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 想像していた口付けとは随分と違う、女と遊ぶのに使ったに違いない情熱的
な舌先が僕のかさついた唇をなぞった。
 「受け入れて貰えて、嬉しいよ」
 「両思いついでに、家に返しちゃくれなーか?必要なら毎日でも壬生の家へ
  通うし。雰囲気が出ないって言うんなら、ここへ……どこだか知んねーけど
  ……来てもいいからよ」
 「すまないね。その程度じゃ駄目なんだ。僕を満足させるためには」
 最初から自分の申し出が通るとは思っていなかったらしい。
 はいはいと呆れたように数度頷かれる。
 「じゃ、今日はこれから早速天国ですか?」
 薄手のセーターの裾が持ち上げられて、汗ばんだ掌が僕の腹にひたりと吸
い付く。
 「時間は腐るほどあるんだから。せっかちなのは嫌われると思うけど?」
 本気でその気にはなっていない蓬莱寺さんの腕をするりと抜けて、部屋の隅
に備え付けてある棚の中から、目も覚めるようなドラゴンブルーの瓶と水差し
を手に蓬莱寺さんがあぐらを掻いているベッドへと戻る。
 乾杯に使うビールグラスほどしかない大きさのコップの中に、瓶に入ってい
た液体を全て注ぎ、コップの縁ぎりぎりまで水差しの水を淹れた。
 掻き混ぜずとも、ゆったりとした模様を描きながら鮮やかに染め上げられた
液体の半分ほどを嚥下して、残りを蓬莱寺さんに手渡す。
 「これって?」
 「極々軽いものだけれどね。ソノ気になる薬」
 拳武館特製の媚薬。
 こんなものにまで手を染めているのには呆れ返るが、SEXの最中に無防備
になる人間が多いのは仕方ない。
 暗殺に都合の良い状況を作るためだけに、幾度となく使った薬の効果は良く
知っているつもりだ。
 「こんなんなくても、大丈夫だと思うけどなー」
 眉を顰めながらも、綺麗に飲み干してコップを戻してくる。
 「うわ!何これ即効性?」
 ぐらりと大きく傾いだ蓬莱寺さんの身体が、ベッドの上に倒れ込む。
 「すっげーぐらぐらする。うわー頭が無茶苦茶」
 「そこまで即効性じゃないんだけど。相性がいいのかもしれないね」
 免疫のない人間にはたまったものじゃないだろう。
 すぐに襲い掛かってこない辺りは紳士なものだ。
 「……どの辺が軽いお薬なんでございましょ?うわーとにかく出したい」
 「出すんなら、入れてからにしてもらわないと」
 慌てる僕を、珍しいものでも見るようにまじまじと見つめた蓬莱寺さんは、
ふわあっと笑って。
 「壬生が、そんなに俺を欲しがるって嘘みてー。いやー。なんつーかーこう。
  良いもんだなー」
 と、のたまって下さった。
 自分の状況がちっとも分ってはいない蓬莱寺さんが、可哀相でも有り、おか
しくも有り。
 僕はたぶん、蓬莱寺さんが一度も見たことないだろう類の微笑を湛えたまま
で、そっと瞼に口付けた。

 「壬生、壬生!ああ、もう駄目だって、どうしてそんなにきゅうきゅう締まるん
  だ!つ、あ。出るっ!」
 吐精されるのと同時に、こめかみがびくっと脈打つ。
 無駄に勘繰られないように龍麻に抱かれた身体で、蓬莱寺さんを受け入れる
のが、だんだんと辛くなってきている僕は、それでも彼の背中に爪を立てる。
 幾度となく繰り返される狂気めいたSEXは、蓬莱寺さんを確実に壊してい
るようだ。
 「悪りィ。こんとこ全然もたねーな」
 「続けてすれば、少しは長くもつようになるんだけど」
 一度も抜きもせず、もう三度ほど果てているのに、突かれている時間はどん
どんと短くなってゆく。
 比例するように、復活する時間も早くなっているのが凄まじい。
 薬など、最初の一度だけしか使っていないはずなのに。
 何の娯楽も気晴らしも与えず、僕を抱くことだけを強いていたら、こうなっ
てしまったのだ。
 僕を楽しませるためだけの、意思を持った玩具。
 長く揺さぶられているよりも、短く、数をこなされる方が鋭い快楽を引き出
すことを覚えたのだろうとしかいいようがない。
 何時間も僕の意識が遠のくまで、繰り返し抱いて。
 十回吐き出しても、萎える事がない肉塊。
 「でも、ほら。もう元気だし?」
 ずっと身体の奥底が突付かれる。
 焦らすような腰の動きは、僕が教えたものだとはいえ、つぼにはまってしま
って、堪えようとしても甘ったるい溜息が零れてしまう。
 「ん、気持ち良いか」
 「ん、気持ち良いよ」
 「ああ、その顔だ。本当に感じてくれてる顔。良いねー。好きな子が自分の
  ナニで可愛くなってくれるってーのは」
 正常位で、深く繋がったままの状態で覗き込まれる。
 まるで恋人同士か何かのように、優しく頬をなぞる指にどこか違和感を感じ
ながらも薄く目を開けた。
 「目、開けるんなら繋がってるとこでも、見とくか?」
 「趣味、悪いと思うけど」
 「そっか?俺は興奮するけどな。出して入れて出して入れて出していれて。
  確かに壬生と繋がってるんだなーって。実感できるからよ」
 言う側から、華やかに笑いながらも腰が振られる。
 嫌がっても許してはくれない腰の動きは、龍麻との行為よりも激しい。
 「ん!あああ、あ」
 イイ所ばかりを狙われて、意識が飛びかけた時。
 ぴたりと腰が止まる。
 「やあ!」
 欲しがって首に手を回せば、掴まれた手首ごとシーツに縫い付けられた。
 「蓬莱寺、さん?」
 嫌な予感がして、彼の視線を辿れば。
 「ああ、それか」
 太ももの裏側に小さいけれど、きつくつけられた赤い痕は無論龍麻の手によ
る。
 「どうして!俺だけじゃ駄目なんだよ!」
 置いていかれた子犬のような目をする蓬莱寺さんに、冷ややかな努めて声音
で答えた。
 「まだ、君だけじゃあ、役不足。ということだ……そんな風に責められても
  困るね」
  腰を引き、縋る蓬莱寺さんの手をぴしゃりと叩いてベッドヘッドにかけてあ
るバスローブを羽織る。
 「興醒めだ」




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