金時山
矢倉沢口から地蔵堂へ
明神ヶ岳より、富士山を背負った金時山
西日本では梅雨末期の豪雨が猛威を振るい、関東では梅雨明け宣言されながら雨模様の日々が続いていた。そんな状況もあって2ヶ月以上山行に出かけないままの日々が続き、そろそろ山に行かねばと考え出した夏、短時間で登れて展望もよい金時山を思い出した。かつて金時神社口から登ったことがあるので今回はオーソドックスと思える矢倉口からとし、自宅上空がようやく晴れた日曜日、小田原駅に出て桃源台行きのバスに乗った。


バスは箱根湯元で大勢の観光客を乗せてほぼ満席となり、早川沿いの狭い谷間を登っていく。宮城野で平地が開けると前方に小塚山らしい小さなドームが浮かんでいる。その背後に高まる箱根外輪山は稜線が全て雲の中だ。残念ながら本日の山頂は眺めがないらしい。
三叉路となっている仙石バス停で下車し、西に走るバスを見送りつつ北に延びる車道を歩く。10分程度で金時登山口という停留所で、ここは御殿場駅からのバスしか停まらない。右手の山側に標識があり、これにしたがって細い車道を上がっていく。
金時山登山口にある古い方の標識
金時山登山口にある古い方の標識。
 碑文末尾に”箱根振興會”の名があり、昭和初期建立と思われる。
 「金時山(山頂迄二十丁)
   金時山ハ坂田金時カ幼時岩石重畳絶壁ノ
   山巓ニ熊猿ヲ友トシテ自然ニ錬成
   遂ニ源頼光ニ登用セラル(傳説)
   四方闊達 眺望荘厳」
別荘地のような建物が目に付きだすと右手に大きな標識があって登り口であることを教えている。山道に入ると周囲は木々とハコネザサで遮られていて眺めはないが、よく踏まれて歩きやすい。ここ二ヶ月半というもの山歩きをしていない身にはお誂え向きで、ゆっくり矢倉沢峠を目指す。峠には「うぐいす茶屋」があり、どんな店かと期待していたのだが、着いてみると昼時だというのに閉まっていた。
矢倉沢峠から金時山方面のスロープを見上げる
矢倉沢峠から金時山方面のスロープを見上げる
小憩後、尾根筋を辿り出す。登るにつれて風が強まり、木々を振るわせて脅かすような音を立てていく。峠からはときおり左手の火口原側がガレで開け、ガスの切れ目から仙石原が多少は見渡せる。天気がよければ休むによいところなのだが風の通りもよいので冷えすぎを避けるため長くは立ち止まれない。標高をかせぐほどにガスは濃くなり、ついに下界は何も見えなくなった。登るほどに山道に岩が出てくる。金時神社からの登路を合わせたのちは急登が続く。
いきなり飛び出す山頂は記憶より狭かった。ガスで眺めが閉ざされているせいだろうか、軒を接して二軒の小屋が建っているせいだろうか。だいたい昼時だからか、よくない天候でも休憩しているハイカーが多い。風は始終吹き付けてきており、Tシャツ一枚では寒いという声も聞こえる。長袖シャツを着なよと連れらしい人が答えている。じっとしていると確かに寒い。
金時山山頂、本日はガスの中
金時山山頂、本日はガスの中
金時茶屋の敷居をまたぎ、飲料ひとつを利用料にしばらく休む。ここに来るのは20年ぶりだ。金時娘のおばさんは変わらずきびきび働いていた。小屋内部を見上げてみると、千数百回とかいう登頂者の名前が書かれた札がたくさん下がっている。毎週登っても千回登るのに19年くらいかかる。こちらはようやく2回目だ。恐れ入るしかない。
金時茶屋の天井を見上げる
金時茶屋の天井を見上げる
そろそろ出かけようと小屋を出て、いま一度周囲を見渡してみた。あいかわらずガスに包まれている。当初は外輪山を乙女峠まで歩こうかと思っていたが眺めのないなかを歩いても面白くない。風は火口原側から吹いてくるので、反対側、足柄峠・地蔵堂側に下れば早々に頭上が晴れることだろう。どこが下り口かと見回すと、足柄峠・地蔵堂へを示す標識が立っていた。てっぺんには10センチほどの高さの金太郎像が据えられている。よく見るとかなり寄り目の像だった。


金時茶屋の裏手から下り始める。シモツケソウらしきピンクのけぶるような花に見とれていられるのも最初だけで、なかなか急な下りが続く。手すり付きの鉄製階段まで現れる。幅はひと一人分なので交互通行だ。階段の設置場所は一つや二つでなくまるで工事現場のようだが、これがないと下りはもとより登りも無理だろう。金時山の山頂部がいかに急激に立ち上がっているかがわかるというものだ。ときおりガスが切れると足元の深い谷がこちらを吸い込もうとする。周囲は植林がなく自然林のままだ。紅葉の時期はきっとすばらしいものだろう。
左に行けば足柄駅、右に行けば地蔵堂および夕日の滝という分岐に出る。標識が立ち、山頂でと同じように寄り目の金太郎像がてっぺんに据えられている。その足元には誰が用意したのか小さなかごがあり、未開封の飴がいくつか入れてあった。再び急な下りをしばしでようやく道幅が広くなり、斜度も平坦に近づいてくる。
足柄駅への分岐に立つ標識
足柄駅への分岐に立つ標識。
 金太郎像が鯉のぼりを背負って
 アメのカゴを守護していた
風はあいかわらず強いが、このあたりに来るとガスも晴れ、見上げる空は夏の青になった。トタン小屋があり、傍らの看板には富士見休所とあったが、いまは営業していないようだ。すぐ先には御殿場方面が開けた場所があり、風に抗して眺めていると雲の切れ間に富士山が頭を覗かせる。傍らにはここが猪鼻砦跡なる場所と教える看板が立っており、かつてこの尾根筋を押さえる目的で築かれたとある。いつの時代のことかは書いていなかった。
猪鼻砦跡(丸鉢山)から雲間に富士山を望む
猪鼻砦跡(丸鉢山)から雲間に富士山を望む
砦跡よりガスに覆われる金時山を見上げる
砦跡よりガスに覆われる金時山を見上げる
尾根筋の道は車も通れるほどの幅となっており、ずいぶんと明るい。だが振り返ってみる金時山はあいかわらずガスに覆われ、不穏な雰囲気をかもし出している。稜線上に延びる林道のような道筋をたどれば足柄峠だが、本日はそちらへは向かわず、砦跡から東へ分岐する細い山道を地蔵堂へと下る。こちらのほうが、より山の雰囲気に浸れるように思えたからだ。
穏やかで気分のよい道筋が続く。単独行の男性が元気に登ってくる。その後を山頂はまだですかと言いながら若い女性の二人組が登ってくる。砦跡より下で出会ったのはこの二組だけで、距離が長いせいか、午後になってこのコースを登る人は少ないようだ。やがて尾根筋を外れて植林帯のなかを暗い谷間に下っていくと、あれほど強かった風の唸り声に代わって聞こえてくるのはせせらぎの響きで、ほとりに出て流れに手を浸すと冷たくて心地よい。流れを何度か渡るにつれて沢の幅も広くなっていく。猪鼻砦と足柄峠の中間点から下ってくるコースが合流してきた先からはよく踏まれた道のりで山腹を巻いていく。
前方に駐車場らしきが見えてくるとようやく山道の終点だった。まっすぐ行けば地蔵堂バス停だが、寄り道して夕日の滝へと向かう。右手に分岐する舗装道を観光客に混じって歩いていくとやや古びたキャンプ場で、家族連れでにぎわっている。そのなかをとおり、奥に向かったところで予想以上に大きな滝にでくわす。
夕日の滝
夕日の滝
夕日の滝は背が高く、落ち口の広い勇壮なもので、立ち寄った甲斐があるものだった。あたりは水煙が満ちて涼しい。滝つぼは深いものではないらしく、滝に打たれることも可能のようだ。実際、滝に向かう途中で全身濡れ鼠の白装束の集団にすれちがった。若い女性や外国人の男性までいた。


地蔵堂の停留所から出るバスは一時間に一本程度なのだが、幸いなことにさほど待つことなく乗ることができた。大雄山駅へと走る車窓からは、左手に矢倉岳がすっきりした碧の山頂を掲げていたが、右手に見えるはずの金時山稜線部はあいかわらず雲の中だった。それでも久しぶりの金時山は愉しかった。コースを変えてまた来よう。
2009/07/26

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