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由香里さんが書いたサイドストーリー 「白い影−命の輝くとき」


■ 庸介の心 3

そう決心した時、今まで自分が患者に対してしてきたすべての科学療法は、自分自身にとって無意味であることに気がついた。
それは自身の身体を侵し続け、克服する事の出来ない病魔への、自分にできうる最後の抵抗だったのかもしれない。
意地をはっているのだろうと自分でも思う。融通のきかない不器用な自分を責めてしまえば楽だった。
しかし、自分の心に嘘はつけない。自分自身を嘘で偽る事はできなかった。たとえそれが死期を早める結果になったとしても・・・。
庸介の若さと、医師としての信念が、最後まで死に屈服する事を潔し良しとしなかったのだ。

死にたくない・・・!もっと生きたい・・・・! それが庸介の、自分自身の本心なのだ。それが自分にとってどうしても与えられない現実ならば、迫りくる死にどれほどの苦痛を強いられようとも、医師として思うように生きたい!
そうして自ら死期を早めようとする者を、愚かな利己主義者だと・・・誰が決めつけ責められるだろうか・・・。

”・・・そうでしょう・・・先生・・・”
庸介はわずかに残る真っ白な意識の中から、遠く恩師に呼びかけた。
あの七瀬と過ごした長野での懐かしい日々が、走馬灯のように庸介の脳裏に次々と浮かんでは消えていった。
”もういいから、休め・・・・” そう言って欲しい。先生ならそう言ってくれる。それも庸介がずっと押し殺してきた自分の中の、もうひとつの本心だったのだろうか。
あの時、七瀬の静止するのも聞かず、彼の元を離れた庸介だった。あの人の側にいると、甘えてしまう自分の弱さが見えてしまう。心に決めた決心さえ、もろく崩れてしまうような予感がした。それが恐かった。
日増しに弱ってゆくであろう自分の姿も、あの人には見せたくはなかった。
そんな教え子の決心をあえて理解してくれた七瀬は、自分を追ってこようとはしないでくれた事の事実が、庸介にとっては唯一の救いだった。

しかしそんな七瀬の突然の来訪も、今の庸介には理解できる。
この時期、そうしないではおられなかったであろう七瀬の哀しい思いを、庸介は充分に理解できた。
あの人も自分に残された時間が、後どのくらいのものなのか医師として承知している。
今まで、教え子の気持を尊重し、自分の気持は心の奥底でずっと押し殺してくれていたのだろう。

そんな七瀬に対して、感謝と、胸を締めつけるような自責の念が庸介の心を支配する・・・。
庸介の脳裏に、何度も手紙を書こうとしても、ついに書けなかった懐かしい恩師の面影が鮮やかに蘇ってきた。
発車するバスの中に立ち、見えなくなるまで自分の姿を追っていた七瀬の哀しいまなざしが、庸介の瞼の奥に熱く滲み出て浮かび・・・そして消えていった。

直感だった。
”・・・もう逢えない・・・。” 二人とも知っていて口には出さなかった。話したいことは、お互いもっとたくさんあったはずなのに。あまりにも辛い現実が、それを口にする事を避けていたのだろうと思う。
七瀬の最後の言葉を聞いた瞬間、喉元に突き上げてくる思いを、やっとの思いで呑み込んだ・・・。
七瀬の自分を思ってくれる、あの深いまなざしを見ていると、ずっと自分の中で必死にささえてきた決心も、熱くもろく崩れてさってしまうような感覚に襲われた。それも庸介自身が心の奥底で、恩師に求めていた安息だったのかもしれない。
素直に何にも逆らわず、あの恩師の手に何もかもまかせて楽になってしまえば、自分にそれができさえすれば、このすべての苦痛と苦しみから,少しは開放されるのだろう。

”自分は弱い人間だ・・・” 苦しみからの逃避・・・。自分の中の人間としてのもろい弱さに気付きながら、それから目をそらすように、ずっと押し殺してきた庸介だった。
いつも一人川を眺め、ボートに乗っていたのは、そんな自分自身の気持の裏返しではなかったろうか。
過酷な死の緊張の連続。その苦痛から逃れ、唯一穏やかになれる場所。ゆるやかに流れつづける川は、そんな庸介の気持を優しく抱きとめてくれる、安息の場所だったのかもしれない・・・。

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