天祖神社奥の雑木林の径
晩秋に半日かけて、青梅市街地の南に高まる低い山並みを歩きに行った。長渕山ハイキングコースと呼ばれるもので、小さなピークが並ぶ中に、ひとつ、“赤ぼっこ“なる妙な名前があって、気になっていたところなのだった。


電車で奥多摩に行くたび通る青梅だが、駅を出たのはこの日が初めてだった。昭和の町で売り出しているらしく、駅ホームの売店から戦後を思わせる佇まいのうえ、改札に出るまでの地下通路には古い映画のポスターがいくつも並んでいる。駅前に出るとこの日はずいぶんと賑やかで、懐かしきちんどん屋の音が響き渡っている。出店も出ていれば、駅前十字路の先ではインターナショナルな芋煮会になっている。通りは見通す限り華やかな雰囲気だ。毎年行われる青梅宿アートフェスティバルのまさに当日だった。
駅前に出ると大所帯のチンドン屋が。
駅前に出ると大所帯のチンドン屋が。
青梅宿アートフェスティバル。2013年で23回目。
演し物も盛況。右端にはあがた森魚の名も。
フェスは演し物も盛況。
右端にはあがた森魚の名も。
山姿も似合う街。
山姿も似合う街。
浮き立つような町中を抜け、多摩川を越すべく南下する。駅から南東にある調布橋は秋川街道が渡るもので、歩道脇には銘板があって過去現在合わせて三つの橋のレリーフが掲げられている。吊り橋の初代とアーチ橋の二代目は、渡り手には窮屈だったたかもしれないが、外見はかなり魅力的な造形だったように見える。銘板の近くには“雪おんな縁の地”とか書かれた碑がある。小泉八雲が書いた「雪女」の話はこのあたりに住んでいた人から聞いた話をもとにしたことを記念しているものだった。昔の青梅はだいぶ雪が降ったらしい。
多摩川を渡り、永渕七丁目の大きめな交差点を越えて5分も歩くと藍染工房があって、染められた濃淡とりどりの糸が風に揺れている。工房見学や染色体験もできるとある。本日のところは窓から覗くくらいにして、さらに5分も歩くと本日の山歩き出発点にあたる天祖神社の石段の下に着く。入り口脇には標柱があり、本日辿る“長淵山ハイキングルート”へは神社に上がるよう指示している。見上げる階段はなかなか高く長く、意識的にゆっくり登っていったものの、拝殿に着く前に息が切れた。
藍染工房”;壷草苑”;にて
藍染工房"壷草苑"にて
天祖神社入り口
天祖神社入り口
長い石段はもうてっぺんかと思わせるところで踊り場のような平坦面に出る。階段が左右にあって右に行くのが辿るべきコースらしいが、左へのを見上げると大きな丸石を載せた碑が窺える。何だろうと登ってみると、忠魂とあった。周囲は小広く開けてベンチまであり、階段登りだけですでに汗だくで、ちょうど昼時にもなったのでここで昼食休憩とした。足下の車道から聞こえてくるエンジン音がうるさいが、あの階段に恐れをなすのか誰も来ない。休憩後に改めて出た拝殿前はすがすがしく、あいかわらず人影がない。案内板があり、本道右奥へとハイキングルートが続いているとある。


登り出すと四阿があり、これを横目に檜の植林のなかを登っていく。木の根が出ていて歩きにくいのもつかの間で、すぐによく踏まれた道となる。眺めも山中のものとなり、周囲が植林から雑木林に変われば明るい日差しも回る。だが青梅市街地から響いてくる太鼓や天祖神社下を通るエンジン音が届き、街近さを忘れさせてはくれない。生活圏に近いせいか、かつての仕事道ないし生活道がいくつも交差する。標柱がそこここに立っていて主稜線を追う分には迷いようがないが、もしこれらがなかったら予想外のところに出るかもしれない。
左手が明るくなって色づいた木々が見えてくる。気分が高揚したものの、空間が開けたところに出てみると見通す先はなんと一面が墓地だった。青梅市墓地公園というところで、稜線近くまで舗装道も通っている。公園名が親しみにくいものだが、見渡すところどころに秋の彩りもあり、一息つくにはよい。尾根筋を戻るような高みに四阿があったので荷を下ろし喉を潤して休んでいると、地元の人らしきがジョギング姿で目の前を走り抜けていった。
墓地公園付近にて
墓地公園付近にて
いまでこそハイカーしか歩かないようだが、やはりかつては稜線でも生活圏だったらしく、分岐する小径に入ってみると耕作放棄された畑と思えるような平地が広がっていたりする。おかげでか道はよく踏まれていて歩きやすい。林の中に開けた旧二つ塚峠は脚を止めるのにちょうどよいポイントで、ハイカーの団体が立ち話に興じていた。
峠から先には、左手の大きな谷間が造成されて”二つ塚の最終処分場”なるものが造られている。近づくにつれ木々の合間から窺えてくるのは広い敷地に建てられた近未来SFにでも出てきそうな巨大施設で、執拗に響く低く唸るような音があたりを覆う。ここはゴミ処理場で、可燃ゴミの灰はリサイクルしてセメントを作り、不燃ゴミは埋め立てているのだそうだ。山道のそちら側が金網フェンスで遮られているのは不用意に人が入り込むのを排除するため仕方ないとして、少々見晴らしが良さそうなところでは金網だけでは足らないとばかりにご丁寧に目の細かい遮蔽シートを掛けている。どういう意味なのだろう。


簡易舗装道が上がってくる馬引沢峠を右から合わせてしばらくすると、ようやく左手から処分場の音と眺めがなくなる。再びあたりが山中の雰囲気となって落ち着いてくる。目の前に高まるコブの上に送電線鉄塔を見上げるくらいなんということもない。このコブを越え、もう一つ登ってみると標識があり、赤ぼっこへは右に寄り道しろと教えている。明るい中に出てみると、そこは広く伐採されている支尾根の上なのだった。紅葉の木々が散らばる斜面の彼方には奥多摩の山々が並ぶ。低いながらも左右に広がった展望は一目では収めきれず、地図を広げて頭を上下左右に振りながらあれはこれはと照合する。吉野梅郷の彼方に高まるのは高水三山、大岳山。高水三山の左彼方にうっすらと浮かぶのは、地図にあたってみるとどうやら本仁田山らしい。
赤ぼっこから日向和田、吉野梅郷方面を望む。
正面奥は高水三山。右に高水山、左に惣岳山。中央奥の岩茸石山は霞んでいる。
高水三山右手の手前に低いのは青梅丘陵。奥に高いのが雷電山、少し離れて辛垣山。
高水三山の左手前に霞んで尖っているのは日向和田の愛宕山。奥多摩にはこの名の山が多い。手前の黒く映っている尾根上のピークは三室山。

三室山の上に霞むのは本仁田山と思える。
雑木林が明るい
雑木林が明るい
いままで歩いてきた幅広の道は左にそれていき、コースは高圧線の巡視路に入る。人ひとり通れるだけの山道で、いよいよ山らしさが横溢してくる。明るく気分が高揚する登りが樹林のなかに入ってしばらくで、赤ぼっこ同様に右手の脇道に入れと道標が教える。その先が天狗岩で、赤ぼっことは異なり、本日初めて急激な下りと登り返しを強いられる。
光回る天狗岩
光回る天狗岩
光回るところに出てみると、そこはテラス状の岩場で、それもじつに雰囲気のよい岩場だった。ほどよく木々が背後に茂っていて隠れ家感覚がある。その木々が紅葉しているのだから陰気さとも無縁で、独占できている間はいつまでもここにいたいと思わせる場所なのだった。多摩川が市街地のなかを蛇行し、山間へと伸びていく。川の下刻は深いけれど、ずいぶんと穏やかな眺めだ。湯沸かし道具を持ってこなかったのがじつに残念だ。
天狗岩をあとにさらに稜線を西に進む。植林ながら明るく、伐採されていない分、荒れた感じがしなくてよい。通過点のような要害山を過ぎ、三叉路に出る。まっすぐ行けば愛宕山、右に行けば稜線から下って麓に出る。赤ぼっこや天狗岩同様に愛宕山も往復で、あまり歩かれていないとの評判だったが、片道15分程度なので寄ってみることにした。
出だしこそ草深いが、今までが広くてよく踏まれた道だからそう思えただけで、なんのことはない山道だった。予想よりゆったりと構えた道のりをしばしで着く山頂は、予想とは異なり眺めがよかった。赤ぼっこ、天狗岩、愛宕山と、みな眺望がよいが、それぞれ一番の売りが異なる。愛宕山からは正面に広がる青梅丘陵ハイキングコース西半の山々がよい。丘陵北西端の雷電山が500メートル未満の山とは思えない姿で立ち現れ、自分より低いが自己顕示欲は引けを取らないピークを従えて盟主を気取っている。あの稜線も歩いてみたいものだ。
吉野梅郷の上に青梅丘陵の西半分を望む。
長渕山ハイキングコースから続く稜線の西端、愛宕山から眺める青梅丘陵ハイキングコースの西半分。
山並みの左端は雷電山。すぐ右に辛垣山。右手に離れて整った三角錐を見せるのが三方山。
市街地中程は吉野梅郷。赤い橋は日向和田駅前の神代橋。
 
眺望はよいものの、愛宕山自体は天狗岩と異なり、やや陰気な雰囲気の場所ではある。訪問者を圧倒するのは見上げる巨木のエドヒガンで、足下にあるベンチは古く、あたりは低木と雑草が伸び放題だった。かつてはもっと眺めが開けていたようだが、低木が成長すると展望が期待できなくなくなるかもしれない。


三叉路に戻って山を下り出す。わりと傾斜があって、天祖神社からなんとなく登ってきた緩やかさとは大違いだった。沢筋に出ると道幅が広くなるものの、下るにつれてなぜかまた山道めいてきて、最初の人家を見るころには人ひとりの道幅になってしまった。車の往来のある道路に出ると青梅駅行きのバス停があり、さほどのことなく来るようなので待つことにし、乗って駅に出た。

2013/11/17


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