http://site.add/ 薄明ブレス




■ 不自然な旋律(1) ■


「約束の時間に来ないんだと。それって、だらしないよな」
それとなく伝わる尖った気配。
鼻傷と黒髪の一本縛りがトレードマークのアカデミー教師の声だと気付いて、カカシは寝そべっていた大木の幹の上で、身体を捩った。
丁度真下で、三人の男が立ち話をしている。
皆、中忍。
カカシの中に階級の歪んだ優劣観は無いが、チャクラを最小限に抑えたカカシの存在に、彼らは決して気付かないだろう。
興味を引かれて、聴覚のチャンネルを彼らに合わせた。
「お前、天下の写輪眼に厳しいな。任務で疲れてんだよ。下忍待たせる位、大目に見ろよ」
「下忍だからって蔑ろにするのかよ」
イルカはカカシの肩を持つ男に憤慨している。
男の方もムッとした雰囲気。
権力に弱い、長いモノには巻かれるタイプに見える。
「まぁまぁ、二人とも落ち着けよ。はたけ上忍が素晴らしい忍ってのは、間違いないんだから。遅刻も未だ上忍師に慣れてないだけだろ」
三人目は穏やかな中立派という所か。
イルカは言葉を辛うじて飲み込んだものの、膨れっ面一歩手前だ。
中立派の男は首を傾げる。
「イルカって、はたけ上忍には手厳しいな。嫌いなのか?」
カカシは『派手』な忍だ。
意味も無く嫌われる事にも、好かれる事にも慣れているから、どんな回答でも心が揺れる事は無い。
どんと構えてイルカの答えを待った。
問われたイルカは、十分溜めの後、ゆっくりと答えを口から押し出した。

「嫌いだ」




+++




「これ、お願い」
受付に任務完了報告書を出せば、鋭い視線が肌に突き刺さる。
改めて、受付に座る人間の顔を確かめると、ナルト達の元担任、うみのイルカその人だった。
カカシが提出したばかりの書類をトンッと指で突く。
何が言いたいのか、カカシは直ぐに分かった。
「分かり切った事でも書かなきゃ駄目なの?」
単独任務だから、随行者は居ない。
その場合は「無し」と書き込む事が決まり事だが、カカシは面倒なので記入していなかった。
イルカは、真面目くさった表情で頷く。
愛想も何も無い態度に、隣の同僚がすぅっと青ざめた。
カカシは無言で空欄に走り書きする。
また、イルカがチクリと一言。
「象形文字ですか?」
暗に字が汚いと言いたいのだ。
カカシは片眉をひょいと上げて、わざと驚いて見せる。
イルカの隣は滝汗を流して固まっていて、イルカとの温度差が滑稽に映った。
「お気に召しませんか?イルカせんせ」
「御自身のメモなら許されますが、此れは火影様も目を通す書類ですよ」
「あの人はどうせ中見ないで判子突いてますよ?」
六歳から中忍、若くして暗部に所属していたカカシだからこそ、気軽に口に出来る真実だ。
しかし、イルカは眉間の皺を深く刻んで、無言でカカシの不遜な物言いを咎めた。
面白くなってカカシは口布の下で笑う。
「次からは善処しますよ」
一旦は、引いた。




+++




上忍師として下忍を三人見るのは初めてだ。
その子供達から聞くイルカのイメージと、カカシが直接本人から受けるイメージには、大きな隔たりが有った。
相変わらず、イルカはカカシに対してツンケンしていて、受付や上忍待機所、果ては三代目の御前でもその態度は変わらなかった。
アスマや紅に探りを入れると、どうやらカカシだけが例外対象らしいと分かる。
他者に余り興味を持たないカカシだったが、イルカは面白いと感じ、暫く観察してみようかという気分になった。
これは、とても珍しい事だ。

草刈り任務で体力を使い果たし、疲労困憊の下忍三人を引き連れての帰り道。
カカシはこちらの方向に歩いて来るイルカに最初に気付いた。
このまま進めば、擦れ違う事になる。
カカシは内心、どんな態度でイルカが向かってくるのかが楽しみにしつつ、軽く頭を下げて言葉は添えないでみた。
最初に、カカシに気付いてさっと能面顔を貼り付けたが、後ろに子供達が見えると、動揺したのが分かった。
嫌いなカカシとは関わりたくないが、大好きな子供達とは交流したいという所か。
態度を迷う素振りを見せる正直な所が気に入った。
里の中に確かに存在するカカシを嫌う人間は、妬み嫉みを制御しきれず表に出す愚か者の他、里の誉と称賛される立場に取って代わろうとする実力者がいる。
前者は力無き者で、放置で問題無く、後者は何れカカシと正面衝突して潰されて消えるので、問題無い。
イルカは、どちらにも分類出来ないとカカシは考える。
喉に刺さった小骨のようにずっと気にするのも億劫で、何かアクションを起こさないかとカカシはイルカに期待した。
「イルカ先生だ!」
恩師の姿に気付いたナルトが歓声を上げて、駆け出した。
サスケとサクラも表情を柔らかく変化させる。
抱き付くナルトをあやすイルカに、直ぐに三人で合流した。
イルカは、カカシにぎこちない会釈をする。
結局、子供達にカカシを嫌っているという自分を見せない選択をしたようだが、カカシからすれば白々しい態度だ。
二、三言、子供達と会話に紛れて、イルカはカカシとも言葉を交わす。
普通の態度を崩さないイルカを眺めながら、カカシは意地悪い質問を投げ掛けた。
「俺の事嫌いなのに、今日は普通に会話してくれるんだね。普段は文句ばかりなのに」
ビクッと身体を揺らすイルカに、ナルトが嘘だぁと笑う。
「イルカ先生はカカシ先生の事好きだってばよ?」
口を覆うのが一歩遅かったようだ。
慌てたイルカは可哀想な位青くなって、そのまま彫像の様に固まった。
「何を根拠に?」
踏み込んだ質問に、素直なナルトは答えようとする。
ぎょっとしたイルカは、超常現象の助けでも求めるように意味も無く左右を見回した。
事の他可愛がっている純粋な子供のナルトには、カカシに関する本音を零しているのか。
面白い事がナルトの口から聞けるかもしれないと、カカシはじっと待った。
万事休すとなったイルカは、有ろう事かこの場から逃げ出そうとする。
上忍のカカシから逃げようだなんて、夢みたいな事を考えると滑稽に感じながら、一瞬で発動する拘束術を裏手で切った。