http://site.add/ 薄明ブレス




■ 不自然な旋律(2) ■


「イルカ先生に前にカカシ先生ってどんな奴だってばよ、って聞いたってば。そしたら、里の中でも火影様に近い実力者で、仲間想いだって、教えてくれたってば」
「……一般的な感想じゃないの。それの何処が『好き』に繋がるの」
子供の思い込みかとガッカリして、カカシは首を鳴らす。
サクラは何故かイルカが汗まで浮かべて固唾を飲んで黙って見守っているのを、怪訝に思っている。
頭の良さは、サスケも及ばないサクラは、二人の会話から正解に辿り着く可能性が高い。
「『一般論』って何だってば?イルカ先生は、カカシ先生に憧れてるって言ってたってば。それって『好き』って事だろ?」
「憧れって……銀幕スターに向ける気持ちみたいな?」
「銀幕スター?」
言い方が古かったのか、ナルトには伝わらず、カカシは思わず苦笑いした。
サクラは吃驚顔で両手で頬を挟み、イルカとカカシの顔を交互に眺めている。
一人絶望の最中に立っているイルカは、真っ赤で真っ青だ。
「ナルトは、憧れを、好きの一種だと感じた訳だ。直感的に、ね」
「んー。イルカ先生ってば、自分は中忍でカカシ先生みたいに上忍にはなれないって、寂しそうだったってば」
「ふぅん」
「あと、昔、カカシ先生が戦ってる所を見た事有るって言ってたってば!」
「何時?」
「んっと……あっ!」
イルカを無視して会話を続けていたが、急に口を両手で塞いで、困り顔で固まった。
イルカの方をそろりと窺って、誤魔化すようにカカシからもイルカからも視線を外した。
ナルトの行動は分かり易い。
「口止めされてた訳ね」
ナルトの顔色が変わったのが答えを教える。
イルカは絶望的な表情で天を仰いでいた。
カカシの方に、過去にイルカに会った記憶は残っていないが、イルカにとって何か有ったのは間違いない事だ。
何らかの感情を抱き、カカシを嫌ったのか、好きになったかしたのだろう。
「ま……後は本人に聞きまショ」
パンッと両手を打って、イルカの拘束を解いた。
さぁ、子供達というギャラリー付きの状況の中、カカシにどんな言い訳を聞かせてくれるのか?
ふつふつと沸くような高揚を感じながら待つカカシの、予想斜め上をイルカは行った。
後先考えぬ行動に出たのだ。
イルカは身体の自由を取り戻すや否や、瞬身の術で遁走したのだった。
ポカンと口を開け、子供達は誰も居ない空間に舞う木の葉を眺める。
カカシは唖然とした。
「……カカシ先生は、本当にイルカ先生に嫌われてるんですね」
言い辛そうにサクラが口にする。
しかし、ナルトは信じられないと反論を口にした。
「そんな事無いってば!俺にしょっちゅうカカシ先生の事聞いてくるってば!『内緒』ってわざわざ口止めするし!何か、感じも何時もと違うし!」
「……どっちだよ」
我関さずのサスケが、とうとう口を開いて、三人は顔を見合わし、カカシは可笑しくなってニヤリと笑ったのだった。





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「はい、ドーモ」
疲れて家に帰る時、夜道での周囲への警戒心はどうしても薄れてしまう。
中忍のイルカだとて、例外ではない。
カカシは待ち伏せで簡単にイルカを捕まえる事が出来た。
木の上から蝙蝠みたいにぶら下がったカカシに震え、イルカは咄嗟に逃げようとする。
「懲りないね〜」
するりと地に降り立つと同時に、腕を掴まえ物理的に逃げられないようにする。
「……待ち伏せとは、随分暇人なんですね」
毒舌も正体が分かれば随分と愛らしい。
カカシは含み笑いをし、イルカは得体の知れない恐怖に引き攣る。
あの日、カカシや元生徒達から逃げ出した時には、ある程度覚悟を決めていたとばかり思ったが、そうではないようだ。
「憎まれ口は、照れ隠し?」
邪気を笑顔に隠して、ストレートに突っ込めば、イルカは黙り込んだ。
一番拙い手を選択している、とカカシは内心呆れる。
「不思議だったんだよね。イルカ先生の俺を嫌う態度の中途半端さが」
掴んだ腕を引けば、その力に全力で抗っているにも関わらず、イルカはカカシに物理的に近付いた。
悔しそうな表情だが、暴かれようとしている秘密に怯えて、瞳が潤んでいる。
カカシは用意周到だから、獲物を捕まえる場所にはきちんと配慮して、この時間この場所の人気は殆んど無い。
「俺を攻撃する内容は正論ばかりだし、嫌いな相手には会いたくない筈なのに、俺を避ける行動を全く取らない」
じわり、とイルカの肌が汗ばむのが分かった。
緊張しているのが分かり易い。
「感情論で『嫌い』だと言い、行動は理性に制御されている。……本当はさ、貴方、俺の事好きなんデショ」
ナルトがあの日バラした方が真実だと断言すれば、イルカは静かに唇を噛んだ。
未だ沈黙を守っているようだが、反論による状況打破が困難だと判断したからだろうか?
単に自滅を回避したのだろうか?
「自慢じゃないけど、俺を嫌う人間が多い分、好む人間も多いんだ。愛を囁く人間には飽きたし、遠くから見詰めるだけなんて人間は、申し訳ないけど居ないのと同じ」
イルカが逃げる分をカカシが近寄って、二人は接近したままだ。
心臓の鼓動、発汗量、四肢の震え。
冷静に観察し、カカシはイルカを追い詰める事に悦びを感じ始めていた。
「一つの仮定だけど。愛を囁くには度胸が無くて、道端の石と同じ扱いが嫌だったから、『嫌い』だとアピールする事で一欠片でも俺の記憶に残ろうとした。……違う?」
小さな男の子の好きな女の子イジメと根幹は似ている。
ただ、イルカは諦感の果ての確信犯だというだけだ。
ますます固く口を閉ざし、頑な態度は崩さないイルカだったが、一瞬見せた羞恥と悔恨が、答えを教えてくれていた。
カカシは目の前のイルカの素に触れた気がして、目から鱗が落ちるようだった。
イルカが同性に恋慕を寄せた事も意外だし、諦め切れずに玉砕覚悟で告白するならまだしも、ちょっとひねくれた方向の行動を選択したのも意外だ。
教育者としてかなり完成されているのに、何故恋愛に関してはこんなにも未熟なのか。
急にカカシの中に有った、『ナルトの元担任で、優秀な中忍』というフィルターが剥がれ落ちた。


「……うん。面白い」
低く笑うような声に、イルカはビクリと身体を跳ねさせた。
強く掴まれた腕を引き寄せ、性懲りも無く逃げようとするから、カカシは面倒になって抱き寄せてみた。
「ひゃっ!?」
「変な悲鳴。でも、案外抱き心地は悪くない」
思ったままを口にすると、イルカは、コノ人ハ何ヲ言ッテイルンダ、という驚愕を前面に押し出した。
完全なる絶句だ。
愉快になって、わざと耳に触れそうで触れないギリギリな場所で囁いた。

「気に入った。俺を嫌いな振りのままで良いから、付き合ってよ」