『ガクらん』   <PRE  NEXT>



 5・マスター/スレイブ



 放課後、生徒会室にやってきた武田健四郎は、その入り口にて、困惑の表情を浮かべていた。
「えへへー。どおどお? 健ちゃん。今日の私、かっこよかったでしょー。ほめてほめてー」
 部屋に入って早々、その腕を、ぎゅむっと抱きしめられたためである。
「……褒めます。褒めますから、人の腕にコアラみたいにしがみつくのやめてください」
「えー。なんでー?」
「いや、なんでと言われれば、いくらでも理由はあるような気がしますが……とりあえず天城先輩、もう三年生なわけですから」
 健四郎が抱きつかれているのは、昭葉生徒会三年生の、天城由香利先輩。
 本年度の、昭葉学園生徒会長を勤める人であった。
 つい先ほど、新入生たちの前で、これはと思わせるほどの立派な挨拶を行ったのと、同一人物である。一応。
「その三年生にぎゅう、ってされてるんだよー。名誉なことだと思って、下級生は素直に萌え萌えしておきなさいっ。先輩命令ー」
 いいのか。これでいいのか。昭葉の生徒会長。
 いつものことながら、健四郎はそのように思わずにはいられなかった。
「だいたい、下級生を可愛がるのは、上級生のつとめみたいなものじゃない。というわけでー、健ちゃんも素直に可愛がられるべし」
 うわごとのようにつぶやく健四郎に対し、満面の笑みを浮かべてそう豪語する天城先輩。
 それは確かに、可愛らしいことこの上ない、極上の笑顔であった。
 生徒会長であるにも関わらず、まるで小さな子供のようなベタベタっぷり、甘えっぷり(本人的には、むしろ自分が甘えさせているつもりらしい)を見せてくれる天城由香利・現生徒会長。
 この笑顔。この親しさ。しかしそれは、健四郎に対してだけ振りまかれるものというわけではないのだ。
 公の場においては、カリスマという言葉にふさわしい威厳を見せつける天城先輩。しかし彼女は、ひとたびプライベートになれば、その見た目と同じく――それ以上に、可愛らしい言動の少女に変貌するのだ。老若男女問わず、誰に対しても甘えたり甘えられたりすることが大好きな萌え生物と化した天城先輩は、公モードとのギャップも手伝い、学校中の人々からこよなく愛されている。その様子はほとんど、遊園地で子供に囲まれる動物の着ぐるみのようですらあった。
 全校生徒の信頼を集める天城生徒会長は、学園のカリスマであると同時に、学園の誰からも愛されるマスコット的存在でもあるのだ。
 恐らくは、今日の歓迎集会で、生徒会長の威厳を見せ付けられた新入生たちも、徐々に、この甘えモードに馴染んでゆくことになるのだろう。
「うはははは。去年一年であれだけ甘えておいて、今さらそれはないでしょうに。健クン」
 豪快に笑いつつ、健四郎を茶化してきたのは、同じく三年生の、本年度副会長、北館聡美先輩。
 一年前、健四郎を生徒会に連れてきた、その人である。
「そりゃそうですけど」
 健四郎は、ぶっきらぼうに答えた。
 この一年間、この先輩たちとずっと生徒会の仕事を務めてきたのだ。この先輩たちのことは、他の一般生徒よりもはるかによく知っているつもりだ。
 ……もちろん、この北館先輩の、性根についても。
「んむう。健クンのヤサグレ具合も、だんだんと年季が入ってきたわね。さすがは二年生といったところ?」
「どーいたしまして、三年生」
「いやあ、なになに。はっはっは」
 いかにも愉快そうに北館先輩は笑った。
「皮肉すら通じないときたか……」
「ふふん。皮肉というのはね、言われて痛いようなあてこすりの言葉をいうの。しかしこの北館聡美、自分の生き様に、ほんのわずかの後ろめたさとて抱いていないわ!」
 皮肉など通用するはずもなし、と、天を仰いで誇らしげに宣言する。
 人としてどうかと思わずにはいられない言葉ではあったが、いつもの事なので、これ以上つっこむ気にもなれなかった。
 この北館先輩の独特すぎる性格を、この一年間、誰よりも味わってきたのが、他ならぬ健四郎だった。
 去年のあの日以来、かつて北館先輩に対して抱いていた思いは、大きく変化した。せざるを得なかった。
 このように、ひたすら享楽的に見える北館先輩ではあるが、やはりというか、昭葉生徒会にふさわしいところは見せてくれる。ずっと彼女の傍にいれば、それはよく分かった。
 しかし、この一年、この北館先輩にひたすら弄られてきた健四郎には、そのような尊敬の念に倍するほどの感情があった。
 ――のび太が、ジャイアンに対して抱く類の感情である。
「それにしても。最近健ちゃん、どんどんやさぐれてきちゃったね。去年、生徒会に連れてこられた頃は、それはそれは初々しくて可愛かったのになー。なんか悔しい」
 ぴったりと腕にくっついていた天城先輩が、唐突に健四郎のわきをくすぐってきた。
「うわっ! ちょっと、せ、先輩っ?」
「やめなーい。もうっ、可愛かったころの健ちゃんの反応よ、もーどれー! うりうりー」
「ひうっ! う、うわうわっ、ちょっ、やめれー!」
「おおーっ。今の『ひうっ』って声、なかなかよかったよー」
「由香利の幼い手が、健四郎の若くて瑞々しい肉体を這いまわる。そんな、こんな小さな手に、こんなに小さい子に、気持ちよくさせられてしまっているなんて――そんな屈辱的な思いが、健四郎の心を苛む。その心を見透かしたように、由香利の手は大胆さを帯びてきた。乱れる吐息。手の動きに翻弄される健四郎の体は、いつしか心とは裏腹に、自分から、より淫らな刺激を求めていたのだ――」
「官能小説風に描写するのも是非やめろ!」
「そんな! ここからが本番だというのに、やめろだなんて! 非道い!」
 逆に悲痛な声を上げられてしまった。
「慈悲の心はないの!?」
「むしろ俺に慈悲を与えてくれ!」
「その反応こそ健ちゃんだよー。わはっ、嬉しいなーっ」
 手を止め、再びぎゅむと抱きついてくる天城先輩。
「……また一年、こんな風に弄ばれて過すことになるのか……今年はもう、後輩だってできるというのに……」
 健四郎はさめざめと泣いた。
 本気で泣いているわけではないが、このくらいのオーバーリアクションを返さないと、この二人は満足してくれないのだった。
「遅れてしまい、申し訳ありません……あら?」
 ちょうどそこに、生徒会室に入ってきた人物がいた。
「あー、恭佳ちゃーん」
「はろー」
 健四郎と同じ昭葉生徒会二年、舞原さんだった。
 舞原さんは、泣いている健四郎の姿を見ると、はっと口元を押さえた。
「健四郎さんが、泣いている……」
 なんてこと――そんな思いがうかがえる表情だった。
「女の子二人に、泣かされている……!」
「あ、いや。舞原さん、これはなんというか」
 慌てて状況を説明しようとする健四郎。
「本日は、健四郎さん虐待デーですか?」
「……」
 ……あまりといえばあまりの言葉に、絶句せざるを得なかった。
 舞原さんの発言の多くは、狙っているのか、はたまた素のボケなのか、かなり判別しにくい。狙ってボケていることも少なからずあるようなのだが、それを見抜くためのコツを、健四郎は未だに見つけらない。
「そうよ!」
「嘘をつかないでください」
 ノリと勢いだけで言葉を放つ北館先輩。
「たった今、そういうことにしたの」
「しねえでくださいませ」
 怒りのあまり、変な敬語になった。
「うふふ。冗談です。ちゃんとわかってますよ、健四郎さん」
「冗談だったのか……」
 涼やかに微笑む舞原さん。それはいかにもお嬢様らしい、見るだけで心が穏やかになるような笑顔だった。
「健四郎さんって、いつも虐待されているようなものですし」
「……」
 そんな笑顔で、言い切ってくれた。
 やや本気で泣きたくなった。 
「虐待なんてしてないよー。可愛がってるもの。よしよーし」
 犬でもあやすかのように、健四郎の頭をなでなでする天城先輩。
「……これはこれで、ある意味虐待という気もするんですよ」
「えー、なぜに?」
「いや、まあ、いいですけど」
 きょとんとした目で健四郎を見つめる天城先輩。
 今年で十七歳になろうかという男子にとって、女の子によしよしと頭をなでられるという行為がいかに恥かしいことか、このお方はまるで理解しておられなかった。
 天城先輩は、そういう意味では純粋な人なので、健四郎も、無理に止めろとは言えないのだった。
 ……まあ、実のところ、ちょっとだけ嬉しいというのもあるわけで。ちょっとではあるが、確実に。
「私はむしろ、健クンに虐待されている方ね」
 北館先輩が切なそうに言った。
「……どの口がそんなことを言いやがりますか」
「このコラーゲンたっぷりのキューティクルなリップが言いました」
「 ふ ざ け ろ 」
 健四郎は、精一杯の怒り顔を見せつけた。
「ひどい! 私の唇はカサカサのボロボロで、とてもキスなんてしたくないって、そういうことね!? それは……あんまりよ……!」
 北館先輩はあろうことか、わっと泣いて、天城先輩に抱きついた。
「健ちゃん、ちょっとひどい」
「健四郎さん……お年頃の女性に対して、それはあまりにも……」
 二人は、俺の言葉を意に介することなく、非難の視線を浴びせてきた。
「俺!? 悪いの俺!?」
 健四郎は思わず絶叫した。
「だって健クン、私の唇が気に食わないって……」
「一言もそんなことを口にしていない!」
「じゃあ、私とキスできる?」
「……うぐっ」
 その一言だけで、健四郎は、顔を赤くしてしまう。
「できないのね! 私とキスだなんて、とてもじゃないけど汚くてできないと、そう思ってるのね!?」
「い、いや」
「……できるの?」
 北館先輩は、クネクネして恥ずかしがった。
「――そんな、健クンが、私に……キスするだなんて!? どうしよう……!」
「わー、わー! 健ちゃんが、聡美に、キス!?」
「あらあら、それは大変です。急いでムードのある音楽を用意しなくては――」
 舞原さんが、部屋の片隅に置かれている古いCDラジカセの電源を入れた。
 『エマニエル婦人のテーマ』らしき曲が、放課後の生徒会室に流れた。
「ジュテーム」
 妖しげなメロディにあわせるかのように、北館先輩は椅子に座り、悩ましげなポーズを見せた。
 頭がクラクラした。
「……もう勘弁してください。俺が悪かったです」
 色々なものに耐え切れなくなり、健四郎は思わず謝っていた。辛い尋問に耐えかね、やってもいない罪を自白する容疑者の心境だった。
「ふふん。私のベーゼを受けるには、少しばかり根性が足りていなかったようね」
「ベーゼとかいう以前に、どうしてここまで俺を虐待するんですか……」
「虐待デーなので」
 そういうことになっていた。
「……ひどいよう」
 女子生徒ばかりの生徒会で、ただ一人の男子生徒である健四郎は、伝え聞くところによると、よその学校や、新入生の間では、『ハーレムの主(マスター)』という二つ名で呼ばれることがあるらしい。
 逆に、二年生より上の生徒たちの間ではしばしば、『ハーレムの奴隷(スレイヴ)』などと言われている。現状をより良く知る人々による、正しい表現であった。
 健四郎にとっては、どちらの二つ名も、嬉しい類のものではない。昔、名前のことでからかわれていた日々を思い出させられるのだ。
 健四郎は、自分がからかわれやすい性格をしていることを自覚していた。子供の頃から、よくからかわれてきたのだ。今でこそ、そういうものをスルーする術も身につけてはいるが、もっと小さな頃には、けっこう辛い思いをしていた。
 しかし、今のように、北館先輩らにからかわれるのは、そう嫌というわけではなかった。こんな風にからかわれるのは、親愛ゆえである。
 この人たちはすでに自分にとって、かけがえの無い存在でもあるのだ。この一年間で築きあげられた信頼は、決してなまなかなものではなかった。
 ただ、それでも、外からの目が絡むと、嫌な気分が拭えないことがある。女生徒の憧れを集める昭葉生徒会に、男子の身でありながら所属している健四郎には、最初思っていたほどではないにしろ、それなりに風当たりも強い。できれば、ハーレムうんぬんという二つ名などで、それを助長されたくはなかった。
 だから自分は、もっとしっかりしなければならないのだ。二年生になって、改めてそう思うようになった。
「それはそうと」
 舞原さんが、話題を切り替えた。
「早乃は今日、部活でこちらには来られないそうです」
「んー。やっぱり」
 彼女は、健四郎と同じ二年生だった。今年は、剣術部の副部長も務めるとのことで、新入部員もやって来る今日は、とても忙しいのだろう。
「葉も、美術部のレクリエーションがあるから行けないかも、って言ってたわ」
「部活組は、たいへんだねー」 
 三年生の綾部先輩は、ただでさえ生徒会の仕事もあり、部活に積極的に出なければならない立場の人ではない。
 それでもそちらを優先するというのは、きっと、それだけ綾部先輩目当てで入部しようとする子が多いのだろう。責任感が人一倍強く、人の良い綾部先輩は、そんな状況を放ってはおけないはずだ。
「……まー。今日の会議は、必要事項の連絡と、今後の予定の確認だけなので」
 ふと。
 天城先輩が漂わす空気が、変調した。
「四人と少し寂しいけれど。私たちだけで、始めることにしましょう」
 気が付くと、すでに公モードに入っていた。
 この変化。一年間、この人の傍にいた健四郎も、未だにはっと驚かされる。
 声のトーンや表情が、劇的に変わるというわけではないのだ。態度や言葉づかいが厳しくなる、ということでもない。印象としてはむしろ、柔らかでさえある。
 それなのに、受ける印象は、まるで別人なのだ。ギャップというだけでは、説明できないものがあった。
 各自、言われることなく席についた。
「綾部書記と、松瀬さんには、後に私のほうから説明を行います。今日はとりあえず、歓迎集会の事後処理と、部活動運営費の件から。――副会長、資料を」
「はい、会長」
 待ってましたとばかりに、茶封筒に入った資料を配る北館先輩。健四郎が生徒会室に来る前に、すでに用意していたのだろう。その態度こそくだけたままであるが、この人も、仕事に関してはつねに真剣であり、かつ、極めて有能だった。
 資料の説明を行う天城先輩。その内容はほとんど、すでに決定してある事項と、その結果の報告であり、改めて何か話し合う必要はなかった。非常に緻密かつ、わかりやすい資料だった。健四郎たちが手がけた部分もはあるが、そのほとんどは、北館先輩がまとめたものだ。
 健四郎はこの先輩たちのことを、心から尊敬している。もちろん、人間的な部分においてもその思いはある。しかし、絶対的なまでの威厳を感じるのは、やはり能力的な面についてだった。昭葉の生徒会役員に要求されるものは、かなり大きい。人格や外見といった、外面的な部分に人の注目は行きがちであるが、昭葉生徒会を本当の意味でカリスマ的存在たらしめているのは、その実務的な有能さなのだ。
 生徒会の仕事に関してだけではない。先輩たちは、ほとんどあらゆる面で、生徒の模範となるような優秀さを見せ付けていた。学業成績においては、三人とも常にトップクラスである。特に天城先輩は、昭葉始まって以来の才媛として知られている。少なくとも健四郎が知る限りにおいて、天城先輩が定期テストなどで、トップの座を逃したことはなかった。
 運動面においても、天城先輩こそ、身長のハンディがあるので得手というわけではなかったが、北館先輩と綾部先輩に関しては、どうして運動系の部活に入っていないのかと悔やまれるほどの運動神経の持ち主らしい。綾部先輩に至っては、美術関係の才能さえ、すでに各方面で高い評価を受けているようだった。
 昭葉の生徒会役員に、真に求められる条件。それは、生徒の誰からも、頼られるような存在であること。
 今期の三役――先輩たちは、まさにそういう存在だった。この人たちならば、たとえどんなことでも、安心して任せられる。そんな思いを、昭葉の生徒の誰もが抱いているに違いない。健四郎にはそれがよくわかった。なにしろ自分達こそが、昭葉で最もこの人たちを頼っているのだ。
 そして。そのことが健四郎には、大きなプレッシャーになる。
 生徒会三役の任期は、卒業するまで続くのだが、やはり進学等の事情があるため、実質的には、たとえ遅くとも二学期の中ごろには、現二年生に事実上の職務が引き継がれることになる。先輩たちも、去年の秋ごろにはもう、生徒会三役としての仕事を立派に務めていた。健四郎たちが、それを引き継ぐまで、あと半年もないのだった。
 健四郎は思う。自分たちが、この先輩たちのようになれるのだろうか、と。
 少なくとも、健四郎自身に関しては、とても無理としか思えなかった。成績とか能力とか、そういった部分の問題もある。生徒からの人望も、ただでさえ、男子ながらに昭葉生徒会に入っている自分には、なかなかに厳しいものがある。しかし、もっと根本的なところで、健四郎は自身の不足を感じるのだった。自分とこの人たちとでは、格が違う、という思いをどうしても拭い去れなかった。健四郎にとっては、あまりにも大きな存在だったのだ。
 ――しかし。
 昭葉の生徒会役員は、基本的に、現職役員からの直接指名により選ばれる。通例として、各学年に三名。三年生時にこれに満たない場合は、立候補者を募っての選挙となるが、昭葉の歴史の中で、それが実際に行われたことは、ほんの数回だった。
 毎年、昭葉生徒会役員の二年生は、これはと思う一年生を推薦し、生徒会へ編入させる。去年の健四郎たちも、先輩たちによって直々に選ばれ、生徒会入りを果たしたのだ。自分たちは、将来の昭葉生徒会を担ってゆく者として、選ばれたのだ。
 その期待を、裏切りたくはなかった。
 だから、たとえ先輩たちに至らないまでも、精一杯がんばっていくしかないんだ、という覚悟はできていた。自信があるわけではない。しかし、こうしたものに自信があるような人など、まずいないとも思う。やれることを、全力でやるだけ。そうすることこそが、先輩たちの信頼に答えられる唯一の方法だということを、健四郎は理解はしていた。
 ただし。
 そんな覚悟を決めていても、一つだけ、途方もない重荷と思えることがあった。
 しかもそれは、先輩たちが事実上の引退を果たすよりも早く――そう、もしできるのであれば、今すぐにでも行わなくてはならないことなのだ。
「――以上です。特筆すべきことは特にありませんが、年間活動予定表と、差し迫った行事ついては、その内容を各自チェックしておくことを心がけてください。何か、質問のある方は?」
 一通り説明を終えた天城先輩が、一同を見回した。
「何も無いようですね。では、以上をもちまして、本日の会議は終了します」
 ……と言われつつも、室内の空気は緊張を保ったままだった。
 この後にまだ、肝心なことが残っていると、誰もが知っていたからだ。
「それと、最後にひとつ。これは、生徒会役員としての『公式な仕事』というわけではありませんが――」
 天城先輩は、健四郎らに視線を向けた。
「わが昭葉学園生徒会の新規役員は、通例として、現二年生役員による直接指名によってその選出が行われます。昨年、あなたがたも経験した通りですね」
 去年の、あの日を思い出す。健四郎は北館先輩のほうをちらりと見た。軽い笑みを返された。
「このことについて、私たちが何かを言うことはありません。数ヵ月後には事実上、生徒会三役として働くことになるあなたがたが、各自で判断し、必要な行動を取ってください」
 本校における生徒会の運営は、生徒の自主性によってこそ行われる。
 これは、生徒手帳にも記載されている、昭葉生徒会の基本概念。
 規則によって定められているから、というのではなく、その活動や、組織の存続に至るまでを、生徒自らの手で行わなくてはならない。昭葉生徒会とは、そういう組織なのだった。
 だからこそ、これほどまでに信望を集めるようになったのだと、健四郎は思う。
 であるがゆえに――その肩書きは、重かった。
 昭葉学園四十年の重み。生徒たちの憧れを一身に背負い続けてきた生徒会。
 そこに、入るだけならば、まだ耐えることはできた。その肩書きを背負うことも、自信こそないが、全力を尽くすだけだという覚悟はできている。
 しかし、それほどまでに重いものを、引き継がせる相手を見つけ出さなくてはならないのだ。それも、能力はおろか、顔も名前すらも知らない、一年生たちの中から。
 それはある意味において、健四郎がこれから三役として行わなくてはならない仕事の全てよりも、重いことだった。一代で終わるようなことではない。健四郎が先輩たちから引き継いだ、生徒会役員としての全てを引き継がせ、後々までそれを残していく相手を探す、ということであった。
「では。本日はこれにて解散」
 天城先輩の言葉に従い、礼の号令をかける北館先輩。健四郎たちもそれに従う。
 必要最低限だけの言葉が、やけに重く感じられた。



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