シーキングザパール

2013/06/02

 

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シーキングザパール
シルクジャスティス
ステイゴールド

シーキングザパール
父:Seeking the Gold、母:ページプルーフ、BMS:Seattle Slew
 

新馬戦で見せた素質は確かなものだった。

人気を集めた2走目の新潟3歳S(GV)ではスタート直後に大逸走し追い込んでの3着。デイリー杯3歳S(GU)では並み居る牡馬を圧倒。1番人気となった阪神3歳牝馬S(GT)でも謎の敗退。3歳時は強いのか弱いのか?強いのだろうけどチグハグなレースが続いた。
そんな彼女も明け4歳となると一転。シンザン記念(GV)、フラワーC(GV)と重賞を連勝。フラワーCを勝った後に佐々木晶三調教師が前年のNHKマイルC勝馬、タイキフォーチュンにならってか毎日杯参戦を表明したところ、馬主サイドと確執が発生し森調教師の下へ転厩した。この転厩が彼女のその後を分けたかもしれない。磐石の強さでNZT(GU)も突破。あとは、残念ダービーとも言われているNHKマイルC(GT)を制することができるかが焦点になったが、ここも通過。秋のエリザベス女王杯は当時4歳限定で外国産馬も出走できたため、春のクラシック組みとの対決が早くも注目されていた。しかし、暗転・・・。
秋緒戦となるローズS(GU)をキョウエイマーチの3着した後、咽頭蓋トラップメントを発症。長期休養を余儀なくされた。
約7ヶ月におよぶ休養後に使われたレースがシルクロードS(GV)。マサラッキ、シンコウフォレスト、エイシンバーリンなど快速で鳴らした馬たちが出走してきたが、見事な差し切り勝ち。スプリント路線での活躍が期待された。しかし、本番の高松宮記念は1番人気に推されながら4着。全盛時であれば、適条件とも言える安田記念(GT)もタイキシャトルの10着に敗退し、適鞍を求めて渡欧した。
この年はタイキシャトルがまさにマイル王として君臨すべく、欧州に参戦が大々的に取り上げられており、それに比べるといかにも彼女の挑戦は扱いが小さかった。そのタイキシャトルがジャック・ル・マロワ賞に1番人気で出走し見事に勝利する1週前。12頭立てで行われたモーリス・ド・ギース賞(仏GT)。5番人気で出走した彼女は1300mという変則距離ながら、いまの彼女にとってはギリギリ適距離ともいえるこのレースを見事に勝利し日本調教馬初の海外GT制覇となった。
帰国後は欧州での活躍を認められ、間違いなくベストマイラー・スプリンターと呼ばれていたタイキシャトルがマイネルラヴに不覚を取ったスプリンターズS(GT)で2着。翌年の高松宮記念もマサラッキの2着、安田記念ではエアジハードの3着とついに日本のレースでは勝ち鞍に恵まれなかった。その後、血統を買われ米国での繁殖生活に備え渡米する彼女だが、レース出走の情報が入ってきたのは大変な驚きであった。GV戦に2回出走するも勝ち鞍はなかった。

彼女の3歳時の活躍はまさに「真珠」の輝きであった。そして、その輝きは海外GT制覇で絶頂を迎え、今後はその産駒たちに引き継がれていくのであろうか。