Under the moon

 すうっとジョウイの瞳にするどものが浮かんだ
 それにかまわずに、カミューは続ける。
「……ああ、失礼。まだジョウイ・アドレイド殿とお呼びするべきでしたか?」
 ジョウイが、無言で手にしていた武器をカミューのほうに向けた。
 マイクロトフがそれに反応して、ジョウイに再び剣をかまえた。
 当のカミューは動じずに、ジョウイをまっすぐに見つめている。
「婚儀の準備でお忙しい中、こんな僻地までいらっしゃるとは。いったいどういったご用件ですか?」
 ジョウイは武器をかまえたまま、カミューの考えていることを探ろうと彼の顔色を読もうとした。だが、彼の顔をおおう微笑みからは何も読みとれない。
 とりあえず敵意がないらしいことを確信して、ジョウイは武器をおろした。
 それを見届けて、カミューは手にしたランプをマイクロトフの方に差し出した。
 持っていろということだろう。
 そう解釈して、マイクロトフは両手でかまえていた剣を片手に持ち直した。
 ランプを受け取る。
「……そこを通してほしい」
 そのやりとりを横目に、ジョウイがカミューに云った。
 カミューは目を細めてくすくすと笑う。
「通して欲しいと云われてすぐにお通しできるくらいならば、最初から足止めなどしませんよ」
 確かにその通りだ。
 だが、通してもらわなければ。
 どうしても『彼』に会っておかなければならないのだ、どうしても。
 ジョウイは射るような眼差しでカミューを見た。
「……力づくでも、通してもらう」
 抑揚のない声で言い放つ。
 自分よりも体の大きな騎士を2人、目の前にして、ずいぶんな自信である。
 カミューは肩をすくめると、マイクロトフに云った。
「マイクロトフ。悪いが少しばかりあっちに行っていてくれないか?」
 言葉尻は頼んでいるような口調だが、口外に拒絶は受け付けないとの雰囲気が感じられる。マイクロトフは眉をひそめた。が、ややあって諦めたように頷いた。
 こういう物言いをするときのカミューには、何をいっても無駄だということをマイクロトフは長年のつきあいで理解していた。
 ジョウイがこちらに対して一度武器を向けてきたことを考えると、この場を離れるのは得策ではないような気がするが、仕方がない。
 マイクロトフは大きく息をつくと、ダンスニーをジョウイの方に向けた。
「……もう一度カミューに武器を向けたら、次は容赦しない」
 低い声でそういって、マイクロトフは剣を引いた。
 ランプを持って自分たちが方向へと歩き出した。
 カミューとジョウイの話し声が聞こえるか聞こえないか、という辺りまで行って、マイクロトフは歩みを止めた。
「……どうしても、アレンに会いたい。そこを通してくれませんか」
 立ち止まったマイクロトフの背を見ながら、ジョウイが呟くように云った。
「会ってどうなさるおつもりですか?……停戦協定のお申し込みなら、正式な書状を持って昼間に正面玄関からお越しください」
 そんな用ではないことくらいわかっている。
 わかっていて、わざと挑発するようなことを云っているのだ。
 ジョウイがアレンに会って、彼に危害を加えようとしているつもりではないことは明確だ。この状況でもまだ会いに行きたいと願っていることが、それを証明している。
 危害を加えるつもりで侵入を試みたのならば、カミュー達に会った時点で諦めて逃げ出すか、それこそ力づくで通っているだろう。
 ジョウイはカミューの挑発にはのらなかった。
 浅く唇を噛んでカミューを見ていたが、やがて瞳を軽く閉じるとカミューに頭を下げた。
「お願いします。ここを、通してください」
 カミューは目を細める。
「会って、どうしても伝えたいことがある。……僕が、ジョウイ・ブライトになってしまう前に」
 ……彼の幼なじみであり、彼を心から愛してる、ジョウイ・アドレイドであるうちに。
 伝えたい、ことがある。
 カミューの云ったとおり、ハイランドでは今頃ジルとの婚儀の準備が着々と進められているはずだ。
 今夜を逃せば、多分もう二度とチャンスはない。
 それがわかっているから、ジョウイは焦っていた。
 静寂が辺りを包んだ。
 ジョウイは頭を下げたまま動かないし、カミューは押し黙ったままで彼の頭を見ている。
 ややしばらくその状態を続けたあと、カミューは小さな声で呟いた。
「……これで」
 かすかに耳に届いた声に、ジョウイが顔を上げる。
「……これでいいの?……ジョウイ」
 ジョウイの瞳をまっすぐに見つめて、今度ははっきりと口にした。
「ルカ・ブライトの遺体を見つめて、アレン殿が呟いた言葉です」
 ジョウイはカミューの言葉に、目を見開いた。
 そして、片手を額に当てる。
 たとえこの場を通して、彼とアレンが会ったとしても、アレンの口からこの言葉が語られることはないだろう。
 だから、カミューは彼の代わりに口にした。
 ジョウイが片手を額に当てたまま、力無く首を左右に振った。
「だから。だから云ったのに。……手を引けと、何度も手を引けと云ったのに」
 たった一言でアレンの気持ちを理解して、ジョウイは項垂れた。
「手を引けと云われても、アレン殿が手を引かなかったわけが、あなたにはわかりますか?」 問われて、ジョウイが苦しそうに答える。
「同盟軍のリーダーになってしまったから。…アレンは、自分を頼って集まった人々を見捨てて逃げられるような人間じゃない」
「それも、理由の一つでしょう」
 理由の一つだが、それは大きな理由ではない。複数ある理由のうちの一つだ。
 アレンが何度ジョウイに云われても、手を引かなかった最大のワケは。
「貴方にはわかっているはずです。アレン殿が、何度云われても手を引くことができなかった、本当のワケが」
 そう。
 本当は、知っている。
 知っていて、わかって。しらないふりを、わからないふりをしていたのだ。
「…………手を引かれては、僕が困るから」
 


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