中で散々出された精液がべたべたと太ももの辺りを汚すのに顰めっ面をしな
がら、僕はいつでも小さくまとめてある荷物を手に取った。
「嫌だ!壬生!行くなっ!俺が悪かったから。もっと頑張るからっ!!」
「興醒めだ、と言った」
振り返りもせずにドアを閉める背中越し、悲鳴のように名前が呼ばれる。
胸がぎゅうっと締め付けられる。
母の容態が悪化した時に感じる痛みと何ら変わらない衝撃を感じた僕は、崩
れ落ちそうな深い溜息を一つついた。
夜毎繰り返される暗殺の仕事と、体が空けば強要されるSEXは僕の神経と
人よりは鍛えてあるはずの体力を、さりさり、さりさりと削る。
「紅葉……お前もしかして、すっげえ痩せた?」
口の端を切らなければ堪え切れなかった激しさにも耐え、龍麻の目を盗んで
血を拭い取った指先ごと手首を引き寄せられる。
「手首が細くなったってことは、2,3キロじゃきかねーだろ」
「や?体重は5キロも落ちてないよ。このところ零時過ぎの仕事が続いている
から顔に疲れがでているだけだよ」
館長からも指摘された顔色の悪さだ。
幾等暗闇で抱き合っているからといっても、共に居る時間は短くもない。
気付かれるのは時間の問題だとは思っていた。
「それだけじゃねーだろよ。俺がこんなに、して、やってるのに。誰と寝ている
んだ?」
「龍麻の知らない人、だけど」
「そりゃそうだろうさ。けど、何度も寝るのは俺だけだったろ?」
「……そういわれてみれば、そうだね」
あまりにも複数の男と寝ていたから、その度に違う香りをまとっていただけの
話で、龍麻以外に何度か寝た相手もいなかったわけじゃない。
ただ、続かなかっただけ。
必ず僕の方から告げる別れの言葉を押してでも、僕の側に居たいと言ってく
れた人は一人としていやしない。
だいたい僕と別れる時は皆、壊れているのだから無理もないのだが。
「何で?」
「さあ?」
「紅葉!」
ぱんと音も高く頬が張られた。
全くマゾでもなければやっていられない。
「今度の相手は、僕から関係を強要したにも関わらず、壊れもせずに僕だけ
を見てくれるから」
「……ああ?」
「辛抱強く付き合ってくれるよ?僕が男に抱かれる事で人を殺す罪悪感から
逃れられると言ったセリフを鵜呑みにして、一生懸命尽くしてくれる……
いい加減僕も、好きでもない男に無茶苦茶にされるのに、疲れたらしくて
ね」
口に出してしまえば、簡単な事だ。
「え?……紅、葉?」
「龍麻と寝るより、彼と寝る方が楽って事。君と違ってへたくそだよ?純粋
に快楽だけを追うにはまだまだだと思う。でも、心地良い」
目を大きく見開いたまま絶句する龍麻を、更に叩きつけるための言葉を紡ぐ。
母さんがいる以上、僕は壊れるわけにはいかないのだ。
「疲れるだけのSEXも蓬莱寺さんの身代りも、もう、御免だ。君とはもう
寝ない。かまわないだろう?少なくとも相手には不自由しないはずだ」
「駄目だ!京一の代わりは紅葉しかいない!」
龍麻なりに、僕を大切にしてくれているのはわかる。
基本的に龍麻は、大切な人間しか抱きはしない。
一度なら誰とでも寝る癖に、繰り返して寝る相手は徹底的に選ぶ。
僕を犯すようになってからは、二度以上寝る相手は僕だけと決めているこ
とも知っている。
が、だからといってそれを喜べるはずもない。
所詮僕は身代り。
だいたい、もう。
……疲れた。
「……光栄だね、とでも言えばいいのかい?僕は、疲れた、と言った」
押し倒す格好のまま固まってしまった龍麻の腕をすり抜けて、Yシャツを
手に通す。
気だるい体での着換えは早くないが、龍麻がまだ己を取り戻してしまう
前に終わった。
「さようなら、龍麻。ほとぼりが冷めるまで。僕は姿を消すから」
僕の捨てゼリフが聞こえているのか、いないのか。
何の反応も返さない龍麻を振り返りもせずに、玄関を出てゆく。
合鍵は、郵便受けの中に投げ込んでおいた。
ここまでしてけば、プライドの高い龍麻の事。
僕を追うなんて無様な真似はしないだろう。
どんな風にでも自分を抱き締めてくれる腕を失った寂しさはあったけれ
ど、開放された自由の方が得がたいものだと思う。
念のため自宅には帰らず、蓬莱寺さんの元へ向かった。
ついでに、そちらも片付けてしまうつもりで。
「壬生!」
一言も声などかけなくても、真っ暗な闇の中でも、蓬莱寺さんが僕を間
違える事が無くなってから、そういえばどれ位経つのだろう。
鎖の長さがぎりぎり届かないところで、僕は椅子をひっぱりだして腰を
下ろして腕を高く伸ばし、薄暗い電球をつけるスイッチを一つ捻る。
ぼんやりと映し出される視界の中には、以前の雰囲気を欠片もまとわ
ない蓬莱寺さんが居た。
剣聖と呼ばれていた、覇気も。
龍麻の側に当たり前に立つだけの、剣の腕も。
弱い者を労わる、その、優しい心根すら。
歪みきって久しい。
骨ばかりが浮く胸板と、剣も握れない痩せこけてしまった腕と。
僕だけしか見ない盲目的な瞳。
復讐なら、もう十分だ。
僕は、蓬莱寺さんの身代りから解放された。
ならば、僕が蓬莱寺さんを拘束しておく必要はどこにもない。
近づいて、必至にすがりついてくる手首を長く傷つけていた、手錠を
外す。