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翻訳コーナー(3) 日本文

バラのレースリ

ヨハンナ・スピリ作


1章:
バラの花さく季節のなかで

2章:

3章:
4章:

tshp訳


バラのレースリ

 作 ヨハンナ・スピリ 1882


第一章 バラの花さく季節のなかで

 

 ヴィルトバッハ村の役場で下働きをしていたディートリッヒは、もともとはきちんとした家庭を持っていました。

 でも、何年か前に、身をもちくずして、仕事をなくしてしまい、生活できなくなりました。

 いまとなっては、できる仕事は、ときどき自分の荒れた畑にいって、何束か草をかりとるくらいです。

 それを家に運んでいって、飼っているやせっぽっちのヤギのエサにするのです。

 子供をひとりあずかっていますが、自分と子供の食べるものといえば、何個かのジャガイモと少しのミルクがあるだけです。

 昼の食事が終わると、ディートリッヒは家を出ていって、夜になってからやっとヤギの乳をしぼるために帰ってきます。

 そのほかは、だれも彼が家にいるところを見ません。

 夜遅くまで居酒屋にいりびたって、家になかなかもどろうとしないのです。

 ですから、畑やヤギも、男の借金の支払いで、やがてなくなってしまうでしょう。

 これは、村の誰にでも知れわたっていることです。

 まだおかみさんがなくなる前は、なにもかもが、もっとまともでした。

 夫婦はもっと多くの畑や、牝牛を一匹もっていて、朝から晩まで奥さんはまじめに働いていました。

 子供は一人もいませんでした。

 でも、ディートリッヒの姉が残した子供を、三歳のときからひきとっていました。

 

 一年前に、男の妻が亡くなりました。

 それからというもの、あっというまにおちぶれていき、とてもひどい暮らしになっていきました。

 ですから、だれもが、女の子がいきいきと元気いっぱいでいるのにはびっくりすることでしょう。

 いま8歳の子供は、だれからも「バラのお花の女の子・レースリちゃん」という意味の「ローゼンレスリー」と呼ばれていました。

 なぜかっていうと、この子は、見るたびにいつだってバラの花をもっているんです。

 ちいさな花の一つは、かならず手に持ってたり、口づけしてたり、髪や服のどこかにくっつけていたりするのです。

 レースリは・・本当の名前はテレーぜですが・・なぜそんなことするのかって?

 とにかく大好きなんですよ。

 女の子は、どこかバラの咲いている庭があれば、立ち止まって青い目をうれしそうにかがやかせて長いこと見つめてしまいます。

 すると庭の中の人々は、やさしく声をかけてくれるのです。

「ひとつお花をあげようか?」

 するとレースリはニコニコしながら、垣根ごしに小さな手を「ちょうだい」と、さしこみます。

 受け取るときは、たからものをもらったように、ありがとうといって大切にします。

 こんなわけで、みんながわかっています。

 バラの花さく季節になれば、たちまちこの子が花をもって歩いていること。

 そして元気なバラのお花の女の子・レースリを知らない人はいなくて、みんなこの子が好きだったのです。

 おじさんはレースリをあまり見ることはありません。

 朝に女の子は学校にいきます。

 お昼に帰ってくると、おじさんは言います。

「夜までもどらないぞ。

 なにか食べものぐらいあるだろうから、自分でさがしてどうにかしてろ」

 でも、戸棚はいつだって空っぽで、食べるものなんてありません。

 それなのに女の子は元気です。

 というのも、学校で他の子からリンゴやナシや、時にはパンなんかもわけてもらったりします。

 お腹が空いているときはよくありますが、そんなこと気にはしません。

 女の子はいつだって、どこにいったらバラの花々がいくつ咲いていて、どのくらいもらえるかわかっていて、あちらへこちらへと、ほうぼうのお家のお庭へと、走っていくのでした。

 お花を持っている楽しみで、少女は他のことを、みんな忘れてしまえるのです。

 

 今日もやっばり、この子には晩ごはんがありませんでした。

 なのにレースリは、いまも幸せそうに野原をとびはねています。

 明るい夏の夕方でした。

 

 ちょうちょがいくつも高く、低く、青い空をはばたいています。

 その上高くには、ツバメが丸く円をえがいて飛びまわり、「夏が来たよー。」とさえずります。

 

 あたりには、コオロギたちの鳴き声がとても楽しげにリンリンとひびいています。

 こうなれば、レースリはいつだってほがらかな気持ちになれます。

 

 女の子はちょうちょたちといっしょに飛びまわろうとするように、休まずに、ぴょんぴょんと高くとびはねていました。

 

 こうして、あっというまに、おめあてのお庭までやってきました。

 そこは村からはなれていて、横に森になっているの小高い丘にあります。

 ここがいつも一番たくさんバラの花々があるところです。

 庭は、木の垣根でとりかこまれていて、 バラの子レースリはすきまから、なんてきれいなんだろうと見つめました。

 

「さあ、中におはいり」

 それからもう一回、木のかげから声だけがしました。

「おまえが何をほしいのかわかってますよ。

 今日も、お花を持たせてあげましょうね」

 

 バラのお花の女の子には、声だけでじゅうぶんでした。

 次の言葉がかけられるまえに、ただちに中に入っていきます。

 そしていい香りのするバラの花壇に近よります。

 たくさんの赤や白のバラが、明るく鮮やかだったり、暗く深みのある色でさまざまに咲きほこり、いい香りがします。

 うっとりとながめます。

 

 そこに奥様がやってきました。

 この庭の持ち主の村長夫人です。

 

 この人は、これまで何度もレースリにバラの花をあげていました。

 いまも声をかけてくれたのです。

 

「いいときにきたのね。今日はほんとうにちょうどいいわ。レースリちゃん」といいます。

「とびっきりすごい花束をつくってあげるつもり。

 でもね、花が盛りをすぎて落ちそうになっているの。

 わかるよね?

 だから、そっと静かに持っていきなさい。

 いつもみたいにとびはねて走っていってはいけませんよ。

 さもないとお花がみんな落っこちて、おうちにつく前に、葉っぱだけになりますよ。」

 

 いいながら婦人はその場所で注意深く、一輪のバラをきりとります。

 さらにもうひとつ、もっとたくさん。ついには、色とりどりの大きくはなやかな花束にしてくれます。

 

 レースリは目をぱちくりさせます。

 こんなにすごい、すばらしくきれいな花束は、まだ手にしたことがなかったのです。

 しかし、もう弱っている花びらはすぐにヒラヒラと床に落ちてしまいます。

 散ったお花のところは、ほかのお花の間で茎だけになって,とてもさびしそうになります。

 そのたびに、レースリはびっくりしたように花が落ちるのを見つめるのです。

 

「ごらんなさい。わかったでしょ!」夫人は念をおしました。

「ゆっくり、そっーと、お家までお帰りなさい。

 そうしないと、戻ったときに3つもお花が残ってないでしょうから」

 レースリは礼儀正しくお礼をして、帰り道を歩いていきました。

 花束をかかえた少女は、みすぼらしい一軒の小さな家の前を通ります。

 そこには、物静かで、いつも悲しそうにしてやつれて見える女の人が住んでいて、「気がかりお母さん」と呼ばれていました。

 レースリは、いつもその人のことをこんな呼び名でしか聞いたことがありません。

 あんまりぴったりだと思ったので、レースリには、この人に別の名前があるとは思わなかったのです。

「気がかりかあさん!」

 レースリは、古ぼけた窓のそばに、おばさんがいるのをみつけて呼びかけました。

 

「みてみて。ねえ、こんなバラの花束って、見たことある?」

「ないねえ。レースリ。もう長いことみてないよ」

 返事します。

 女の子は、自分の手に持った花束の、香りとあざやかな色どりにうっとりとしながら、歩いていきます。

 

 帰り道で家が近くなってきました。

 レースリは、道が十字にまじわっている交差点をまがろうとします。

 十字路には家があって、元気な「四つ角(よつかど)おばさん」が住んでいます。

 そのおばさんが外に出てきて、しっかりとした太い両腕を腰にあてながら、女の子を「へぇー」と感心してながめました。

 

「まあまあ、今日はほんとうにバラのレースリちゃんになってるのね。」

 おかみさんは女の子に声をかけます。

「おいでよ。

 ちょっと見せてちょうだいな、あんたのたからものをもっと近くでさぁ」

 

 バラのレースリは、すぐに引き返してきました。

「みてみて」とうれしそうに、おかみさんに花束をさし出しました。

 でも、はねあがるように急に動いたので、3つか4つのお花が、パラパラっと散ってしまい、床の上にヒラヒラとまいおちていったのです。

 

 レースリはそれを悲しそうに見おくりました。

「残念よね」

 おかみさんが言います。

「わたしにゃ、これでじゅうぶんなんだけどね。

 いい子だから、わたしにあんたのバラをちょうだいな。

 そうしたら、あんたに大きく切ったパンをあげるよ。

 もうその花は遠くまでもっていけやしない。

 家にもどったら、みんなお花が落ちちゃって、クキしか残らないさ。

 こっちおいで。

 それをもらえないかい?」

 

「わたしのお花をぜんぶなの?

 ひとつ残らずなの?」

 レースリはひどくざんねんそうな顔をしました。

 

「一つぐらいはもっていけるよ。

 ほーら。これがいいよね。

 他のはみんなすぐに落っこちゃうからね。

 さあ。この中に入れてちょうだい。

 おとしちゃだめよ」

 おかみさんは自分がかけているエプロンを広げていいました。

 レースリは自分のものだったお花を、ひとつだけ残してみんな入れてしまいました。

 女の子は最後の一輪を、なくさないよう、しっかりと洋服のむなもとにさしこみます。

 

 おかみさんは家の中にはいっていきました。

 しばらくすると手に大きく切ったパンをもって、もどってきました。

 それを見ると、レースリは、とってもお腹がすいていたことに気がつきました。

 

「きいてね、レースリちゃん。

 いいことを話してあげる。」

 おかみさんは言いながら、女の子にパンを手わたしてくれたのです。

 

「小さなカゴを用意してね、毎日、夕方になったらバラがもらえるところへ行きなさい。

 そしてね、もう散ってしまいそうなバラの花をくれないかたのんでみて。

 もらったらすぐにカゴにいれる。

 そうしたらなくならないでしょ。

 いまの時期、わたしバラの花びらがほしいんだよ。

 毎日夕方に、汚れてないきれいなお花のはなびらを、一カゴぶんもってくるならね、

 パンをおおきく切ったのをあげる。

 どう? ためしてみない?」

 「うん。やってみる」

 レースリはうなづきました。

 なんといっても「バラのお花の女の子」ですもの。


 帰り道をあるきながら、のんびりともらったパンを食べることにします。

 女の子は小さな自分の家の前に来たとき、もう一度「気がかりお母さん」とすれちがいました。

 婦人は、背中に拾い集めたたきぎの小さな束を背負って、家へもどる途中でした。

「あら? ねえ、きれいなお花たちはどこへいったの?」

 と、立ち止まって女の子に聞きます。

 レースリは、どんなことになったかみんなお話しました。

 どうしてこれから毎日、よつかどおばさんに、バラの花びらをきっともっていこうと思ったかです。

 

 婦人は考え深げに耳をかたむけ、おだやかにひかえめに言いました。

「レースリちゃん。

 あしたね、おかみさんにバラを持っていく前に、わたしのところにきてくれないかしら?

 そのとき、ちょっとお願いしたいことがあるの。」

 

「うん。またくる。

 それじゃおやすみなさい。気がかりかあさん!」

 こうしてレースリは帰っていきました。

 村はずれの、おじさんの小さな家につきました。

 女の子はシーンと静まりかえったさびしい部屋の中に入っていきます。

 ドアはあけたままにして、ランプに火をともそうとしません。

 まるで一羽の小鳥が巣にはいるように、薄暗いなかで寝床にもぐりこみます。

 そして、しあわせそうに目をとじました。

 バラのお花の夢をみるのです。

 まぶしいお日様が、また少女をおこすまで・・。


第二章 ちいさな手のおおきな働き

 

 村のみんなから「気がかりお母さん」と呼ばれる女の人は、夫に先立たれて、一人でとても貧しく暮らしていました。

 昔は、もっといいくらしをしました。

 そして誰かに助けてもらおう。なんてことは思っていません。

 婦人はまずしさにつかれ、ただひとりで、誰にもなにもいわずに静かに悩んでいました。

 自分の苦しみと望みをうちあけるのは、天のかなたに向かってだけです。

 すべてをゆだねることが、なぐさめになり、そうすることが必要だったのです。

 

 彼女の夫は洋服の仕立て屋さんをしていましたが、早くになくなっていました。

 二人の間には息子がひとりのこされていました。

 この子は、父親のように仕立て屋になって欲しいと思われていたのです。

 こう思ったのは少年の後見人の村長さんです。

 そして、これをもう決まったこととして、押しつけてしまったのです。

 でも、息子のヨーゼフは、仕立て屋になるつもりはありません。

 仕事をはじめるときになって、逃げ出してしまったのです。

 そして、夜遅くまでかえらなかったり、一晩中もどらなくなってしまったのです。

 こうしてヨーゼフは悪い人の仲間にはまりこんでしまいました。

 すると後見人である村長は怒っていうのです。

 

「いますぐにきちんと働きだし、これからはまともなことをしますと誓うんだ。

 さもないとおまえを、次の便で地球の反対側のオーストラリアに送ってしまうぞ!」

 

 するとヨーゼフもカンカンに怒ってしまって、言い返しました。

「ぼくはちゃんと働ける。

 自分がやりたいと思ったことを、やらせるくれるならだ。

 よその土地にぼくをおくるなら、その前にこっちが出て行ってやる!」

 そして姿をみせなくなって、それっきり帰ってこなかったのでした。

 

 お母さんはとってもつらく悲しい思いをしました。

 でも、自分の子供を天のお方のお守りにおまかせしたのです。

 村の人たちが、からかってこういいます。

「なにがあんたたち母子を守ってくれるっていうのさ。

 いくらお祈りしたって、このありさまじゃないの。

 いまじゃ、あの人、不幸のどんぞこで泣いてるし。

 ヨーゼフだって、どこか遠くで、みじめに死んでるだろうねぇ」

 そんなとき、言い返すのです。

「これから死ぬまで、悲しんでばかりの哀れな母親だったとしても。

 私の救い主を信じることをやめることはありません。

 ヨーゼフだって、きっとそのうち、正しい人生に戻ってきますとも。

 だってあのお方は最初から私と同じ場所にいて、つつみこんでくださります。

 何度でも、すべてをおゆだねいたします。

 そしてこんなにもけんめいにしたお祈りが、むなしいものになるなんてありえませんよ!」と。

 

 バラの女の子・レースリは、次の日学校がおわるとすぐに、昨日と同じところへいきました。

 小さなカゴのひとつさえ、家にはありません。

 ですから、自分のしているエプロンにバラをくるんでいくつもりです。

 

 ぴょんぴょんとはずむようにして、女の子はあの大きな庭までやってきます。

 村長の奥さんは、花のあいだをあちらこちらと歩いているところでした。

「またバラをあげましょうか? レースリ 」

 大きな声で呼ばれます。

「はいっておいで、 ひとつかふたつだったら、またあげるわよ」

 

「あのね、おちそうなのだけでいいの」レースリは言います。

 そして、ちいさなエプロンをひろげてみせます。

 今日はひとつも下に落としたりしないようにです。

 

「そうね。

 そんなのでいいんだったら、あなたにエプロンがいっぱいになるぐらいあげましょう。

 こっちに入っていらっしゃい」

 そして奥さんは、子供をバラの花にあふれる花だんにつれていきました。

 その花たちは、どれも開ききっていたり、もう半分ほど散りかかっているのでした。

 ここで奥さんがチョキンチョキンたくさんの花を切り取っていきます。

 バラのレースリのエプロンにこれ以上はいらないほどです。

 

「あしたも、またきていいですか?」

 わくわくしながらお願いしました。

 

「ええいいわよ」

 だいじょうぶです。

「もう散りかかったのは、みんなあなたにあげるつもりよ。

 それでもいいならね」

 

 バラのレースリはありがとうといいました。

 うれしくて走り出してしまいます。

 気がかりお母さんの、ふるぼけて小さな家にやってきました。

 前をとおりすぎようとして、女の子は約束していたことを思いだしました。

 

 少女は、天井の低い小さな部屋へ勢い良くはいっていきます。

 そこで気がかりかあさんが、糸車の前に座って仕事をしていました。羊の毛のかたまりから糸を紡いで作っていたのです。

 

 女の人は、レースリを「まってたよ」と、とってもうれしそうにむかえいれます。

 そして窓のそばにいきます。

 小さなバラの木から出ていた二輪の赤い小さなバラをきりとります。

 そしてレースリにさしだしました。 

 

「これなのよ、レースリちゃん」

 女の人は言いにくそうに話します。

「あんたにお願いしたかったんだけど。

 この小さいのも二つ、もっていってほしいんだよ。

 もしかしてあのおかみさん、これでも、少しぐらいパンをくれるだろうかねえ ?

 ほんの小さく切ったのでいいんだけど。

 どうだろう、やってくれるかい。レースリちゃん?」

 

「うん、もってく」

 この子はすぐに、はきはきと答えました。

「それに、すぐ、おばさまのところにパンをもってくるわ。

 少ししたら、もどってくるからね!」

 

 四つかどおばさんは、家の前にある野菜畑の低い塀のそばにいました。

 あっちをみたり、こっちをみたりと、塀の上におかれたいくつものカゴのなかをみています。

 中にはいい香りのバラの花びらがひろげてあります。

 お日様の光で乾かそうとしているのです。

 

 おかみさんは毎年、いい匂いのするバラの香水を作っていました。

 それにはたくさんのバラの花びらがほしいのですけれども、集めるのがなかなか大変なのでした。

 

「ああ、とてもいいねえ」

 農婦はバラのレースリがきて、少女がエプロンをみろげてみせると、思ったとおりにうまくいったと、うれしそうに言いました。

 

「今日はおまえに、とびきり大きなパンをあげようじゃないか」

「ここにまだ二つあるの」

 レースリは言います。

 そして気がかりお母さんからの小さなバラを高くさしだしました。

 

「いいから他のといっしょにしときな。

 どっちもほんとにたいしたことないけど、それでも花びらが多少はついてるねえ」

 

「あのね。わたしね。

 その分は別にわけてパンが欲しいの」

 レースリは言いました。

 いまでもそのお花を、しっかりと手に持ったままです。

 

「ははぁ。わかった」

 そう言って、おかみさんは家のなかに歩いていきました。

「あたしたちの子供のころもそうだった。

 そうさ。学校のなかでしょっちゅうとりかえっこしたものさ。

 パンを西洋ナシとか、何個かのスモモとかで交換したんだよ。

 ね。そうだろ。

 わたしにゃわかるんだ。レースリちゃん。

 さあ、とっときなよ。

 大きなパンは、エプロンのバラの分。

 こっちのちいさなのは二つのバラの分でとりかえるね。

 これで思いどおりになっただろ?」

 

「うん。そうなの。そのとおりです。」

 レースリはうなづきました。

 そして何回も何回もありがとうといって、帰っていきました。

 

 ちいさなパンは気がかりお母さんのためにエプロンの中にとっておきます。

 それから、大きなパンに、すぐにパクリとくいついて、モグモグすごい勢いで食べていきます。

 だってお昼はほんの少ししか食べてなかったんです。

 おまけに夜ごはんときたら、もう食べられそうにないときてます。

 そんなわけで、大きかったパンはたちまちなくなっていきます。

 古ぼけた小さな家にやってくるまでにはすっかりなくなってしまいました。

 

 女の子は気がかりお母さんのところへ戻ってきました。

 部屋の中に入っていきます。

「これよ。気がかりかあさん。

ここにパンをおくね!」レースリは声をかけます。

 

 婦人は子供の手をとって、ありがとうと、気持ちをこめてにぎりました。

「おま,えはわからないだろうねえ。

 わたしのために、おまえがどんなにいいことをしてくれたかってことを。ねえレースリや。」

 といいます。

「みてごらん。

 外の小さな庭でつくるジャガイモだけがね、私のたった一つの食べ物なのさ。

 でもねえ。ときどきわたしのお腹がうけつけてくれないんだ。

 パンは買うには高すぎるから、わたしはずーっと長いこと食べたこともない。

 するとね体に力がなくなってきて、糸を紡いで働くこともできなくなってきたんだよ。

 だからこそおまえのパンがうれしいんだよ。

 レースリや。こころから言うよ。ほんとうにありがとう」

 

 それを聞いて、バラのレースリは、心がチクリといたくなりました。

 だって、女の子は気がかり母さんのためには、ちいさいパンを持っていきました。

 大きいのは自分のものにして食べてしまいました。

 女の子は、このことを心の中でずっと考えこむことになってしまいました。

「なんてことなの。

 わたし、小さいのを食べてればよかった。大きいのを食べちゃうなんて!」

 レースリはしょんぼりと落ち込んでしまいました。

 気がかりお母さんは思います。

「・・この子、まだきっとお腹がすいているんだ」

 そして、受け取ったパンを返してあげようとしたのです。

 レースリは叫んでしまいました。

「いけない、わたしもらえない。

 わたし、もうお腹いっぱいなの。 明日、またくるわ!」

 そして、少女はとびだしていきました。

 

 つぎの日の夕方、レースリはぴったり同じ時間にでかけていきました。

 この日も女の子に、村長夫人はエプロンにいっぱいのバラのお花をあげました。

 気がかりお母さんも二輪の小さなバラをつんで、レースリに持たせることができました。

 

 少女はお花をかかえて、四つ角おばさんのところまでいきました。

 バラをエプロンから出して、レースリは言います。

「あの。今日はパンは一つにしてもらえませんか?

 二つ分をあわせた大きさにして・・」

 

「あんたわかってきたね。

 わたしにゃ、そうだろうと思ったよ」

 おかみさんは待ってたように言いました。

「気がついたんだよね。

 せっかくのパンを、リンゴやナシと取替えっこするのが、もったいなくなったんだ。

 そりゃあ、あたりまえだよ。

 とっておきな。

 今日のパンはちょうど焼きあがったばっかりさ。

 おいしいのを持っていきな。

 ついておいでよ」

 

 おかみさんは家の台所へ入って行きました。

 ここでオーブン一杯の大きなパンの固まりから、ざっくりと今日の分を切りおとします。

 それがまた大きくて、レースリはこれまでこんなパンを手にしたことがありません。

 

 すぐさま女の子は気がかり母さんのところへかけていきました。

 そしてうれしくてたまらないようすでパンをみんな渡してしまったのです。

 一口だって、この子は今日のパンを食べなかったのにです。

 

 女の子はずっと心が痛くて、重苦しく思っていたのです。

 自分が大きなパンをたべてしまって、小さなのを気がかり母さんに渡してしまったことがです。

 でもいまは女の子は明るいきもちでかがやいています。

 おばあさんは大きなパンをわたされ、びっくりして大きな目をしてしまいました。

 パンを子供に押し戻して返そうとします。

 

「これはどういうことなの。レースリ?

 このパンはあなたのものでしょ。 こっちにおいでなさい。

 そしてちゃんと持っていなさい !

 わたしにはね、そこから小さいのを分けてくれればいいの。

 それだけでとってもうれしいんだよ」

 

「ちがうの。そうじゃないの。

 わたし、ひとっかけらも、もらわない」 

この子はけんめいに言います。

「おやすみなさい。 あしたまたくるね!」

 

「私のところにはもうバラは残ってないんだよ。

 だからもうこなくていいよ。レースリちゃん。

 でもわたしはあんたにお礼をいうよ。

 おまえがどんなにいいことを私にしたか、わからないだろうね。

 ほんとうにありがとう!」

 目に涙をうかべ、この子によびかけるのです。

 

 お花がないことは、レースリにもよくわかっていました。

 ほんの少しのあいだ、少女は「どうしょうかな」と考え込んでしまいます。

 でもすぐに、おもいついたことがありました。

 レースリは前のようにほがらかな心になりました。

 うれしくなって、歌をうたいながら、ピョンピョンはしゃいでしまいます。

 あした何をしようか、女の子はもう心にきめていたのでした。

 

 村長夫人のお庭は、そのうちにバラがなくなってしまいました。

 でも、レースリは、自分がバラをもらいに歩いているお庭を、他にもたくさん知っていました。

 ですからバラのお花たちを見つけるのに、すこしもこまりません。

 女の子はとてもすばしっこくて、歩くのが大好きです。

 遠い道でもへっちゃらなのです。

 

 こうして、女の子は、毎日夕方になると、エプロンいっぱいのバラのお花を、おかみさんに持っていきました。

 そのたびに受け取るパンは、前より少しずつ大きくなっていくのです。

 おかみさんは、レースリのお手伝いが、とても気にいっていてうれしかったのです。

 

 となりのおばさんも、バラの香水を作っていて、ときどきこっちの方をのぞきます。

 そしてレースリが、エプロンいっぱいのお花をカゴに空けるのを「いいわねぇ」とうらやましそうに見るのです。

 そしてこうもいいます。

「あたりまえなのねえ。

 よつつじおばさんが、私よりずっといいバラの香水が作れるのは。

 わたしだって、あんなにいっぱいきれいな花びらが手に入るんだったら、同じくらい良い香水が作れるんだけどねえ・・」

 

 このときから、もらったパンをレースリはもうけっして自分で食べようとしませんでした。

 気がかり母さんは、パンをみんなうけとらなくてはならなくなりました。

「みんなはいらないよ。

 おまえの分がなくなるから二人でわけましょう。」

 と言ったとしてもです。

 

 だけど女の子は、そのあとも何回か思い出したように、ぽつんというのです。

「ねえ、気がかり母さん。

 パンはおいしい? 体のぐあいはどうなの?」

 こんなとき婦人は、女の子にくりかえしお話してくれます。

 毎日パンを食べるようになって、体に力がもどってくるのがはっきりとわかること。

 もうどれだけ紡ぎ仕事をがんばっても大丈夫。

 お金を稼げるので、冬に貧しく凍えたりする心配がなくなったこと。

 

 終わりにはかならずこうもいいます。

「ほんとうにねぇ。

 いつか一度でもいいから、なにかお返ししてあげたいよ。

 なんてありがたいことをおまえは私にしてくれたんだろう。レースリや!」

 

 するとレースリの顔には、よかったと明るくなります。

 そのうれしさで、女の子はもうこれ以上ないくらいの「おかえし」をもらっていました。

 それがだれにでもわかるのです。

 

 こうやってバラの季節はすぎていきました。

 そして、ある夕方のことでした。

 レースリが遠くまで、あちこちかけまわって、どこのお庭を見ても、お花がありません。

 たったみっつだけの、半分しおれかけた小さなバラを、おかみさんにとどけたとき、こんなふうにいわれました。

「もうおしまいだね。

 このバラのお花でね。

 でもさ、年をこしたら。 おまえは、またきれいなお花を何束ももってきてくれるだろうねぇ」

 

 この言葉は、レースリをドキリとさせました。

 おかみさんはそうとは思いもしなかったのです・・。

 思っていたのは、

「この子みたいにみんなから好かれているんだったら、あちらこちらで何かもらっているんでしょう。

 私のパンなんかそんなに大したものではないよね・・。」

 ということです。

 

 でも、レースリは気がかり母さんのことを思い浮かべます。

 これからどうなるでしょう。

 あの人の食べるものは、前みたいにほんの少しのジャガイモだけになってしまうのです。

 

 大きな涙が目に浮かんできます。

 女の子はわかっています。

 自分がバラのお花と一緒にいられる季節が終わったことを。

 

「だめ。やめなさい。

 泣いてはだめだよ。レースリ」

 おかみさんはやさしく心をこめていいました。

「約束してくれるでしょ。

 あなた。来年の夏もすごくたくさんきれいなバラを持ってきてくれるんでしょ。

 だったら、冬中ずっと毎日、パンを切って持たせてあげる。

 それでどう?」

 すると涙がすぐに止まって、レースリの顔がよろこびのあまりパッと明るくなります。

 

「はい。きっときっとそうします。

 わたし。みんな、バラのお花はみんな持ってきます。

「わすれな草」だって持ってきます(このことを忘れたりしません)!」

 

「わすれな草はいらないねえ。

 でもバラのお花は忘れないでね!

 それがあんたのごはんになるんだ。

 いまはリンゴの季節になったから、あんたにゃこれもあげる。

 ほら、レースリ!」

 おかみさんは、大きくて真っ赤なリンゴをひとつ手にとりました。

 

 そしてパンといっしょに女の子に持たせてくれたのです。

 最高に幸せになって、レースリは宝ものをかかえながら、そこからかけだしていきます。

 そんなレースリをおかみさんは「よかった」とニコニコしてみおくります。

 この子供が大好きだし、それがとっても喜んでいるので、自分もうれしいのでした。

 それに女の子がいることは、おかみさんにとっても、都合がいいことです。

 だって、来年の夏に一番いいバラの花を、まちがいなく集めることができるからです。

 

 おかみさんは、いつも隣のおばさんがいつも集めたバラのお花をじっとみつめているのに気がついていました。

 それが少しばかり気にかかっているのです。

 隣の人が、来年の夏に、自分の方にバラのお花をもってこさせようとレースリをひきこむかもしれません。

 ですからよーく見張って気をつけていて、女の子のきれいなバラをこっちにもってこさせないといけないのです。

 

 今日も気がかりお母さんは、楽しい夕べをすごしました。

 レースリがいるとき、いつもさびしい古ぼけた部屋の中が、お日様にてらされたように明るくかわるのです。

 そして少女はおかみさんと何を約束してきたのかみんなお話したのです。

 そこで気がかり母さんは両手を組んで、しずかに天に向かって感謝するのです。

「あなたさまはわたくしに、この天使のような子供をおつかわしになりました。」

 こうして、気がかり母さんは、いまでは来るのが怖かった冬も、あんまり怖がったり心配したりしないですむのでした。

 


 

第三章 バラのレースリの悲しみ

 

 何日か後で、レースリにふしぎなことが起きました。

 気がかり母さんとバラのお花の女の子で、おたがいに持っていた性格が、クルリと反対にとりかえっこしたかのようでした。

 婦人はゆったりと楽しそうな顔で、つむぎ車のそばに座っています。

 そこに入ってくるレースリはとても悲しそうです。

 なにかがあって、それが女の子から楽しい気持ちを、みんなうばいとってしまったようです。

「どうしたの、レースリ。 どうしたっていうんだい?」

 びっくりして気がかり母さんがききます。

 

「私のスカートやぶれちゃった」

 くやしくて、くやしくて、ついさけんでしまいます。

「学校で他の子がわたしをからかうの。

 後ろをついて走ってきて、大声でさわいではやすの。

 どんどん大きな声になってくの!

 

バーラのレースリ、バーラの木(ローゼンレスリー、ローゼンシュトック)

バラのレースリ、穴あきスカートやーい! って

(RローゼンRレスリ、Lロホ イム Rロック)」

 

 はずかしかったのを思いだし、がまんしようとします。

 レースリのほっぺたに、たくさん涙がながれていきます。

 

「それはよくないねえ。 他の子がおまえをからかうなんてひどいよ。

 でももしかしたら、たいしたことないかもしれないよ。

 こっちおいで、レースリちゃん。 わたしにやぶれたところをみせておくれ。

 二人でもとどおりに直してみようじゃないの」

 きづかい母さんがなぐさめてくれます。

 

 レースリはいそいでそばにいきます。

 穴を探すのに時間はかかりません。

 とても大きく破れていたのです。

 子供を背なしイスに、こしかけさせます。

 そして優しいおばさんは、針と糸を取り出して、すぐにつくろいはじめました。

 でもレースリは、なんども涙がこみあげてきて悲しいままです。

 そしてヒックヒックと大きくすすり泣いています。

「さて、おまえをどうやってなぐさめようかねぇ。レースリや」

 気がかり母さんはやさしくいいました。

「こんなことで泣くなんて、もう二度とあっちぁいけないよ。

 私がね、毎晩おまえの着てるものを、すみからすみまで見てあげましょう。

 そしてね、どんな小さな穴でもすぐにつくろってあげますよ。

 おまえがね、服をどこかに引っかけて、やぶきでもしたら、いつでもいそいで、私のところにおいでなさい。

 そうしたらすぐにもとにもどしてあげる。

 これでどう? 楽しい気分になってくれる?」

 

「うん。もういいの」

 気持ちが明るくなります。

 そして両目の涙をごしごしふきとります。

「でも・・わたし思っちゃった。

 これから朝には、穴あきのスカートのまま学校にいかなきゃいけない。

 するとみんな一日中、私を追いかけて、後ろからからかって歌うんだって。

 

 ローゼンレースリ、ローゼンストックやーい。なんて。

 

 そしたら「もう学校なんかいきたくない」って、おもっちゃった。」

 

「それはいけないね。レースリちゃん。学校にはいかなきゃいけないの。

 そう決まっているし、それは良いきまりなんだよ。

 だって勉強できなくなるじゃない。

 おまえだってわかってるでしょ。

 つらいことがあっても、すぐ逃げ出していい人なんか一人もいません。

 わたしたちはみんな、がんばってもちこたえないといけません。

 そして愛する天のお方は、わたしたちをいつだって、こうやってつらいことを通して、みちびき、教えてくだされようとしているのに、決まってます。

 そのほかの方法で、私たちが知ることのできない「なにか」を教えていただけるのです。

 ですから、苦しくてどうしょうもないとき、悲しいことがあったとき。

 わたしたちは天の声に耳をすませればいいのです。

 そして、あのお方のそばにもどって、安らぎと、深い結びつきを確かめるのです。

 すると、わたしたちの心の中に、ひとつのしっかりと確かなものがとどきます。

 だれもが、気がつくんです。

 天高くに本当のお父様がいらっしゃる。

 わたしたちをいつだって守ってくださり、わたしたちの呼びかけに耳をかたむけてくださると。

 おまえは、祈りをささげてるかい? レースリ」

 

 子供は少しの間じっと考えます。

 それから、言いました。

「うん、学校で・・」

「学校で何をお祈りするの?」

 

 レースリは息もつがずに、一気に話しはじめました。

 少女は言葉がなんだかわからなくなるまえに、できるだけはやく、ずらずらッと口にします。

「かぐわしき 夜明けのときに

 ともにはじめる あなたとともに

 心よろこび 感謝をくちに

 あなたの子として ふさわしく・・

 

 ・・もう、このあとおぼえてない」

 

 レースリには、言葉の意味がわかっていません。

 それにこのお祈りの続きを知らないのです。

 

「きれいなお祈りだこと。ちょっと早口でいいすぎちゃったね。レースリ。

 このお祈りが、何をおまえに伝えようとしているか、じっくり考えてみたことある?」

 

「ううん。考えるなんて、わたしやったことない」

「やってみてごらん。こんな意味なの。

 朝にね、目がさめた時、一番はじめに一番大切なお方のことを考えるの。

 うれしい気持ちで、感謝しながらね。

 だって、夜の間もずっと守ってくださったんだもの。

 こうして、みんなが、朝にお祈りをささげるんです。

 それから、夜のお祈りをどうするか知ってる?」

 

「いいえ、しらない」

「それならね、天のお方にむかって、感じるままにお祈りすればいいです。

 なにか悪いことをしてしまった日には、「ごめんなさい、許してください」とあやまります。

 そして、お祈りするんです。

 すると、あのお方は、あなたを許して、ささえてくれます。

 それにこんなお祈りすれば、二度とそんな悪いことしないでしょ。

 わかってね。レースリ。

 こんなふうに天のお父様に、ちゃんとお祈りできる人なら、いつだって楽しくすごせますよ。

 私なんか、こんなぐあいに、いつもしていなかったら、とっくに悲しくて悲しくて、死んでしまったはずなのよ」

 

「どうして?」ふしぎそうにレースリはいいます。

 

「それはね。こういうこと。 いろいろ深いわけがあるんだよ。

 わたしはね・・、そう、本当に貧乏なの。

 よゆうのある暮らしをしたことなんか、ほとんどなかった。

 それに、一人息子がいるんだけど、どこか遠くにいってしまって、どうしているのか何一つわからないんだよ。

 どこかで不幸な目にあって、ひどいことになっていたり、もう死んでるかもしれない。

 なにもわからないんだよ。

 あの子が生まれたときから今まで、どんなに毎晩、天に向かってお祈りし、お願いしてきたでしょう。

「あの子はあなたのものです。

 どうかお守りください!」

 ・・そんなときは心配でたまらなくなって眠れないのさ。

 でも、こうやってお祈りしていると、やがて心の痛みがいやされて、しっかりとした気持ちがもどってくるんだよ。」

(訳注 助けを一方的に求めるのではなく、神を信頼して、そのなされることを受け入れて精神的に合理化する)

「だったら、わたしもお祈りする。 ヨーゼフさんのために。」

 レースリはいいます。

 

「うれしいよ。いい子だ。わたしはうれしいよ。

 それに、おまえがヨーゼフのためにお祈りするのは、おまえのためにもなると思いますよ。

 やがて、お祈りすることで、自分をささえることになるでしょうから。」

「どういうこと ?」レースリはまたききかえします。

「そうよねえ・・。いいこと・・」

 気がかりかあさんは、女の子をいとおしそうに、そして少し心配そうに、わけを話しはじめました。

「おまえのおじさんね、お家のお仕事をすっかりダメにしてしまったの。

 みんながいってるけど、家も畑ももうすぐ手放してしまうでしょうね。

 そうなったら、おまえは知らない人のところにひきとられてしまう。

 そんな人は、おまえにたくさん仕事させて、優しい言葉もなかなかかけてくれないでしょうねぇ。

 これは、まだ知らなかったよね。

 でもね、お祈りして、天のお方と心を通じあうことを、知っているのはいいことです。

 そうしたら、自分のすべてを話して聞いてもらい、あのお方のそばにいることで、心が安らかになれる」

 

「それなら、わたしこの家にきたい。そして一緒にくらしましょ」 レースリがいいます。

 心配になるよりも、かえってうれしそうです。

 

「ああ、なんていい子なんだろう。 わたしにゃねぇ、貧乏でおまえをやしなってやれないんだ。

 ぜんぜんちがうことになってしまうよ。

 でもわたしたちは、これからのことを、愛するお方におまかせしましょう。

 きっとおまえを、守ってくださります。

 さあ、破れたところはみんな、つくろい終わったよ、レースリや」

 気がかり母さんは、やり終えたのです。

 話しているあいだ、ずっと子供のスカートをすみからすみまでみんな調べあげて、ちゃんと直してくれました。

「これからは、穴ができたらまたいらっしゃい。 またつくろってあげるから」

 

 レースリはせいいっばいの気持ちをこめて「ありがとう」といいます。

 そして心がホッとして、おもわずぴょんぴょんとびはねます。

 これから学校で、からかわれることがなくなったんです。

 もう安心だと思うと、レースリはとっても幸せな気持ちになれました。

 そのおかげで、気がかり母さんが教えてくれたことをすっかり忘れちゃったんです。

 女の子が、もしかしてまもなく知らない人々のところに連れて行かれて、生きていくために、きびしくこきつかわれることを・・。

 

 約束したことの方は、レースリは忘れませんでした。

 眠ろうと横になるときに、はっきりと口にして、心からお祈りしたのです。

「天の愛するお父さま。ヨーゼフさんもお助けください!」と。

 

 季節は長くきびしい冬へとかわっていきました。

 気がかり母さんは、やっぱり寒い思いをしなければなりません。

 でも、前の年みたいに,お腹がぺこぺこになることはありません。

 なんとか体が弱いなりに暮らしていけます。

 バラのお花の女の子・レースリこそが、この人の支えであり、おせわをしたというわけです。

 秋もふかまったころです。

 女の子は、気がかり母さんが、もってる力をぜんぶ出して、いっしょうけんめい、小枝のたばを家へ運んでいるのを見かけました。

 たきぎにするためです。

 それからのレースリは、毎日、森を走りまわって、たくさんたきぎを見つけてくるようになりました。

 ですから、気がかり母さんの部屋は、いつも暖かくなりました。

 そして小さなストーブで、パンをスープにいれて柔らかくしたお料理が、作れるようになったのでした。

 毎日、学校が終わった後、冷たく、雪がふきすさぶなかでも、レースリはよつつじおばさんのところへやってきました。

 ときどきは寒さで真っ青な顔になっていて、手も足も寒くてふるえています。

 女の子は、冬用のスカートを、もうひとつ持っていましたが、あんまり暖かいものではありません。

 冬の服装は、ほかには、首と肩にまきつける薄っぺらいスカーフぐらいです。

 おかみさんは、子供が寒さでぶるぶるとふるえ、歯まで音をたてているのを見て、思いました。

「この子はほんとうにお腹が空いてたまらないんだ。

 だからちっぽけなパンのために、寒い風や吹雪の中でも、走ってこなきゃいけない」

 その気持ちは、おかみさんの心に思いやりをおこします。

 そして、パンを切るとき、より内側に、深く切ってくれましたので、夏にもらっていたのより、かえって大きいパンになったのでした。

 でもこの子は、パンをすべて気がかり母さんの所にもっていくと、

「半分は自分でおたべなさい」 と、お願いされても

「いいの。いらない」とキッパリ言うのでした。

 そしてレースリは、おなかがすいたままベッドにもぐりこむことは、何回もありましたけど「よかった」と思っていたのです。

 こうすれば気がかり母さんは、ひどい貧しさでこまりはてることはないからです。

 そして祈りをささげます。

「私たちを愛する天のお父様、どうかヨーゼフさんもお助けください。」

 そして女の子はおだやかに眠りにつきます。

 

 女の子の洋服は、この冬のあいだずっと、気がかり母さんが手入れをしてくれたので、どこもいたみませんでした。

 学校で、バラの子レースリを後ろから笑ったり、からかう子供もいなくなったのでした。


 

第四章 心の重荷は消えさって

 

 また夏がめぐってきました。

 どの庭にも、バラが咲き、いい香りがしていました。

 花だんには、背の低い若い木がたくさん植えられて

 どの木も、重たそうにみえるほどおおくのお花をつけています。

 どの窓にも、プランターのお花がかざられ、ゆれていました。

 今年は、いつにないほど、たくさんのバラが咲いてくれたのです。

 ほんとうに気持ちのいい、夏の夕暮れのことでした。

 ヴィルトバッハ村の、どの野原も村のまわりのどの森も、おだやかでした。

 ディートリッヒおじさんの小さな家は、夕焼けのきれいな光にてらされています。

 まるで、まわりにニコニコと笑いかけているように、ぼんやりと光っていました。

 でも、家の前にいる二人の男は、なんだかすっきりしない妙な顔つきで、目の前の草地をみてました。 

 その一人は、レースリのおじさんのディートリッヒです。

 おじさんは、あした、自分の小さな家と畑とヤギが、借金のために取り上げられることになりました。

 それでもまだお金が払いきれないことも、わかっていました。

 おじさんは両手をポケットにつっこんだまま、いまいましそうに言います。

「おれは出て行く。

 もう、なにもかも知ったことじゃない。勝手にする」

「ふん。だめだな。

 どこにいったか探し出されるにきまってる」

 と横の男がいいます。

「あの子供は、おれがもらっておこう。

 あいつは役立たずだ。

 おまえが適当に遊ばせてたからなにもわかっちゃいねえ。

 だが、おれならすぐに、草をほりおこすクワの使い方を仕込んでやるさ。

 学校が終わってからでも、たっぷり働く時間はある。

 あの子は、おれの役にたつってことだ」

 

「あの子はまだ小さい」おじさんは言います。

 

「小さけりゃ、モノ覚えもはやいさ」

 言いはなって、男はさっさと帰っていきました。

 それはヴィルトバッハで道路を直す仕事をしている人でした。

 道路の上の雑草を、クワで掘りおこし、取りのぞく工事をしているのです。

 子供たちはみんな、この人を怖がっていて、道に男があらわれると逃げだしてしまいます。

 だって、とても怒りっぽくて乱暴で、優しい言葉なんて一度も言ったことがないんです。

 

 こんな男のところに、とうとう、あしたの朝早く、バラのレースリは引き取られていくのです。

 男には自分の子供がありません。

 レースリのような子供を引き取るのは、男にとって都合がいいのです。

 自分の近くにおいて、どんなことでもこまごまとこき使えるからです。

 

 二人の男たちは、こんなことを勝手に決めてしまってます。

 でも女の子自身は、なにも知らず、不安に思っていません。

 ちょうどいまも、女の子はうきうきと野原を歩いていきます。

 ヴィルトバッハの外で遠くにある、麦の粉ひき所までいくのです。

 そこにいちばん上等なバラのお花がいっぱい咲いているんです。

 粉ひき屋さんのおかみさんは、レースリに大きな花束を作ってくれると約束していたのです。

 すぐに女の子が、手に花束をかかえて出てくるのがみえました。

 金色の夕方の光の中を、来た道を楽しそうに帰っていくのです。

 

 帰り道をすこしもどりかけたところでした。

 一人の若い男の人が、女の子の後ろの方から、急いだようすで歩いてきます。

 手には麦わら帽子をもってます。

 帽子をかぶってないのは、歩きづめでほてった頭を、ひんやりとした夕方の空気にあてているのです。

 

「とてもきれいなバラだね」

 青年はレースリを追い抜くときに声をかけました。

「ひとつ、お花をくれないかな?。

 帽子にさしたいんだ」

 

 レースリはこっくりうなづき、花束からバラを一輪ぬきだします。

「なるほど、君はとてもやさしいんだね。

 ぼくに一番きれいなお花をくれるなんて」

 その人は、自分の帽子にバラをさしこみながら、うれしそうに言いました。

「どこまでいくの?」

「ヴィルトバッハのお家に帰るの」

 女の子は答えます。

 

「だったら、ぼくたちは同じ道を歩いていくんだ」

 ずっと遠くから歩いてきた旅人は、レースリとならんで話します。

「きみがヴィルトバッハに住んでるなら、そこの人たちをよくわかってるよね。

 ちょっと教えてくれないかな。

 優しくて人の良い女の人の・・、シュタインマンさんは、まだそこで暮らしているかな?

 元気でいるだろうか?」

「そんな人、わたし知らない」

 レースリはきっぱりといいます。

「そんな名前の人いないよ」

 

「ええ? なんだって! そんなことが!」

 この見知らぬ人は、うめきごえをあげて、だまりこくってしまいました。

 

 レースリは

「あれ? どうしたのかな?」と見上げます。

 だって、この人は何回も、じわりとにじんでくる涙をふきとって、泣いてるみたいです。

 もう、それまでみたいに楽しそうに話かけてもくれません。

 

 しばらく二人はならんで歩いていきます。

 青年は、また話し始めます。

「よつつじおばさんの所へいく道を知ってるかな?」

 聞いたレースリは、大きなみぶりでコックリとうなづきます。

「毎日、わたし、そこにいってるの」

「それだったら、

 よつつじおばさんの家の左の道をいったところで、曲がったヤナギの木が横に立っている貧乏で古い小さな家があるけど、そこにはだれが住んでいるだろう?」

 

「そこには気がかり母さんがいるよ。あの人ならわたしよーく知ってる」

「なぜそんな名前なんだろう。

 他に名前がないかい?」

「わたし知らない」

「その女の人は、たくさん心配なことがあるからそんな名前なのかな?

 どうだろう。きみ知らないかい?」

「そうよ。

 すっごく心配なの。ヨーゼフさんがどうしてるかわからないの。

 ひどい目にあってるかもしれないから。」

「ああ神さま! ありがとうございます!」

 青年は思わず叫び声をあげてしまいます。

 そして、レースリより先に行こうとして、足を速めました。

 でも、思い直してふりむきます。

 女の子にほほえみながら手をさしのべて、とても優しそうに言いました。

「おいで。

 ぼくたち一緒に歩いていこうよ。

 もうすこし、お話したいんだ」

 この人はとっても親切で、いい人みたいに見えました。

 それでレースリは、すっかり信じてしまいます。

「えーっとね」

 青年はまた話し始めます。

「その・・気づかい母さんって人は、ヨーゼフを怒ってきらいなのかな?」

「えッ? ぜんぜん!

 気がかり母さんは、毎晩ヨーゼフさんのことを、お祈りしてるの。

 そうしないと眠れないんですって。

 私もお手伝いして、お祈りするよ」

「そうなのか・・。

 きみはその人のために何をお祈りするんだい?」

「こうなの。・・わたしの天の愛するお父様。ヨーゼフさんもお守りください。」

「もしかして、そのお願いを神様が聞き入れて、お救いくださったかもしれないよ」

「そう思うの? (なんていい人!)」

 レースリは言って、この初めてあった人を、まじまじと見上げます。

 こんなことを言われて、女の子の心は、なんだかパッと明るくわくわくして、顔にも気持ちがでてました。

 青年は、それっきり、だまりこくったままです。

 

 さて、二人は曲がったヤナギの木のところへやってきました。

 もう何歩か歩くだけで、あの古ぼけた小さな家の前になります。

「それじゃ、さようなら」

 と、レースリは青年に手をふりました。

 あのあと、なにもしゃべってくれなかったので、ちょっぴりガッカリしてたのです。

「わたし、気がかり母さんの家にいっちゃうから」

「ぼくも・・いっしょにいく」

 すぐに青年が言います。

 でも、二人が家のドアをあける前に、気がかり母さんが部屋からとびだしてきました。

 そして、青年を抱きしめて、なんども言うのでした。

「ああ、ヨーゼフ、ヨーゼフや!

 ほんとうにおまえなんだね!」

 そのまますがりついて、おいおい泣かずにいられません。

 ヨーゼフだって泣いてます。

 これで、レースリにもわかりました。

 「この人」が、ヨーゼフさんだったんです。

 たったいま、帰ってきたんです。

 とっても立派な人で、みすぼらしいところなんかありません。

 女の子は、ヨーゼフさんは、ボロボロの格好をしてると思っていました。

 うれしくなって、じっとしてなんかいられません。

 泣いているお母さんに抱きついちゃいます。

「やったー」と、おおよろこびでさけんじゃいます。

「守ってくれたんだ。ほんとうにヨーゼフさんを助けてくれてた!」

 それからみんなで小さな家にはいります。

 最初にやったことは、気がかり母さんが自分の息子を上から下までよーく見ることでした。

 お母さんの心の奥から、感謝とよろこびの気持ちがわきだします。

 なんといっても、青年にはおちぶれたとか、不幸な目にあって貧乏だったとか、そんなようすはぜんぜんありません。

 お母さんが、なんどもなんども思いえがいて、心配でたまらなかったような姿ではないんです。

 お母さんはいつまでもじっと息子をながめています。

 それほど青年は立派に見えました。

「もういいでしょ、お母さん、さあ」

 とうとう若者はニコニコしながら声をかけます。

「みんなですわろうよ。

 なにか食べて、たのしくやろう。

 この子はおつかいにいって、ぼくらのために、なにか用意してくれるかい?」

「ええ、そうでしょうとも。

 この子ならきっとすぐに、すばらしいものを運んできてくれますよ」

 お母さんは、うなづきました。

「なんどもなんども、とてもうれしいことを私にはこんでくれたんだもの。

 いまだって、ヨーゼフまでつれてきてくれた。

 おまえはいったいどこでヨーゼフをみつけてくれたんだい、レースリや?」

「それはぼくが、これから話してあげるよ。おかあさん。

 この子には、ソーセージとワインを一ビン、そして大きなパンをまるごと買ってきてくれないかな。」

 ヨーゼフはそう頼んで、おおきな金貨を一つ、机の上に置きました。

 

「パンを切らないで、まるごと全部なの?」

 レースリはびっくりしちゃいます。

 だって「あの」貧乏な気がかりかあさんの家に、カマドいっぱいでやきあげた大きなパンを、一つまるごともってくるなんて・・。 レースリにはこれまで想像したこともありません。

 もう、女の子はうれしくなって、とんでもない勢いでとびだしていきました。

 ですから、頼まれたものを、みんなかかえて、これまたとんでもなく早くもどってきました。

 そして、三人そろって、小さなテーブルにつきました。

 さあ、お祝いです。

 この部屋で、これまで一度もひらかれたことのないような、楽しいパーティーなのでした。

 お母さんはうれしすぎて、ごちそうも食べられないくらいです。

 そして胸がいっぱいになって、何べんも聞くのでした。

「本当のことだよね。ヨーゼフ?」と

「そうだよ」

 青年は、そのたびに、うれしそうに答えます。

 答えるついでにレースリにもう一つ、パンをソーセージをのせて「お食べ」とあげたりします。

 女の子は言います。

「いいの。 そうだ、気がかり母さんにあげて」

 青年がこたえます。

「まあお食べ。それにもう「気がかり」で悲しいことなんかないよ。

 お母さんがこれから貧乏で苦労するなんて、あっちゃいけないんだ。

 いつだって、ちゃんと食べていけるようにするから」

「それでは」とヨーゼフがきりだします。

 長い道のりを歩いてきて、疲れていたのですが、休んで元気になってきたんです。

「ぼくがどうしていたか話すよ。お母さん。

 どうやってこの子がぼくを案内してくれたか

 お母さんは、ぼくがオーストラリアに送られそうになったのはおぼえているよね。

 でも、そんなやっかい払いされるようなのは、絶対イヤだった。

 そんな仕打ちにあって、そのままでいるのもイヤだった。だから逃げ出したんだ。

 ぼくはここからイギリスへいって、そこでずっと住んでいました。

 お金がなかったので、他のところにはいけなかった。

 イギリスでは苦労したよ。

 懸命に働いても、なんとか生きていくのがやっとだった。

 考えたよ。「ぼくはダメになっちまんうじゃないか・・」って。

 

 「これだけはまちがいない」と信じてたことは、お母さんがぼくのことを心配して、いつもお祈りしていてくれるってことです。

 ねえ、お母さん・・。なにかあって、「これでおしまいだ。どうにもならない、悪いことでもしてしまおうか」と心の中で考えます。

 するとね、お母さんの声が心の中にひびいてくるんだ。

 家の小さな部屋で、昔からぼくの横で、お母さんがお祈りしていた声がこんなふうにはっきりとね。

「愛する天のお父様。

 ありとあらゆる苦しみを、私におあたえください。

 この子を、正しくおみちびきくださいますなら、わたしはどうなってもかまいません」

 やっとわかったよ。

 僕のせいで・・、ぼくが悪い人生をおくったら・・、お母さんを不幸にする。

 僕がお母さんの命を縮めてしまう。

 それで、もういちどやりなおして、まじめに働くことにしたんだ。

 機械工場の中で働いて、すこしづつ、いろいろなことをおぼえ、勉強していった。

 9年もかけて、なにかやろうとしたら、だれだって成長できますよね。お母さん。

 ぼくもそうしょうとしたんです。

 いま、僕は一人前の機械技師になって、ここにいます。

 仕事はすぐに見つけられる。

 だからね、おかあさん。もうひとつ、変わることがある。

 もう、だれにもお母さんを「気がかり母さん」なんて呼ばせない。

 見てくれ! ぼくがお母さんのために働いてためたものだ。

 今まで話したことが、本当だとはっきりさせるのが「これ」なんだ」

 

 そうしてヨーゼフは、しっかりとたくわえた大切なお金を、お母さんの前のテーブルにおきました。

 お母さんは、どんなにおどろき、どんなによろこんだでしょう。

 そのようすをみて、青年は心からうれしくて、目がかがやきます。

「そうだよね。 そうやっておまえ、まじめに働いて立派になったんだね。

 ヨーゼフや! わたしにゃわからない。

 どうやって天のお父様にお礼をいったらいいだろう。

 わたしにゃお礼のしようがないよ」

 こころ美しく優しい母親は、なんども手をあわせて、主をほめたたえ、感謝の祈りをささげます。

 けれども、息子はお願いします。

「ねえ、今度は僕に話してくれない? どうやってお母さんは暮らしていたんだい?」

「あんまり話すことはないんだよ。ヨーゼフ」お母さんは言いました。

「ずっと、気が重たくて、心配ばかりしていたよ。

 「心配ばっかりしている気がかり母さん」なんて、呼ばれるのもしかたがなかったんだ。

 でもねえ、天のお方になんども手をさしのべていただきました。

 それでも去年は、ほんとうに困りはてていた。

 そう、元気がなくなって、もう冬は、こせないんじゃないか。と思ったものさ。

 そこに、この子がきたんだ。

 空から天使がまいおりたみたいだよ。

 バラの子・レースリが、私に生きる力をくれました。

 冬のあいだじゅう、いままでずっと助けてくれたんだ。

 私は知ってたよ。この子は何度でも、自分の分までパンをもってきてくれたんだ。自分のおなかがすいているっていうのに。

 私にたったひとつ残った悲しいことはね。ヨーゼフ。

 レースリは、おじさんのディートリッヒと暮らしてるけれど、あしたには家や畑を手放して、出て行くことになる。

 この子はどこか知らないところに連れていかれて、どんな暮らしになるかもわからないんだよ」

 

「なんだって! この子。 この小さな子に食べさせてもらったっていうのかい?。お母さんが?」

 母親の話しをヨーゼフの言葉が、さえぎります。

「僕たちには、この子をひきとれるよゆうぐらいある。

 どこでも僕らほど、この子を大切に思ってるところなんかあるものか。

 ディートリッヒのところにいってくる。

 バラの子レースリを、だれにも渡したりしない!」

 とたんにヨーゼフは、はじかれたように玄関を出て、走っていきます。

 

 同時にレースリは、座ってるイスからとびあがり、ヨーゼフのお母さんの首にだきついて、おおよろこびです。

「気がかり母さん! 気がかり母さん! わたし、みんなといっしょに暮らせるのね!

 よそにいかなくてもいいんだ!」

「お母さん」は、ぎゅっと子供をだいたまま言います。

「なんてことだろう。レースリ。どうやって私たちは、感謝をささげたらいいだろう。

 三人が一生かかったって、お礼しきれるものじゃない。

 このことは死ぬまで、けっして忘れちゃいけない。

 これで、私のさいごの心配事がなくなったよ。

 おまえも、もう「気がかり母さん」なんて呼ばないでおくれね。

 もうちがうんだよ。

 これからは「あなたのお母さん」になるんだから。」

 

 レースリのおじさん・ディートリッヒはヨーゼフからどうしたいのか話を聞いて、ほっとしました。

 というのも、心の中では、おじさんだってレースリがかわいそうだったんです。

 女の子を、人の悪い道路工事人にひきわたすのは気が進まなかったのです。

 でも、すぐには他にどうすることもできません。

 明日早くに、自分はでていかなくてはいけないのです。

 そんな事情を、おじさんはヨーゼフに話しました。

「いますぐあの子をひきとってくれ。 もう家に帰さないで、今晩から頼む。

 あの子の小さいベットを、もって帰ってくれ」

 おじさんは、道路工事人がまちがいなく、あした朝早くからやってくるのがわかってました。

 レースリがいなければ、もう連れて行かれる心配はありません。

 ヨーゼフは思いどおりになって、安心しました。

 ディートリッヒの手の中に金貨をひとつ握らせます。

 このおじさんは、レースリにはけっしてつらく当たったりしたことない。と、聞いていたのです。

 

 それからヨーゼスはレースリのベットを肩にかつぎあげます。

 中身があまり入っていないので軽かった。

 そして意気ようようと帰っていきました。

 そのベッドは、小さな寝室のお母さんのベッドのとなりに置くことになりました。

 レースリのよろこびようときたら、たいへんなものです。

 だって今日の夜から、ずっと「お母さん」のそばにいられるのです。

 ヨーゼフは自分が夜に休んでいた場所が、9年前に出て行ったそのままになっているのに気がつきました。

 お母さんは、こんなに長い間、ずっと毎日考えていたのです。

「もしかして、今日にも、あの子がもどってくるかもしれない。

 だったら、自分の場所がちゃんとあるんだって、わからないといけない」

 ヨーゼフはとてもよろこびました。

 自分のふるさと・本当にいるべき場所にもどってきたのがわかったんです。

 もう、絶対によそにでていこうなんて思いません。

 そして仕事はヨーゼフのいったとおりに、すぐ見つかりました。

 青年は、とても腕がよく、いろんなことを知った一流の職人だったのです。

 

 それから毎朝、ヨーゼフが仕事にいくときに。

 レースリは帽子に一輪、バラのお花をさしてあげます。

 それが、ヨーゼフのお気に入りです。楽しい気持ちで仕事にいけるじゃないですか。

 ヨーゼフはいつもバラをつけています。

 もうどこにもバラをみかけない季節になっても。です。

 だって、レースリはバラのあるところは全部知っていて、どこに最後のバラが咲いているかちゃんとわかっています。

 そのお花をどの人からでも、もらうことができます。

 レースリが、どうやって気がかり母さんを、一年近くもずっと一人で支えていたのか。

 そのことが村中にしれわたってから、前よりももっと、どんな人だってレースリが好きになっていました。

 女の子はどこのお庭でも、ただ姿を見せるだけで、最初に咲いたバラだろうと、最後に残ったのだろうと、みんなが持たせてくれるのです。

 

 ヴィルトバッハの一番ちいさな家に、一番幸せな三人が暮らしています。

 そしてレースリは、きっと一生、「バラのレースリ」と呼ばれることでしょう。

2005/4/19 翻訳