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由香里さんが書いたサイドストーリー 「白い影−命の輝くとき」


■ 命の輝く時 3

しかし庸介は、自分に向かってまっすぐに向けられるひたむきな倫子の愛情に触れ、それに背を向け、通り過ぎることが出来なかった。長く、苦しみ続けた葛藤の中で、倫子が自分にとって運命の人だと悟ったのだった。
死に逝く現実に追われ続けてきた自分が本当に求めていたものが何だったのか、倫子は身をもって気づかせてくれたのだと思う。そして、それを教えてくれたのはあの恩師の言葉・・・。
すべてのことに対して、心を閉ざしていた庸介の心を開放してくれたのは、敬愛する七瀬の言葉だった。

庸介は熱くなる瞼を閉じた。
この世の果てに立たされた時、人は初めて自分という人間を素直に振り返ることが出来るのかもしれない。
自分の中の愛も、人間としての弱さも、男の性も何もかもすべて・・・。
倫子が口にした言葉どおり、このまま永遠に時が止まってしまえばどんなに幸せなことだろうかと庸介は思う。
結ばれ、幸福に満ち足りた安らぎのまま・・・。このまますべてを封印できたなら・・・。
叶わぬ想いと知りながら、庸介はそう願わずにはいられなかった。
もうとうに諦めてしまっていた”生”への強い憧れが庸介の胸に込み上げてくる。
もしもこの世に永遠と言うものが存在するなら、それは受け継がれる命だろうか・・・?
あの小さな花のように・・・。

時が過ぎ、いずれ枯れ果て大地に呑みこまれてしまっても、めぐりゆく季節の中で花は必ずその種子を残し、命の息吹を吹き替えす・・・。
降りそそぐ月の光は深みを増し、透明な空間に倫子の摘んだ花だけが色づき、透きとおるように輝いている。
花びらを薄っすらと蒼く染める可憐な花は、遠い昔、雪解けの川のほとりで見つけたあの白い花とどこか似ていた。
純白に染まり、雪に埋もれてひっそりと咲いていた名も無い小さな花・・・・。
もうじき、あの酷寒の大地に、あの花は再びいじらしいほどの生命力で、精一杯に命の花を咲かせるのだろう。

その頃にはもう、自分はこの世に存在しない・・・。もう・・・あの花を見ることはかなわない。
庸介はそのどちらの花の中にも、倫子の面影を重ねて見ている。白い花には倫子の一途な愛情といじらしさを・・・、
もう一方の花には倫子の春のような優しさと暖かさを・・・。
一見ひ弱で、か弱そうに見えてはいても、冷たい冬の中で命の花を咲かせる強い生命力が宿る花達。
それは倫子のひたむきで豊かな愛情と、彼女の内に秘める真の強さとが重なって庸介の心に映る。
倫子と出逢ってからのすべてのことが、懐かしい想いとともに庸介の脳裏にゆっくりと浮かんできた。

自分の死を受け入れたあの時から、僕はもう誰も愛さないと決めていた。
恵まれた環境の中で、七瀬先生の教えを受けていたにもかかわらず、自分の身体を侵している病巣に気づくのが遅過ぎたことは間違いなく自分自身の落ち度だった。
それがたとえ年齢を超越した特異の症例であったとしても、それはもう今さら何の言い訳にもならない。

癌の専門医でありながら、医療の最先端に位置する臨床医として、自分自身の腕の未熟さを恥じ、今・・僕は深く反省している。
追い詰められる焦りの中で、自分に残された時間を考えた時、自分に出来ることは残酷な事実を味方につけて、医者であり続けることだった。
献体として、自分の身を賭けた新薬の実践・・・。医学を志した者として、僕と同じ病気で苦しんでいる患者のために後世に役に立つ研究を残したい・・・。これ以上の医者としての仕事の仕方は無いと・・・、そう思ったんだ。

でも・・・容赦無く襲ってくる激痛に倒れ続ける中で、その思いに自分の生きがいを重ねて生きてはみても、冷たい死の現実があまりにも恐ろしかった。
そんな中で、くじけそうになることも、死の恐怖に打ちのめされて、何もかも投げやりになりかけたこともあった。
所詮、綺麗ごとで自分の気持を押し殺そうとしても、死に対して意地を張リつづける不器用な自分を見ているようで、馬鹿な奴だと、自分自身を罵ったこともあった。
そんな思いが自分の中で蓄積されていくにつれて、僕自身、少しづつ歪んだ人間になっていった部分があったのかもしれない。

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