Holocaust ――The borders――
Chapter:3
隆弥――Takaya―― 第7話
「うわーっ」
一番最初に実隆を歓待する言葉は、真桜家の現家主のその驚きだった。
軽くカールした髪の毛をふわふわさせて、歳を感じさせない整ったやせ形の体型の彼女は、一言で言うと日本人離れしている。
女性にしては割と高い目の身長のせいだろう。
おばさんと呼ぶには躊躇いを覚える女性だ。
「うわー」
真似をしているつもりだろう。感情のない間抜けな声が聞こえた。
やはり身長のある女性がその後ろに控える。
言うまでもない、彼女は北倉明美――旧姓真桜、菜都美の姉だ。
『なっちゃんが男連れで帰ってきたー』
なのに、その後に続く言葉は(多分に親子だからだろう)綺麗にはもって聞こえた。
「母さんっ、それに明美姉!」
叫ぶ菜都美に、くすくす笑う二人。
――似ている
菜都美ががんがん怒鳴るのにも構わず、からかいの波状攻撃を繰り返す長身の女性陣。
何故か、菜都美が二人の菜都美にからかわれているように見えたのは気のせいだったのだろうか。
「だって、ねえ明美」
「ええ、かあさん。わたしだってそこまでしたことないわよねー」
ねー、と二人して小首を傾げる。
「なっちゃん、ちゃんと順序は選ばないと嫌われちゃうわよ」
「だぁかぁらぁっ!」
顔を真っ赤っかにして両手をぶんぶん振り回す菜都美。
放っておけばそのまま家を破壊しかねない勢いだ。
「判ってるわよ?」
まず母親がしれっと答え、続いて明美がくすくすと笑い声をあげて言う。
「ミノルくん、しばらく居候させるんでしょ」
「居候じゃなくて下宿っ」
――そーいう話を既にしていたのか
半ば呆れ顔でため息をついて、きゃいきゃい楽しそうにしている三人を眺める。
「あらー、実隆くんが他人顔してるわよ?」
「え゛ー」
一斉に視線が実隆に集まる。
母親の楽しそうな顔。
明美の不機嫌そうな顔。
そして、菜都美の――これは先刻から怒鳴っていたからだろう――真っ赤な顔。
「あ、えと」
「遠慮はいらないわよ。どーせ空き部屋は幾つかあるんだし」
「そーそー。あ、ヒロくんにも紹介しておかないといけないよね、おねーさんとしては」
「もう、明美姉!」
また収集がつかなくなりそうだと思った実隆は、とりあえずまず頭を下げることにした。
「よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね、柊実隆くん?」
「これからは家族よ〜。実隆くん、弟だからみっちゃんかな?」
「いーかげんにしてっっ」
わいわいやりながら『お客』ではなく半分『家族』みたいな扱いで、一つの部屋に案内される。
『二人きりは危険よ』という明美の冗談か本気か判らない提案で、夕食の準備をする母親を除く三人でその部屋に入った。
ごく最近に立てられた、真新しい木の匂いのする家。
――何となく、お金持ち……
他人の庭に咲く赤い花は、より赤く見える。
そう言う物だろうと思いながら部屋の中を見回す。
六畳半の部屋に机と本棚があり、床の間には掛け軸がかかっている。
掛け軸には何か毛筆で書かれた文字がのたうち回っているが、はっきり言って理解できない。
「畳よりフローリングの方が良い?」
「自分は畳の部屋の方が落ち着くんで、いいです」
明美はぱちくり、と一度またたくと頷く。
「そ?うんうん。この部屋は好きに使ってもいいからね。お母さんもそう言ってたし」
そう言うとぺたんと座り込んで、ちょいちょいと手招きする。
「んじゃ、おねーさんとお話ししよっか」
少し困って菜都美を見ると、既に菜都美もぺたりと座り込んでいる。
自分の後ろ頭をぽりぽりとかくと、観念したように彼も座る事にした。
「さてと」
明美は天井の隅に視線を投げるようにして、ほんの一呼吸だけ彼女は沈黙する。
「ミノルくんの好きなタイプは?」
彼の隣で音を立てそうなぐらいずっこけている菜都美。
それを取り繕う――でも、その辺は大人なのか、全く動じていない風で――ように、
「いやぁ、まだ、なっちゃんの変なところとか、知らずに過ごしてたらねー」
「あたしは変な妹なんかいっ」
ぽりぽり。
明美は恥ずかしかったのか、後頭部をちょっと大げさにかきながらぺろっと舌を出す。
「真面目に聞くよ。…ごめん」
そう菜都美に向かって言うと、今度は真剣な表情を作った。
――その時はまだ判っていなかったのだろう。
菜都美が、何も言わずに彼女に習って座っていることの理由を。
明美が――そう、彼女の姉の態度を良く知る菜都美の態度のように――その時、真剣に話をしようとしている事を。
「でも雰囲気がね…なっちゃん。黙っててね」
彼女は釘をさすように言ってから実隆の方に向き直った。
「母さんは反対しなければ、わたし達は何も言う事はないけどね、ミノルくん。大事な事なのよ」
そう言うと彼女は、菜都美が言った内容について話し始めた。
判っているのは二つ。
一つは、隆弥と名乗って電話に出た少年が、菜都美の知る隆弥ではなかったと言う事。
二つは、彼が実隆を知らないと言った事。
そして最後に言ったのは、菜都美が実隆に対して「助ける必要がある」と感じた、という事だった。
「なっちゃんはわたしには相談してくれたけど、母さんには言ってないのよ、本当の事情は」
ただちょっと一人暮らしのような真似事をする、という名目らしい。
「それで。……いつまで、ここにいる?」
真剣な表情。
そこに拒絶を見るのは勝手だ、と実隆は感じる。
――いやな、人間になっちゃったのかな……
まだ先刻までの出来事を引きずっているのかも知れない。
「決めてないというか、決められません」
「決めなきゃ駄目よ」
「明美姉」
息もつかせず立て続けに言う。
何故か、最後に声を上げた菜都美に二人の視線が向いている。
「あ……う」
「ここに住む事に反対してるんじゃないの。いい?ミノルくんの自分の意志がどうなのか、それが大事なの」
そしてついっと実隆に視線を向ける。
こうしていると、年相応の女性である。
普段からどんな場合でも菜都美は敵わないんだろうと思いつつ、質問の意味をもう一度反芻する。
それは。
「……そうですね」
自分の意志。
目的。
実隆が外に出たがっていたのは事実だ。
それは、いつまでもお世話になりっぱなしというのは気が引けるから。
そして柊の名字を捨てなかったのは、自分の親族を捜すためだから。
いつか会えるのであれば、どこかにいるはずの親類と話してみたいから。
何故自分から家族をわざわざ切ろうとしていたのか、明美と話していてその理由を思い出した。
なのに何故、今自分の居場所がなくなって困っているのか。
唐突であまりに急激に事態が進行してしまったために、こうやって落ち着いて考えるという事ができなかった。
そのせいだとは、思いたくはないが。
――そうだ。俺は
何のために、この好意に甘んじるのか。
今目の前にあるはずの目的はなんだろうか――言うまでもない。
「俺ははっきり、いつまでとは言えません。それでもいいですか?」
明美はにっこり笑って頷き、彼の言葉を待つ。
「隆弥を見つけるまで。この自分の巫山戯た状況を克服するまで、お世話になります」
ぽん
「よーくいったっ!それでこそわたしの弟よ!」
「明美姉」
明美は上機嫌で掌を打ち合わせ、そのまま抱き締めそうな勢いで実隆の両肩をつかむ。
――もし床に座っていなければ、多分本当に抱き締めていただろうけど
自分の姉に冷たい視線を送りながら、菜都美はもう一度ため息をついた。
――明美姉……治樹と重ねてるよね
それは彼女の母親にも言える事かも知れなかった。
でも、菜都美はそれを口にする気にはなれなかった。
「お前、勝手に話進めてたんだな」
上機嫌になったからか、本当に冗談だったのか、明美はそのまま二人を取り残すようにして去っていった。
「あ、うん。……あそこで見つけたのは、本当に偶然だったけど」
とっくの昔に日が暮れていたせいで時間の感覚はなかったが、警察署で過ごした時間は結構な物なのかも知れない。
――あの時間のうちに
実隆は少しだけ、本当に少しだけ感謝する。
「助かったでしょ」
「ん、あ。……その割に、すぐにその話をしなかったのな」
あーと笑いながら視線を逸らせる。
笑って誤魔化そうとしているらしい。
「誤魔化すなよ」
「るさい。……恥ずかし、かったのよ。うちにおいでなんて。いざとなっても勢いで言えないものよ」
菜都美はむっと眉を吊り上げて言うと立ち上がって埃を払う。
「それで、どうやってタカヤを探す?何か手がかりでもある?」
そんなものはない。
あるんだったら見てみたい、と実隆は思う。
肩をすくめてため息をつくと、ゆっくり首を振って応える。
「でも難しくはないと思う。あいつの口振りだと、必ず…もう一度会えるはずだから」
あの最後の約束は『もう一度殺しに来る』という意味だろう。
多分。
と言う事は、少なくとも同じような真似をするために今行動しているはずだ。
――ただ
判らないのは、唐突に今の状況に自分を追い込んで何を得ようと言うのか。
得るものなんかないはずだ。
むしろ失う――特に、日常生活という隠れ蓑がなくなるのだ。
彼は簡単に殺戮を行う事が難しくなるはずだ。
最後に見たあの人間達が、もしかすると大きく関わっているかも知れない。
――へんな連中だったよな
手がかりにもなりそうにない。
せめて、何か彼に関して動きがあればいいのだが。
「今は、積極的に動けないんじゃない?だったら、今は休んでも良いと思うよ」
実隆が黙って考え込み始めたのを見て、菜都美は明るく言った。
「もうすぐ夕飯だし、とりあえずロビーにいこっか」
タカヤ。
菜都美の言う彼の名前が、どれだけ遠くに聞こえるだろうか。
――逃げるな
彼は頷いて応えながら、自分の口の中だけでそう呟いた。
誰に対する言葉なのか自分でも判らないままに。
「――今、一つの敵の動きがある」
敵。
そう。敵は人間ではない全て。
人間という脆弱な生き物が、この地球上で繁栄を繰り返す最大の理由は、その生命力に反比例する繁殖力と智慧だと言われる。
だが正確には知られていない。
人間の持つ防衛本能が、繁殖力に繁栄する『総体』としての種族単位で存在することが最大の理由なのだ。
「『識る者』か?」
スーツに身を固めた男達がとある場所のとある部屋で話をしている。
幾つかの机と椅子が並んだ、ちょっと小綺麗なオフィスに見えるそこに、今五人の男がいた。
会議室で会議中――もし誰かがすぐ側の金属製の扉をくぐったなら、そう言う風に見えたかも知れない。
「ああ、そうだ。奴の能力は言わずと知れたことだが」
「無駄だ、奴が動くということは、既に結果が出ているということだろう」
「だがそれを利用しない手はないだろう」
――先の見えない議論だな
そしてもし、扉をくぐった人間が部外者であり、彼が部屋を眺めたなら、不釣り合いな青年が佇んでいる事に気づくだろう。
部屋の隅で、どこからか持ってきたパイプ椅子に浅く腰掛けて、背中を背もたれから投げ出して壁にもたれる青年に。
明らかに会議を聞いている風ではない。
無論、会議をしている人間達よりも若い。
いや――会議をする人間が年齢不詳ではあっても、それでも随分と若い。
恐らく高校生か、まだ大学に入り立てぐらいの歳だろう。
そんな彼が、ほとんど何の感情も感じさせない表情で天井を見つめている。
「『Lycanthrope』は」
「あれはどうだろうか。……霊薬とは思えないが」
「効き目よりもあの惨状を見ただろう、あれには触れるべきではない」
奇妙な部屋だった。
感情が欠如したような会話が続き、空気の揺らぎすら感じさせない。
白い真っ平らな部屋には、合計で六人の人間がいる。
青年だけが、この儀式へ参加を拒んでいる。
まるで切り落としたように。
「これは決定事項だ。……それよりも魔学派の動向も気になる」
「奴らは細かく人員を派遣しつつある。我々の障害になる事はないが、いつか必ず大きく動いてくる」
「確かに。『識る者』の動向はこれからの我々の良き指針となればよいのだが」
一体いつの頃から始めたのだろうか。
飽きもせずに確かめるような会議が、厳かに進んでゆく。
こうなると、本当に意味のない会議ではないような気もしてくる。
少年はここにくるのは初めてではなかった。
湿り気を帯びた空気。
黴くさい匂い。
何故そんな所に人間が住んでいるのか、不思議になるぐらいおかしな――おかしな。
少年の記憶が確かであるなら、そこは別の場所ともつながっていた。
そして何度も彼はその黴くさい場所を往復していた。
理由は今更思い出せない。
ただ、そこに行くのは非常に怖かったと記憶している。
――何故、怖いのか
それは記憶にはない。
彼は、『今の彼』は、何故か過去に曖昧な記憶が多い。
この洞窟の奥に進んでいく記憶もそうだ。
実際に過去にあったはずなのにそれが一体何を示しているのかが判らない。
まるで、今ここで聞き続けている詠唱と同じように。
「人との境界たらんことを」
「人間を護る壁となるように」
「人とケモノを隔てる盾として」
お決まりの文句が詠唱され始める。
少年は、その言葉を何度も聞いてきた。
多分、嫌になる程聞かされてきたはずだ。
――だから
この直後にかけられる言葉を、期待してしまう。
「タカヤ」
まるでスイッチが入ったように、バネ仕掛けが彼を壁から引きはがす。
ゆらり、と。
「休憩だ」
彼の記憶には、そんなに古いものはない。
「今更俺を引き上げた理由は何だ」
武器は既に返却している。
不必要だから、必要な時にまた手渡されるだろうが。
「確かに。既に定着している物を壊す事は不利であり不自然だ」
「何より一緒に過ごしていたはずの『鬼』をとりのがしている」
「あの街の目は新たに派遣したが、確かに今更かもしれない」
立て続けに、まるで一人と会話しているように立て続けに言葉が漏れる。
タカヤはふん、と鼻を鳴らす。
「しかしお前に多くを語る理由はない」
「お前には我々に従う義務がある」
「忘れさせる訳にはいかない」
それは、返答がない事を示しているのだろうか。
いつまでこの男達は儀式をしているつもりなのだろうか。
――はん
ため息のように大きく息を吐くと、彼は全員の貌を見回す。
険しい表情。緩い表情。微笑み。悲しみ。そして無表情。
でも、どの表情も自分に向けられているようには感じない。
「――俺がここにいるのは、人間外を刻むためだ」
「そうだ」
「人間という総体を護るためにお前はいる」
「壁として、盾として、境界線として」
「我々の示す人間への脅威を討ち滅ぼすために」
「そのための努力と力を惜しんではならない」
――下らない真実なんぞには踊らされはしない
彼はほとんど聞き流しながら、その言葉の羅列が重要である事に気がつく。
それが自分の使用しているモノと対した違いがない事も。
「――俺に、言霊は利かない」
彼の反撃に、一人の男が一瞬だけ顔色を変えた。
だが、それだけだった。
こつん
そんな音が響く。
足音のような。
少なくとも隆弥はその音を聞いた事があるような気がする。
――ミノル
彼の耳に彼の言葉が届いた。
ほんの瞬間だけ、何故それが聞こえたのかは判らない。
暗闇に光が差し込むように、彼が自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
自分を呼ぶ声が。
そのほんの瞬間だけ、彼の視界に実隆の姿が映った。
右肩からなにか――あれは、多分刃の欠片だろう――を生やして、自分の血に身体を染めて。
必死になった表情の彼が、自分を見つめている。
「……ミノル、やっと名前で呼んでくれたんだね」
思いの外明確に声が聞こえた。
まるで自分のモノではない、自分の声。
同時に、薄布をはぎ取ったように全身の感覚が戻る――のに、それはほんの一瞬。
水面に浮かび上がってきたと思ったら、再び同じ勢いで引きずり戻されるように。
残るのは、幾つもの水泡――彼の、最後の言葉だけ。
――ミノル……
隆弥にとって彼は、まだ完全になじんでいない家族だった。
『今日から、私達が家族よ』
ふと里美に最初に会った時の事を思い出す。
『うちは、みんな名前で呼び合う事にしているの。貴方もね、隆弥ちゃん』
まず、そうしつけられたような気がする。
『貴方の名前は、楠隆弥よ』
何故か酷く懐かしく、どうしてもそれを忘れていたかったという気がする。
声は覚えているのに、貌を思い出せない。
里美の、感情を読ませない淡々とした言葉は思い出せるのに――まるで脳髄に刻まれているように――。
『よろしく、隆弥』
重政の声も思い出せるが、自分がどんな状態でどこにいてどうやって会話しているのかも判らないような。
曖昧なのに決定的な過去の思い出。
自分は口を開いて声を出しているのに、音だけは聞こえない。
思い出せない――何を、言っているのか。
自分が漂っている闇の中で、光以外の全てを感じようとして自分の身体を大きく開く。
でもそれが感覚である事ぐらいは判っている。
最近になって周囲が闇である事を認められるようになってきたから。
自分の記憶が作り出す幻影である事が判ったから。
今いるこの場所が、『場所』ですらない――それを認められると、初めて身動きが取れるようになった。
――自分で自分以外の視点を持つ事が出来ない
そう思いこんでいる自分を克服することの出来る人間は少ない。
自分としての記憶の闇の縁を覗き込むためには、それが『自分』では大きな矛盾を孕むことになるだろう。
だが、それを別の方法で彼は克服した、と言えるのかも知れない。
『ええ、よろしくお願いします。里美さん、重政さん』
人を超える為にヒトの形を失う――拘らないということ、それが唯一にして無二のカタチ。
彼の『視野』に、世界が映り始める。
それは彼にとって見慣れた、彼の家だった。
父と母の座るソファ。
その前に、少年が座っている。
鏡の中でしか見る事のなかった、自分の姿。
隆弥はそれを認識するのが精一杯だった。
すぐに思い出の画像は崩れ、夢から引きはがされるようにして闇に落ち込む。
――……ああ、また
『隆弥』という存在に、自分が落ち込んでいく。
沈み込んでいく。
取り返しの――つかない程に。
でも今見える記憶の淵は、決して自分の記憶にあるものとは言い切れない。
考えられない程鮮明な景色だとしても、それは何故か覚えていない。
――自分の記憶ではないのか
逆かも知れない。
今までの記憶違いは、こんな、自分の中に出来上がった夢――なのかも知れない。
そう思った途端、突然彼は自分の部屋の中に横たわっていた。
――還ってきた
あの薄闇の、閉じこめられた自分の部屋に。
彼は何度もそれを繰り返していた。
突然見える別の景色と、この『自分の部屋』を行ったり来たり繰り替えし続けている。
まるで閉じこめられたように。
――ミノル、俺の事名前で呼んでたな
今までにそんな事はなかった。
ベッドに座り込んで、自分の両手を開いて見つめながら、彼は目を閉じた。
――あんなに傷ついて
助けてやりたいと思った。
何とかしてやりたいと思った。
だから、彼は思いっきり両手を握りしめて、今の無力さをかみしめるしかなかった。
◇次回予告
自分を見つめて、隆弥を追う為。
実隆は手がかりを追う決意をする。
「お前がこっちに移送される前に、亡くなった」
そして、木下警部は――
Holocaust Chapter 3: 隆弥 第8話(最終話)
『相似形』か
差し込む光、遮る隔たり
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