『・・・先生に・・・ついてゆきたい・・・』
倫子は熱くなる瞼を感じながら小さくつぶやいた。
『先生は・・・時々寂しい目をして、遠くを見ていて・・・。触れると消えてしまうような、どこか・・・透明な感じがするんです。そんな先生を見ていると、なんだか私・・・。いつの頃からか、気がついたら先生しか見えなかった・・・。ずっと先生のことしか・・・。だから側にいたいんです。ずっと先生の側に・・・』
胸に込み上げてくる思いに、最後は言葉が震えた。倫子は唇を噛み締めた。
『ああ・・・』
倫子は目を見はって庸介を見つめた。
『いいんですか・・・?先生・・』
『ああ・・・』
『本当に・・・?私で・・・?』
『ん ・・・』
倫子をまっすぐに見つめる庸介のまなざしは、淡い光に揺れて、限りない優しさに満ちていた。庸介は倫子の細い身体を抱き寄せながら、やわらかい髪に唇を触れた。
優しい庸介のしぐさに、倫子は思わず顔を伏せた。
嬉しいはずなのに、大粒の涙がこぼれて落ちた。
『どうした・・・?』
倫子は答えず、やがて小刻みに肩が震え、小さな嗚咽が洩れてきた。声は低いが身体が揺れるたびに、小さな震えが庸介の胸に伝わってくる。庸介は優しさを込めて、うつ伏せになっている倫子の背中を静かに撫ぜた。
『・・・嬉しいです・・・嬉しいはずなのに・・・変ですよね・・私・・・』
唇を噛んだまま、嗚咽をこらえるように倫子はつぶやく。
庸介は沈黙したまま、倫子の小さな身体を抱きつづけた。
再び静寂が部屋に満ち、優しい時が二人の間を流れてゆく・・・。
目に映るすりガラスは湖面の波間のように光に溶け込み、抱き合う二人の身体の上に水の模様を映して揺れ動いていった。
『先生・・。お願いがあるんです・・・』
庸介の肩に顔をもたれたまま、ひっそりと息をひそめていた倫子が言った。。
『ん・・・?』
『・・・』
『何・・・?』
『もう・・・一人でボートに乗らないでください』
庸介が倫子を見た。訴えるような瞳がまっすぐに庸介を見つめていた。
『・・・一人で乗るボートは寂し過ぎるから・・・』
庸介は倫子から視線をはずした。一瞬、差し込む光が目に染みた。
『そうでしょう・・・? 先生・・・』
『・・・』
『先生・・・』
『・・・そうだな』
目を細めたまま、庸介は息のようにつぶやいた。
『きっとですよ・・・』
『ああ・・・』
『約束してくださいね、先生・・・』
祈りを込めるような声で倫子が囁く。庸介は瞼を閉じた。
『ああ・・・約束する・・・』