ニセコアンヌプリの登りからニトヌプリ。下の建物は五色温泉

大沼、大谷地湿原、ニトヌプリ

スキーで有名なニセコだが、よいハイキングエリアでもある。連れと二人で晩夏の北海道に歩きに行こうと考えた際にまず脳裏に浮かんだのがこのニセコだった。個々のピークは小さいので単発なら軽いハイキング、組み合わせればかなりの負荷となり、天候と体調にあったルートを選ぶことができる。有数の温泉地なので山麓のそこここに温泉が湧いているのも魅力的だ。
一般に紹介されているルートとしては、”池巡り”と称されるものがもっとも時間が長く歩きでがある。連れと一緒のときは無理せず短い山歩きを主としているが、数日滞在するので一日くらいは長いのもと思い、渡道初日に樽前山を登って足慣らしとしたうえで二日目にこの”ニセコの池巡り”をすることにした。しかし実際に歩いてみるとなかなかハードで、当初は登るつもりだった山々を割愛し、訪れるはずだった池をあきらめることになった。下り20分とされているところが実際には50分かかるなど、”池巡り”の名称から受ける”簡単そう”という誤ったイメージに惑わされてしまったのが原因だった。次に歩くときは早めに出発するようにしよう。


ニセコアンヌプリ山麓にある宿をゆっくり出て車に乗り込み、パノラマラインという別名が付いた道道66号線を山並み目指して登っていく。そのうちのひとつである昆布温泉を抜けるといったん人家が途切れ、T字路で右折して山を目指すようになれば、正面に並ぶのはニセコ火山群の愛らしい山々だ。正面に屋根型の端正な姿を見せているチセヌプリがとくに目を惹く。計画ではあれにも登るのだがどうも傾斜がきつそうで、登り一時間とガイドにはあるもののかなり歩いたあとで登ることを考えると、それほど足が強くない連れは大丈夫かと思えもした。
ニセコアンヌプリに登ってきまーす
ニセコアンヌプリに登ってきまーす
今回歩き始める地点は”ニセコ山の家”や五色温泉の上にある駐車場で、イワオヌプリへの出発点でもある。着いてみると大型バスが何台も停まっていて何やら賑やかだ。小学生らしきがおおぜいリュックを背負ってニセコ山の家に向かっていっている。どうも地元小学校の集団登山でニセコアンヌプリに登るらしい。全員が一列になってぞろぞろ登るのではなく、学年を混在させた小グループに分け、高学年の子が低学年を引率するような構成にしているようだ。カメラを向けると元気に手を振ってくる。登山靴に履き替えたり日焼け止めを塗ったりと準備をしているうちに時間がたち、最後の子供たちが出発するのを見届ける形になってしまった。
自分たちの出発は9時45分。温泉に向かって流下する細い流れを跨ぐ人道橋を渡ってイワオヌプリに向かう道のりに入る。後方にニセコアンヌプリの端正な姿を振り返りながら滑りやすい急坂を上がり、さしかかる枝に何度か頭をぶつけそうになりながら砂礫地の広がるイワオヌプリの山腹に出た。池巡りのガイドではこの山を往復するよう勧めているが、時間節約のため今回は寄らない。登っている最中にも展望のよい地点はあったが、小イワオヌプリとの鞍部近くになるとさらに見晴らしが広がり、左手に帰路にたどるニトヌプリの双耳峰がゆったりとした姿を見せてくる。帰路にたどる山腹のジグザグ道がはっきりとわかる。
イワオヌプリ山腹よりニトヌプリを望む
イワオヌプリ山腹よりニトヌプリを望む
イワオヌプリ山頂方向を見上げる
イワオヌプリ山頂方向を見上げる
朝方はかなり晴れていたのだが昼前となるとかなり雲が出てきた。小イワオヌプリとの鞍部は峠状になっているので風が吹き抜け、帽子止めを忘れた連れはやや強めの風が吹くたび頭をしきりに気にしている。開けた眼前に強烈なのはイワオヌプリが落とす赤茶けた支尾根で、山道はこの支尾根の中腹へと向かっていく。場所によっては崩れやすいところもあり、連れは少々おっかなびっくりだ。
進むにつれてニセコ連峰北側を見通せるようになり、ワイスホルンのなだらかな山容が広がり出す(「角」を表す”ホルン”という言葉を山名に持つのはなぜだろう)。見渡す限り長らく斧が入っていないような光景で、人の住む地域の真ん中に延びる1,000メートルクラスの山々とは思えない。次に訪れるべき大沼は見あたらず、おそらくあの辺にあるのだろうという場所は広い谷間を越えた彼方で、地図から受ける印象よりやや遠い。


ルートはあいかわらずイワオヌプリを下っていく。この下りは予想以上に長く、眼下には硫黄採掘所がかつてあったという荒れた川筋が見えるもののなかなか着かない。二人とも飽き始めたころ、ようやく道のりは平坦になり、硫黄の匂いが漂う明るい庭園風のなかを行くようになった。灌木の中の気持ちよい小道に浮き立っていると、唐突に植生が何もない砂礫地に出た。周囲を山で覆われながら空は高く開放的で、硫化ガスの心配がなければ休憩したくなるところだ。雨水による浸食なのだろうか、あたりには小さな涸れ沢が何本も走っており、何も考えずにいると歩きやすい尾根の部分を選んであさっての方向に行きかける。「ガイドのロープが張ってあるよ」との連れの言葉に、涸れ沢を横断して行くのが正しいルートと気づく。
イワオヌプリの赤茶けた支尾根
イワオヌプリの赤茶けた支尾根
ワイスホルン遠望
ワイスホルン遠望
硫黄採掘所近くの心地よい道
硫黄採掘所跡近くの心地よい道
ふたたび樹林のなかの細い山道を行くようになる。おたがいマイペースなので気が付くと後ろを歩いていたはずの連れの姿が見えなくなる。人が少ないということは熊に出会う確率も高いということであり、連れはときどき手を叩くようにしているのだが、その音も聞こえなくなるとさすがに心配になる。進んでは待ち、進んでは待ちを繰り返しているうちに前方の梢越しに鈍い色の水面が見えてくる。大沼は考えていたよりかなり大きな池だった。すぐには水際には降りられず、木立に水面の眺めを遮られながら暫く歩いて樹木の切れたところから狭い岸に下りた。
湖面の彼方にはいかめしいイワオヌプリの荒れた山肌が望める。盆地状になった地形のせいか風はなく水面は穏やかで、ここで休憩とした。北海道へは空路で来たためガスが持参できず、ストーブが使えないためテルモスを持ってきたのだが、そこに今朝入れてきた日本茶がまだ熱く、日影にはいるとかなり涼しい当地ではずいぶんと美味しい。向こう側の岸にちょっと大きめの岩が離れて二つ、それぞれ熊とフクロウにみえると連れが言う。フクロウに見えるというのはたしかにそう見えるが、熊だと言うのは亀にも見える。腹這いになった熊というところか。北海道らしい自然の造形を眺めながら今朝仕入れたおにぎりと卵焼きを分け合って食べた。


大沼から再び樹林の中の道のりをしばしで大谷地湿原に着く。すでにかなり乾燥化が進んでいるようで、ほぼ一直線に湿原を横切っていく木道の両側には背の高いササが蔓延している。ほんの少しだが起伏もあり、何も知らないで歩かされればただの開けた場所と思ってしまうだろう。木道が尽きると少し登って車道に出る。今朝上がってきたパノラマラインの続きで、チセヌプリとニトヌプリの合間を縫って連峰を南北に縦断しているところだ。中を歩いていたときは分からなかったが振り返って見下ろす大谷地湿原はかなり大きく、その表面にはミステリーサークルの雰囲気を持つ不規則な曲線が浮かんでいる。かつてはここ一面に水が張っていたわけで、その名残の細い流れが笹原の上に多数の謎めいた描線を刻んでいるのだろう。
時計を見てみれば時刻は13時だった。出発が10時前だったので、ガイドマップでは2時間弱のルートを休憩込みとはいえ3時間以上というのは完歩に危惧を抱かせる。連れも疲れ気味であるし(じっさい後から聞くとこの時点で真剣にヒッチハイクでの下山を考えていたようだ)、ここは後半の神仙沼−長沼−チセヌプリは省略してニトヌプリ登山口まで車道を歩き、ニトヌプリを越えて駐車場に戻ることにした。
イワオヌプリを背景に大沼
大沼とイワオヌプリ
大谷地湿原
大谷地湿原
車道はたいして斜度がなく歩きやすい。正面に急勾配の整った山容の山があり、見た目は美しいのだが登るとなると苦労しそうだ。これがチセヌプリで、予定通りこの山を越え、さらにニトヌプリを越えていくものとしたらかなりの負荷だっただろう。左手後方に大谷地湿原を見送り、車道が今度は右手にカーブしていくと、左手前方にどこが山頂だかわからない山が見えてくる。これがニトヌプリで、大谷地から35分ほどで登山口に着いた。


ニトヌプリの登りは本日最大の難所だった。滑りやすい岩が露出した中を左右の灌木に見晴らしを遮られながら登る。振り返れば西のチセヌプリがどんどん低くなり、日本海に向かって延々と続くニセコ連峰の山並みが見えてくる。持参のガイドマップにはコースタイムの記載がなく、車道上から眺める山容から30分くらいで山頂かと思っていたが、実際には1時間近くかかかって標識が立つところに着いた。東の正面に開けた展望の正面に大きく居座るのは、午前中に山腹を巻いてきたイワオヌプリと、その右奥のニセコアンヌプリだ。二山は同じ火山群なのだから兄弟にあたるわけだが、見た目はまるで似ていない。おっとりしたニセコアンヌプリに対して、最も新しい火山であるイワオヌプリはきかん坊の末っ子という感じだ。
ニトヌプリは双耳峰で北峰と南峰から成るが、山頂とされていらしい北峰にしても標識が立つ場所は最高点よりやや下だ。しかしそんなことは気にならない好展望である。西へ一直線に連なるニセコ連峰、尻別川が流れる広い谷間を越えて南に斧のような山頂部をもたげるのは昆布岳、これは宿の窓から昨日今日と見ている姿だがまだ見飽きない。東西に長い稜線を延ばして低いわりには堂々としている。ざっと見てもまだまだ行きたい山々が多く、渡道二日目にしてすでにニセコ再訪の念が強まるのだった。
ニトヌプリの登りからチセヌプリを振り返る
ニトヌプリの登りからチセヌプリを振り返る
ニトヌプリ山頂よりイワオヌプリ(左)とニセコアンヌプリ
ニトヌプリ山頂よりイワオヌプリ(左)とニセコアンヌプリ
さて、この眺めのよい山から下ろう。まずは目の前に見えるイワオヌプリの山腹を巡る山道に戻らなくてはならない。往路ではゆったりしていると思えたジグザグ道は少々急で、かつ予想より長かった。イワオヌプリへの登りにかかってすぐ、ニトヌプリ山頂からでも明瞭な白砂に覆われた沢の源頭では硫黄の匂いが漂い、足下には建物の土台と思える人為的に並べられたらしい石組みがある。よく見れば地面に埋まった角材も見られる。かつてはここでも大沼付近同様に硫黄の採取が行われたのだろう。水や食料はどうしていたのだろう、夕方になると五色温泉の近くにでも戻ったのだろうか。立ち止まって見渡せばあたりには火山めいた匂いだけではなく、気の早い秋の気配も漂っている。かなりくたびれているはずの連れが足取り軽く歩いていく。
ニトヌプリからイワオヌプリ山腹まではガイドでは20分とあったが、1時間近くかかって着いた。そこから往路を戻り、駐車場には16時半に着いた。何台も連なっていた大型バスも今はなく、集団登山の子供たちはみな自分の家に帰っているころだろう。駐車場脇にはお土産も売る小さな喫茶店があるのだが、すでに閉まっていた。


連れは今日はよく歩いた。仕上げにすぐそこの五色温泉で汗を流そう。温泉の駐車場に車を下ろし、一人500円の入浴料を払って浴場に向かう。嬉しいことに湯は白い硫黄泉で、これこそ温泉と思えるものだ。体中の切り傷打ち傷はもちろん筋肉痛も治してくれる気がする。露天風呂からのニセコアンヌプリは雲の中で見えなかったが、吹き渡る風は涼しく心地よかった。連れともども良い一日に大満足しつつ温泉を後にし、宿に戻ったのだった。
2006/9/1

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