちる・・・。

3幕の後半は,酒井さんはかすかな微笑を浮かべて踊っていたように見えました。プログラムによると,この場面,ソロルは「至福の時を過ごす」ということなので,それにふさわしかったとも言えますし,ニキヤはソロルを許していたのだろうとも思えました。

ふーむ,ほんとうに許したということなのか,それともソロルが夢の中で自分に都合よく許してもらっただけなのか・・・と考えるうち,場面転換。結局,どっちかなー,と悩むうちにニキヤは一人高みに去り,ソロルは取り残されて舞台は終わってしまいました。
ちょっと消化不良だわ。いや,ダンサーのせいではないです。理屈にこだわる私がいかん。

 

2月23日

ザハロワさんは,たいそう美しかったです。
信じられないくらい長い手脚と首,驚異的な柔軟性と溢れる情感・・・。
巫女の気高さ→恋する乙女→ガムザッティとの場面の激情→悲恋の悲しみ→花篭を渡されての喜び→ソロルへの絶望→純粋のバレエ・ブラン→崇高な昇天 と,それぞれの場面がそれぞれ見事でした。

去年レニングラード国立で見たときに,大僧正を拒む場面やガムザッティとの対決シーンがエラソーすぎたので,新国立のダンサーとではさらに・・・と懸念していたのですが,その辺りは抑え目にして,「身分の低い舞姫」をきちんと見せていたので感心しました。

一番おおっと思ったのは,マグダヴェヤから逢引の手はずを伝えられた瞬間の表現力。それまでの宗教的な感じから一瞬にして恋する乙女に変わるのが,2階席でオペラグラスを使わないで見ていても,はっきりとわかりました。

 

ゼレンスキーさんは,怪我で昨年2月の『白鳥の湖』客演をキャンセル,その後もほとんど舞台に立っていなかったので,本当に出演するのか心配していたのですが,無事,予定どおりに踊りました。
見るのは前回のキーロフ公演以来だから,2年半ぶりかな。

少しやせてしまったみたいだし,負担の大きそうなリフトは全部省略,2幕のソロは抑え目で,まだ本調子じゃないのかなー,とは思いましたが,3幕はほとんど以前と同じくらいの踊りを見せてくれました。以前の豪快さよりは柔らかさが勝る感じでしたし,ソロルというより「テクニックご披露」っぽくもありましたが,きれいでした。

表現的には,キーロフのときと同様の純愛一直線♪
1幕で,(セットが違うからやりにくそうだったけれど)神殿の石段を駆け上がってくれたので,「そうそう,これよっ。これが見たかったのよっ」と喜んでしまいましたわ。

 

西川さんは,ミルタなど「気の強い」系の役が多い方ですが,意外にも奥ゆかしい令嬢風でした。
ガムザッティにしては華がないというか・・・。この役に求められる「世界は自分中心に回っている」と信じて疑わないお姫さまらしさが不足していたような気がします。相手(?)が今をときめくザハロワさんというのもなかなかつらい。
婚約式のグラン・パも,破綻はありませんでしたが,彼女にしては今ひとつかな。硬くなっていたのかもしれません。柔らかさや華やかさが足りなくて,残念でした。

でも,4人のガムザッティの中で彼女だけが,この人はほんとうにソロルを愛しているんだなー,と思わせてくれました。
別れてくれとニキヤに頼み込むシーンの必死さは感動的で,こちらを応援したくなりましたし,2幕でニキヤが踊っている間,黙ってソロルを見つめる不安げな表情もよかったです。

全体としては,引っ込み思案で奥手のために嫁き後れたお嬢さんが,憧れの人と結婚できる喜びに浸った次の瞬間,実はその人には美しい恋人がいると知ったような感じ。
新国立の演出では,ラジャーがガムザッティにソロルの肖像画を示すシーンはありませんから,きっとこの人は,宮殿の式典でソロルを見初め,見かける度に想いが募り,ついには勇気をふるって父親に結婚させてくれと懇願したのではないかしら,と勝手に話を作ってしまいましたよ。

 

2幕でニキヤの踊りを見ているソロルは「主君の命には逆らえないが,想いはニキヤの上にある」感じで,非常にいごごちが悪そう。花篭が持ち出されると席を立つなどして,上手な芝居でした。
が,しかし,解毒剤を手にしたニキヤに見つめられたときは・・・何もしないで顔を強張らせて彼女を見ていました。

おいおい,なんか演技しろよ,突っ立っていてどうするんだ??? と心配していたらですね,ニキヤが,なすすべもなく自分を見ているソロルに絶望して(というより,「匙を投げた」とか「怒り心頭に発した」ように見えた)自暴自棄になったかのように,すごい勢いで薬を投げ捨てたので,ひぃえー,びっくりしたわぁ。

いやはや,すっごい気の強いニキヤですねー。キーロフやレニングラード国立のときと全然違うわ。
そういえば,1幕で首飾りを押し付けられたとき,ガムザッティに向かって首飾りを投げつけていましたっけ。ふーむ,今回はそういう役作りであったのか・・・。

確かに,目の前でこういう死に方をされては男のほうはたまりませんね。死んだニキヤを抱きしめることもできずに,この場から遁走したのも無理ないですし,3幕の冒頭の憔悴ぶりも頷ける。アヘンにでも逃げないことには,あのときのニキヤが目の前にちらついて耐えられないかもしれないなー。

というわけで,非常に説得力がある2幕の幕切れでした。
ただ,その結果,なんだかソロルのほうが気の毒になってしまって・・・最後に死んでしまうのは不当な感じもしましたね。う〜む,難しいものだ・・・。

 

3月1日

志賀/森田は初演に続いての登場ですが,私は今回初めて見ました。

志賀さんは,すばらしかったです〜♪
登場シーンと最初のソロを見たときは,たいへん失礼ながら美人とは言えませんし,それほどプロポーションにも恵まれていないので,ラインの美しさを必要とするニキヤ役には向かないかも,と思ってしまいましたが,その後は,ぜーんぶよかった。

まず,大僧正とのシーン。途中で一瞬,受け入れようかと心が揺れる感じを見せたので,とてもびっくりしました。こんなの初めて見たわ〜。
うん,そうか,ソロルへの恋心といい,ガムザッティへの対応といい,決して神に忠実なだけの舞姫ではないものね,と納得。

そして,次のソロルを想ってのソロが見事でした〜。
音楽への合わせ方(ずらし方?)が上手で,控えめなアクセントになっているのがとてもすてきで,純粋な恋の喜び。
それから,花篭の踊りもよかったです。激しく表現しすぎないで,楚々として踊るので,束の間の喜びの中に不吉な影がさす感じでした。

3幕は,愛とか許しとかは持ち込まないで,ソロルの夢の中の純粋なバレエ・ブランとして踊っていたみたいです。哀しげな曲は哀しげに,明るい曲は明るく,見事なテクニックで表現していました。
水晶のような透明で硬質な輝き。リリカルで,とってもきれいでした〜。

 

森田さんは・・・すみません,印象が薄いです。
サポートは上手。ソロは私には物足りない。演技は悪くはなかったですが,特にこれといったところも・・・。あ,ニキヤが(最初に)倒れたときに思わず駆け寄ろうとして,ラジャーに止められるところの芝居は,彼が一番上手でした。

 

柴田さんは,お高く止まったお嬢さま風。ニキヤとのシーンも権高な感じでよかったです。
婚約式のグラン・パも,よかったと思います。彼女の踊りはかっちりしすぎていて,私の好みではないのですが,4人のガムザッティの中で一番安定して踊っていましたし,森田さんとのパートナーシップもよく,婚約式の華やかさが感じられるパ・ド・ドゥでした。
それから,ニキヤのソロを見ているときの,「おほほほ,身分の違いを思い知ったか」的な表情が,意地悪そうでとてもよかった。ガムザッティは適役ですねー。

 

2幕の最後は,ソロルが顔を背けてニキヤは衝撃で薬を落とすというもので,22日と同じパターン。タイミングの点で,ここは酒井/山本のほうがドラマチックに盛り上がったかな。
森田さんは,「誠実すぎて板ばさみ」のソロルをやりたかったのかなー,と思うのですが,それにしてはニキヤが踊っている間,落ち着き払いすぎていたような・・・。(←ルジマトフ症候群)

3幕は,↑に書いたように,純粋な美しい場面でしたから,話の筋に関係ないですね。そこを飛ばして話は続くということで,要するに,裏切り男に天罰ですねー。めでたし,めでたし。(←ちょっと違うか?)
志賀さんのニキヤは,坂の途中から優しくソロルに微笑みかけていましたから,彼女は許してはいたのでしょうが,神は許さなかった,といったところでしょうか。

 

3月2日

宮内/小嶋/西山は,初演と同じ組み合わせ。そのときも見ています。(感想はこちら

宮内さんは,とてもよかったです。
初演のとき同様,神に仕える聖女の趣。大僧正を拒むシーンの潔癖な感じや,ガムザッティへの毅然とした感じなど,とてもすてきでした。
でも,色気はあるのよね〜。大僧正が劣情を起こすのも,ソロルが夢中になるのも,そしてガムザッティが冷静さを失うのも,そりゃもっともだよなー,と思いました。

3幕は,すごかったですー。
割合淡々と踊る方だという印象があったのですが,西山/小嶋のお世辞にも誉められないパ・ド・ドゥを見て自分がなんとかしなくてはと思ったのでしょうか,かつてない気迫を感じました。技術的には安定していますし,悲しみの象徴のような雰囲気。気高さも感じられ,たいへんきれいでした。

 

西山さんは,腕も脚も首もほっそりとしていて長く,いかにも身分の高いお姫さま。しかも,愛らしい美しさですから,ソロルが一目で心変わりするのに,たいへん説得力がありました。

ニキヤとのシーンは,「ほしいんだもん,絶対ほしいんだもん」という風情。身分の低い女に撥ね付けられたのが,全く信じられず,受け入れることもできない感じ。怒りに燃える様子が,とても怖くてよかったです。

婚約式のグラン・パは・・・よくなかったですが,それは,小嶋さんのサポートが悪かったせいで,そもそもは彼女の責任ではないだろうと思います。ただ,彼女のほうも動揺して不安定になったみたいで・・・2人でポーズを決める度に(いや,「決まらない度に」と言うべきか←口が悪くてごめんなさい)はらはらさせられましたし,ヴァリアシオンにも影響したみたい。(失礼かもしれませんが)気の毒でした。

ニキヤが踊りの途中で,ソロルがガムザッティの手をとって口づける瞬間を目撃してしまうシーンがあります。ここの場面でのガムザッティは,ソロルなど見ないで,ニキヤの反応が気になる様子。ソロルを愛しているというよりは,自分の邪魔をする者(というより,彼女にすれば,自分のモノを盗んだ者なのかも)が許せなかったということでしょう。なるほどー。

 

小嶋さんは,不調だったのかもしれません。
(単なる印象なのでうまく説明できないのですが)跳躍や回転が軽すぎる,と言えばいいのかな,12月の『くるみ割り人形』のときに比べると迫力がなかったです。それでも,必要十分以上に美しくはありますが,私が見せてもらうつもりだった「これぞ戦士」の踊りとは少し違っていたような・・・。(←要求過多?)

3幕の最後のマネージュでは転倒もありました。私はファンだから,怪我したりしなかったかだけが心配で,あとは「あらま,猿も木から落ちるというコトだわね〜」とか「あとの処理がかっこいいわっ,すてきだわっ」とか暢気なことを言ってすませますが,舞台全体として見れば,あそこで転倒されては肝心のところで盛り下がるわけで,やってはならんコトですよねえ。(とほほ)

もっと問題なのは,パートナリング。西山さんとは↑に書いたありさまですし,宮内さんとも,タイミングが合わなくてリフトが中途半端になったところがありました。
初演のときもこの方面は非常に問題ありで,今回はそれよりはマシだったなような気はしますが,「マシ」程度では困るわけで・・・。パ・ド・ドゥ・ダンサーとしては今回も及第点はつけられない。(うう,書くのがつらいわ)

あ,でも,感心したサポートもありました。
1幕のデュエットの最初のほうに,下手側にいるニキヤをくるっと回しながら,一瞬のうちに自分の身体の上手側に持っていくリフトがありますよね。あれは,彼が一番上手。うわ,このリフトって,こんなに高く上げられるものだったのか,とちょっと驚きました。

表現面はよかったです。初演のときより明らかに上手。
1幕で,周りに対して威厳十分に振る舞っているときと,彼らを去らせて1人になってニキヤを想うときの身体の表情の落差には感心しましたし,ニキヤとのパ・ド・ドゥも,性急な恋の雰囲気が出ていました。3幕の苦悩の表現もさらに上達。

それにしても,結婚を命じられて暗い表情だったのに,ガムザッティがベールを外した瞬間,その美しさに驚愕して(大きく一歩下がった・・・笑),いきなり夢中になってしまったのにはまいったわ。
わかりやすい! わかりやすすぎる!! あっけらかんとした浮気男!!!

そして,とても美しかったです〜。
バレリーナが踊っていて男性はただ立っていても差し支えないようなときでも,いつも自分の身体の線とパートナーとの位置関係に気を配って,優美な動きとポーズを見せてくれたのには,とても感激しました。あそこまでしてくれる男性ダンサーはそういない。

だから,あれだけ見せてくれれば,跳躍の着地ミスはどうでもいいようなものだけれど・・・でも,パートナリングがあれだけ不安定だったのは,どうでもいいとは絶対言えない・・・。(しくしく)

 

ソロルは,婚約式の場にニキヤが登場した瞬間は少し動揺したようでしたが,その後は平然として彼女を見ていました。しかし,花篭が持ち出され,踊りが恋の喜びに変わると,さすがにこの不実な男も平気ではいられない様子。ニキヤから目をそらし,固い表情で視線を下に向けてしまいます。

そして,ニキヤが蛇にかまれると,驚愕して立ち上がり,駆け寄りかけますが,ラジャーに止められる・・・でも,止められたからというよりは,自分で踏みとどまったように見えました。ニキヤへの気持ちは冷めきっていたということなのでしょうか。
ソロルはそのまま身体を客席のほうに向け,再び視線を落として能面のような無表情を作り,そして,2度とニキヤに目を向けようとはしませんでした。

ニキヤは解毒剤を手に,希望を探すかのようにソロルを見つめますが,彼は背中を向けたまま。ニキヤの顔に諦念が浮かび,手から薬が落ちます。彼女は倒れかかりますが,苦しい中で,ソロルに両手を差し伸べる・・・。しかし,その時もソロルは彼女を見ない。彼女の目に映ったのは,全身で自分を拒絶する彼の氷のような意志だけ・・・。
そして,ニキヤの死・・・。

びっくりしました。こんなの見たのは初めて・・・。

初演のときは,(たしか)今回劇場のダンサー2組がやったタイプの芝居でしたから,違うのに驚いたこともあるけれど,そうでなくても驚いたと思います。
だって・・・死んでいくニキヤを一顧だにしないソロルって・・・すごく残酷ですよね。これくらい哀れなニキヤというのも滅多にないと思います。

そして,そういう表現を小嶋さんがしたのにも驚きました。で,けっこう似合うんだわ,コレが。(うふふ)
役の解釈で彼に驚かされる日が来るなんて〜♪♪♪

もっとも,そういうソロルが,ニキヤの死に驚愕してその場を逃げ出し,その後はひたすら後悔するというのはいささか妙な気もしますわね。
小嶋さんは「振り払っても振り払っても,ニキヤの怨嗟の声が聞こえる」風でしたから,恋人を裏切ったことを悔いるというよりは,人を死に追いやった良心の呵責に耐えかねた,ということなのでしょうが・・・承知の上で自分で選択したのではないのか?? と言いたくもなる。
ふーむ,やはりなかなか難しいものです。

3幕には愛はなかったと思います。ニキヤは悲しみを踊り,ソロルは悔恨を踊る。でも,対話はなかったですね。それは,初演のときも同じ印象でした。2幕の幕切れの芝居と新国立版の最後の演出からすれば,それもいいだろうと思います。
前回と違って,2人ともレベランスのときも笑わなかったのが嬉しかったですー。(だって,にこにこするような場面じゃないですよねえ。←これもルジマトフ症候群

神殿の崩壊後,現れたニキヤは艶然と微笑みます(宮内さんがあんな妖艶な笑顔を持っていたとは!)。
ソロルはそれに誘われて彼女を追いますが,彼を待つのはみじめな死。あのニキヤの笑顔は,実はソロルを死に誘うためのものだったのかもしれません。
それは,セイレーンのような存在。美しい死神・・・。

うん,この日のソロルは,(心変わりの演技が通俗的ではありましたが)許し難い非道な男なわけで,ニキヤが恋人を許して微笑んだと考えるよりは,こっちのほうがドラマチックだわ〜。

 

主役以外のダンサー

大僧正は,佐藤さんの色気がある悪役がお気に入り♪ イリインさんは,初演のときより存在感が出て,演技も上達していました。
ラジャーは,同じく佐藤さんとイリインさん。佐藤さんはちょっと若すぎる感じでしたが,イリインさんはお似合い。彼もまだ30台前半だと思いますが,西洋人は,老けて見えるから(←誉め言葉です,念のため)貴重な人材だわ。

マグダヴェヤは,踊りは吉本さんのほうがキレますが,演技は奥田さんがよかったです。要所で役割があるのですが,動きが大きいので,それまで他のダンサーのほうを見ていてもふと目を惹かれる。大事な伏線を見逃さなくてすんで助かります。名演でした。

それから,市川さんのトロラグヴァが上手でした。特に,森田さんの日の,神殿前でソロルを必死に引き止める芝居がよかったですー。

 

婚約式の踊りは,ピンク・チュチュの4人がよかったです。軽やかだし,婚約式の華やかさもありました。

黄金の神像については,吉本さんが一番きれいに決まっていたかな。バリノフさんは意外にもキャラクテール色が濃い踊り方。トレウバエフさんは,22日は空中姿勢が終始不安定で「どうしちゃったんだ?」と心配しましたが,最終日はきちんとしていました。

私はつぼの踊りはたいして好きではないのですが(それより,太鼓の踊りを入れてくれー),湯川さんはチャーミングでした。彼女は1幕の舞姫の中にも入っていましたが,手の動きに艶があってすてき。

 

影の王国のコール・ド・バレエはよかったです。
一人ひとりの上体がもう少し伸びるともっときれいなのではなかろうか,とは思いましたが,腕の曲げ方や脚の上げ方の角度,坂や舞台上で折り返すときの身体の向きまで揃っていて,きれいでした。

ソリストの中では,後半に第3ヴァリエーションを踊った島添さんの柔らかでていねいな感じがすてきでした。ただ,3人で踊るところは彼女だけ踊り方が違っていたみたいで・・・彼女のほうがきれいに見えるのですが,浮いているとも言える・・・。うーん,どう考えたらいいのかしら?

それから,ソリストの多くが笑顔で踊っていたので,非常に気になりました。「影」らしくないと思うんですけどー。(←またルジマトフ症候群)

 

演出など

「聖なる火」の位置が,舞台下手寄りから正面に変わっていました。ニキヤがまっすぐに進んでくるほうがよかったような気もしますが,ニキヤによって,直進してから鋭角的に回る,最初から弧を描く等あって,これはこれで興味深いかな。
それから,1幕での僧たちが増員。6人から10人になっていて,宗教的な感じが増していてよかったです。

初演のときは気にならなかったのですが,ニキヤとガムザッティの対決シーンは,少し音楽をはしょって編曲しているのでしょうか。レニングラード国立版などを見慣れていると,話の進行が速すぎて,ちょっと物足りない感じがしました。たとえば,ニキヤの美しさにショックを受けてから,腕輪を外して与えようとするまでが忙しすぎるなど。
ニキヤが大僧正を拒むシーンも少し短いのかもしれません。こちらは物足りないとは思いませんが,冠を差し出すのはこんなに早かったっけ? とは感じたので。

 

2幕では,ニキヤの花篭の踊りが上演されました。初演のときは,もっと哀切な感じの短い曲で,静かな動きでしっとりとソロルへの想いを踊る感じだったのですが。

そもそも,花篭の踊りは元気がよすぎて多少違和感を感じることもある踊りですから,前回の演出も悪くなかったように思いますが,そうねえ・・・つかの間の幸福感があったほうがその後の悲劇性が強まっていいのかな。
何より,有名なソロですから,やっぱり上演したほうがいいのかも。

ソロルの遁走は,二枚目役の皆さんには気の毒なようではありますが,やはりなかなか面白い。
ただ,装置や人の配置が混雑しているせいか,舞台から一直線に走り出られないで減速せざるを得ないのは,改善できないのかなー,と思いました。(配置は変わっていないようには思うのですが,初演のときのほうが迫力があったような?)

 

今回は,演奏テンポが初演より速かったのかもしれません。(音楽を聞く耳がないので,よくわからない)

特に,3幕のベールの踊りについては,ザハロワさんの舞台を見たキーロフファンから悪評が山のように。
まあ,たしかにキーロフ版やレニングラード国立版の趣とは全然違った感じで・・・踊れていないというか,彼女本来の踊り方ができない速度だったでしょうねえ。バレエ団の3人は大丈夫でしたから,ゲストの選定を間違ったということになりますが・・・でも,彼女に合わせて演奏したほうが,彼女の魅力が堪能できて,観客にも親切だったろうとは思います。

最後のシェネは,明らかに速すぎのように思います。志賀さんは見事に踊っていましたが,ほかの3人は,勢いでこなしている感じでした。そもそも,3幕の最後のほうは,音楽が盛り上がりすぎて話の趣旨とそぐわないといつも思うのですが,新国立では,ソロルから逃げていくからあんなに速いんですかねー?

 

一番困惑したのは,幕切れでした。初演のときは,ソロルは最後死んだように見えたのですが,今回は,坂の上り方が元気すぎて,死んだのか単に置き去りにされたのかよくわからない方が続出。(というより全員)
ダンサーの演技の問題だったのかもしれませんが,もしかすると,音楽が速すぎるから,それに合わせてダンサーも勢いよく動かないと間に合わないというコトだったのかもしれません。

それにしても,ゼレンスキーさんが瓦礫を軽快に跳び越えたのには唖然としました。ゲストで演出に慣れていないとはいえ,神殿の下敷きになっていたのを忘れるようでは言語道断ですよぉ。
あ,それから,彼の衣裳が自前だったのもよろしくないと思いますです。

 

全体

初演のときは感激しまくったわけですが,今回は,さほどではなかったです。小嶋さんが絶賛しかねる舞台だったこともありますが,それは前回もそうだったから,見る側が落ち着いたということでしょう。定番の演目になったわけで,けっこうなことではありますね。

4組全部見ることができて,とても楽しかったです。
うん,『ラ・バヤデール』ってやっぱり面白いわ〜。

(03.3.8)

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象のイラストは,素材サイト「阿那含印度材」から頂きました。