そんな時、君と出逢い、君はそんな僕を叱ってくれた。
いつだったか・・・、いきなり泣きながら抗議してきた君を見て、何を生意気なことを言う新米看護婦だと腹立たしくもあったけれど、見事に的を得ている君の言葉は正直こたえた。痛いところを突かれてしまった。
今思い返してみれば、あの時から君はすんなりと僕の心の中に入ってきたような気がする・・・。
君には初めて出逢った時から抗議ばかりされていたが、忘れてかけていた何かを君が僕に思い出させてくれたのかもしれない・・・。
謹慎をくらった時もそうだった。たかがこんなことくらいでと思いながら、無駄に過ぎていく時間に苛立って、痛みをやわらげるための酒も、あの時は不甲斐無い自分を虐げるような気持で飲んでいた。
ふてくされて不様にやけ酒を飲んだくれている僕を見て、見るに耐えない思いで君はまた叱ってくれたな。
そんな君の前で意地を張り、精一杯平静を取り繕ってはみても、君の言葉はやはりきいた・・・。
どんなに片意地を張って誤魔化してみたところで、君の前ではそんなつまらない男の見栄など何の役にも立たなかったということか・・・。かわしても、突放しても、君はいつも本当のことを口にする・・・。
純真な心でまっすぐに僕の前に立ちふさがる君には、僕の虚勢など意味のかけらも無く・・・。
本当に、まったく君には歯がたたない・・・。
情けないと思いながらあっさりと認めざるをえなかった・・・自分の弱さを・・。
初めて食事に誘った日だったか・・・。君とボートに乗る約束を交わしたのは。
あの約束も、後で思い返してみれば、そんな子供じみた約束をした自分が可笑しくも不思議だった・・・。他愛無い約束だったはずなのに、妙に心のどこかに焼きついて、大切なことに思えてきたのはいつの頃からだったろう。
そんな自分自身がなんとも不思議でならなかった。
川を見つめ続けてきた僕と君の想いが同じだったせいかもしれない。
不思議な運命のめぐり逢わせとしか言いようがない・・・。
そんな君だったからこそ、石倉さんへの嘘の意味も、僕は素直に話すことが出来たのかもしれない。
石倉さんに嘘のオペをした時も、君に嘘をつき通すことを強要したことも、君のように純真でまっすぐな気性の人には辛い要求だったと思う。でも嬉しかった。僕の我儘を理解してくれた君の優しさが嬉しかった・・・。
石倉さんは僕だ。あの人は僕自身だったからこそ・・・。
偶然にも死に逝く日々を重ねて共にするあの人を受け持つことになった時、この人だけは・・・と思った。
治ると信じるあの人を、辛い死の現実に苦しめたくはなかったんだ。いずれ悟ることになるだろうと解ってはいても、少しでも安らぎの時の中で見守り続けてあげたかった。そして納得した死の形をととのえてあげたかった。僕と同じように・・・。
自分の病気を隠しとおしている僕には、ああ言うしかなかったから、今更ながら自分の我儘と不器用さを君にぶつけてしまったことをすまなく思ってる。
そんな中で君は、僕の作った嘘の中で、石倉さんに春の花を届けてくれた。僕は、自分の作った嘘の中に染まり、あの人に春を届け続ける君を見ているのが好きだった。君の暖かい笑顔が好きだった。
そう感じた時、いつの間にか君に惹かれ、愛しはじめていたのかもしれない・・・。
僕はあの人の春の花を見つめる幸せな笑顔を見て、どんなに救われたことだろうか・・・。
ずっと自分の死をあの人に重ねて見ていた僕は暗闇の中にいて、君は暖かい春のような笑顔で絶望から救ってくれた。生きていることの幸せと安らぎをあたえてくれた・・・。