上高岩山から高岩山を俯瞰するサルギ尾根

御岳山ケーブルカーで高度を稼いでから大岳山に登る場合、御岳山に続く奥の院や鍋割山を踏んでいく尾根筋のルートと、山腹を行くルートとがある。いったん分かれたルートは芥場峠近くで合流するのだが、その近くに上高岩山と呼ばれるピークがある。芥場峠方面から行くと山頂らしからぬ山頂なのだが眺望はすばらしく、立派な展望台まで造られている。左手に御岳山、日の出山とそこから続く金比羅尾根、右手に大岳山から延びる馬頭刈尾根が五日市の市街地に向かって低まっていく。これら二つの尾根に挟まれた正面には秋なら全身を黄紅に染めた丸い山が見下ろされる。これが高岩山で、上高岩山からこの山をつなぎ、麓の養澤神社に延びる尾根をサルギ尾根という。
奥多摩にあって名のある尾根に比べればかなり短く、一般的なガイドも出ていない。おかげで大岳山の近くにありながら静かな山登りができる。道標のたぐいと言えば高岩山頂にて木の枝から下がる山頂標識ぐらいのものだが、基本的に尾根筋を忠実にたどるので登りであれば迷うことはない。春先に出かけて愉しいところと思えたので、紅葉の時期に再訪してみた。


サルギ尾根に登るには武蔵五日市駅前から上養沢行きバスに約30分ほど乗り、大岳鍾乳洞入口で下車する。ここは秋川の支流である養沢川に大岳沢というのが合流するところでもあり、水音が賑やかだ。数軒の家があり、道ばたに干された洗濯物が翻っている。
バス停のすぐ近くに養澤神社があり、石段を上がると小広い境内に出る。立派な木が一本立っており、足下に解説板があってトチノキであること、「あきる野市保存樹木」でもあることを教えてくれる。本殿の前には大きさ以上に威厳が感じられる狛犬が目を剥いて遠来の客を出迎え、そのすぐ裏には真新しい御神燈の石塔が建つ。建物は正面扉が透明ビニールで保護され、屋根も含めて痛みは見えない。ときおりトチの葉が地に舞い降りて乾いた音を響かせる。
山道は神社本殿の右奥から始まる。のっけから木の幹にすがる急な登りですぐに息が上がる。とはいえそれも5分ほどで、足だけで登れるようになってからは地面ばかりに向いていた注意も周囲にまわるようになる。成長して下枝が落とされたヒノキの木立は光が透過して明るい。頭上では鳥がひそやかに鳴き交わし、風にそよぐ葉擦れの音も漂う。
半時ほど登り一辺倒を続けて着くのは小さなコブのてっぺんで、戦前に出版された宮内敏雄氏の『奥多摩』にて「大名子ノ頭」とされているものだ。これより尾根の様相が変わり、岩尾根の気配さえ漂いだす。植林ばかりだったのが雑木林も見られるようになり、色づいた木の葉の合間から彼方の稜線も窺える。お椀を伏せたような山容の日の出山が仰げ、その左には御岳山が尖り山風情で背を伸ばし、山上集落の家々の屋根を午の日に輝かせている。
御岳山奥の院
 山上集落を乗せた御岳山
山上集落を乗せた御岳山
御岳山奥の院
山道の傍らには炭焼き竈跡もあり、かつては雑木林がもっと広がっていただろうことを思いつつ歩くうち、右手前方に紅葉した頭を持つ台形の高まりが見えてくる。あれが高岩山らしい。ひととき急な登りをこなして岩混じりの痩せ尾根を通過し、またまた急となる踏み跡を上がると、その台形の山の頂稜らしき端に着く。最初はここが山頂かと思ったのだがそうではなく落胆していると、倒木の幹にビニールテープがまかれ、「高岩山頂すぐ」と書かれている。これに力を得て2,3分も歩くと雑木に囲まれたこじんまりとした山頂だった。麓の養澤神社から、休憩を除いて1時間半ほどかかっていた。
眺望は相変わらず梢越しだが、進行方向に見上げる頭上には左手に大岳山が大きな頭をもたげている。谷を隔てて右手には御岳山ケーブルカー乗り場が見下ろす低さにあり、観光客のものらしき歓声が聞こえてくる。御岳山の左彼方に霞む二つ並んだゆるやかなピークは川苔山と曲ヶ谷北峰だ。しかしなにより山頂の雰囲気そのものがひそやかでよく、初訪時と同様にここで食事休憩することとした。
先に挙げた宮内敏雄氏『奥多摩』には、サルギ尾根は「昔の大嶽山登拝路で、養沢部落からつけられてあったが、現在は利用する人もなく」とある。よくある峠道のように徐々に高度を稼ぐようなものではなく、短いとはいえ出だしから急であり、他にも登拝路はあったため厳しさが嫌われて廃れたのではと思われる。その山道を静けさを求めるハイカーが現代に復活させたというところだろう。
かつて”大グラミの頭”と呼ばれていた上高岩山へは下りも登りも急傾斜の鞍部を越えて行く。上高岩山頂をまっすぐ目指すのではなく、左手に延びる稜線の途中に上がり、そこから改めて山頂に向かう。これがまた急で、ほぼ直登するルートは滑りやすく下りには不向きではと思える。展望台のある上高岩山には高岩山から30分強、養澤神社からでは歩程2時間で到着した。隣の大岳山に300メートル以上劣る高さとはいえ、御岳山からのルートから来たときに比べてピークだという実感が湧く。まず広々と見渡す景色の充実感が違う。見下ろす高岩山がその象徴だ。
展望台には若いご夫婦らしき男女がいて眺望を楽しみつつ話をした。七代の滝まで車で入り、ロックガーデンを経由して上がってきたそうで、ほとんど人に会わなかったらしい。このルートは歩いたことがないので遠くない将来にたどってみようと思う。お二人揃って山歩きを始められたばかりのようで、お勧めの山というのはありますかとの質問に登高が短時間で山頂の展望に優れる高川山の名を挙げておいた。


上高岩山からは芥場峠に出て鍋割山に登り、北に延びる鍋割尾根を下った。この尾根もサルギ尾根同様に一般的なガイドは出ていないようだが、これまた同様に踏み跡は明瞭だった。一カ所、左折すべきところを尾根筋に惑わされて直進してしまいそうなところがあり、そこだけ道標があったほうがよいのではと思う。植林の多い道のりだが、途中には秋の彩りが美しい山腹道もあり、山神の祠や石に刻まれた古き道標も見られて単調になることもない。
鍋割山北稜にて
鍋割尾根にて。
同じく。
鍋割山北稜にて
越沢と海沢とを結ぶ道が越える大楢峠では峠名の由来である楢の木がまだ元気そうに見えた。峠からは上坂経由で奥多摩駅まで歩いた。5時少し前に出る新宿行き直通快速は春先と違って座席がほぼ埋まっており、この季節の奥多摩は賑やかなのだなと再認識したのだった。
2006/11/18

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