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ここまでのCover Photo:ジャンダルムに続く岩稜から生瀬富士山頂部を振り返る
1 Jun 2025
小鹿野町の般若の丘を越え、釜の沢五峰に登り返して兎岩経由で下る。
昼前、般若の丘前停留所から歩き出す。舗装路が公園内遊歩道になり山道となると展望のない山中に。般若の丘は丘と名が付いているものの、登山道を辿ると細かいながらアップダウンもあれば両側が谷という痩せ尾根もあって麓から見上げるほど穏やかなものではない。しかも山道は手入れがされていないようで悪路と好路が交互する。なによりこの季節はところどころ草が被ってヤブ気味に。
一時間ほどで「丘」を横切って札所32番法性寺近くに出る。門前近くにあったハイキングコース案内図を見ると、歩いてきたコースは設定時こそ家族連れで歩くようなものとされたようだが、現在では純然たる山歩き、かつ顕著なピークがないので山に浸りたい人向きかと。この時期展望もないが、遠く近くのまだ濃くなり切っていない葉群は美しかった。
札所を見送って長若山荘脇にある釜の沢五峰の登山口へ。再訪の五峰については余裕があるのかないのか、二峰の下りは鎖場を通過したものの、三峰の下りは巻いて下るものの下りすぎて再び登る羽目に。四峰との鞍部で振り返ると鎖が垂れていて、前回はこれを下ったのか、今回同様に巻いたのだったか思い出せない。
二峰からは正面に熊倉山、その奥に酉谷山。酉谷山から延びる尾根の途中には埼玉県下で最も遭難が多いらしい矢岳。どことなく不気味な感じも。五峰を越え、法性寺に続く尾根との分岐を越えると尾根の撓みに出る。ここは見晴らしの良い砂礫地だったのだが、今や植林の杉の若木が育って腰を下ろす場所を選ばさせられる。数年したらここでは武甲山方面は見えなくなるだろう。反対側の展望は両神山や二子山、白石山と広いのでよいのだけれど。
今回は布沢には下らず中ノ沢分岐、その先の文殊峠まで足を延ばして金精神社に長若天文台を眺める。中ノ沢分岐に戻って竜神岳を越え、打ち捨てられた高圧線鉄塔の足元を潜って賽の洞窟をかすめる。想像以上に岩場とコブの出てくる稜線で、実際より時間がかかっているように思える。
分岐から半時強で待望の兎岩。丸みを帯びた木々のない一枚岩が傾斜している。左右は傾斜して谷間に落ち込み、足を滑らせたら谷底にまっしぐら。稜線部分に手すりが設置されているし、下っていくと幅も広がり足元も平坦になって安心なのだが、出だしは平坦部がなくて傾斜した部分を歩かざるを得なく、滑りかけて冷や汗をかいた。
兎岩から急傾斜のジグザグ道を経て林道に出る。中ノ沢分岐から一時間弱。この時点で五時過ぎで、日の長い季節だからこそできる本日の計画だった。小鹿野町営バスのバス停まで出て、終バスに乗って秩父市街地に出た。今日は開いていた銭湯に飛び込み、山中では立っているだけで噴き出してきていた汗を存分に流した。
5 Jun 2025
二十八年ぶりに両神山再訪。
この日は日向大谷から沢音を聞きながら登って清滝小屋泊。初訪時は営業していた小屋もいまは避難小屋で、食事提供はない。しかし堅牢な造りは衰えを見せず、小屋内には夜具まで揃っている。湿度の低い本日は夕暮れ時から予想より涼しく、残置されていた銀マットがありがたかった。
この日の夜は屋外で自作フライシートをかけたツエルトで泊まるかたと二人だけ。1,000円ほどの予算で作成されたというビニール製のフライは驚嘆する出来だった。夜は風もなく静かだったが、残念ながら薄い雲がかかり、星々は見上げることができなかった。
6 Jun 2025
清滝小屋から両神山山頂往復。
無人の小屋で20時に寝ついたものの夜半に目覚めてしばらく眠れず、朝方二度寝。目覚めてみれば6時前。帰りのバス時刻を考えるとゆっくりしている暇がない。行動食を詰め込み、最低限の荷だけにして小屋を出る。
昨日に続けて本日も急登の連続。岩場も鎖場も出てくるが、数がやや多いだけでさほどの困難度はない。先日の釜の沢五峰のうち二峰の下りのような鎖場は両神山の稜線上にたくさんあるのだろう。
両神神社本社は山上にこの広さかと思える境内。再訪して、今まで両神神社と思っていたのは本社の少し先にある両神御岳神社とわかった。どちらの神社も狛犬がオオカミであることは共通だが、御岳神社の像のほうが手が込んでいる。石像だから雌雄を表す陰陽が明確なのはあいかわらずだった。
神社から先は短いものの平坦路もあって楽しく歩ける。山頂とされる場所は岩峰状で、多人数が休憩できるような場所ではない。初訪時はここで4人がお茶を入れて休憩したが、きっと先行者たちがみな下山した後で誰もいなかったのだろう。
その初訪時はガスでまったく展望がなかったが、今朝は眺望広大。とくに南と西とが大きく開け、浅間連峰、八ヶ岳、北アルプス、奥秩父の山並みが広々と展開する。富士山も頭を出している。北アはまだ白かったが八ヶ岳はもう雪がなさそうだった。視界をさえぎる木々を避けるため、朝早くで誰もいないことをよいことに展望案内盤に上がって座り込み、脚の間に覗く山名と彼方の山影とを対比して眺めた。
岩場のすぐ下からは山頂では窺えなかった秩父盆地方面が見渡せる。盆地周辺の山々からほぼ必ず指呼できる山から逆にその山々を見渡しているのは彼岸此岸の逆転のようで面白い。
すでに登山口から往復する人とすれ違っているので、後続者たちがさらに上がってきて山頂部は賑やかになるだろう。当初予定では早朝の人影のない山頂でコーヒーだったのだが、湯沸かし道具はすべて小屋に置いてきた。飲めないのは残念だが、短い間とはいえ静かな山頂で中部山岳の山々を眺められたので十分だ。バス時刻を考慮しても、行程上は半時以上の余裕はある。清滝小屋の炊事棟で朝食をつくり、コーヒーを淹れよう。
22 Jun 2025
秩父下吉田の椋神社に参拝し、破風山(はっぷさん)に登る。
秩父の神社といえば秩父神社、宝登山神社、三峰神社の三社がまず名が挙がるが、聖神社、今宮神社、椋神社なども訪れるべき社だろう。このうち椋神社は公共交通機関だけだと少々行きにくい場所にあるので参拝できていなかったが、先日両神山の里宮、本社、奥宮に詣でて、里宮と奥宮の御朱印を椋神社で頂くことができるとのことで、ではと好天の休日を待ってでかけてみたのだった。
西武秩父駅から本数の少ない吉田元気村行きバスに乗り、小一時間ほどの龍勢会館で下車。ここから10分ほどで予想より広い境内の社に着く。椋神社本社に参拝後、社務所に向かうと境内図があり、大きな一の鳥居のすぐ脇に両神山を遠く遥拝する両神神社があるとある。参拝に行くと、小ぶりの社だが、前に立つと彼方には暑すぎる陽気に遥拝対象の鋸歯状稜線が霞んで神々しい。境内から車道越しの山腹を望むと椋神社の例祭で打ち上げられる和製ロケット”龍勢”の櫓が立っている。なるほどここは秩父の種子島か。
神社参拝だけで帰るのももったいないので近くに登山口がある破風山を巡礼道から登って高橋沢沿いを下る。さすがに今の季節はこの低山に登る人は多くないらしい。4年前の4月上旬の昼前では山頂で腰を下ろすことができないほどの人だかりだったが、今日は午から登りだしたからかもだが山中で4パーティにしか出会わなかったうえ、巡礼道でも何回か蜘蛛の巣にひっかかった。
季節の人気度に関係なく、山頂からは霞んでいるとはいえ春と同様に秩父盆地を取り巻く山々が見渡せられ、そのなかには両神山ももちろん含まれているのだった。しかし暑かった。稜線に出ると風が感じられたが、山頂は見晴らしがよい分直射日光がふんだんに回って暑すぎて長居ができなかったので、少し下がった林の中の東屋で休憩した。
この日の秩父市街は街中で複数のイベントがあったからか、かなりの人出だった。それでも行きつけの銭湯は夕方に入ってみるといつものように多すぎず少なすぎずの客足だった。女将さんの体調が戻られたようで喜ばしい。よかったですね、嬉しいですと言っていくお客さん多数。さっぱりして戻った西武秩父駅では17時台の池袋行特急は満席だというアナウンスが流れていた。普通列車もやや混んでいた。
30 Jun 2025
映画『カーテンコールの灯』を観る。
ぎくしゃくとした家族。本心を言えない父親、情緒不安定な娘、その二人をもてあます母親。物語が進むにつれて、なにがそうさせているのか徐々に明らかになっていくとともに、回復と再生も。
再生の直接のきっかけは演劇、本質はひととの関わりかたの変化。自分でない自分になりたい人は演劇は最適。感情の発露の練習、抑圧の解消になる。
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