三ノ塔から塔ノ岳に続く表尾根を望む 丹沢表尾根

丹沢表尾根を歩こうと、久しぶりに秦野駅に出た。GW初日なので相当に混雑するかと覚悟してきたが、駅前の行列はたいしたことがなく、20分ほど待ってやってきたバスに乗り込んで座席を占めることさえできた。立ち客はいるものの押し合いへし合いというわけではない。初めて丹沢に山登りに来たのが本日たどる表尾根で、そのときも秦野駅からだったが現在のようなモダンなものではなく、バス停の場所といったら駅の傍らに開けた屋根のないただの広場で、初夏の日差しを浴びつつ登山者が輪を描くように行列していた。まだキスリングや尻皮がありきたりにみられた頃の話である。

 

一週間の疲れが尾を引いているのでうとうとしているうちにバスは蓑毛を過ぎ、急峻な山間を行くようになる。車線は細く、対向車とすれ違う時などどうするのかと思えるほどで、車窓から見下ろす秦野市街地がだいぶ低くなってもしばらく山腹を走り続け、サイクリストや山岳マラソンランナーを何人も追い抜いて、ようやく終点に到着する。カラフルな見た目でやたらと目立つのはバスで追い抜いてきた人たちで、峠が折り返し点のようなので休憩時間が長く、ここが出発点のハイカーとは雰囲気が違う。そのハイカーだが、早々に出発する人たちと、準備運動やらよくわからない休憩やらでなかなか出発しない人たちとに分かれている。あらためて朝食を摂る自分は後者の組だった。

見上げる二ノ塔
林道から見上げる二ノ塔

峠でぐずぐずする時間が長かったからか、大山に向かう人のほうが多かったからか、表尾根へ続く舗装林道に人影はほとんどなかった。春はこのあたりにようやく本隊が到着したようで、山腹はもとより道路傍にもヤマザクラが盛りだ。右手彼方には似たようなピークを連ねる丹沢三峰が浮かび、間近には二ノ塔の姿が大きい。チップ制のトイレが建つ三叉路ではかつての富士見小屋がいまや跡形もなく、藤熊川を望む谷筋が空虚に明るい。

三叉路を左折してしばらくで右手の斜面に山道が始まる。初めて表尾根をたどったときは、ここまでもここからもハイカーの行列で、しかも出だしの山道が細いものだから脇に逸れることができず休みたくても休めず難儀したものだった。この日は前に二人連れがいるくらいでだいぶ空いている。登りだすには遅い時刻なのか、表尾根の人気が往時に比べて低下したのか。たまたま本日は人が少ないだけなのかもしれない。

二ノ塔に登る途中にて
二ノ塔に登る途中にて

急な山道は記憶と異なりさほど続かず、尾根も広がってくる。遠く近くにヤマザクラや新緑の木々を眺めて高度を稼ぎ、植林帯を抜けて雑木林となるとまばらな葉の合間に遠望が効くようになる。振り返ってみればいつの間にか大山が巨大な姿をせり上げ、山頂から左手に北尾根が高く長く、途中に西沢ノ頭が丸く目立つ。魅力的な稜線だがこれからの季節はヒルが出てきそうだ。歩くのは夏を超えてからの方がよいだろう。

とにかく力を抜いてマイペースで、と心に決めて登り続けていくと、妙にたくさんの人がベンチで休んでいる平坦面に出た。そこが二ノ塔の山頂だった。灌木とカヤトに囲まれた裸地化した山頂はあまり達成感を感じさせず、ただの休憩地点の風情だった。そんなに狭いわけではないのだが、10数人も足を止めているうえに後から来た者が立ち止まると通行の邪魔になりかねず、落ち着かないので先を急ぐことにする。前方に高まる三ノ塔へは大した高度差がないようなのでまだ歩けそうだ。休むのならあちらでとしよう。

二ノ塔と三ノ塔の間には、左側、秦野盆地が眺め渡される場所があり、天空散歩の趣になる。登り返して出る三ノ塔山頂は、塔ノ岳のように裸地化していて、塔ノ岳のように(規模は小さいが)土壌流出止めの木枠で囲われ、塔ノ岳のように展望がよい。その塔ノ岳が遮って蛭ヶ岳や檜洞丸は見えないが、丹沢山は鯨のような背を覗かせている。だが何より目を惹くのは目の前で急激に高度を落としてから屈曲して高まり伸びていく表尾根そのものだ。向かいには大倉尾根が地味ながら揺るぎなく高度を上げ、これら二大尾根の収束する先に天を衝いて高まる塔ノ岳は重厚感十分だ。

三ノ塔から塔ノ岳を望む
三ノ塔から塔ノ岳を望む

三ノ塔は大倉尾根などから眺めると長い頂稜部が目立つが、じっさいに歩いてみてもやはり長い。地図でも容易に確認できる南北に長い稜線は高低差がなく、しかも眺めがよく、こここそまさに天空散歩の道のりと言える。視界がさらに明瞭であれば相模灘の水平線から南アルプスあたりまで見えて地球を眺めている気にさえなることだろう。三ノ塔だけ登って帰るにしても頂稜を往復してから下山した方がよさそうだ。その下山だが、表尾根を北へと縦走する者としては当然ながら塔ノ岳側を下るわけだが、これがまた想定以上に長く急だ。高度差150mの下りの途中にはさほどではないがクサリ場もあって、少々手間取る。最近下りに弱くなった自分はこのあたりで後続の人たちに追い抜かれたりする。なにせ足下がざらついた土壌なので滑りやすい。膝も痛み出してきた歳なので無理はできない。

登り返して達する烏尾山は一角に昔ながらの山小屋が建つ。山頂主要部は二ノ塔や三ノ塔同様に裸地化した小広い広場で、端に設置されている古びた方位板が南北アルプスや日光・尾瀬・那須の方角を教えている。空気の澄んだ冬日ならば遠望する眺めは壮麗なことだろう。この烏尾山も三ノ塔同様に賑やかだった。いくつかあるベンチはすべて先行者が占領しており、土壌がむき出しになった山頂中心部はハイカーが行き交う通路でしかなく座る気にならないので、そろそろ休憩したいなぁという思いを持ちつつ再び先を急ぐことにした。

烏尾山にて方位板越しに塔ノ岳
烏尾山にて方位板越しに塔ノ岳

稜線途中にはカヤトが広がる部分もあったが、植生にダメージを与えそうなので入り込むのはやめておいた。芽吹いたかどうかという雑木林のなかをいくうちに行者岳に着く。南から来ると、狭い通路の途中が少々高まって、そこに山頂を示す標識が立っている、という印象だ。山内安全、祈登山安全と記され、よくみるとなかなか見事な仏像の描かれた石碑が二枚、登山道を向いて立っている。火炎を背負っている一枚は不動明王だろう。いずれにも丹沢山尊佛別当東光院の文字があり、もう一枚にはさらに秦野市山岳協会の名が読め、奉納の小銭がずいぶんと積まれている。

山頂とされる場所はとても狭くて大人数が足を止めるには不向きだが、一人か二人が休むには都合がよいスペースがあった。北方に延びる尾根筋の入り口に腰を下ろし、ちらほらと花の咲くヤマザクラの枝越しに三ノ塔と大山を眺めながら持参のおにぎりを昼食に食べる。本日は軽装で来たため湯沸かし道具はなく、駅で買ったペットボトルのお茶を飲んで食事休憩は終わりだ。

行者岳からの下りはクサリ場の連続だった。最近腕を使うといえば立木や木の根を掴むことばかりだったので岩の感触は久しぶりで新鮮だ。ここの岩場は足だけでは下れず、何年ぶりかにクサリを掴んで足場を探って三点確保を行う。下った先が絶壁の深いキレットに架かる橋で、よく弾むものだから思わず悲鳴をあげたりと、エピローグまでスリリングでじつに楽しい。ところで岩場は下る人ばかりでなく登ってくる人もいる。岩場に慣れていない人(とくに下りに)も多いので、必然的に渋滞が起こる。下って小さく登り返した先のコブのてっぺんで鉢合わせした単独行の年配の女性は、はたと立ち止まって行き先彼方を凝視し、「あんなに渋滞して・・・!」と絶句していた。振り返ると先ほどの岩場が見えて、上部にはかなりの人数が順番待ちしていた。

行者岳の岩場を上から見下ろす
行者岳の岩場を上から見下ろす

下から見上げる
下から見上げる

ふたたび穏やかな尾根筋となり、ここでも咲いているヤマザクラの花々を愛でつつ新大日の肩に出る。大倉尾根の花立あたりに雰囲気が似た地形で、振り返ればたどってきた尾根筋が起伏感も明瞭に見渡せられる。三ノ塔がとても大きいのが印象的だ。尾根筋ばかりでなく山麓も広い。表尾根、というより表丹沢が急激に平野部から立ち上がっているのが改めてわかる。

そこここでハイカーが腰を下ろしてくつろいでいる。おそらくこのあたりにかつて書策小屋があったのではと思うのだが、あまりにも前のことなのでどこにどう立っていたのかまるで覚えていない。見上げる先には新大日が春めいた里山の風情で立ち上がっている。初めて訪れたときは今回同様にGWで、今はなき小屋でコーヒーを飲んで外に出たときも同じ光景を眺めたはずなのだが、やはり記憶にないのだった。きっと相当に疲れていたのだろう。

新大日手前の肩にて
新大日手前の肩にて
三ノ塔(奥)・烏尾山(中景右)・行者岳(中景左)を俯瞰する 

近そうに見えるわりには時間がかかって新大日に着く。見上げた印象とは異なり山頂は木々に囲まれて見通しはなく、これまた昔ながらの佇まいである新大日茶屋は鍵がかかっていて営業していなかった。樹林の中とはいえ悪くない雰囲気の一角なので残念だ。本日登り始めの思いが再び湧いてくる。いまも表尾根の賑わいは昔と変わらないのだろうか。たんに小屋なり茶屋なりの後継者がいないだけで、各ピークの裸地化具合を見ても、人気の山であることは変わりないのだろうけれど。

いよいよ見晴らしがよくなってきた尾根筋を次のピーク、木ノ又大日に向かう。ピークといっても肩みたいなもので、登りの傾斜も新大日に登ったときほどのものでもない。たださすがに歩いている時間が長いので、そろそろ両足のふくらはぎに疲労が感じられるようになってきている。だからかどうか、たどっている山道の上方、平坦な稜線の上にきれいで大きな小屋が立っているのを目にして、もう塔ノ岳かと思ったのだった。その小屋は木ノ又小屋で、なかなか居心地がよさそうなものだったが、さすがに塔ノ岳まであと30分ほどなので休憩で寄り道する気がせず、そのまま歩きすぎてしまった。尊仏山荘が混んでいそうな週末など、この小屋に泊まらせてもらえば、かえって快適かもしれない。こういう小屋が塔ノ岳近くに建っていることからすれば、表尾根の人気が衰えているわけはないようだ。

新大日を過ぎると心地良い尾根道
新大日を過ぎると心地良い尾根道

塔ノ岳直下の急登をこなして、ようやく本日予定行程の最高点に到着した。13時をまわっているとはいえ予想よりは山頂の人数は少ない。明日の日曜の方がきっと混むのだろう。見渡す主脈の山々は判別できるが、残念ながらたどってきた表尾根でと同様に霞がかかっていて山肌の細かいところはほとんどわからず、遠望する檜岳山稜遠見山らしきも、ほぼシルエットになってしまっている。それでもこれらの山々、いままで見過ごしてきた西丹沢のやや低めの山々を認めることができたのは来た甲斐があるというもので、しばらく腰を下ろして周囲を飽かず見渡していたのだった。

塔ノ岳山頂に到着
塔ノ岳山頂に到着

蛭ヶ岳から続く主脈を遠望

塔ノ岳は一年前の同じ時期に来ているが、まるで一年経ったという実感がない。つい最近来たような気すらする。これも歳をとったせいなのだろう。前回同様に尊仏山荘でコーヒーを飲み、昨年は売り切れだった紺色の小屋製手ぬぐいを買い求め、何歳になるのかわからない小屋の猫を写真に撮って山頂を辞した。

下りはいまだ歩いたことのない小丸尾根(訓練所尾根)を下った。植林帯が優勢だが、とくに下部では雑木林が右手、西側に伺えるところがあって、新緑がきれいだった。林道に出て鍋割山からの下山路に合流し、二股を正しく大倉側に左折して、西山林道をたどって大倉に出た。バス停では長い行列ができていたが、神奈中バスが増便を出してくれていて、さほど待つことなく乗り込むことができた。

2014/04/26 


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