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由香里さんが書いたサイドストーリー 「白い影−命の輝くとき」


■ 命の輝く時 1

”もう・・・人を愛することはないと思っていた。なのに、いつの頃だったろう・・・?
君と出逢い、自分の中で何かが変わりはじめたのは・・・”

庸介は目の前に広がる白い闇の向こうへと視線を向けた。
やわらかい月の光が差し込む部屋には白い影がただよい、優しい空間となって庸介の目に映る。
モノクロの映像のように漂う白い光の闇・・・。
それは、ボートに乗って彷徨っていた間、ずっと庸介が見ていた夢の記憶を思い出させる。
七瀬との別れの後、何かに惹き寄せられるようにボートに乗って川へと流れた庸介だった。
それが、孤独と苦しみからの逃避だったのか、目前に迫った冷たい現実からの逃避だったのか、
もう・・・何もかもに疲れ果て、ただ安らぎを求めて川へ流れてゆきたかった。

寒さに埋もれ、冷たく凍りついてゆく身体・・・。わずかに揺れる感情の波さえも、奈落の底に引き込まれるように乱れて薄れ、残された意識の彼方で、初めて死に逝く感覚をこの身に感じた。
そして次第に遠のいてゆく意識の中で庸介が見た夢は・・・。優しく寂しい、安らかな夢・・・。
はりつめた精神の中で、目の前に迫った冷たい死の影さえも、夢の中で安らぎだと感じていた。
白い闇の一点を静かに見つめながら、庸介は記憶に残る夢の残像を思い出す。
脳裏に浮かび上がるそれは、いくつもの懐かしい顔であり、寂しい顔だった。

遠い昔、幼い頃の自分の姿、石倉 由蔵の哀しい涙、そして・・・懐かしいあの人の面影・・・。
”七瀬先生・・・” 庸介は瞼に浮かぶ懐かしい恩師の名を呼んだ。
かけがえの無い恩師であり、医療の指導者でもあった七瀬は庸介自身にとって、もっとも尊敬する良き理解者でもあった。
恵まれた環境の中で、あの恩師の教えを受けていた長野の病院での日々が、懐かしい思いとともに庸介の心に浮かんでくる。良き仲間達との素晴らしい日々。
医療への熱い情熱に心血のすべてを注いでいたあの頃・・・。
さまざまな患者の生と死をとおして、生きることの尊さと、医者としての責任の重さ、そして厳しさを教えられた。
我が身を突然襲った過酷な事実を知った時からでさえ・・・。

庸介の心に、別れの間際、七瀬が口にした言葉が浮かんでくる。込み上げる哀しみをこらえて、自分に向かって祈るように叫んだ七瀬の最後の言葉が・・・。
別れの瞬間にまで、自分のことを思い続けてくれた七瀬の深い哀しみと愛情は庸介の心の奥底をついた。
あの人を見送る瞬間、自分の心をつらぬいた身を切られるような寂しさ・・・。
発車するバスの中に立ち、見えなくなるまで自分の姿を追っていた七瀬の哀しいまなざしが、庸介の瞼の奥に熱く滲み出て浮かび・・・そして消えていった。
もう生きては逢えない・・・。
あれが・・・最後の別れになることは、七瀬も、そして庸介自身、充分承知していた。
自分の我儘を最後まで許し、あえて好きな道を歩かせてくれたあの人の哀しい心を思う時、限りない感謝と心をしめつけるような自責の念が庸介の胸を熱くする。
自分のことを想ってくれる師弟を超えた愛惜に、庸介は七瀬の変わらぬ深い愛情を感じた。
どれほどの深い哀しみと慟哭が、あの初老の恩師の心の中にあったことだろうか。
あの人にも自分と同じように、長く、苦しみ続けた葛藤の日々があったのだ。

”先生・・・僕は・・・”
庸介は唇を噛み締めた。
あの恩師の残してくれた言葉が自分の心を開放してくれたのだ。
あれが、あの人の最後の教えだったのだと庸介は思う。
そして・・・あの彷彿とした冷たい夢の中で、死の巡礼者のように彷徨い続けていた自分を、現実に連れ戻してくれたのは・・・。

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