Secret

「ところでマイクロトフ」
 カミューがマイクロトフに話しかけたのは、酒場を出てしばらくたってからである。
「……なんだ?」
 受け取る品物のメモをチェックしていたマイクロトフは、メモから視線を外さずに答えた。
 それを横目で見ながら、カミューは言葉を続ける。
「迷子の母親はみつかったのか?」
「ああ。なかなかみつからなくて苦労したが。やはりこれだけ人が多い………と」
 と、ここまで云ってマイクロトフは言葉を切った。
 ぎくしゃくと顔を巡らせてカミューの方を向く。
「当たりか。どうせそんなところだろうと思った」
 マイクロトフと視線があって、にやりとカミューが笑った。
 この人混みだおおかた迷子だろうと予想してかまをかけたら、どうやら当たりだったらしい。
 それにしてもわかりやすい男である。
「あー……その、なんだ…」
 ガシガシと乱暴に頭をかいて、ばつの悪そうな顔でカミューを見た。
 カミューはくすくすと笑いながら、マイクロトフが握っていたメモを取り上げた。そして交易所のドアを押した。
 カミューが扉を押すと、扉につけられたベルがいささか間の抜けた音を立てた。
 店内には、古いランプやオルゴール、宝石箱などのアンティークな品物から、籐製の家具、極彩色の絵皿、なにやらあやしげな壺までが雑然と置かれている。さらに大きな品物の上には小物が並べられ、額縁、振り子時計、鏡などが壁面を埋め、いくつかの品は天井からぶらさがっていた。
 これだけ見ればまるで骨董屋の雰囲気なのだが、それらの品々に混じって塩だの砂糖だのの日用品があるので、ここが「骨董屋」ではなく「交易所」なのだということがわかる。
 月に一度の商隊の到着で、交易所の中にはいつもの倍近い人がいた。
 カミューとマイクロトフはその間を縫って、店主の所にたどり着く。
 忙しそうにカウンターの内側を走り回っていた店主は2人を見つけると、にこやかに話しかけてきた。
「頼まれていた物、入ってますよ!」
「ありがとうございます。早速引き取って帰りたいのですが……」
 カミューもにこりと笑って、それに答える。
「はいよっ。今お持ちしますんでっ」
 云って、店主は奥の方に引っ込んで行った。
 しかし奥の方に行くまでに何人もの人に呼び止められて、なにやら質問責めにあっている。やはり、今日は忙しいようである。
「あの様子では当分出てきそうにないな……」
 ため息混じりにカミューが云う。
 マイクロトフもそれに同感であった。
 店の奥から店主がなにやら叫んでいる声。それに被さるようにガタガタと何かが崩れ落ちたような音がして、また人の声があがる。
 どうやら今日は「待たされる日」のようだ。
 カミューは手持ちぶさたにその辺を物色しはじめた。
 店内には、本当に色々な物が置いてあった。商隊が来たからかいつもより置いてある品物の数が多いような気すらする。実際その通りで、まだ小売店に卸す前の医療品や、食料品、衣料品なども無造作に床に置いてあった。
 それらと人をよけてカミューは店内を見て回る。
 ふいに、カミューは何かに目を止めて立ち止まった。
 木製の質素な棚の上に、たくさんの時計が所狭しと並べられている。真新しい物から、かなりの年代物まで無差別に置いてあった。
 その中のひとつが、カミューの目を引いたのである。
 真鍮製のなんの変哲もないただの懐中時計。特別な飾りがあるわけでもないし、素材が良い物というわけでもない。だが、なにかひかれるものがあってカミューはそれを手に取った。
 古ぼけてはいるが作りは良い物だった。
 鎖を軽く引いてみるが、しっかりしていて切れる心配もなさそうだ。
 今自分が使っている時計の調子が良くないこともあって、カミューはその時計を購入しようか考えた。
 が、値段を見て苦笑する。
「その時計、年代物なんですよねぇ……。それだけならまだしも、作家物だからいい値段しちゃうんですよー」
 カミューの持っている時計をさして、店員が云った。
 作家物。道理でいい値段がするはずだ。時計に特別な興味があるわけではないから、蓋の裏の刻印が誰のサインなのかはわからない。だが、この作家がいい仕事をする人物だったことはわかる。
 カミューがじっと時計を見ていると、後ろからマイクロトフがのぞき込むようにカミューの手元を見た。
「欲しいのか?」
「欲しい……が、簡単に購入できる金額ではないな」
 値札を見せられて、マイクロトフが眉間にしわをよせた。
「金でも使ってるのか?」
 たしかに、作家物だといわれなければそう思っても仕方がない値段だ。
「ただの真鍮製だ。年代物で作家物だからたかいそうだ」
「年代物ってことは古いんだろう?古いのに高いのか?……俺にはよくわからない世界だな」 理解できない……というようにマイクロトフはかるく首を振った。
 マイクロトフの場合、時計に限らず自分の興味のないことには全般的に疎いのだが。
 カミューはしばらく時計を見つめていたが、やがて諦めたように棚に戻した。
 現在の所持金と貯金をあわせれば購入できない金額ではないが、差し迫って必要な物ではないし、貯金を使ってしまっては何かあったときに困る。
 そう考えて棚に戻したのだが、よほど気に入ったのかカミューはなかなか視線を外せずにいた。物に執着しないカミューにしては珍しいことだ。
 そんなカミューを見つめて、マイクロトフがなにやら真剣に考え込んでいる。
「カミュー様、マイクロトフ様!これで全部ですかい?」
 店中にひびく声量でいいながら、店主が大荷物を抱えて奥から出てきた。
 カミューは店主の方に行きかけて、ふと時計に視線を戻す。そしてそれを振り切るようにカウンターの方に向かった。
 懐からメモを取りだして、店主が持ってきた品物を確認しはじめる。
 ひとつふたつと確認された物をメモに斜線を引いて消してゆく。最後のひとつまできて、カミューの確認する手が止まった。
 もう一度最初から確認するが、やはり最後の一つが見あたらない。
「ご主人、ペルシャランプが足りないようですが?」
「へ?足りない?そんなはずは……」
 ない、と言いかける主人にカミューは品名が書かれたメモを見せる。
 見せられて、店主は困ったように後頭部をかいた。
「すいませんねぇ。奥の方さがしてきますんで」
「時間がかかりますか?」
 問われて、店主は困ったような表情でカミューを見た。
「なんせこの状態ですからねぇ…。できるだけ急ぎますが……」
 店主を呼ぶ声が聞こえて、店主はカミューに一礼するとわたわたと奥の方へ引っ込んでいった。
 さてどうするか。
 とりあえず最後の一つ以外はそろったわけだから、これだけでも持ってどちらかが先に帰城するべきか。
 カミューはそう云おうとして、後ろを振り返った。
 マイクロトフはまだ先程の位置で難しい顔をしていた。時折指折り何かを数えて、ぶつぶつと何か云っている。
「マイクロトフ」
 カミューが彼の名を呼ぶ。
 だが、反応がない。どうやら聞こえていないようである。
「マイクロトフ!」
 もう一度カミューが強く呼ぶと、マイクロトフはようやくカミューの方に顔をむけた。
 呆れたような顔でカミューは先程の考えをマイクロトフに伝えた。
 それを聞いてマイクロトフは大股でカウンターに歩み寄ると、用意された品物の半分を袋に入れてカミューに押しつけた。
「マイクロトフ?」
 マイクロトフの唐突な行動に、カミューは目を瞬かせた。
「俺がペルシャランプと残りの品物を持って帰るから、お前はこれを持って先に帰城しろ」
「帰城しろって……マイクロトフ?」
「いいから、先に帰れ。ゴルドー様が何か云いだしたとき、俺では対処できん」
 そう云われて、カミューは納得する。
 云われた品物を全部持って帰らなければ、絶対に何か云い出すはずである。かといってこのまま品物が全部そろうのを待っていても、「遅い」とかなんとか云ってまわりの騎士達を困らせるだろう。
 こう考えると、どちらが先に戻るべきなのかは火を見るよりも明らかだ。
 しかしマイクロトフの行動をみると、これだけが理由とも思えない。
 怪訝そうな目で自分を見つめるカミューに気がつかないふりをして、マイクロトフはカミューの背中を押した。
 カミューは何か云いたそうにマイクロトフを振り返ったが、結局何も云わずに品物が入った袋を抱えて出ていった。
「ありましたよ、カミュー様!いやぁ、すいませんねぇ……」
 カミューが出ていったのとほとんど同時に、店主が店の奥からペルシャランプを抱えて出てきた。
 カウンターの向こうにマイクロトフしかいないのを見て、店主が首を傾げる。
「ありゃ?カミュー様はお帰りで?」
「……ああ」
 気のない返事をしてマイクロトフは店主からランプを受け取った。しかし、どうみてもただのランプにしか見えない。骨董品だかなんだかしらないが、何故こんなものが高値で取り引きされるのかマイクロトフにはさっぱりわからなかった。
「それで全部でございますね。どうもありがとうございました」
 それの価値がいまひとつわからないマイクロトフはランプをカウンターの上にいささか乱暴に置いて、一礼して他の客につこうとした店主の肩をつかんで引き留めた。
「な、なんでございますか?」
 マイクロトフの勢いに押されて、店主が何事かと目を白黒させる。
 それにかまわずマイクロトフは時計が陳列されている木製の棚を指さした。
「あの時計なんだが……」
「あの時計とはどの時計のことで?」
「だからあの……」
 そこまで云って、説明するのが面倒になったのか、先程カミューが熱心に見ていた時計を店主の前に持ってきた。
「これなんだが」
「はいはい。この時計でございましたか。で、これが?」
 店主がマイクロトフの手から時計を受け取って、マイクロトフを見上げた。
「その……だな」
 歯切れ悪く言葉を切って、時計を見る。少し黙って、やがて意を決したように店主の両肩をがしっと掴んだ。
「ものは相談なんだがな……」




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