410-2. 中島 夜間戦闘機「月光」11型(J1N1-S)[日本-海軍]
 NAKAJIMA GEKKOMkll (J1N1-S)"IRVING" Night Fighter [JAPAN-NAVY]

  
全幅:17.00m、全長:12.20m、翼面積:40.Ou、発動機:中島「栄」21型空冷2重星型14気筒1,100馬力×2、
総重量:7,250kg、最大速度:507km/h/6,000m、武装20mm機銃×4、乗員2名、
生産数:各型合計486機
 
Illustrated by Shigeo KOIKE , イラスト:小池繁夫氏 2004年カレンダー掲載

 昭和20年の冷たい春の夜、大空の一角はボーイングB−29の焼夷弾爆撃による火災を反射して赤く染まり、残された暗黒の夜空には数条のサーチライトの光芒が走査していた。やがて何本かの光芒が一点に交差すると、そこに4発のB−29があった。
 そのとき、暗闇から細いミシン日のような火線が走った。息を呑む一瞬のあと、B−29がポッと火を噴いた。「やった」「バンザイ」の声があがった。あの火線は夜間戦闘機「月光」の活躍だったに違いない。だが、この飛行機が「月光」という優美な制式名と夜間戦闘機という活濯の場を与えられるまでには紆余曲折があった。

 それを示すのが、2段となっている後部風防と混乱した型式と記号である。J1N1という記号は、最初に計画された任務が爆撃隊を援護する陸上戦闘機だったことを示している。2段となった後部風防内には敵要撃戦闘機を返り討ちにする2連装2段の銃塔が取り付けられる予定だった。だが、この任務の戦闘機としては不合格になり、少数が二式陸上偵察機(J1N1-R)として採用になった。

 その陸偵の最後部席に20mm機関砲を斜めに固着し、暗闇に隠れてサーチライトに照らし出される敵機を伴走しながら撃ちまくるという、ラバウル航空隊の小園安名中佐の奇想天外な発案が成功して、夜間戦闘機にカムバックした制式名が「月光」11型。この画はボルネオ・バリクパパン精油所の防空に活躍した202航空隊所属の「月光」11型。(2004年カレンダー掲載)

 ワシントンDCの国立航空宇宙博物舘(NASM)に展示されているのは腹部胴体を再設計した後期生産型だが、型式名はやはり「月光」11型である。 

 右の作品は月光23型(11甲)で下方に向けた斜め銃を廃止し、機首に改めて20mm銃を装備して上方斜め銃2丁と併せ固定銃3丁となり昭和19年11月に採用となってB29迎撃に用いられた。 画は1977年に描かれた作品でカレンダー自体も単品の画が貼り付けてあった。また最近の技法とは少々違っているようにも見えますが・・・?。

   ・月光:もう一つのページ

 



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