庸介は、胸に添えられた倫子の手を握り、細い肩を抱き寄せた。
そして倫子の耳元にそっと囁いた。
『少し・・眠るといい、このまま・・・。朝まで・・もうじきだから・・・』
倫子はかすかに頬を染めながら小さくうなずいた。そっと身体をずらし、庸介の身体に添うように横向けになった。
庸介の頬と倫子の額がわずかに触れあう。
『先生・・・腕、大丈夫ですか・・・?』
倫子は庸介の息を意識しながら、かすれた声で囁いた。
『ん・・・』
『痛く・・・ありませんか?』
『・・・このままがいい・・・』
庸介は倫子の白い額に口づけをした。
優しく微笑む庸介に安堵したように、倫子は口元に笑みを浮かべて静かに瞳を閉じた。
『先生・・・いつか・・・ボートに乗せてくださいね・・・』
『ん・・・』
『いつか・・・二人でボートに・・・』
『ああ・・・』
愛しさを込めて、庸介はもう一度倫子の額に唇を触れた。
細い肩を抱き寄せて、肌のぬくもりをたしかめる。
静寂は優しい光とともに部屋に満ちあふれ、倫子のかすかな息づかいと胸の鼓動だけが庸介に伝わってくる。
その確かさの中で、庸介はあらためて倫子と結ばれたことを実感した。
倫子の身体のぬくもりを感じながら、安らぎとともに今まで味わったことの無い新鮮な感動がゆっくりと庸介の心の中を満たしてゆく・・・。
庸介の脳裏に、光の中で無心に花を摘んでいた倫子の姿がゆっくりと浮かんできた。
満面に輝く笑みを浮かべ、小さな春を告げていた倫子の姿が・・・。
自分に向かって春の息吹を伝える彼女は、躍動感に溢れ、輝く生命力に満ちていた。それは今も庸介の心の中に鮮やかにやきついている。
庸介は腕の中の倫子を見つめた。
蒼い光を背に、あどけない倫子の白い顔が目の前に揺れている。
倫子の睫毛は長く、涙に濡れたあとがかすかな露となって光っていた。
あの時・・、倫子とあの川岸で出逢ったことは、本当に偶然だったのだろうか・・・?
不思議な運命に導かれ、何かが決定づけられたようなあの時の感覚を、庸介は静かに思い出していった。
Part6に続く